襲撃者 05
断頭台の刃すら彷彿とさせる一撃を繰り出すイチノヤと、素早い動きで接近し短剣を繰り出すサクラさん。
この2人が先頭車両に向け移動しつつ、その都度通過する車両を制圧し、大量の骸を積み上げていく。
他国に潜入して、こんなにも派手な大立ち回りを演じるとは思ってもみなかった。
おそらくこんなことがバレれば、外交問題どころでは済まない事態となるのが明白。
となればかなり物騒な発想ではあるけれど、対処法など一つしかない。すなわち目撃者が居なければいいのだ。
「本当に、なんでこんなことに」
死屍累々。胃からせり上がる嫌な感覚をなんとか抑えながら、死骸の積もる車両内を歩く。
まるきりただの大量虐殺犯にしか思えぬ思考に、我ながら嫌になってくる。
本来ならば気取られぬことなく、密かに首都まで赴き調査を行う予定であったと言うのに。
けれど今更それは叶うまい。イチノヤがする強盗に巻き込まれてしまった時点で、ボクらには予定通りの任務遂行は不可能となってしまったのだから。
重ね重ね、最初に抵抗をせず捕まるという選択をしたのが悔やまれる。
「とりあえず無事回収、と」
骸となった無数の兵士の中から、サクラさんは一つの武器を拾い上げ嘆息する。
それは拘束する際に彼女が取り上げられた、愛用の大弓。
見ればサクラさんの足元には、ボクらを拘束した奴隷商と組んでいた勇者が倒れており、胸には身体を真っ二つに裂かんばかりの大きな傷が。
こいつはイチノヤの攻撃によって受けたものだが、致命傷へと至るその深い傷によって、既にヤツは絶命していた。
ボクはその勇者とサクラさんを交互に矯めつ眇めつする。
そして恐る恐る、彼女へと小さな声で問いかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ん? ……ああ、なんとかね。今更泣き喚いたりはしないって」
サクラさんはボクの発した言葉に、一瞬の沈黙を経て笑顔を向けた。
彼女の衣服はかなり血に汚れ、車両内の凄惨な光景を象徴するかのようだ。
けれどサクラさんには、強い衝撃を受けた様子はない。……というよりも思考を切り替えているようだ。
勇者たちの世界というか国では、人を相手に武器を向けるという経験を持つ人間は、ほとんど存在しないと聞く。
それでもこれまでも野盗連中を相手にしてきた経験のおかげか、一定の割り切りは出来ているらしい。
もっともサクラさんとて、流石に同胞を手に掛けるのはかなりの抵抗があったらしい。
この車両に居た勇者の相手はイチノヤに任せ、自身はもっぱらアバスカル兵の対処を担っていた。
そちらを斬るのは抵抗が無いと言えば嘘になるだろうけれど、少なくとも今の時点で、あまり表情には表れていないようだ。
「武器は見つかったようだな。そんじゃ、最後の仕上げと行こうか」
そんなサクラさんへと、振り返ったイチノヤは先へ進むよう告げる。
この先に待つのは、ここまで辿ってきた車両の全てを牽引する、汽車とかいう乗り物。
彼はそこへと乗り込み、動かす人間を抑えてこいつを止めようと考えているようだ。
「とりあえず目的は果たしたし、出来ればここでお暇したいのだけれど?」
けれどそんなイチノヤの言葉に、サクラさんは待ったをかける。
「おいおい、今更それはないだろう。ここまで来たら運命共同体と考えるもんじゃないのか」
「勘違いしないで頂戴。私たちはあくまで、状況に流されてしまっただけ。考えてもみれば、こんな大それた強盗をするような人間に、国境越えの手伝いなんて頼む方がどうかしてる」
いくら次が最後とは言え、ずるずると加勢を続けてしまえば、次にどんな目に遭うとも知れない。
それにイチノヤはボクらの帰還を手助けしてくれるとは言ったが、おそらくその手段は碌な物ではない。
サクラさんが警戒し、二の足を踏んで破棄を申し出るのは当然と言えば当然。
第一イチノヤからしてみれば、ここまで協力したのだから文句はあるまい。
なのでボクらはここで足を止め、こいつの速度が緩んだところで飛び降りればいいと考えた。
だが拒絶の意志を示すサクラさんに対し、やれやれとばかりに息を吐くイチノヤは、鋭い視線と共にそれを許さぬ言葉を吐く。
「悪いがそうはいかん。協力しないってのなら、ここでお前さんらを拘束してアバスカルに差し出す」
「……脅迫、ってことでいいのよね」
「少なくとも俺はそのつもりだ。他国からの間者を捕まえたとなれば、今回の列車強盗を補って余りあるとまでは言わんが、お目溢しくらいはしてくれるだろう」
さっきまでの軽い調子はどこへやら。イチノヤの声や表情からは、有無を言わせぬ強力な圧を感じてならない。
背筋をビリビリと震わせるような圧力に、ボクだけでなくサクラさんまでも、いつの間にか後退りしてしまっていた。
絶対的な強者。そんな言葉が頭をよぎる。
サクラさんすら怖気づかせるこの気配。これを感じてしまえば信じる他ない、この人物がゲンゾーさんと並び立つ、最高峰の勇者であるのだと。
