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花壇の都 01


 シンと静まり返った、自治都市アマノイワト守備隊の宿舎。

 周囲を窺って見るも、普段なら見える守備隊員たちの姿が1人として見えない。

 彼らの多くは、現在砦での警戒に立ち、あるいは都市内の各所へ警戒のため散っている。


 というのも都市内へと、国軍によって送り込まれた人間が、多く居ることが定かになったため。

 坑道内での一件から数日。カガミは勇者という立場を用い、相当数の国軍兵士を引き入れていたことが、彼女の私室に残っていた手掛かりから判明したのだ。

 そのため現在は人員のほとんどを使い、潜り込んだ連中の炙り出しを行っている真っ最中。


 そんな理由でひと気が無くなった宿舎の中。ボクはとある部屋の前に立っていた。

 緊張に鼓動を早め、深呼吸をし手を伸ばす。そして扉を幾度かノックして、中に居る人物からの了解を得て開く。



「クルス。どうしたの?」


「お見舞いだよ。今日までずっと来れなかったからさ」



 ボクが足を踏み入れると、部屋の主は小さな驚きを顔に浮かべる。

 ベッド上で座り小振りな本を手にしている人物は、先日坑道でカガミと対峙し、単独で立ち向かいボクを逃がそうとしたリアだ。


 彼女はボクの姿を見てベッドから降りようとするのだけれど、すぐに痛みで顔を顰めたため、駆け寄って彼女を制し、動かぬよう告げた。

 その時に見てみれば、彼女が着る服の下には、幾重にも巻かれた包帯が。

 頭と腕に脚や腹、随所に巻かれている痛々しさを強調させるその姿に、ボクは言葉を詰まらせる。


 単独でカガミに立ち向かった彼女だが、辛うじて命は繋いだ。

 実のところ生存は難しいと思っていた。あの時のカガミであれば、容赦なく殺していたであろうから。

 けれどカガミはボクを追う方を優先したためか、リアにトドメを刺さずに行ったらしい。

 見つけた時には全身ボロボロではあった彼女だけれど、急ぎ坑道から運びだして治療をし、今日ようやく面会が叶ったのだ。


 その彼女はベッドの上で身体を落ち着けると、ジッとボクを眺める。



「どうしたの?」


「……怒っていると思ってた。クルスを護れなかったから」



 リアは静かに、淡々とではあるけれど意外そうな言葉を吐く。

 どうやらボクが機嫌を損ねていると考えていたようで、この部屋にボクが来たことすら驚きであったらしい。


 護衛役でもあった彼女が言うように、護るという点では役目を成せたとは言い難いのかもしれない。

 実際逃げた先で助けてくれたのはサクラさんで、彼女は足止めを果たせなかった。

 でもリアは、身を挺してボクを逃がしてくれたのだ。

 そこを感謝しこそすれ怒る理由などないと告げると、無言ではあるものの胸を撫で下ろすような気配を漂わせる。


 ただそこで会話は途切れてしまう。

 話をする内容はある。例えば犠牲となってしまった、彼女の弟であるリクのことについて。

 けれどそこを切り出していいものか判断しかねていると、リアは唐突に一つの結論を口にした。



「勇者。やめる」


「……それって、リクが居なくなったから?」


「それもある。でもたぶん、もう戦えない」



 医者の話では、順調にいけば日常生活を送るにも、勇者として復帰するのも可能だと聞いた。けれど彼女自身は、もう勇者としてやっていく気はないと言う。

 これまでずっと一緒であった、年子の弟を突然に失ったのだから、そのような考えに至るのもわからなくはない。

 けれどそれだけが理由ではないようで、手にしていた本を膝の上に置き、自身の頭に撒いた包帯へ触れた。



「でもお医者様は、傷を癒せばまた戦えるって……」


「そうじゃない。もう武器が持てない。さっき試してみたらダメだった」



 彼女はそう告げると、ベッド脇のテーブルへ置かれた短剣に触れようとする。

 けれど伸ばされた手は震えており、柄の部分に触れることすら躊躇っているようだ。

 そしておそらくこの震え、傷による影響だけではない。


 きっと彼女は恐ろしいのだ。武器を持つことが、再び戦いの場に出ることが。

 ボクよりも少しばかり歳が下な、こちらの世界でも勇者たちの世界でも成人には達していない少女。

 まだ碌に戦いを経験していなかった彼女は、死を間近に感じてしまった事によって、再び立ち上がるための杖を折られたのだ。



「大丈夫。他にやれることを考えてくれるって、一ノ谷が別が言ったから」



 彼女はそう告げると、疲れたと言い横になる。

 おそらく体の痛みと心の痛み、その双方によって辛さを増しているであろう彼女にかける言葉が見つからず、ボクは部屋を跡にすることにした。


 元気を出して、などという陳腐な言葉を言い訳がましく残し、リアの部屋の扉を閉める。

 そして廊下を歩き突き当りを曲がったところで、身体のうちに溜まっていた重い空気を吐き出した。

 そういえば部屋の隅には、弟であるリクの持っていた短槍が立てかけられていた。

 あんな物を見ていては、余計に苛まれるに違いない。けれど手元から放すことも出来ないのだ。


 ボクは痛々しさに満ちたリアの姿を思い出し、再び息を吐き出す。

 するとそんなボクの頭へと、心配そうな声が降りかかってきた。



「クルス君、彼女の様子はどうだった?」



 声に反応し顔を上げると、そこに立っていたのはサクラさん。

 いつの間にか近づいていたのに、まったく気付けていなかったようだ。



「酷い顔。その様子だと、あまり芳しくなかったみたいね」



 目の前に現れた彼女は、ボクの顔を覗き見るなり眉を顰める。

 ここには鏡などないから確認は出来ないけれど、この言いようだと一目見てわかるほど憔悴しているのかも。


