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アマノイワト 02


 自治都市アマノイワトの主力産業は、町そのものと言える巨大な山から算出される鉱石。

 以前はアバスカル国内に流通させていたそいつだが、現在は長い坑道を介してコルネートまで運び、代わりに諸々の物資と交換しているとのこと。

 ただこの辺りは案の定であるため、そこまで驚く物ではない気がする。


 一方で最も気になることと言えば、どうやってこの小さな町が自治を保てているかという点。

 いくら一定数の勇者が居るとはいえ、アバスカルの国軍にはそれこそ数百もの勇者が居るし、一般の兵士だって数万を数える。

 それでもここが何年も落とされていないのは、堅牢な都市構造や幾重もの砦に加え、人口のほとんどが戦力であるというのが理由のようだ。



「道理で道行く人たちが皆鍛えられているはずですよ。武器こそ携行していないみたいですが」



 ボクは宿舎へ入る直前、少しだけ振り返り町並みを眺める。

 視界に映る通行人達は、鉱夫であるというのを差し引いても、全体的に体格が良いように思える。

 けれどそれも当然。彼らは全員が兵士としての訓練を経ており、定期的に攻めてくるアバスカル国軍に対し、その度に武器を持ち立ち向かっているためだった。


 実質この都市に暮らす男たちは、健康上の問題を抱えている者を除き、その全てが守備隊の一員。

 さらにその中でも戦力として専任である人たちが、これから入ろうとしている宿舎に詰めているのだと聞く。



「勇者もここに暮らしているみたい。そういう意味では、楽な環境と言えるかも」


「案内役が温厚な人であればいいのですけれど」


「そこはとりあえず会ってみて、愛想の悪い人だったら後で嘆けばいいのよ」



 軽く言い放つサクラさんは、ボクの背を押して宿舎の中へ。

 町の事は多少気になるけれど、そこを考えていても仕方がないということか。


 早速守備隊の宿舎へ入ると、ボクらの姿を見かけた男がすぐさま声をかけてくる。

 見知らぬ人間が来たことに警戒したようだけれど、事情を説明すると一転して笑顔となり、案内役を呼んでくると言って奥へ引っ込んでいった。

 どうやら一足先に、連絡だけは受けていたらしい。



「さてさて、どんな人が来ることやら」


「人当たりさえ良ければ、ボクとしては文句はありません」


「私はちょっとくらいアクが強い人でもいいかな。そのくらいでないと、気が紛れないし」



 ボクは個人的に、出来るだけ良い人でありますようにと願うばかり。

 一方でサクラさんとしては、今の不本意な状況を少しでも忘れられるような人を望んでいるようだった。


 そんな話をしながら待っていると、通路の奥からコツコツと足音を立て人が現れる。

 はてさて、いったいどんな人が現れたのやら。

 ボクがそんなことを考えながら立ち上がり、とりあえず会釈をすると、その人は穏やかな声であいさつを口にした。



「一ノ谷さんから聞いています。貴方がたの世話役を仰せつかった――」



 現れたのは長い黒髪を後ろで馬の尾のように纏めた、勇者としての特徴を持つ若い女性。

 ただ全体的に若作りな勇者たちであるため、そこから推測するに20代の前半くらいだろうか。

 彼女は柔和な笑顔を浮かべながら、ここの守備隊式らしき敬礼をしつつ自己紹介をしようとする。


 しかし彼女が自身の名を口にしかけた矢先だ。

 代わりに案内役である女性の名前を発したのは、どういう訳か当人ではなくサクラさん。



「……か、加賀美?」



 案内人である女性の姿を見たサクラさんは、唖然とした様子で呟く。

 すると"カガミ"と呼ばれた女性の方も、浮かべていた表情を硬直させ、言葉を詰まらせるのであった。


 身体と表情を硬直させ、言葉すら発さない両者。

 ボクはその間で首を左右に振って2人の顔を眺めつつ、いったいどうしたものかと混乱する。

 ただここまでの短い時間とやり取りで、彼女らが顔見知りであるというのは理解した。



「もしかして、宮代さん……」


「貴女、なんでこっちに!?」


「それはこっちの台詞です! もしかして召喚を……」



 やはりサクラさんと案内人の女性は、あちらの世界で面識があったらしい。

 普段ボクは口にすることが無いけれど、"ミヤシロ"というサクラさんの苗字を知っている時点でそれは確定だ。


 基本的に勇者らの故郷が同じ地である以上、そういった可能性は常に存在する。

 とはいえその"ニホン"という国、なんと億に達する膨大な人口を誇る国であるらしく、知り合いと会えるなど稀中の稀。

 しかし現にこうして、彼女らが顔を合わせているのだから否定しようもない。




「えっと、お知り合いですか?」



 問わずともわかりきってはいるが、それでも一応聞いておく。

 するとサクラさんは困惑を露わとしたままでこちらへ視線を向け、この"カガミ"と呼ばれた女性が、あちらの世界でサクラさんの部下であったと告げた。


 このアバスカル共和国内だけで、勇者は数百を超える。

