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特別 03


 大量に積まれた魔物の死骸を全て処理し、これまた得られた大量の採取物を換金した時点で、

既に夕方となってしまう。

 そのためこの日ボクらは、結局碌に魔物を狩ることもできなかった。


 ただそれを悪く思ったのか、クレメンテさんは得た金額の2割ほどを寄越そうとしてくれる。

 魔物の処理を手伝ってくれた礼だと言っていたけれど、実際のところ彼らの懐事情からすれば、微々たる額であったのだろう。

 なにせ国の頂点へ立つ勇者と召喚士、抱える資産は相当な額に上るはずだ。


 とはいえボクらはほぼ何もしておらず、受け取るのを一旦遠慮するも、結局は1割ほどを渡されることとなった。

 ただ1割とはいえ狩った数が数、1ヶ月は十分遊んでいられる額となってしまう。


 換金作業に追われたクラウディアも上機嫌で、「もううちの金庫空だからね。これを処分しないと明日以降の報酬払えないよ」、と言いながらもホクホク顔だ。

 引き取った素材の売却益などが、いくらか手間賃として手元に入るのが理由だろう。



 そんな事があった日の夜。

 夕食を終えて宿に戻ったサクラさんは、クラウディアさんと一緒にカウンターを挟んでお酒を飲みながら談笑していた。

 酒精が入ったせいか、どこか凹んだ気配を漂わせるサクラさんに対して、カラカラと明るい笑いを向けている。



「私もそろそろいい歳だしさ、仕事ばっかしてないで良い相手の一人でも見つけようと思ってた矢先に、なんだかよくわかんない世界に放り出されたわけよ。この気持ちわかってくれる!?」


「わっかんないって、アタシは元々この世界の人間なんだから。……んで、いい歳って言うけど、あんまりそうは見えないんだよね。実際サクラって何歳なのさ、言ってみ?」



 どうやら今日は少しばかり、悪い酒になっているらしい。

 徐々に愚痴の応酬へと発展しており、クラウディアさんが突然に発した問いに言葉を詰まらせるサクラさんは、ボソリと耳打ちする。

 ボクは少し離れた席に座っているし、すぐ横ではゲンゾーさんが酒に酔って陽気に歌っているため、当然聞き取れない。

 ただ耳打ちをされた直後、信じられないといった風にクラウディアさんは驚きの声を上げる。



「……ウソでしょ、流石に」


「下にサバ読むならまだしも、こんな嘘ついてどうすんのよ」



 クラウディアさんの表情を見るに、想像したよりも上の年齢を告げられたようだ。

 ボクはサクラさんを20かそこらに見ていたのだが、もう少し上なのかもしれない。

 そういえばサクラさんを召喚したその日、会話の流れで年齢を聞いてみたのだったか。

 その時ははぐらかされてしまったけれど、同性相手ならばそういった抵抗の度合いは変わるらしい。



「なに、異世界の人ってまさか若作りなの?」


「ていうか私の生まれた国の人間が、比較的若く見られがちなのよね。こう見えて貴女よりちょっと年上、敬ってもいいわよ」


「なにそれ、ウラヤマシイ……」



 確かクラウディアさんは、20代の半ばだと言っていた。

 となるとクラウディアさんよりも少し年上ということは……。まぁ、あまり気にしないであげた方がよさそうだ。


 それにしてもこの2人、随分と仲良くなったものだと思う。

 初対面の時点から揃ってボクをからかっていたりと、気の合う様子は見せていたのだが、ここ1ヶ月くらいで数年来の友人であるかのように打ち解け、毎夜酒を片手に雑談に興じている。


