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特別 01


――――――――――


 拝啓 お師匠様


 ボクとサクラさんが"港町カルテリオ"を訪れ、早くも1ヶ月が経過しました。

 その間にボクらがしたことと言えば、日々魔物を狩るべく草原を駆け、食事と睡眠を摂り、数日に一度アルマという亜人の少女へ会いにいくこと。

 ほぼ毎日がその繰り返して、最初の数日に起きた騒動以降、至って平和な日常を送っています。


 勇者として名声を高めるには、少々物足りない土地であるのは否定しません。それでもこうして町の人たちに頼られ、毎日魔物を狩るのも悪くはないのでしょう。

 お師匠様が、そしてボクの両親が王都ではなく地方の町に居た理由が、少しずつわかってきたような気もします。


――――――――――



 初夏の長閑な昼下がり、ボクとサクラさんはその日の狩りを終え、宿兼勇者支援協会の前に立つ酒場へやって来た。

 そこで奥に在るテーブルを確保し、薄目な果実水を片手にノンビリと料理を待つ。



「いつも利用してもらって悪いな。おかげでうちの店は連日儲けさせてもらってるがよ」



 テーブルへと料理を運んできた酒場の店主は、そう言い上機嫌で皿を置く。

 皿に乗っているのは、この町ではなかなか手に入らない肉を使った料理。

 これはボクらが狩ってきた魔物の肉であり、まさに店主の機嫌が良い理由でもあった。


 このカルテリオという港町は、豊富な魚介に反し肉類が限りなく貴重だ。

 というのも近隣に生息する魔物のせいで放牧が難しく、その魔物も昆虫の類ばかりであるため食料には不向き。

 たまに肉が食べたくなったなら、農家から卵の産まなくなった鶏を買い取るしかない。

 しかしそれもそう美味しいものではなく、高値で買うもガッカリしたという経験が、この町に住む者は誰しも経験するという。


 そこで魚のみの日々に耐えかねたボクとサクラさんが、町周辺の草原から少しだけ足を延ばし、真っ当な肉の入手を試みたのが1週間ほど前。

 売却して儲けようというよりも、ひとえに自分たちが食べたいという欲求のために。



「知っての通り、ここじゃ美味い肉なんてまず手に入らないからな。肉目当ての客でホレこの通り」


「それは何よりです。ボクたちも獲ってきた甲斐がありますよ」



 ただこの町に家を持たぬボクらには、台所で調理するという手段がない。

 そのため結局狩ってきた魔物の肉は、ほとんどが割安でこの店に卸され料理されることとなった。

 その代りボクらに出される量は多め、そして代金はほぼタダだ。



「魔物の肉なんて、最初はどんなものかと思ったけどよ。食ってみると案外美味いからビックリしたぜ」



 隣のテーブルから、漁師と思われる男が愉快そうに笑いながら、骨付き肉を片手に話しかけてくる。

 ボクなどは魔物食は昔から慣れ親しんでいるので何とも思わない。ただこの町に住む人たちにとって、魔物と言えばブレードマンティスのような昆虫型。

 あれを食べようとは思えないし、余程のことがなければ思い切らないはずだ。



「で、今回はどんな奴を持って来たんだい? 料理された後じゃわかんなくってよ」


「ここから少し北へ行った先に在る、森に棲む魔物ですよ。亀のような姿をしてるんですが、内陸ではよく食べられるんです」


「へぇ……、他所には変わった食い物があるもんだ。こちとら普通の亀は見慣れちゃいるが、あまり食おうとは思わねェからよ」



 酒が入り既に出来上がった漁師の男は、不思議そうに手にした皿をマジマジと眺める。


 今回狩ってきたそいつは、動きこそ鈍重でそこまで強いとは言えないものの、固く分厚い甲羅が非常に厄介な魔物だった。

 なにせ普通の攻撃ではビクともしない。火で炙れば容易に頭を出すけれど、森の中でそんな真似をして、こちらが火に巻かれては元も子もない。

 結局短剣を携えたボクが囮になりながら逃げ回り、その間にサクラさんが矢を射るという形が一番安定して狩れた。



「そいつが2頭。そこそこデカいから量はあるんだが、夜の内には無くなっちまいそうだな」


「本当かよオヤジ。じゃあ今のうちに食っとくか、こっちに2皿追加をくれ!」


「馬鹿野郎、持ち込んでくれた勇者さんが先だろうが! さあ早く注文しな、このロクデナシどもが食い尽くす前にな」



 愉快そうに怒鳴る酒場の店主と、酒に酔い笑う客たち。

 この光景を見ると、例え肉を供給したという成果によるものとはいえ、ボクらがこの町で受け入れられたような気がしてくる。


 肉は格安で渡しているため儲けにならない。ただその代わりに、甲羅はそこそこの値になった。

 店は繁盛し、お客は喜び、ボクらにも利益が出る。

 カルテリオの町はサクラさんという勇者を迎えたことで、上手く回っているようだ。




「おお、これまた随分と繁盛した店だのぅ!」



