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アマノイワト 03


 ここ自治都市アマノイワトに辿り着いて2日目。

 都市の守備隊宿舎で一泊したボクらは、起きて早々多くの勇者たちや隊員が集まる、食堂の一角へ陣取っていた。


 アマノイワトは基本的に鉱山の町であり、土地柄農耕や牧畜が行えず、あまり食糧供給が容易いとは言えない。

 けれどコルネート側へ通じる坑道が、想像よりもずっと立派な物であるのかもしれない。

 食卓に並ぶのは、塩にまみれ極限まで乾燥させた干し肉でもなければ、萎びきって食感が最悪な野菜でも、歯が欠けるのではと錯覚するビスケットでもない。

 脂のしたたる燻製肉や濃厚な卵、新鮮な野菜にフカフカなパンなど、少々贅沢であるとすら思える品々が並んでいた。


 標高が高く寒冷な土地であるアバスカルにおいて、春の最中ではまだお目にかかれないであろう、贅沢な食材ばかり。

 広大な耕作地を有するコルネートからの支援を受けているとはいえ、絶句しかねないだけの豊富な食材に、ボクは目を丸くしていた。



「もしかして、毎日こんな食事を摂っているの?」



 サクラさんもまた、この豊富な食事に面食らったようだ。

 フォークで新鮮な野菜を刺し、目の前へ持ってきて凝視しながら、隣へ座る人物へ問う。



「まさか。今日はさくらさんを歓迎するため、特別に用意してくれたそうですよ」


「……そいつはありがたいわね。気を使わせすぎて申し訳ないけれど」


「勇者が減る分とも、増えるとは思っていませんでしたから。わたしもですが、皆さくらさんが来てくれて嬉しいんですよ」



 彼女の隣には、妙に近い位置へ椅子を置き腰かけるカガミの姿。

 あちらの世界でサクラさんの部下であったという彼女は、昨夜からずっとこの調子で近くに控え、疑問へ逐一答え続けているらしい。

 ……実際にその光景を見た訳ではないため、夕食時の様子や、彼女の相棒である召喚士の青年から聞いた限りではあるけれど。


 案内役であるため、過度に距離感が近いというのを除けば別段不思議はない。

 けれど彼女は案内役であると同時に、監視役でもあるはず。イチノヤからはそういった指示を受けているであろうに。

 そんなカガミは自身の役割など忘れたかのように楽しそうだ。

 しかも苗字で呼んでいた昨日とはうって変わり、サクラさんのことを名前で呼んでいる。



「あの、ところでさくらさん」


「なに? おかずならあげないわよ」


「そうではなく。えっと、髪……、切られたんですね」



 ある程度食事も進んでいき、会話に混ざれぬボクはゆっくりとお茶を啜る。

 そんな時、なにやら妙におどおどとした様子を見せ始めたカガミは、サクラさんの髪を凝視した。


 こちらの世界に来た当初、サクラさんの髪は背の中ほどに達するほどの長さだった。

 長く艶やかな黒髪は非常に目を引き、ボクも非常に好きであったと言っていい。

 けれどシグレシアの王城における騒動の際、敵対した勇者との戦闘で彼女の長い髪は切り裂かれてしまったのだ。


 ただ当人はアッサリと切り替えたようで、事が終わった後で肩口ほどの長さへと、切り揃えてしまったのだ。

 実際に挟みを持ったのはボクなのだけれど、今にして思えば惜しいことをしたものだ。



「切ったというか切られたのよ。戦いの最中にね」


「そんな……」


「今思い出してもムカつくけれど、これはこれで悪くないわね。拠点にしている町が南方で暑いもんだから、この方が丁度いいのよ」


「わたしは前の長い髪が好きでしたけれど……。でもとてもお似合いだと思います」



 カガミにとってもまた、サクラさんの長い髪が失われたのは少々衝撃が有ったと見える。

 けれどもあっけらかんとしたサクラさんの様子を見て、すぐさま目を細めて笑顔となり、肩口までの長さで揃えられたサクラさんの姿を褒めた。


 直後、「自分も短くしようかな」と小さな声を発するカガミ。

