アマノイワト 01
アバスカル共和国の軍が運用する、"鉄の雄牛"と名付けられた物資運搬用列車。
そいつから奪い取った物資を乗せ、10台もの大型ソリは雪の上を滑り続けていた。
ただ途中から周囲に雪は見えなくなり、代わりにとばかりソリの刃が付いていた箇所へは、車輪が嵌められる。
雪が多いこの地域では、乗る物にもこういった仕組みが必要となるようだ。
進路は一路西へ。そうして延々流れていく景色を眺めながら4日。
ボクらはその日の夕刻に共和国の南西部、コルネート王国との国境付近に辿り着きつつあった。
一面の雪景色から、岩山が剥き出しの荒れ地へ。
そんな光景を眺めるサクラさんは、4日にも渡って続く景色にウンザリとし、走る荷車の上で頬杖着いて嘆息した。
「どこまで行っても変わり映えしない景色ね……」
「ははは、仕方ありませんよ。まだこの辺りは夏にでもならないと、碌に草が生えてはきませんから。もうちょっと北に行くと、土の質が良くなるのですが」
サクラさんの言葉へと、笑いながら返す。
けれどそれはボクの発した言葉ではなく、御者台で手綱を握る青年によるもの。
彼はイチノヤと共に列車を襲撃し、物資の積み下ろしをする準備をしていたところで、不運にも置いて行かれたうちの一人。
数日に渡る移動。まったく同じ人間同士では話題が尽きるとのことで、この日は彼がボクらの乗るこいつの御者を務めてくれていた。
「ですが貴方がたが来てくれると助かります。戦力が大いに越したことはない」
「どこまで協力できるかは疑わしいけれどね。なにせ知っての通り、無理やり首を突っ込まされてるんだから」
「だとしてもです。我々はほとんど戦う力を持ちません、勇者さんが来てくれたというだけで十分ですよ」
そんな彼は少しだけ振り返ると、サクラさんへと頼もしそうに期待を口にする。
言葉通り、彼は勇者でも何でもないただの人だ。
あれだけ強力なイチノヤの部下であるということだけれど、ここまで見てきた限りでは、30人に及ぶ一団の中において、勇者であるのはイチノヤと他4人ほどといったところ。
なのでサクラさんのように勇者が味方になったと言うのは、彼らにとって非常に心強いようであった。
そんな彼ら。自分たちの属する集団の名を、"アマノイワト"と名乗った。
なにやら風変わりな響きを持つものだと思っていると、サクラさん曰く勇者らの生まれた異界の国に伝わる、古い神話から取られた名に違いないとのこと。
そしてここまでの道中、イチノヤが順を追って自分たち"アマノイワト"の立場や、強盗を行った理由などを話してくれた。
話よると彼自身は、元々アバスカル国軍に属する勇者であったものの、ある事情によってそこから離脱。以後アマノイワトと合流し、そちらに協力しているとの事だ。
なのでイチノヤはこの30数人のリーダーではあっても、組織としての頂点には別の人間が存在するらしい。
「我々が居を置く都市は現在、共和国から独立を保っています。ですが時折国軍からのちょっかいを受けていますので」
「そんな面倒臭い事情に、よくもまぁ他国の人間を巻き込んでくれたものですね……」
「その点はどうかご容赦を。それだけアバスカルという国が、強硬な意志を持っているということですので」
柔らかな口調で、妙にキナ臭い話をする青年。
そんな彼へと、ボクはジトリとした視線と共にした避難めいた言葉を吐くのだけれど、彼はそれを気にした素振りもなく笑う。
"自治都市アマノイワト"。それが今ボクらの向かっている、国境付近に在る町の名だ。
彼らが属する集団と同じ名を冠したその都市は、元々アバスカル共和国内の一地方都市であったらしい。
ただ彼らアマノイワトは、数年前にその都市を拠点としてアバスカル共和国へ独立を宣言。以後奪還を試みる共和国と、睨み合いを続けているのだと言う。
いきさつの詳しい部分は聞けていないけれど、どうやら相当に積もり積もった理由があったのだろう。
「そりゃあ反体制組織の拠点だもの、全力で潰そうとするわよね」
「共和国の有する勇者は膨大。対するこちらはその1割にも満たない。正直戦力の差は歴然としています」
「だからあの人が脅してでも引き入れたがったのね。私たちの立場を考えれば、まず向こうに寝返ったりはしないし」
忌々しげに、青年の言葉へ相槌打ちながら納得するサクラさん。
アバスカル共和国が相当数の勇者を有している反面、アマノイワト側の勇者はそれに遠く及ばない人数。
イチノヤが脅しを用いてまでサクラさんを引っ張ったのは、内乱とも言える戦いの戦力とするためであったようだ。
シグレシアに居た時は、この国の情報などほとんど入ってこなかったけれど、よもやこうも危険な情勢であったとは。
ゲンゾーさんなどはこの国に来たことはあるらしいけれど、それだってもう何年も前の話。
彼がどこまで知っていたかは定かでないけれど、流石に彼にしてもこのような事態は想定外だったに違いない。
「で、その戦火ど真ん中の町はまだなのかしら」