少しばかり疑ってしまったけれど、どうやらこの人が件の人物と同一であるというのに疑いの余地はなさそうだ。
「諦めな。俺に目を付けられて、逃げ出したヤツは居ねぇ」
「いったい何をさせる気なんだか」
「とりあえずこいつを止めた後、俺たちのアジトにでも来てもらおうか。詳しい話はそこでしてやるよ」
今のボクらには、選択肢などという物が微塵も与えられないらしい。
イチノヤが持つ巨大なナイフはこちらを向いてこそいないものの、ぬらりと光る刃は今すぐにでも、ボクらを多々っ斬ることが出来ると言わんばかり。
サクラさんなどは勇者の中でも、かなり上位の実力者ではある。それはゲンゾーさんも認めるところだ。
けれど彼女の本領が弓であることを差し引いても、この人物相手に抵抗するというのは無謀としか思えなかった。
「……わかった。でも最終的には、国に送り返してもらえるのよね?」
「そこは約束してやるよ。なに、1年や2年も馬車馬のように働けとは言わんさ」
色よい……、と言ってもいいのかどうかはわからないけれど、サクラさんは了承に近い問いを向ける。
するとイチノヤはさっきまでの強烈な圧を霧散させ、再び荒々しい笑みを浮かべるのであった。
決して愉快な状況であるとは言い難い。
けれど今の時点ではこの人物の言葉を信用し、大人しく従っておく以外に道はなさそうだ。
そうしておかなくては、こちらの身が危ないように思えてならなかった。
ボクとサクラさんは無言のまま顔を見合わせると、先を進もうとするイチノヤの後ろに続いた。
再び客車を出て、寒風と痛みすら感じる雪に晒されつつ、客車を引く先頭の車両へ。
そこで鉄製の扉をぶち破って中に踏み込み、アバスカルの兵士らしき男を一撃の下に制圧した。
「おい、しっかりしろ。流石にこの寒さで寝かせておく訳にはいかねぇぞ」
拳による一打で、顔面を真っ赤に染めた兵士は放置。
イチノヤはそいつのすぐ側で倒れていた、一人の男を抱え上げた。
この様子だと、彼はイチノヤの仲間であるようだ。
きっと倒れていた彼が最初に列車を占拠し停止させるも、すぐさま奪還され再び走り出したということか。
ただ幸運にも命は繋いでいるようで、頬をバシバシと叩くという荒々しい起こし方に、ゆっくりと意識を覚醒させていた。
その彼は意識を取り戻すなり、ボクらの姿へ警戒感を露わとする。
しかしイチノヤから敵ではないと告げられるなり、すぐさま落ち着き疑ったことを謝罪した。
どうやらこの人物、少なくとも仲間内では相当に信頼されているらしい。
「でだ、どうやって止めりゃいいんだ?」
「あ、はい。ここを引けば停止を」
ともあれ今はこいつを停止させるのが先決とばかり、イチノヤは周囲を窺い止める手段を探す。
起きた男はすぐさま壁面の突起へ触れ迷うことなく引くと、金属が擦れる甲高い音をさせながら、身体が振られるような感覚と共に速度を落としていく。
今の操作が、この列車とかいう物を止める為に必要だったのだろう。
徐々に速度を落としていく列車は、しばらくして完全に停止。
再び動き出して少しばかり距離を走ったためか、周囲を見ればすっかり雪も止み、地面には土が見え始めていた。
その大地へ降り立ったイチノヤは、大きく伸びをする。
「予定していた場所からは離れちまったが、結果的には我が家へ近付いたし、万々歳かもしんねぇな」
「ということは、この辺りに例のアジトとやらが在るの?」
「まだここからかなり歩くハメになるがな。それでも多少は楽が出来るだろうよ」
どうやら最初に乗った地点から、かなり西へ向け移動をしたようだ。
けれどイチノヤが言うところの"アジト"とやらはもっと西。コルネート王国との国境に近い場所に在るそうで、ここからはさらに数日を要するとのこと。
そう告げる彼は、進んでいた方向とは逆に伸びる鉄の線を視線で追う。
するとしばらくして、向こうからはうっすらと幾つかの影が見え始め、それは徐々にこっちへ近付いてきているようだった。
たぶん最初に彼がボクらを助けてくれた時、一緒に襲撃を行った仲間が追いついて来たようだ。
「で、向かう途中にでも説明してくれるの?」
「おう。時間はたっぷりある、飽きたと言うまで話してやるぜ。酒でも呑みながらな」
「そいつは助かるわ。いい加減酒でも呑まなきゃやってられない」
雪の上を滑る何台ものソリを遠目に眺めるサクラさんは、横目でジロリとイチノヤを睨む。
彼がボクらに対し、いったい何を要求しようと言うのかは知れない。
けれど今更逃げ出すことは叶わず、近づいてくる彼の仲間とやらと共に、アジトへ連れて行かれるのは避けられないようだ。
ならばせめて取り巻く状況だけでも把握せんとするサクラさんの言葉に、イチノヤはからからと笑いながら了承を口にした。
けれどボクはその一方で、そんな説明など聞きたくもないと考える。
聞かなければ避けられるというものでもないが、さらなる泥沼へ足を踏み入れてしまうようで、耳を塞ぎたい心境に駆られていたからだ。