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隷属の少女 03


 首都リグーに在る奴隷市でアヴィを買った翌日。

 ボクらが泊まる宿には、早速アバスカルの役人が姿を現し、再開発区画の工事に彼女を貸してくれるよう頼み込んできた。

 ほぼ同時に3人もの役人が姿を現し、そのような懇願をしたため、余程切羽詰っている様子がうかがえる。



「では明日、うちの奴隷を向かわせます」


「助かります。なにぶんもう1週間も工事を中断していまして、こちらとしては困り果てておりました」



 頭を下げ必死に頼み込む役人へと、ボクは少しだけ悩む素振りをしてから色よい返事を返す。

 するとその役人は、一気に安堵の表情を浮かべた。


 なにもその再開発区画での工事、本来従事しているのは奴隷だけではないという。

 ただそこで奴隷たちの失踪が建て続いているため、奴隷ではない従事者も恐れて逃げ出してしまったらしく、現在はほとんど止まっている有様なのだと。

 役人や兵士たちにしても、国が決めた工事であるだけに早く進めたいと見えるが、自分たちがやろうという気はないらしい。

 自分たちには別の役割があるなどと尤もらしい事を言ってはいるが、きっと彼らも恐ろしいのだ。


 とはいえ奴隷が1人入ったところで、碌に作業が進むとは思えない。

 それでも役人が安堵しているのは、微々たるものでも進行しているという言い訳が立つためなのかもしれなかった。



「その代わりですが」


「ええ、もちろん。警備の兵には事情を話しておきますので、ご自由にご覧になってください。……ですが本当によろしいのですか?」



 念を押すように、ボクはアヴィを貸し出す条件を確認する。

 すると役人は揉み手しながら彼女を工事に駆り出すための条件、つまりボクとサクラさんが、兵士の見張る再開発区画へ入る許可を口にした。


 役人から見れば不可解な条件ではあるが、この程度で奴隷を貸してくれるのであれば願ったり叶ったり。

 案外こいつを切欠にさらに奴隷を買い、今後も同じ条件を提示してくると期待しているのかも。


 そんな役人ではあるが、一応形だけの確認をしてくる。

 ボクは彼へと大きく頷くと、椅子の上で脚を組み若干横柄な態度を見せた。



「普段から暇を持て余していまして。奴隷1人手元に置いた程度では、退屈を紛らわすことも出来やしません」


「それはそれは。流石は一代で財を成されたお方は違いますな」



 すると彼は揉み手せんばかりな勢いで、笑顔と共に妙に過度なおべっかを口にした。

 この役人には、ボクは南東部で最近事業を興した者であると説明してある。

 そしてサクラさんはその護衛として雇われている、負傷によって一線を退いた元勇者であると。


 ボクはそんな役人の媚びた笑みから視線を逸らし、部屋の隅に立つアヴィへと向ける。

 整った容姿ながら、頬には大きな一本の傷。例え少女であっても、奴隷としては高い値が付けられない要因となる部分だ。

 だからこそ役人は、そんなアヴィをそれなりの値で買ったボクらを、酔狂な成金であると疑わない。



「話は終わりましたか?」


「ええ、長々と失礼を致しました。では我々はこれにて、明日はなにとぞ」



 ボクはいい加減面倒になってきたという態度で、役人を追い出しにかかる。

 実際必要な話は終わったし、これ以上下手に会話を長引かせ、どこかでボロが出ても困るから。

 すると役人の男は急いで立ち上がると、機嫌を損ねてはならぬと退散を始める。ただ部屋を出る時に一瞬だけ振り返り、確認することを忘れずに。


 そんな役人が部屋から出て行き、宿を跡にするのを窓から確認。

 大通りを流れる人の波に消えていったのを確認してから、窓を閉め大きく息を吐いた。

 おそらくちゃんと騙せたはず。横柄で鼻持ちならない金持ちを演じられたはずで、上手く行けば面倒臭がって今後干渉して来ないかもしれない。



「ごめん、こうしておかないと疑われるかもしれないから……」



 ボクは安堵するのも束の間、部屋の隅で立ったままなアヴィへ近寄る。

 さっきからずっと無表情で立つ彼女の首には、買った時に奴隷市の人間から渡された首輪が着けられていた。

 奴隷を奴隷として、つまり道具のように扱っていると役人に見せつけるためだ。


 ボクは彼女の首輪へ触れ、錠を挿し込んで外す。

 いともアッサリ外れたそれをテーブルの上に放り出すと、アヴィはジッとしていたことで少しだけ凝った肩を回して呟く。



「別に構いはしない。四六時中していた時よりはマシだし、お前は緩く嵌めてくれただろう」


「そりゃあね。首輪をしていると見せるだけで十分だから」



 枷を外したアヴィの首には、赤く染まったような痕跡は見られない。

 奴隷市から彼女を引き取った時には、少々強めに嵌められていたのか赤くなっていた。

 それは奴隷の反骨心を削ぐために締め付けられていたものだが、ボクらは彼女にそんなことは求めていないのだから。



「……その点だけは感謝しよう」



 アヴィは自身の首元を擦り、ぞんざいながら一応の謝意を口にした。

 反骨心の塊のように思える彼女とて、苦しい状態を好んでいる訳ではなかったのだから当然か。


 その彼女はチラリと扉の方へ視線を向ける。