 勇者はいつ倒れるとも知れず、各地を転々とすることも多い。

 それでもこうして気の合う友人が出来るというのは、サクラさんにとっても幸運な事だと思えた。



「小僧、女同士の会話を盗み聞いても碌な事にはならんぞ」



 二人の会話が気になって聞き耳を立てていたボクの横から、野太い声が飛んでくる。

 故郷のものと思われる歌を歌い上機嫌になっていた赤ら顔のゲンゾーさんは、勝手に酒壷を引っ張り出し煽っていた。



「下手に割り込もうもんなら、白い目で見られるのが必至だ。わしのカミさんもそういったのを嫌がるしな」


「ご結婚されてるんですか」


「おうよ。わしが召喚されて来てすぐ知り合った、こちらの世界の娘だ」



 所帯を持つ勇者の中で、勇者同士で結婚したという人は存外少ないと聞く。

 多くは相棒の召喚士であったり、知り合った普通の市民とであるそうだ。

 彼もまたそうだったようで、すぐ隣で座るクレメンテさんは、揶揄するように笑いながら口を開く。



「ですがゲンゾーと知り合った当時、彼女は5歳かそこらだったんですけどね」


「……え?」



 ずっと傍らに居たであろう彼ならば、ゲンゾーさんの奥さんについてもそれなりに知っている。

 なのでそこは不思議でもないのだが、告げられた年齢に少しばかり驚きを隠しきれない。

 当時のゲンゾーさんが何歳だったのかは知らないが、クレメンテさんの年齢を考えると、いったいいつの話だったというのか……。



「当時のゲンゾーは確か27だったんですけど、孤児だった彼女の身元を引き受けましてね。20以上も離れた娘が育つまで待つなんて気の長い話です」


「ワシはどちらかと言うと、娘を育ててるつもりだったんだがなぁ。いやはや人の心の内なぞ解らんもんだ」



 そう言って酒壷から直に酒を煽り大きく笑う。

 ということはつまり、そういった善からぬ意図を持って引き取ったのではないようで一安心。

 だが結局ゲンゾーさんの奥さんは、大人になるまでの間に、そういった感情を募らせていったようだ。

 ただそんな話を聞いたボクは、ふと教会へと預けられているアルマを思い出す。彼女は孤児ではないが。



「小さい子供を連れてというのは、大変ではなかったですか?」


「そうだのぅ。やはり危険な目に遭わせかねんし、狩りの最中はどこかの町に置いてくるのがほとんどだったな。戻って来れん可能性を考えると、心配し通しではあった」


「万が一の時に備えて、彼女を預けた宿の主人に多めの金を預けて出るんですけどね。ですがそのまま幼かった彼女を置いて持ち逃げされたのも、一度や二度ではありませんでした」


「まぁそのほとんどはとっ捕まえて、牢に放り込んでやったがな!」



 彼らは懐かしいものを思い出すように、薄く笑顔を浮かべながら答えてくれる。

 なかなかに大変な目に遭ってきたようだけれど、それもまた良い思い出となっているのだろう。

 しかし大きく笑うゲンゾーさんは、突如グッと顔を近づけボクの頭を掴む。



「で、どうしてそんなことを気にするんだ? あのお嬢ちゃんとの将来でも考えてやがるのか?」



 ニヤニヤと意味深な表情で、顔を近づけ問い詰めてくるゲンゾーさん。

 彼はきっとボクがサクラさんを相手にそういった願望を持ち、将来的なところを見据えて聞いたと考えたらしい。


 ただサクラさんはボクにとって、今現在は憧れや羨望という想いが強い。

 一切そういう感情がないとは言わないものの、今回はそれを理由で聞いたわけではなかった。

 アルマの件もあるけれど、それよりも今考えていたのはボク自身についてだ。



「その……、実はボクの父が勇者だったもので」


「そうだったのか? にしてはあまり見た目に表れとらんようだが」


「どうやら母親似らしくて。あまり異世界の人が持つ特徴が出てこないんです」



 ボクの父親は、この世界に召喚された勇者の一人だった。

 20数年前に召喚されて以降、そこそこ活躍していたと聞く。

 母親は父を呼び出した召喚士で、勇者と召喚士の性別が異なる場合の、典型例とも言える組み合わせだったらしい。


 ただ正直ボクには両親の記憶はほとんど無い。

 物心がつくかどうかといった時期に、ボクを預けて狩りに出たきり戻ってこなかったからだ。

 他に親戚も居らず身寄りのないボクを引き取ったのが、留守中ボクが預けられていた先であり、同じ召喚士にして母の親友でもあるお師匠様だった。


 かろうじて父から受け継いだ要素があるとすれば、先程サクラさんが言っていたような、若く見られがちという向こうの人の特徴か。

 ボクは実年齢よりも幼く見られがちなので、一応は向こうの血を引いているのだろう。


 両親に関する記憶のないボクにとって、お師匠様が親のようなものではある。

 しかしこういった話を聞いてしまうと、どうしても気になってしまうのだ。



「ご両親の名を教えて頂けませんか。この国で活動されていたのなら、案外知っているやもしれません」



 少しばかりしんみりとした空気になったせいか、クレメンテさんは名を問うてくる。

 別段隠す理由もないため名を口にすると、彼にはどうやら心当たりがあるようだった。



「なんだ、小僧の両親はお前さんの知り合いか?」


「何を言ってるんですか、貴方も会ったことがあるでしょうに。国境沿いの町が野党に襲撃された時、一緒に戦った2人組が居たじゃないですか」


「あー……、なんか居たなぁそういや。まだ召喚されたばっかのド新米だったけか」



 ゲンゾーさんにしても、ボクの両親を知っており記憶に残っていたようだ。

 聞けば当時ボクの両親は新米で、国境沿いの町で出会い魔物の討伐に協力したり、町が野党の襲撃を受けた時は共に撃退したのだという。

 ただ会ったのはそれきりで、以降は時々風の噂を耳にする程度だったと。



「しかし新米だったあの連中の息子が、召喚士になって一線へ出てくるとはな。月日が経つのは早いもんだ」


「お互い歳を取るはずですよ」


「お前も白髪が見え始めたしな」



 二人は苦笑しながら当時を振り返り、互いをからかい合う。

 かなり昔の話であり、顔を合わせたのも数日程度だったのでおぼろげなようだけど、ボクは知る限りの話を聞こうと身を乗り出す。


 お師匠様は母の親友ではあったけれど、両親についてあまり話してはくれなかった。

 理由は定かではなく、問うてもはぐらかされる場合が多かったように思える。

 ボク自身があまり真剣に問い詰めたりしなかったというのも理由の一つだろうけれども。


 その日、ボクは初めて自身がサクラさんと近い部分があるのだと、ちょっとだけ信じられるようになった。


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