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花壇の都 03


 アバスカル共和国の首都リグー。

 その都市外周へ設置された、列車が荷物や人を積み下ろしするための施設。

 列車の屋根に掴まり、時折される荷物の積み下ろし作業の時だけは隠れ潜んでいたボクらは、1日少々という時間を掛け首都へと辿り着いた。


 当初の徒歩で数日という予定を思えば、遥かに早く楽に到着したここ"リグー"は、通称"花壇の都"と呼ばれていた。

 列車からコッソリ降り、施設を抜け出して都市の外壁を越え、その市街地を歩くボクは小さな嘆息と共に呟く。



「確かに、多いんですよね。噂に聞いていた通り」



 リグー市街の大通りを歩きながら、ボクは額に滲む汗を袖で拭き、率直な感想を漏らす。


 この町が花と呼ばれるのは理解できる。町中を見渡せば、至る所に花が植えられ鮮やかに彩られているのだから。

 高地に在るアバスカル共和国は、本来であれば他国よりもずっと寒冷。

 既に夏に足を踏み入れているとはいえ、こういった色とりどりの花を観賞できるような土地ではない。


 けれどどうやら地熱を上手く利用しているらしく、同じ地方でありながら他の都市とは気温が雲泥の差。

 おかげでボクらも着ている上着を脱ぎ、汗ばみながら歩くハメになっていた。



「町も綺麗に掃除されて、アマノイワトで聞いた評判とは大違い」


「そうなんですよね。もっと陰鬱な雰囲気の町だと思っていました……」



 サクラさんもまた周囲をそれとなく窺い、この町がとても華やかであることを意外そうにする。

 数日前に居た自治都市アマノイワトでは、多くの勇者たちがこの町の事をあまり良い印象では語っていなかった。それこそ嫌な表情を浮かべる人も居たくらいに。

 けれど実際に来てみるとどうだろう。町には花が咲き誇り、人々には笑顔が浮かび、商店は活気に満ちている。

 もっとも敵対している相手であるだけに、そういった評価になるのは当然なのかもしれないけれど。



「ただ……」


「どうしたんです?」


「ちょっと、違和感があるのは確かかな」



 一見してむしろ好ましい。この都市に対しそんな感想を抱き始めたボクであったけれど、隣を歩くサクラさんはなにかを感じ取ったようだ。

 道の隅で立ち止まると、視線を一方へと定める。

 そこには広場の一角へと座席を設けた喫茶店で、多くの人たちが茶を片手に談笑している光景。

 一見して何の変哲もない穏やかな風景だけれど、サクラさんの目には違和感を感じるものであった。



「花壇……、か」


「この町の異名、ですよね。そういえばなんで花壇なんでしょう? 花というのはわかりますけれど」


「その答えは目の前に在るのかもよ」



 サクラさんが呟いたのは、この首都リグーに付けられた二つ名。

 けれどそれを反芻した所で、ボクはふと妙なことに気付く。


 普通こういった場合、"花の都"などと呼ぶのが自然ではないだろうか。

 花というのが本物の花を指すのか、それとも別の物を形容しているかはさておき、あえてそれを囲う物で形容したりはしない気がする。

 ただサクラさんの言葉を怪訝に思いつつ、ジッと彼女と同じく喫茶店を眺める。

 するとなんとなくではあるけれど、ボクにもサクラさんがああ言った理由がわかったように思えた。



「なんというか、ちょっとぎこちない気がします。笑顔ではあるんですが、本心から笑っていないような……」


「人口的っていうか、作り物めいているのよね。下手な役者が演技をしているみたい」



 ……普段人の前で笑顔の鉄仮面をかぶるこの人が、それを言うのか。

 などとと思わなくはないけれど、今はそれを置いておくとして。


 確かに道行く人たちの顔を見れば、一見して笑顔で満ち溢れているようには見える。

 けれどその笑顔は表面に張り付いているというか、その奥では無表情が潜んでいるような、どこか寒々しい物を感じてならない。


 そのことを証明するようにと言っていいのだろうか。不意に周囲からざわめきが起こったのに気付く。

 振り返ってみれば、大通りの向こうから人が走って来ようとしていた。

 2人組のその人たちは共に旅装を纏っており、片方は黒髪。なのでおそらく勇者と召喚士。



「いったい何があったんでしょう?」


「何かから逃げている……、っていう感じね。でも勇者がこんな町中で?」



 人混みを掻き分け走る勇者と召喚士。2人は妙に焦っている様子で、時折振り返って様子を窺いながら、真っ直ぐ都市の正門方向へ向け駆けていた。

 予定が有って急いでいる、といった様子ではない。

 サクラさんが言うように、後ろから迫るなにかから逃げようとしているといった感想が真っ先に浮かぶ。


 いったいなにがと思うも、その正体はすぐに明らかとなる。

 勇者たちが通ったことで割れた人混みをさらに広げるように、数人の男たちが駆け抜けてきたからだ。

 全員が揃いの軽装鎧を纏い、同じ中剣を腰に差している。けれどただの国軍兵士ではない、全員が黒髪である点からしてこちらも勇者だ。


 その追いかける連中は、逃げる2人の内召喚士の方が転んだのを見逃さず襲い掛かる。

 そして数にモノを言わせ瞬く間に彼らを拘束すると、問答無用で気絶させ運んで行ってしまう。

 ボクはその光景を困惑しながらも眺めているのだけれど、それ以上に首を傾げたくなるのは周囲の反応。


 捕り物が終わり一瞬だけ静まり返るも、すぐさままるで今の光景が無かったかのように平常へ。

 喫茶の客たちは笑顔で茶を飲み、商店の売り子は人を呼びこむ。そして子供たちは……、ビクビクしながらも再び遊び始める。

