襲撃者 04
金属によって造られたそいつは、高速で雪の降りしきる原野を駆けていく。
列なる鉄の荷車、"列車"と呼ばれるそいつの上を、ボクらは走り次々と前へ進んでいった。
ボクらを助けてくれた男の話によれば、こいつはアバスカル共和国では"鉄の雄牛"と呼ばれているらしく、国軍が運用する移動と運搬手段であるとのこと。
案の定こちらの世界へ召喚された勇者によってもたらされた知識と技術により、何年もの月日を要し完成したのだと言う。
サクラさん曰く、「たった数年で作り上げるなんて、専門の技術者が召喚されたのかもしれない」とのことだ。
そんな説明をする男は、自身を"イチノヤ カイ"と名乗った。
相変わらずその素性はようとして知れない。ただ荒っぽい言葉使いの中でも、時折移動に四苦八苦するボクへ手を差し伸べてくれる。
なので実のところ、かなり優しい人物であるのかもしれない。
どちらにせよ今はこの人物を信用する他なく、ボクは疑いを内に隠し、彼の差し伸べてくる手を取りつつ、列車の屋根を移動し続ける。
「さあ、ここからは客車だ。ようやくこのクソ寒い道ともおさらばって訳だ」
「そいつは何より。でもここからが本番なんでしょ?」
「間違いなくな。客車には国軍の兵士や勇者も居るだろう、怪我したくなけりゃ迷わず戦え」
先頭を走る汽車から数両は、ここまで通ってきた荷車とは少々異なる外観をしていた。
そいつは全体的に木材を多用しているらしく、ボクらが放り込まれた倉庫の如きそれとは雲泥の差。
どうやら中には座席も完備しているらしく、人を運ぶために造られたものであるようだ。
その客車とかいう物の中へ突入、中に居るであろうアバスカル兵や勇者を蹴散らし、更に前へ進もうとイチノヤは告げる。
「……拒否は、出来ないんですよね」
「まず無理ね。諦めてこの場は流れに身を任せましょ」
武器を手に突っ込もうとするイチノヤの背後で、ボクとサクラさんはゲンナリとする。
解放して貰った礼は必要だけれど、こんな強盗行為に加担するなんてのは、それを補って余りあるもの。
けれどここまで引きずり込まれては、今更嫌だから逃げますともいくまい。
それにたぶんサクラさんの武器は、あの客車にあるはずだ。ボクの短剣などはともかく、彼女の是が非でも武器は回収しなくては。
列車が進むことによる風圧などものともせず、イチノヤは飛び降り勢いそのまま客車の扉をぶち破る。
続いてサクラさんが、彼から渡された短剣を手に突入。ボクは一瞬間を置いて彼女の後を追った。
「どけどけ雑魚共ぉ! 首をすっ飛ばされたくなけりゃ、身動きせずに窓から飛び降りやがれ!」
なんだか無茶な威嚇を発しながら、先に突っ込んだイチノヤは攻撃を仕掛ける。
客車の中には十数人に及ぶ兵士が居り、突如襲ってきた存在に対し反応が遅れ、目を見開いていた。
きっと最初に停止した時の緊張感も、再び動き出した安堵によって霧散していたのだろう。
そんな連中に対し、イチノヤは馬鹿でかいナイフを振るい迫る。
実際に彼の言葉通り、立ち塞がった国軍兵士は首が胴体から離れていったし、抵抗しようとした数人の勇者もまた、次々と彼のナイフによる餌食となって倒れていく。
元々はこの世界に呼び出された同郷の人間相手であろうに、イチノヤの攻撃にはまるで容赦がない。
ただそれは気にもしていないというより、斬るに足る理由が存在するといった空気を、ヒシヒシと感じさせるものであった。
「弓は有りますか!?」
狭い客車の中、ボクもまた迫る兵士の一人へと、辛うじて肘を叩き込む。
そんな中でまず気になるのは、サクラさんの弓が見つかったかどうか。
けれどいまだ発見には至っていないようで、一瞬だけこちらを振り向いたサクラさんは、小さく首を横に振っていた。
まさかここまで飛び越えてきた、貨物車のどこかに置かれているのだろうかと思うも、武器は例の奴隷商に着いていた勇者が持っていた。
けれどこの車両には、ヤツの姿が見られない。
となるともう少し前の車両にあるのかも知れず、サクラさんは制圧を終えた客車内で、進行方向を凝視した。
すぐさま先へ進もうとするのだけれど、ボクらはイチノヤに待ったを掛けられる。
いったいどうしたのかと思うも、彼は平然と懐から一本の紙巻きたばこを取り出した。
まさかこのような状況で吸うのかと問う間もなく、彼は小器用にナイフで壁の金属を擦って火花を起こし、そいつを紙片に移してからタバコへ美味そうに火を点ける。
「2分かそこら待ってくれ。すぐ済ませっからよ」
そう告げると、イチノヤは煙を勢いよく口から吐き出す。
また随分と暢気なものだとは思うけれど、彼にとってはコレが欠かせないようだ。
ボクとサクラさんは、急かしても仕方ないのかと考え、とりあえず手近な席に腰を下ろす。
もっともここでくつろぐのは難しい。なにせ客車の中には、国軍兵士や勇者の死体が多数転がっているのだから。
そんな血生臭い空間で紫煙をくゆらせるイチノヤへと、横目で視線を向けるサクラさん。
彼女はボクの方へ顔を寄せると、小さな声で呟いた。