 ただそんな事を考えつつ、他のお客と談笑するボクの耳に、酒場の入り口から不意に新しい声が届く。

 そちらへ視線を向けてみると、扉の前には随分とガタイの良い中年の大男。そしてスラリとした体形をした、長身の男性が立っている。


 見た事のない顔。あまりこの店に馴染のない客だろうか。

 しかしそう考えたところで、ボクは気付く。大柄な白髪交じりの男、その白髪から覗く髪の色が黒であることに。



「あの人も勇者のようね」


「みたいです。この町に他の勇者が来るとは、正直思ってもみませんでしたけど」


「私としては年齢の方が気になるけどね。そこそこいってるとは思う」



 ボクよりも早く気付いていたのだろう、サクラさんは涼しげな顔で、少しだけ注文した果実酒を飲みながら小さく耳打ちする。

 酒場に入ってきた男の勇者は、見たところ50代かそこらだろうか。

 多くの勇者は遅くとも40代半ばには引退し、或いはそれ以前に散っていくのを考えるとかなりのベテランであるようだ。

 もっとも召喚された時点で、それなりの齢であったという可能性もあるけれど。



「大将、こっちに酒をくれ。強いヤツでな!」



 ボクらのテーブルとは離れた空席を見つけ、男はドッカと座り込んで大声で酒を頼む。

 彼は届いた酒を持ち、ボクと同じローブを着たもう一人の男、間違いなく相棒である召喚士と乾杯する。

 その際に大男の言った、「無事の到着を祝して」という言葉からするに、まだこの町に到着したばかりのようだ。


 他の勇者を見るのは、前に居た町で顔を合わせたミツキさん以来。

 あまり勇者が寄り付かぬカルテリオに来るなんて、珍しいなと思い横目で見ていると、召喚士の男と目線が合った。

 慌ててボクが会釈すると、彼もまた同じように会釈し返す。



「……挨拶してこなくていいの?」


「別に構いませんよ。特別親しい相手でないなら、召喚士同士はこのくらいが普通です。なにせ途方もない数が居ますからね」



 とても簡素というか素っ気ないが、ボクら召喚士同士が旅先で会った時の挨拶なんてのは、案外この程度のものだ。

 多少の情報交換をしたとしても、あまり過度に干渉はしない。

 別段禁じられてこそいないけど、積極的な交流を持たないのは、ボクら召喚士の不文律と言っていい。

 ソニア先輩やベリンダに関しては、個人的な親交があったからに過ぎないのだ。



 だがそんな"お約束"など知らない店主は、気を利かせようとしたのかもしれない。

 向こうの卓へ料理を持って行った時に、ボクらの存在を大男へと伝える。

 店主から聞き初めてボクらの存在に気付いた大男は、ニンマリと口の端を上げると、床板を踏み抜かんばかりの勢いで歩み寄ってきた。



「まさかご同業が居るとは思わなんだぞ! この町には勇者が居らんという話だったからな!」


「そ、そうですね……」


「折角旅先で会えた仲間だ、少々お邪魔させてもらうとしようかの!」



 彼もまた、お約束などという物を気にしない人物のようだ。

 大男はサクラさんの肩に手を置き大きく笑うと、ドカリと重い振動を響かせ椅子へと腰かける。

 それにしても、体格だけでなく声も大きな御仁だ。

 その圧というか暑苦しさに、さしものサクラさんも若干困惑している。



「うむ、まずは自己紹介からだな! わしの名前は園崎源三。だがこの世界では苗字では呼ばれんからな、ゲンゾーでもゲンさんでも好きに呼ぶとよい」



 と言いゲンゾーと名乗った大男は腕組み胸を張る。

 やたら大きな声に耳が痛くなるかのようだが、ボクは何よりもその名に聞き覚えがあった。


 ゲンゾーと呼ばれる勇者。それはボクらシグレシア王国で活動する召喚士であれば、決して知らぬ者は居ない名。

 "戦斧使いのゲンゾー"、あるいは"戦鬼"と呼ばれるその存在は、ある種伝説に近い対象として扱われる。

 確か召喚されてから20年以上、第一線で活躍し続けていた大ベテランの勇者だ。


 剛腕により振り下ろされる戦斧の一撃は、風を撒き起こし地を割り空を割く。

 そんな眉唾気味な話さえ出てくるような有名人。まさかそんな人物がこの町に来るとは。



「あのご高名なゲンゾーさんですか?」


「この身が高名かどうかは知らんが、如何にもワシがゲンゾーだ」


「ですが貴方は王都の護りを専任されているはずでは……?」



 その彼がここに居るのに驚いた理由の一つがこれ。

 現在シグレシア王国には、国王陛下の両翼と称される2人の勇者が居るが、その片方がこのゲンゾーさんだ。

 故に彼は王の勅命によって、王都を護る役割を仰せつかっていたはずだった。

 半ば一線から退いた今は、王都を拠点に活動する勇者たちを統括し、指導するといった立場にあるとも聞く。



「あそこにどれだけの勇者が居ると思っとるんだ。大して強い魔物が居る訳でもないのに、王都だというだけで無駄に群れおってからに。ワシ一人くらい居らんでも影響はないわい」


