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花壇の都 04


 アバスカル共和国の首都リグーに到着した初日。

 宿外の酒場から帰ってきたサクラさんと共に再び外出したボクは、夕食を取るべく近場に在るちょっとだけ立派な食堂へと入った。

 そこで土地の名産であるという、短角の生物から採れた肉を使った料理と酒を頼み、背もたれに身体を預ける。


 ただ少しだけ緊張を緩めたくなる食事の席だけれど、向かい合う席に座るサクラさんから、ジッと視線を向けられているのに気付いた。

 もしや気を抜きすぎであると窘められるのだろうかと、とっさに身構えてしまう。



「えっと、どうしたんですか?」


「……別に。料理はまだかしら」



 何を言われるのだろうかと緊張していたのだけれど、以外にもサクラさんからは厳しい言葉を頂戴することはなかった。

 はてどうしたのかと思い、それとなく彼女の仕草を観察する。

 すると一足先に来た酒に口を付けるサクラさんは、時折チラリとボクの方を窺い、言葉を呑み込むといった様子を繰り返していた。



「なんでもない、ってことはないですよね。言いたい事があるって、顔に書いていますよ」



 出来上がった料理がテーブルに運ばれ、焼かれた肉とスパイスが強い香りを放つ。

 テーブル中央に置かれたその肉を切り分け、それぞれの皿へ盛るサクラさん。

 ボクは彼女が自身の皿に乗った肉を一口食べたところで、内に隠そうとしているであろう言葉を問うてみることに。


 サクラさんはその問いに、すぐには答えを返してはくれない。

 ただ一口、二口と料理を食べ、パンと共にお酒を飲み込んだところで、意を決したように逆にある問を投げかけてきた。



「クルス君は……、一ノ谷についてどう思う?」



 突然に発された問いは、どういう訳か自治都市アマノイワトで別れたイチノヤに関するもの。

 彼はあの町を離れる時、帰国時には助力をすると約束してくれたのだけれど、その事となにか関わりがあるのだろうか。



「どうしたんですか、急に。あの人からなにか、変なことでも?」


「そうじゃないのよ。ただ単に、印象を聞きたかっただけ」



 今更、という想いが真っ先に浮かぶ。

 ボクらがこの国に入り込んでから、既に1ヶ月以上が経過。イチノヤとはその間に幾度となく顔を合わせてきた。


 アマノイワトに居た時には、ボクは少々サクラさんから離れていた期間もあったけれど、それにしたところでこういった話をする機会は多々あったはずだ。

 ではなぜ今になってこんな質問をしてくるのか。

 ボクにはサクラさんの意図が測りかねたのだけれど、とりあえずはその疑問を置いておくとして、率直な感想を口にした。



「なんだか勝手な人ではありましたね、悪い人じゃないとは思うんですが。そこいらの感じ、ゲンゾーさんとよく似ていました」



 正直なところ、これがあの人に対し抱いていた印象。

 豪快というか大雑把というか、物に対しても人に対しても細かいことは気にせず、我が道を往くといった感じだ。

 きっと部下たちの苦労は計り知れないだろうし、もし居るとすれば彼の家族は大変であろう。ただ……。



「ただなんとなく、必死にボクの事を護ろうとしてくれていました。サクラさんがカガミと戦っている時も、ずっと間に立ってくれましたし」


「そう……」


「もっともボクが足を引っ張らないよう、監視していただけかもしれませんけどね」



 イチノヤに関して最も印象に残っているのが、坑道の中での出来事だろうか。

 最初に出会った、列車内での出来事ではなくこちらが鮮烈であるのは、やはりあの人の取ったそれに妙な違和感を感じたため。

 弱いボクを護ろうとした。その点のみを考えれば不思議ではなくとも、彼にはなにか別の理由があったのではと思えてならなかったのだ。


 それにあの時のイチノヤには、どことなく安心できるものを感じたのを覚えている。

 まだ幼かった頃、お師匠様がボクを抱き上げてくれた時と似たような感覚を。



「それがどうしたんですか?」


「……聞いてみただけよ。さあ、早く食べてしまいましょう」



 それがいったいどう話しに繋がるのかと思い、首を傾げる。

 けれどサクラさんは明確な答えをはぐらかし、再び目の前にある料理へ向き合っていた。



 結局それ以上、サクラさんから意図を聞き出すことは叶わず、ボクは仕方なく自身も食事を進めることに。

 肉を食べ終え、そろそろ胃の方も限界が近いだろうかという頃。

 宿に戻ろうかと口にしかけたのだけれど、サクラさんは近くを歩いていた給仕を呼び止め、2人分の甘味を注文した。



「さあ、そろそろ本来の目的を果たさないと。このデザートを食べ終えるまでにはね」



 まさかまだ食べ足りないのだろうかと思うも、どうやらそうではないようだ。

 彼女はチラリと、一瞬だけ他所へ視線を向ける。

 ボクもまた彼女に倣いそちらをコッソリ窺うと、そこではアバスカルの国軍兵士が席に着いており、酒を注文しているところだった。


 サクラさんが小さな声で教えてくれたところによると、あの兵士たちは席に着いた直後、都市内の巡回についてを口にしていたのだという。