「この人、かなり強いわね。……たぶんおっさんと同等」
「そんなにですか?」
「まず間違いなく。っていうか、この人の名前にも聞き覚えがあるような……」
サクラさんが"おっさん"などと呼ぶ相手は一人しかいない。
シグレシア王国最強の勇者であるゲンゾーさん。ボクらが知る範疇で、最も上位の実力を持つあの人と、目の前でたばこを吸うイチノヤが同等であると言うのだ。
まさかと思うも、彼女は自身で下したその評価を疑う様子はない。
それにどういう訳か、サクラさんにはこの人物の名を聞いた記憶があるようだった。
「おっさんから聞いたことがある。アバスカル最強の勇者で、過去に一度だけ使者として行った時に、手合せをしたって」
「……どうなったんですか?」
「その当時はほぼ互角。何時間経っても決着がつかなかったみたい」
どうやら件のゲンゾーさんから、その名を聞いていたようだ。
そして当人の口から、"あいつより強いヤツを他に知らない"とのお墨付きもあったのだと。
ボクはサクラさんからその話を聞き、煙草を半分ほどの長さに減らしたイチノヤを一瞥する。
もし仮にサクラさんが聞いたというその人物が、目の前に居る人と同一人物であるとしよう。
だとすれば、いったいどうしてそんなすごい人が、こうして盗賊紛いの行為を行っているというのか。
車両内の惨状を見れば、確かに彼がとんでもなく強いのは理解できる。
けれどなんとなく、まだ本人であると信用しきれていないボクが彼を見ていると、イチノヤは不意に振り返りニヤリと笑んだ。
「どうだいお嬢さんがた。この国を楽しんでもらえているかな?」
まさかさっきの話を聞かれていたのかと思うも、そんな気配を出さぬイチノヤ。
……いや、勇者の常人異常な聴力をもってすれば、案外本当に聞こえていたかも。
けれど実際に向けてきた言葉は、その事に関する内容ではなく、ただこの国への感想を問うもの。
どこまで本気かは知らないが、彼はこの国へ来て以降感じたことを、ボクらに聞きたがっているようだった。
白々しいとは思うものの、これは彼なりに緊張を解そうとしているのかもしれない。
「とても素敵ね。物騒過ぎて退屈する暇はなさそう」
「そいつはなによりだ。客人が暇を持て余したとあっちゃ、送り返す時に心苦しいからよ」
「あまり良い想い出にはなりそうもないけど……」
サクラさんの言葉に、ガハハと笑うイチノヤ。
なんとも豪胆な性格をしているようで、この辺りもゲンゾーさんと似た雰囲気を持つ。
頂点に立つような強力な勇者というのは、このような性格をしているという法則でもあるのだろうか。
「でもいいの? 貴方が話に聞いた"一ノ谷 海"だとすれば、こんな行為は相当問題になるはず」
彼の豪快な笑い声を聞くサクラさんは、あるところで軽く咳払いをひとつ。
そしてキッとイチノヤと視線を合わせると、彼の名を口にしながら、指先を客車に倒れる死体へ向けた。
ゲンゾーさんは過去に、使者としてアバスカルへ行った際、この人物と手合せをしたと言っていたとのこと。
おそらく野盗か盗賊の類であれば、あの人は手合せなどという言葉を使わず、討伐のために剣を交えたなどと言うに違いない。
ということは少なくとも、この人は当時アバスカルの国軍あたりに属していたということになる。
けれどその彼が今まさに斬ったのは、間違いなく国軍の兵士やそこに属する勇者たち。
そんな人間をいとも容易く斬るというのが、問題にならないはずがなかった。
「助けてもらった事には感謝するわ。けれどこんな反乱も同然の行為、加担させられるのは勘弁してもらいたいのよね」
「なんだお嬢さん。もしかして怖気づいたのか?」
「当然でしょ。1人や2人ならともかく、こんな事をしでかせば国そのものを敵に回す。及び腰になるなって方が無理よ」
イチノヤへと鋭い視線を向けるサクラさん。
彼女の言葉に、はぐらかすのは流石に難しいと考えたようで、イチノヤは咥えた煙草を放す。
煙草を床へ落とし火を踏み消した彼は、参ったなと言わんばかりの様子で頭を掻くと、眉を顰め背を預けていた壁から離れる。
「なんていうかよ、今更兵士の10人や20人斬ったところで、俺に対する目はもう変わらねぇからな」
「……それはどういう」
「そこんところは、後でゆっくり話してやる。今はとりあえず、この列車を止めて物資を頂戴したい」
煙草の1本を吸う時間はあれど、悠長に身の上話をする程はないと言うことか。
イチノヤは静かに自身の大きなナイフを握ると、次の車両へ向かうべく扉を開けた。
途端に車内へ吹きこんでくる冷たく強い風。
いつの間にか吹雪に変わりつつあるそれは、勢いよく舞い雪が車両内の死体へと降りかかっていく。
あっという間に薄く白に化粧されていく車内で、ボクはイチノヤを凝視する。
こちらを振り返り、先に進むよう告げる彼の表情は、至って平静というか平坦な感情が浮き出ていた。
けれどボクには、この変わった様子のない表情こそが、背筋を寒くさせるように思えてならない。
これはきっと外の寒さによるせいではないと、半ば根拠なく確信を持てていた。
 