 これといった反応があるのは子供くらい。大人たちは今の光景を見なかったものとし、日常を演じようとしているかのようであった。



「勇者たちがアマノイワトへ流れてきた理由がわかるってものね。ここは人々の反応が不自然そのものだもの」


「統制……、と言っていいんでしょうか。管理されているとも言えそうですが」



 周囲に聞こえぬよう小さな声で、この一種異様な光景に対する感想を口にする。

 さっきの捕り物そのものは、驚きこそすれ別段不思議な物じゃない。なにか問題を起こし、逃げようとしたところを捕まったと想像できるから。

 けれどその後に見た人々の反応。こちらは異常だ。



「そうね、管理というのが合っているかも。名の通りここは花壇、自然に花が咲き誇る天然の花畑ではなく、人の手が入り管理され咲いている」



 花壇そのものは良いと思うし、ボクも家があるカルテリオでは、小さな植物を庭に植えたりしてみたものだ。

 けれどそれが、人を表現する時に使われる表現となれば少々話は異なる。

 言葉から漂う雰囲気は、どことなくうすら寒いモノが混じっているように思えてならない。


 町中には花が咲き誇り、人々の表情には笑顔がある。けれどそれは表面的な物でしかないのだろう。

 子供たちはともかく、大人は一様に何かを恐れている。故に普段通りの日常へと、すぐさま戻ろうとした。



「ともあれ宿を探さないと。こんな場所で延々観察していても埒が明かない」


「そうですね。怪しまれる前に移動した方が良さそうですし」



 周囲の人々は、僅かながらこちらに視線を向けている。

 それはきっとサクラさんが勇者であるのを理解したため。そしてこの都市では、見かけない顔であるため。

 もしこの町の勇者に見咎められでもしたら厄介と、その場から移動することに。


 大通りを歩いて宿を探し、その内の一軒へと入る。

 大抵大通りに面した宿というのは宿賃が高い傾向にあり、その例に漏れずここもそうであるようだけれど、あえてここを選んだのには理由があった。



「部屋から大通りは見えるかしら?」


「ええ、ええ。それはもちろん。もしかしてお客さん、他所の町からお出でなすったので?」


「所用でね。数日滞在できるから、折角だし町並みを眺められる部屋が良いと思って」


「でしたら当宿はうってつけでございます。全てのお部屋が大通りに面しておりますので、毎日朝日と共に咲き誇る花を鑑賞するにはよろしいかと」



 宿の主人と会話をしながら、記帳をし宿代を支払うサクラさん。

 ただ彼女がこの宿を選んだ理由として告げた内容は大嘘。実際には街並みや花が目的ではなく、人の行き来を観察するのが目的だ。


 この宿を拠点として、まず数日は都市内の情報収集を行う。

 食堂で聞き耳を立て噂話を探り、窓から見える往来で警備の動きを探る。

 それらをある程度観察して、そこから目的の場所を探るために行動を開始する。

 一見してかなりまどろっこしいやり方だけれど、なにせここは他国、それも発見されれば間違いなく拘束されてしまうような国。慎重を期すに越したことはなかった。



「ではごゆっくり。朝食は1階の食堂でお願いします」


「ありがとう、しばらく厄介になるわ」



 笑顔で頭を下げた店主に見送られ、ボクらは上階へと上がっていく。

 けれどボクらを見送り終え頭を上げた店主の表情が一瞬だけ見え、やはりさっきの感想は間違っていないように思えた。


 素人の役者を舞台に立たせ、無理やり役割を演じているかのような表情。

 固く、ぎこちないその表情の向こうには、どこか疲れたような気配と共に、僅かな警戒感が滲んでいるようにも思えた。

 サクラさんも同じ感想を抱いたのか、小声で「自然に振る舞って」と呟く。


 用意された部屋に入ると、荷物を置いて真っ先に窓へと向かう。

 少しだけ開いてみると、眼下には大通りを歩く人々の姿と、町を彩る植木や花の咲いた鉢が至る所に見えた。

 さらに大きく窓を開いてみると、飛び込んでくるのは甘さすら感じる花の香り。



「最初は良い香りだと思ったんですけど」


「今にして思うと、どことなく醜悪さすら感じてしまうわね。さて、と……」



 けれど本来なら心地よいはずの鼻をくすぐるそれも、住民たちの雰囲気と照らし合わせてみれば、どこか眉を顰めたくなってしまう。

 そのことに同意をするサクラさんは、財布が入った小さなカバン一つを下げ、部屋の出入り口へと歩いていた。



「何処へ行くんです?」


「酒場よ酒場。真昼間に繰り出してるダメ親父たちから、ちょっと話を聞き出してくる」


「程ほどにしてくださいね。ただでさえサクラさんは目立つんですから」



 どうやら彼女は今から、情報収集という名目で酒場に繰り出すつもりのようだ。

 基本的には酒好きな彼女だが、アバスカルに入って以降はずっと我慢をしていた。

 なにせ自治都市アマノイワトには、碌に酒場と言える場所が無かったためだ。


 本当ならもっと慎重に探らなければいけない。でも少しくらいは憂さ晴らしをした方が、今後のためには良いのではないか。

 なにせサクラさんは、つい先日向こうの世界に居た時からの知り合いを、自らの手で討ったのだ。

 今はその事をおくびにも出さないけれど、きっと心の奥底では澱んだものがあるというのは想像に難くない。


 ボクはそういった理由で引き止める言葉を呑み込み、ちょっとだけ浮かれた気配を漂わせるサクラさんの背を見送るのであった。


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