 そんな彼女を、サクラさんは困ったような視線で眺めていた。



「よう、お前ら。昨夜はよく眠れたか?」



 カガミの纏う空気のせいもあって、ボクがなかなか話に入っていけないところで、唐突にテーブル上へガシャリと盆が置かれる。

 それと同時に発せられた声の主を見上げてみると、そこに立っていたのはイチノヤだ。

 昨日の彼は忙しそうで、あまり言葉を交わすことはなかったため、朝食の時間にここへの感想などを聞きに来たのかもしれない。



「おかげ様で。固い鉄板や地面の上で眠るよりは、遥かに心地よい時間を過ごせたわ」



 現れた彼に対し、サクラさんは肩をすくめて言い放つ。

 確かイチノヤはアマノイワト守備隊における隊長かなにからしいのだが、それでもサクラさんの言葉は軽い。

 半ば強引に協力させられているのであって、自ら望んでここに居る訳ではないと突き付けるかのようだ。

 なので致し方なくここに滞在しているが、貴方の部下になった覚えはないという意味を含んでいるのだと思う。



「そいつはなによりだ。加賀美、ちょっと席を外してくれねぇか。こいつらと話しがあってよ」


「ですが……」



 ドカリと音を立て、席に着くイチノヤ。

 すると周囲に座り朝食を摂っていた勇者や守備隊の隊員たちは、自身の食事を手にそそくさと立ち上がり移動を始めた。

 その空気からすると別に彼が嫌われてという理由ではなく、用事があって来たことを察したため。


 ただカガミだけは自ら退こうとはしなかったため、イチノヤは端的に移動するよう告げる。

 一瞬それに対し異を唱えようとするカガミであったけれど、彼女は自身がそれを押し退けられるとは思わなかったようで、渋々ではあるが席を立ち離れた場所へ移動した。


 カガミが離れた場所に座ったのを確認するなり、イチノヤは少しばかり困った表情を浮かべ謝罪を口にする。



「悪いな、案内役の人選を間違えたかもしれねぇ」


「もしかして、彼女を通して私の事を知っていた?」


「列車でお前さんの名前を聞いた時に思い出してな。しょっちゅう思い出話をしていたせいで、記憶に残っていた」



 こうもベッタリなのだ、あの人がこれまでサクラさんについて口にしていてもおかしくはない。

 なので前々から名前だけは聞いていたというイチノヤは、列車で出くわしたときにすぐさまサクラさんが件の人物であると理解したらしい。

 なので彼としては、気を廻し案内役にカガミを当てたようだけれど、想像以上にサクラさんに対する執着が強かったようだ。


 サクラさんについては理解した。ただあの時のイチノヤは、どちらかと言うとボクの名前の方に反応していた気がするのだけれど……。

 ついでにその理由も聞こうとするのだが、口を開く前にその部分は話題の本流から外れていってしまう。



「向こうの世界で部下だった頃から、なんとなくそういう"気"のある子だとは思っていたけれど……」


「こっちに来てより悪化しているってか?」


「それはもう異様に。前はもっと大人しい子だって印象があったのに」



 小さな声で、朝から疲労感漂う声を発するサクラさん。

 彼女の記憶の中にあるカガミと、昨日からずっと眠る時以外は側に居続けているカガミとの差に、どうも違和感を禁じ得ないようだ。


 とはいえ見たところ、今露わとしているのがカガミ本来の姿であるのに疑いはない。

 あちらの世界に居た時に上手く化けの皮を被っていたのか、それとも召喚をされたことで、本来の在り様に戻っただけなのか。

 どのみちサクラさんにとって、今のカガミはなかなかに骨の折れる存在であるらしい。



「そんなことはいいのよ。速やかに要件を言って頂戴、朝食の途中なのよね」


「せっかちなお嬢さんだな。別にそこまで大層な理由じゃねぇよ、とりあえず今日の所は町中の見学でもしてもらおうかと思ってな」



 ジトリとした視線と共に、イチノヤと目を合わせるサクラさん。