 サクラさんは最初こそ見舞いに行こうとしていたのだけれど、自分があまり関わってこなかった相手であるだけに、直前になって遠慮すると告げたのだった。

 なのでこうして宿舎内を歩きながら待っていたところに、酷い様相のボクが戻ってきたのだろう。

 その彼女へと、さっき聞いた話を伝える。



「私はその時に居なかったからどうこうは言えない。でもクルス君から聞いた話と、惨状を見れば納得はできる。可哀想な目に遭ったわね」


「サクラさんは、平気なんですか」


「加賀美のこと? ……そうね、まったく気にしていないと言えば嘘になるけど」



 壁に背を預け、黙祷をするように瞼を閉じるサクラさん。

 彼女はあまり言葉を交わしては来なかったものの、記憶の中にあるリクへと祈りを捧げているかのようだ。


 そんなサクラさんへと、ボクはどうしても気になっていたことを問う。

 あちらの世界に居た時、部下であったというカガミを討ったことが、サクラさんにどう影を落としているのかが気になったために。



「割り切らなきゃやっていけない。任務を完遂して、私たちの家へ帰るためにも」



 サクラさんはハッキリと、自分たちのために必要な考え方であると断言した。

 確かにそうだ。ボクらはなによりも第一に、アバスカル共和国の首都リグーへと赴き、黒の聖杯が最初に現れたとされる地を確認しなくては。

 その後は関わる事象の調査を経て、報告のために国へ帰らなくてはいけない。なによりも自分たちのために。


 でもそんな言葉を聞くとイチノヤが言っていた、サクラさんのことを指す"よく見ておくように"という言葉が頭に響く。

 ボクは反芻するように思い出されるそれを、今だけは他所に追いやることにし、サクラさんの言葉に強く頷いた。



「……そうですね。まずはなんとしてでもリグーに辿り着きましょう」


「ならあの人に案内を頼まないと。移動に必要な足と食料もね」



 ゲンゾーさんら国の中枢から受けた任務。それを果たすためには、何を差し置いてもこの国の首都へ向かう必要がある。

 そのためには、この国の地理に明るい人から行き方を教えてもらわなくては。


 イチノヤはたぶんボクらが都市を離れるのを善しとはいないはず。

 けれどもう義理は果たしたと考えていいだろう。この都市を取り巻く状況は変わっていないどころか、むしろ悪化したとも言えるけれど、無理やり連れて来られたにしては十分協力した。

 これでもなお留めようとするなら、今度はサクラさんが都市にとっての毒となりかねない。きっとイチノヤとてそれは望むところではないと思う。



 ボクとサクラさんはそのまま宿舎を出ると、都市外の砦に居るであろうイチノヤを訪ねることに。

 リアのことは気になる。けれど今は自分たちの任務を果たさねば。それに彼女に関してはここの医者に任せる他ない。


 折り重なった急勾配な道を下って、都市の外に築かれた砦へ。

 そこで守備隊員に案内してもらい、砦の奥に在る一室へ居たイチノヤに都市を離れるつもりであると告げる。



「……これ以上の引き止めは難しいか」


「流石にね。まだ引き止めようってのなら、こっちにも考えがある。傷を負う覚悟をしてでも」


「そいつは俺も望むところじゃない。致し方ないな」



 ボクらの決心を伝えるなり、イチノヤは大きく息を吐き諦めを口にした。

 彼に対しては、具体的にこの国へ来た目的を話してはいない。

 けれどボクらがシグレシア王国からの密命を帯びているというのは、きっとそれとなく気付いているのではないか。


 何が何でもその任務を成さねばならないというのは、彼だって察しているはず。

 ここに留まり、延々アマノイワトに協力をし続けるなんてのは不可能であると。

 それでもイチノヤはサクラさんという戦力が惜しいのだろうか。引き止めが難しいとはわかりつつも、本音ではボクらが出て行くのを引き止めたがっているようだった。



「そんなに戦力が足りていないんです?」


「いや、そうでもないな。守備に徹するのであれば、今の戦力でも十分戦える。今回のように裏を突いてこられると厳しいが、今後はそう簡単にはいかんだろうよ」



 もしやこちらが気付いていないだけで、実のところ都市の戦力は非常に厳しいのかもしれない。

 そう考えて問うてみるも、イチノヤはアッサリと首を横に振る。

 嘘はなさそうだ。現在居る都市外の砦による守備は堅牢で、ある程度の戦力差なら耐える自信はあるに違いない。


 かといって別に首都に攻め込んで、自分たちがこの地を統べようなどと考えている訳ではなさそうだ。

 ならばどうしてイチノヤは、こうもボクらを留めたがっているのか。

 なんとなく、彼の奥底にはこちらを戦力として見ている以外のモノを感じてならず、どことなく聞きづらいとは思いつつも問おうと口を開きかける。


 けれどそいつは声となることはなかった。

 ボクが口にするのを遮るように、隣に立つサクラさんが別れを告げたからだ。



「それじゃ、私たちは行くから。食料と案内人くらいは用意してくれるんでしょ?」


「ああ、約束だからな。宿舎から荷物を取って来るといい、その間に諸々用意しておいてやる」



 ボクが口を挟む余地などなく、サクラさんとイチノヤは全てを決めていく。

 それはまるでボクに喋らせるのを善しとしていないと言わんばかり。


 そうして示し合わせたように話を終わらせ、サクラさんは背を向けて部屋を出て行く。

 ボクはと言えばそんな彼女を追って出ようとするのだけれど、一度だけ振り返ってイチノヤを見ると、彼がどことなく寂しげに目を細めているのに気付くのであった。


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