「もうそろそろ見えて来るはずです。とは言っても、山肌へ馴染むような外見なので一目ではわかり辛いのですが」
いい加減この状況への諦めもついてきたのか、サクラさんは再び遠くを眺め、目的地はまだかと呟く。
でも実際には、そろそろ保存食の食事にも飽きてきた、というのが本音なのだとは思うけれど。
そんな彼女の心情を知ってか知らずか、青年は手綱から片手を離し前方を指さす。
そちらに見えるのは、一見してただの列なる山々。
けれどよくよく見てみれば、彼の言うように山肌へは同色の建物が無数に建ち並んでいるようだ。
さらに手前へ見える小高い丘のような場所は、……たぶん砦だろうか。
目的地が近いことを証明するように、列を成して進む先頭の荷車上では、巨大な旗を掲げ合図をする男の姿が。
彼の向こうに見える町並みは、夕陽に染まりつつも徐々に明りが灯り、町としての姿を浮かび上がらせていった。
そこからさらに数時間を要し、一団の中に混ざるボクとサクラさんは、アバスカル共和国内に存在する"自治領"、自治都市アマノイワトへと辿り着いた。
遠くから見えていた通り、険しい斜面を削り出して造られたような構造の都市。
そこへと辿り着くまでに何重もの砦を通過し、九十九折の細い道を登りようやく市街地へ辿り着く。
「こんな都市で、よく食料が持つものね。……っていうか、そのために列車を襲ったのかしら?」
ただでさえ標高の高いアバスカルで、さらに山を登って辿り着いたアマノイワト。
その街並みを眺めるサクラさんは、真っ先に浮かんだであろう疑問を口にした。
確かにこの切り立った断崖とも言える土地では、碌に農耕を行う事は叶うまい。
かといって動物を飼うには、飼葉などを得るのも難しいはず。なにせ寒冷な気候に加え、地面はほとんど岩石なのだから。
聞いたところによるとこの自治都市アマノイワトが抱える、約7000に及ぶ人口の大部分が、この国では合法であるという奴隷たち。
……いや、元という冠を付けるべきか。
この都市に居た勇者たちはその元奴隷たちと共に蜂起し、独立後に開放をしたとのことだ。
ともあれその元奴隷たちは、山肌の先に眠るという鉱石を採掘するために集められたのだと聞く。
つまり元々ここは鉱山の町。土地柄食料の自給が難しく、到底7000もの人口を支えることはできない。
以前は国内の他地域から食料を輸送していたけれど、独立を行った現在ではそれも難しい。
「列車を襲った理由は確かにそうです。ただ国軍の物資を奪う以外にも、別の食料の供給手段がありまして」
「……だいたい想像はつくけれど、あまり口には出さない方が良さそうね」
「そうして頂けると助かります。ここに居る勇者たちはまず全員が知っていますが、あまり大っぴらには出来ないものですので」
都市の人口を支えるため、アバスカル国軍の列車から物資を強奪したのは間違いないが、たったあれだけでは数日とて持ちはしないはず。
ただサクラさんは、残る必要分がどこから捻出されているかに勘付いているらしく、話をしてくれる青年へと肩を竦めた。
ボクがそれを問おうとするも、彼女は自身の口元へ人差し指を当てる。
口に出すのが憚られるようだけれど、いったいどうしてなのだろうと考えていると、彼女はその指を今度は一方へと向けた。
西の山々へ向けられた指は、山そのものをというよりも、さらに彼方を指しているかのようだ。
共和国南西部の端に位置する都市。その向こうに在るものといえば……。
「なるほど、理解しました」
「そういうことだから、あまり喋らないようにね。公然の秘密ってヤツだろうけれど」
納得したようにボクが頷くと、サクラさんはそう言って再び指を口元へ。
ここから山を越えた先となると、そこはもうコルネート王国の領土。
つまり食料の供給元はあの国。おそらく坑道を延々と掘ってあちらと繋げ、援助を受けているのだと思う。
つまりここは奴隷たちによるアバスカルへの反攻の場であると同時に、コルネート王国によるアバスカル切り崩しの拠点でもあると言うことか。
てっきりボクはイチノヤたち勇者が、過酷な扱いを受けている奴隷たちに同情し蜂起したのだと思っていた。
けれどどうやらそれは間違い、ただの反乱勢力とは言えない組織のようだ。
「守備隊の宿舎に部屋を用意させます。当面は世話役を着けるよう申し付けられていますので、町の案内はそちらに」
ボクとサクラさんがここの事情を理解したことに満足した青年は、軽く頭を下げ暇を告げる。
彼は彼で持ち帰った物資の取り扱いなどで忙しいようだ。
その代わりにと言っていいのか、右も左もわからぬボクらへは、この町での案内役があてがわれると口にした。
けれどきっと、言葉通りの存在ではないはず。
いくらイチノヤが引き入れたとはいえ、こちらが他国に属する勇者と召喚士であるのに変わりはないのだ。
案内役であるという人物は、ボクらを監視するための役割を負っているに違いない。
とはいえそれを嫌がって逃げる訳にもいかず、彼の言葉へ素直に頷くと、都市の守備隊とやらが詰めている宿舎へ足を向けるのであった。