 そんな中で自身の知り合いが、それも比較的関わりの強かった相手が同じく召喚されていたことに、サクラさんは驚きを禁じ得ない。

 もっともそれは向こうも同様。ただ彼女の方は、サクラさんとの再会に関し驚きや混乱よりも、喜びの方が勝っているようであった。



「ようやく会えた! 主任もきっとこっちに来ているだろうって、ずっと探していたんです!」


「え? ちょ、ちょっと待って。何が何やら……」


「あたしも召喚されたんです! 主任が消えてから丁度1か月後の、お昼休みに突然」



 グッと近づき、サクラさんの手を取るカガミ。

 怒涛の勢いで口を開く彼女は、熱を持った声と涙さえ浮かべる嬉しそうな顔で、久しく別れていたサクラさんへ語りかける。

 彼女の言葉は澱みなく、まるで前々から用意していたかのよう。きっとこの日を待ち続けていたのだろう。

 ただボク個人としては、かつての上司と再会してそこまで喜ぶものだろうかと思わなくもない。


 そのカガミと呼ばれた女性は、案内役という役割などどこかへ行ってしまったかのように、さらに自身の経緯を話していく。

 突然アバスカルの召喚士によって召喚をされた後、勇者としての活動を行いながら方々を移動。

 国軍の有する記録を閲覧し、国中の勇者を訪ね歩き、サクラさんに合致する人を探っていたそうだ。

 遂にはこの国にサクラさんが居ないと判断するなり、当時すでに自治都市となっていたここアマノイワトへ行くため、自身の召喚士と共に出奔したそうだ。



「これはもう運命ですよね! 何十年かかっても探すつもりでしたけれど、まさか主任の方から来てくれるなんて!」



 ……あまりに強い攻勢に、ボクはついたじろんでしまう。

 そしてサクラさんもそれは同様であったらしく、僅かに身体が仰け反っているようにも見える。


 正直な感想を言ってしまえば、彼女の様子は慕う上司に向けてのモノというよりは、まるで恋する少女そのもの。



「加賀美。いいから落ち着きなさい」


「す、すみません主任。つい興奮してしまって……」


「そこはわかるから。こうして会えたのはスゴイ偶然だし、貴方も召喚されたって時点でね。でもとりあえず主任と呼ぶのは止めて、私はもう貴女の上司じゃないのよ」



 興奮に顔を赤く染めるカガミの頭へ、ポンと手を置くサクラさん。

 彼女は怒涛の如く向けられる言葉を一旦切らせると、自分がもう上司などではないと口にする。

 確かにこちらの世界に召喚されたことによって、向こうでの立場など意味を成していないのは事実。

 それにあれからもう1年以上が経っている。今さら役職で呼ばれたところで、困ると言うのが本音なのだと思う。


 それとなく視線を別の方へ向けると、そこには苦笑いを浮かべて壁に背を預ける青年の姿が。

 たぶん彼がカガミの相棒である召喚士。サクラさんを探すために国を出奔までさせられた苦労人だ。



「でもまさか、一ノ谷さんが連れてきた戦力というのが主に……、じゃなくて宮代さんだったなんて」


「だから落ち着きなさいっての。あの人が言っていた案内人ってのは貴女なのよね、とりあえず落ち着けるよう部屋に案内してもらえる?」


「わ、わかりました。こちらへどうぞ、女性の勇者が使う棟がありますので」



 カガミの圧によって、ここまで蓄積した疲労が一気に現れてきたらしい。

 力なく肩を落とすサクラさんは、とりあえず小休止を挟みたいと、自身にあてがわれる部屋を求めた。


 すぐさま案内をしようとするカガミ。彼女は先導し部屋へ向かおうとするのだけれど、ハッとしこちらへと振り返る。

 どうやらボクの事を完全には失念していなかったらしい。


 今聞いた限りだと、どうやらサクラさんの部屋はボクとは別の場所になる。

 ただそれは当然か。宿舎なのだから、男女で置かれる部屋の区画が異なるというのは別に不思議でもない。



「えっと、君は……」



 振り返ったカガミは、迷ったようにボクの顔をジッと凝視する。

 ボクはそんな彼女へと、深く頭を下げて自己紹介した。

 たぶん無難に、礼節の範疇でこなせたとは思う。けれどどういう訳か、彼女は僅かに険しく目元を顰める。


 ただなにかの思考を振り払うように顔を横へ振ると、自身の髪を摘まみ鼻先へ当て、再び一瞬の思案をし口を開く。



「……わかりました。ではどうぞこちらへ、クルスさんの部屋は隣の棟に用意してあります。男性ですので、宮代さんと別々なのはご容赦を」



 なんだか妙に固く、よそよそしい口調。

 さっきまで嬉しそうにサクラさんへ向けていたのとは正反対なそれに、ボクはグッと息を詰まらせた。

 どこか刺々しい気配さえ感じさせる、淡々としていて事務的な声。


 決して嫌そうな目をしている訳ではない。

 けれどあまり好ましく思われていないのではないかと思えるそれに、ついつい怯み不満さえ口を突かない。

 そんなボクの肩へと、カガミの相棒であろう召喚士は手を置くと、「気にするな」と言わんばかりの表情で部屋へ案内してくれるのであった。


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