 なので彼女は僅かであっても、会話から都市内の警備状況を盗み聞こうとしているようだ。


 そもそもボクらがここに来た本来の目的は、当然食事を摂るというのもあるけれど、情報収集という側面が多分に存在する。

 特にサクラさんのような勇者は、視力聴力共に常人より遥かに優れており、聞き耳を立てるという点においても優秀。

 彼女は自身の能力をいかんなく発揮し、届いた甘味に口を付け雑談を交わすフリをしながら、その兵士たちの話をボクに伝えてきた。



「基本は愚痴ね。上官の無茶振りによほど苦労しているみたい」


「ならこれといって手掛かりになりそうもありませんね。どうします、他の酒場にでも寄って行きますか?」


「もうちょっと待って。……どうも面白い話を始めたみたいだから」



 粗方甘味も食べ終え、食後の茶を口に含む。

 けれど兵士たちの話は取り留めのない物ばかりのようで、一見してこちらの求めるそれとはなりそうもなかった。


 けれどサクラさんは人差し指を立て、もう少し粘ろうと口にする。

 どうやら彼女の言う所の面白い話とやらを始めた兵士たちは、酒が入ったことによって口が回り、人が多い食堂であるのに余計な会話をし始めたようだ。

 ボクは息を呑み彼女の言葉を待つ。



「とりあえず、明日の予定は決まったかな」


「例の場所を、早速探るんですか?」


「そっちは今夜の内に下見をしておく。でも目的は別の場所」



 兵士たちの話を盗み聞くサクラさんは、早速その情報を元に行動の計画を立てた。

 ここまで酒場やらなにやらを巡っており、そこで得た物も含め、ある程度指針を決められる程度には材料が揃っていたようだ。


 ただボクは例の場所。つまり"嘆きの始祖塔"で発見している、昔の勇者が残した絵に記されていた、"黒の聖杯"が最初に召喚された場所だ。

 そこへ向かうのだと思っていたけれど、サクラさんはその言葉に首を横へ振る。

 サクラさんの言によれば、どうやらあの絵に記されていた場所を含む一帯が、現在では無人となっているようだ。

 都市人口の増減などの影響を受け、老朽化した建物などを建て替えるため、再開発が行われている真っ最中なのであると。


 国軍の施設が建っていなかっただけ、まだ良しとすべきなのだろう。

 けれどそこをすぐさま調べるのではなく、ひとまずは下見程度で十分であると言う。その代わりサクラさんは、明日他に行くべき場所があると考えたらしい。



「別の場所……、ですか?」



 なにやら声に意味深なものを織り込んでくるサクラさん。

 彼女がこういった物言いをする時は、大抵ボクにとってあまり好ましくない状況が待っているものだ。

 けれど結局は聞かなくてはならないのだろうと、恐る恐る次に発せられるであろう内容を尋ねてみる。

 するとサクラさんは少しだけテーブル上で顔を寄せ、ソッと小さな声で不穏な言葉を吐き出した。



「奴隷市場に行く」



 簡潔な、静かで強い視線と共に発せられたその言葉に、ボクは身を強張らせた。


 奴隷売買が禁止されているこの大陸において、ここアバスカル共和国だけは公に奴隷の取引が行われている。

 首都リグーにて夜毎開かれているというその市では、奴隷という身分に落とされた多くの人たちが、大金によって取引をされているのだと。


 この国に入った直後にも、ボクらは統制の行き届いていない末端の兵に捕らえられ、奴隷とするべく売り飛ばされた。

 それに自治都市アマノイワトに居た鉱夫たちの多くは、元々が奴隷であったと聞く。


 ただ奴隷と聞いて思い出すのは、アルマのことだろうか。

 家族と引き離されたあの子は、同じく売られそうになった他の子供たちと一緒に運ばれている最中、魔物の襲撃に遭い危く命を落としかけていた。

 家族も同然なアルマがそうであったが故に、当然ボクにとっては、そしてサクラさんにとっても奴隷の取引に対しあまり良い印象が無い。

 でもサクラさんはあえて、その奴隷市場へ行くと言う。



「いったいどうして……」


「最近そこで買われた比較的安い値を付けられた奴隷たちが、例の場所で行われている再開発に従事させられてるそうなのよ」


「もしかして、その中に混ざろうなんて考えてませんよね?」


「まさか。それだといざって時に逃げられないし、そもそも私なら高値を付けられるし」



 なにやら妙に自信満々な様子で、己では値が高くつき過ぎると言い張るサクラさん。

 どこからその自信が沸いてくるのかはわからないけれど、もしも仮に彼女が奴隷市場に出品されようものなら、相当な額になってしまう気はする。

 なにせ時に勇者すら出品されてしまう奴隷市場であっても、実際に出てくると言うのは稀であると、確かイチノヤが言っていたはず。

 それに勇者としての実力に加え、少しキツめではあるが整った容姿にスラリと長い四肢。値が吊り上る要素はいくらでもある。


 ともあれサクラさんは、そういった手段を用いようとはしていないようだ。

 そのことに安堵しながら、ではどうするのかと問うと、彼女は静かに立ち上がって金をテーブル上に置き、外で話すと告げるのであった。


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