 昨日宿に戻ってからずっと閉じこもりっぱなしであるため、外に出たいのだろうかと思うもそうではなかったようだ。

 彼女は現在この部屋へ居ない、サクラさんに付いて呟く。



「なかなか戻って来ないな」


「もう少しかかると思うよ。再開発区画の外周を一通り見てくるらしいから、帰るのはたぶん昼過ぎかな」



 役人が訪れたこの場には、サクラさんが居ない。

 彼女は役人が接触してくることを見越し、もう一度前もって再開発区画の下見を行っている。

 万が一、突発的な危険に遭遇した場合、警備の兵が少ない場所から町の外まで逃走を計れるようにだ。


 サクラさんはアヴィのことを妙に気に入っているけれど、その逆はと言えば若干怪しい。

 なのでなかなか戻って来ぬサクラさんについて、アヴィが呟いたことを意外に思ったのだけれど、彼女はこちらに背を向けたまま不穏な言葉を吐き出す。



「となると今が逃げ出す好機だな。召喚士一人であれば、わたしだけでもなんとかなる」



 扉の前へ移動し、取っ手に触れるアヴィ。

 彼女は振り返りもせず、どこか不敵な声でボクへ逃走の可能性を告げるのだった。


 サクラさん曰く、アヴィは戦闘という点で高い実力を持っているとのこと。

 確かに彼女を宿へ連れ帰った時、夜闇の中を歩く彼女の歩は、自然な動きながら音が無くしなやかであった。

 おそらくアヴィはどこかで正規の訓練を積んでいる。野生動物を狩る技能を持つ狩人というよりは、どこぞやの軍や騎士団で覚えた動作だ。


 ボクもシグレシア王国騎士団員の端くれであるため、多少の訓練は積んでいる。

 けれどお世辞にもそういった素養に恵まれた方ではないし、もし彼女に勝てるとすれば、内に眠る勇者の血が奮い起こされた場合だろうか。

 たぶんあれが上手く発揮してくれれば、易々とアヴィを抑えつけることは可能。

 けれどアレはボク自身の身体を破壊しかねないし、そもそも自由に発揮できぬという、まさに宝の持ち腐れ。



「出来れば勘弁して貰いたいんだけどね。ボクも若干なら訓練をしているけれど、たぶん普通にやったら君には勝てないだろうし」


「ではこんな絶好の機会を見逃せと? 望んで奴隷となった訳ではないのだ、逃げる理由はいくらでもある」


「そうは言うけれど、逆に逃げない理由もあるはず。たぶん君は、義理を果たさずに逃げたりはしないよ」



 ボクは近寄って制止するどころか、椅子の上でノンビリともたれかかりながらそう告げる。


 アヴィの持つ反骨心は、きっと彼女が本来持つ気位の高さから来ているはず。

 たぶん元はどこか育ちの良いお嬢さんであろう彼女は、奴隷として買うも拘束をせず、むしろ事が終われば自由を約束したこちらに対し、どことなく義理のようなものを感じているようだった。


 なのでまず間違いなく、彼女は自らの意志で逃げ出したりはしない。

 たった半日程度一緒に居ただけではあるけれど、思いのほかわかり易いアヴィの気質に、ボクは不安を抱かずにいたのだった。



「……少しも狼狽えないんだな。面白くないヤツ」


「面白くなくて結構。今は混乱している場合じゃなくてさ」



 想像と異なり、ボクが落ち着き払った様子であるのが不満なのか、アヴィは扉の前から離れ荒々しくベッドへ腰かける。

 実のところもし彼女が逃げたところで、国軍の兵士に告げ口さえしないのであれば、こちらとしては別に構いはしないのだ。


 むしろどういう経緯かは知らないが、どこぞやで捕まり奴隷として売られたという点で同情するくらいで、無事逃げられるのならそれも悪くないとすら思える。

 そいつは彼女自身もよくわかっているのか、実際に逃走するという行動には出ない。おそらく彼女の義理堅い性格もあって。


 ボクはベッドに腰掛けたアヴィをそれとなく窺う。

 すると彼女からはどことなく、気の緩んだような気配が感じられた。

 さっきは面白くないと言っていたけれど、逆にボクの態度を本当は好ましく思ったのかもしれない。



 そんなアヴィの様子を見て見ぬフリをし、ボクは椅子に座ったままで小さく窓を開ける。

 無言のまま色とりどりの花が植えられた街並みを眺めていると、人混みに紛れサクラさんが戻って来るのに気付く。

 彼女は一瞬だけこちらを見上げると、そのまま宿へと入ってきて、軽い足取りで階段を上がり部屋へと戻って来た。



「おかえりなさい。首尾はどうでしたか?」


「なんとか目途は立ったというところね。そっちは?」


「見事なまでに想定していた通り。明日の朝、連れて行くことになります」



 戻って来るなり、早速各々の状況を報告し合う。

 サクラさんの方はあまり芳しくはないけれど、辛うじて実行には及第点といった印象の言葉が。

 少々心許ないとは思うけれど、渋い表情で言葉を詰まらせるような状況に比べればマシといったところか。



「そういう訳だから、明日からお願いね。もっとも私たちは、一日中離れていると思うけれど」



 サクラさんがそう告げると、アヴィは無言でうなずく。

 とりあえずあの再開発区画を探るための下準備は整った。あとは少しばかりの覚悟を決めて乗り込むばかり。

 いったいどれだけの期間捜索をするかはわからない。けれど今更引き返すことも出来ず、サクラさんとアヴィよりもちょっとだけ遅れ、ボクは覚悟の意志を示すのであった。


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