 彼女の若干責めるような視線を浴びるイチノヤだが、そんなことを機にした素振りもなく、都市内の観光を勧めてきた。

 どうやら人払いをしたのは、最初に話した人選云々の部分に関する謝罪だけが目的だったようだ。


 それにしてもこの男が、普通に観光をしてこいなどと言うとは思えない。

 ボクは次がれる言葉がなんであるか警戒していると、彼はほんの僅かに身を乗り出し、愉快そうに笑いつつ妙な"お願い"をしてくる。



「ただ、そうだな……。ついでに少々頼みがあるっちゃ有るんだ」


「ほら来た。で、なによ? 流石に無茶な内容まで聞く気はないけど」


「そこまで難しい話じゃないさ。ちょっとこの町の中で、探して欲しいヤツが居てよ」



 ニヤリと口の端を歪めるイチノヤは、静かにその内容を口にしていく。


 彼によればここアマノイワトは、アバスカルと対立するという在り様から、当然のように諜報員やら工作員が送り込まれているのだと言う。

 外部との行き来は監視しているとしても、その全てを食い止められる訳ではない。

 なにせ行商人の出入りくらいはあるし、そういった存在まで止めては色々と成り立たないからだ。


 そこで彼が求めたのは、サクラさんにその入り込んだ存在を見つけ出すこと。

 きっと彼がサクラさんを引き入れたのは、これこそが目的だったのではないか。

 アバスカル国軍所属の勇者でないのは確実で、そもそもアバスカルに召喚された勇者ですらない。

 完全な外部の人間であり、かつ裏切らぬよう脅せる材料を持つ相手を。



「それのどこが容易いってのよ。土地勘もなければ見知った人も居ない、完全に余所者の私たちに」


「余所者だからこそだと考えたんだがな。この町が生まれてもう何年も経つ、送り込まれたヤツもとっくに馴染んでいる頃だろうよ」


「言わんとしていることも理解出来なくはないけれど、こっちだってそんなノウハウ持ってないわよ」



 簡単に言ってくれるが、言葉ほどには容易でないのは確か。

 そういう方面に訓練をされていたり、経験があるのならばともかく、こちらはそういった方面でずぶの素人なのだから。



「とりあえず今のところは、見物がてら歩き回ってくれりゃいい。俺はその間に、お前さんを半ば無理やり引っ張って、無理やり協力させているという噂を流しておく」


「それって事実そのものじゃないの」


「だがそうすれば、向こうから接触してくるかもしれんだろう? 不満を持つ勇者を、自分たちの側に取り込もうとするやもしれん」


「……そんな簡単にいくとは思えないけど」


「ダメでもともと、引っかかれば上々だ。上手くいかなけりゃ、最初に言ったように防衛に協力してもらうだけだしな」



 彼の意図するところとしては、国軍によって送り込まれた人間を、探し出すというよりもおびき出す。

 納得のいっていない協力者という看板を掲げ、アバスカル側の人間が接触してくるのを待とうという魂胆だ。

 とはいえサクラさんが言うように、これが上手くいくかと言われれば疑問が多々残る。

 ただ成功と失敗どちらに転んでも、イチノヤとしては損が無いということか。



「わかったって。やればいいんでしょ、やれば」


「助かるぜお嬢ちゃん。事が終わったら礼はちゃんとするからよ」



 サクラさんはこの状況から逃げられぬと考えたか、ちょっとばかり投げやりな口調で立ち上がる。

 面倒で厄介でやる気すら起きはしないけれど、ここで逃げ出すことも叶わない。

 なら大人しく従順なフリをしておく方が、余程楽であると判断したために。



「加賀美、出かけるから町を案内して頂戴」


「は、はい!」



 立ち上がったサクラさんは、離れたところで腰を下ろしジッとこちらを凝視し待機していたカガミへと外出を告げる。

 まるで飼い主に呼ばれた子犬を彷彿とさせる、嬉しそうな声と共に駆け寄ってくる彼女を連れ、サクラさんは渋々町へ繰り出すのであった。


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