「王命でのお役目などは……」


「何も王都から出ちゃいかんなんてことはないぞ。確かにワシは王の命令で若造どもの取り纏め役なんぞしとるがな、そこまで鯱張ったもんでもない。最低限のルールを守らん小僧どもに拳骨をくらわせ、たまに稽古つけてやるくらいなもんだ」



 フハハハハと豪快に笑うその様子は、噂に聞いていた通りの豪胆さだ。

 今は戦斧こそ背負ってはいないものの、その巨躯から繰り出されるであろう一撃が、容易に想像できてしまうような迫力さえ感じさせる。

 なのでこの人があの勇者ゲンゾーであるというのは、間違いないのだと思えた。



「して、お主たちの名は何という?」



 そういえばこちらの自己紹介がまだだった。つい相手の勢いに押されて失念してしまったけど、こちらもちゃんと挨拶しなければ失礼にあたる。

 ボクとサクラさんは椅子へ腰かけ直すと、それぞれに名を名乗る。



「うむ、よろしく頼むぞ。ところでサクラとやら、お主出身はどこなのだ?」



 むせ返るような強い酒精漂う酒を手に、ゲンゾーさんはサクラさんの隣に座り故郷の話を聞き始めた。

 ボクにはついていけない話なので、同郷同士つもる話もあるだろうと思い、視界の隅で身を縮めていようとする。

 しかしそんなボクへと、ゲンゾーさんの召喚士が近づいてきた。


 ゲンゾーさんが接触しようとしなければ、自身は会釈に留めておくつもりだったのだろう。

 だがここまで入り込んでは、自分だけ知らぬ顔をするのもどうかと考えたようだ。



「すみません、うちのがご迷惑をおかけしてしまって。彼はいつもああなんですよ、旅先で会った人に無遠慮に近づいてしまう」



 多少困ったような顔をして言う彼もまた、ボクら召喚士の間では有名な存在だ。

 勇者ゲンゾーを召喚した人物として、召喚士見習いであったボクやベリンダ、それにソニア先輩も羨望の対象としていた。



「申し遅れました。自分は彼の召喚士である、クレメンテと申します。以後お見知りおきを」


「お、お噂はかねがね……」


「噂ですか? 良い内容だと嬉しいのですが」



 クレメンテさんは苦笑いをしながら手を伸ばし、緊張気味なボクと握手をする。

 すかさずボクは彼に対し、決して悪い内容ではないと付け加えておく。

 実際にこの人に対する評価は、悪いとされるものが皆無に近い。近いだけであって皆無ではないのは確かだが……。


 歴戦の勇者ゲンゾーはその豪胆な性格から、少々厄介事に突っ込みがちな面があるという噂を聞く。

 そんな彼を諌め、時には人前で堂々と口論をして言い負かしてしまうというのが、このクレメンテという人物について聞く話。

 英雄にも等しいとされる勇者を手玉に取ることから、ある意味では恐れられているとも言えた。



 ボクとクレメンテさんが、社交辞令を交えた挨拶と少しの世間話に興じている間、サクラさんとゲンゾーさんは故郷の話で多少盛り上がり始めているようだった。

 いつの間にかサクラさんが酒壷を持ち、彼にお酌などしている。いつもはボクに酌をさせている側なのでちょっと新鮮だ。



「ほほう、ではお爺様は海軍に居られたのか」


「といっても、ほとんど船には乗ってなかったそうですけどね」


「わしも親父が海軍だったのだよ。もっとも親父は帰ってこんかったがな」



 二人は自身の家族についての話をしているようだった。

 ただサクラさんのお爺さんが軍人だったなんて、2ヶ月近くを一緒に過ごしているボクも初耳だ。

 聞いたことのないような話を容易に聞き出してしまう、ゲンゾーの積極性を羨ましく思う。


 それにしても帰れぬ遠き故郷を同じくする人同士、やはり特別な感情を抱くのだろうか。

 タケルとは親しそうとは言えなかったが、サクラさんは自身の本性をあまり隠そうとしていたようには見えなかった。

 ミツキさんに大しては常に気に掛け、優しく接していたように思える。

 そしてゲンゾーさんに対しては、容易に自身の家族に関する話をしている。



「羨ましいですか?」


「……少しだけ」


「召喚士であれば、誰もが経験する感情です。あまり気にされないことですね」



 和気あいあいと話をするサクラさんらを、ボクはちょっとだけ複雑な心境で眺める。

 クレメンテさんはそんな様子に気付いたようで、これもまた召喚士の定めと、ノンビリした口調で宥めてくれた。


 どうしたところでボクは、サクラさんにとって異郷となる世界で生まれた人間。

 その埋めようのない距離とも言えるものを知り、心の内に小さく、醜い嫉妬心が湧き起こるのを感じた。


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