襲撃者 03
突如として停止した"汽車"。そして困惑する僕等の前へと現れた大男。
彼はノソリと緩い動作で貨物車に上がり込むと、中を見回し深く肩を落とした。
「参ったな……。折角の物資が使い物にならないじゃねぇか」
いったいどこの誰かは知らないけれど、彼は落胆の色も露わとし深く息を吐く。
視線の先に在るのは、防寒のため盛大に撒き散らした穀物。
かなり勿体ない光景であるのは確かで、彼が肩を落とすのも当然と言えば当然の光景。
ただいつまでもそれに落胆してはいられないのか、気を取り直さんと自身の頬を叩く。
そんな彼は次いでボクらを眺めると、ズカズカと近づきサクラさんの肩へ手を置いた。
「なんだ、奴隷商にでも捕まったのか。だが運が良かったな、少なくとも売りさばかれる心配はなくなったぞ」
彼はそう言って、ガハハと大きな声で笑う。
なんとなくではあるけれど、雰囲気としてはシグレシアでボクらの成功を待っている、ゲンゾーさんと似ている。
もっともずんぐりとした体形であるあの人に対し、この人物は長身で引き締まった体躯をしている。
それにしても少なくともさっきの言葉で、この人物が奴隷商側の人間ではないというのが判明した。
なのでちょっとは警戒感が緩むのだが、ボクはそこで男の髪が、部分的に白へと染まりつつあるものの、地が黒であるというのに気付く。
ということはこの人もまた勇者であるということか。
「って、お前さんも勇者か?」
ボクが髪色で勇者であると判別したのと同じく、男もまたサクラさんを見て確信を持つ。
彼はボクらが勇者と召喚士という組み合わせであるというのに気付いたらしく、どこか人懐っこい笑みを浮かべながら、腰を屈め顔を覗き込んできた。
「え、ええ……。貴方は?」
「なぁに、ちょいと野暮用で列車強盗をしに来た、ただの中年オヤジさ」
流石にこの状況にあっては、普段平静なサクラさんも動揺が隠せない。
現れた男の顔を矯めつ眇めつしながら、若干上擦った声で素性を問う。
けれどそれに対し返されたのは、なんとも人を食ったようなと言えそうなものであった。
「ただの中年は列車強盗なんてしないと思うけれど」
「そこら辺はちょいと込み入った事情があってな。動くなよ、今そいつを外してやる」
男のする軽口によってか、幾分と緊張感の緩んだサクラさん。
彼女はジトリとした、少しばかり胡散臭げな視線を男へ向けつつ言い返すのだが、彼はそれを気にした素振りも無く笑い、サクラさんの背後へと回った。
男は後ろ手に繋がれた拘束具へと手を伸ばすと、力んだ表情を入れて掴み、掛け声とともに鋼鉄製のそれを素手で割ってしまう。
いくら勇者とは言え、あんまりな怪力に絶句する。
割れたというよりも引き裂かれたようにすら見えるそれをボンヤリ眺め、ついつい礼の言葉すら発し忘れてしまった。
「ところでお前さんら、もしかして他所の国から来たのか?」
「何故そう思うの?」
「なんとなくな。この国に居る勇者連中とは雰囲気が違う」
ともあれようやく拘束具から解放されたサクラさん。
彼女は立ち上がると、コリを解すようにして両肩を回してから、自身の服へ着いた大量の穀物を払う。
そんな彼女へと、男は一瞬ドキリとさせられる核心を突く。
今現在、この辺りはまだシグレシアとの国境から少し離れた程度の地点。
となればボクらがそこから来たと想像してもおかしくはないし、きっと男は半ば確信を持って言っているように思えた。
今更否定しても無駄だと考えたか、サクラさんは小さく息を吐くと、アッサリ首を縦に振る。
「それにこの国の連中なら、危険と見るや兵士だろうとぶん殴ってでも逃げ出すからよ。よくあるんだよ、兵士連中が捕まえた人間を奴隷商に売り払うってのが」
ガハハと大きな声で笑う男の言葉に、ボクはガクリと肩を落とす。
この国に入り込んで早々、過度に目立つことを避けるべくあえて拘束されるという道を選んだが、どうもそれは失敗であったようだ。
男の話によれば、兵士側も今更であるのか人が逃げ出しても、これといって追手などはかけたりしないらしい。
となればますます、わざと捕まったのがバカらしくなってくる。
「だそうよ。大人しく捕まらなくても良かったみたい」
「良い話を聞きました。次からはそうするとしましょう」
乾いた笑いを浮かべるサクラさんは、こちらへ視線だけを送り気の抜けた言葉を放つ。
ボクもまた自嘲気味に賛成しながらも、密かに男の様子を窺った。
はぐらかされたというのもあって、この男の正体は依然不明なまま。
一応流れや話の内容からすると、彼はアバスカルの軍に属してはいないのだと思う。
しかしサクラさんの拘束を解いてくれたことには感謝するも、まだ信用は出来ない。
可能性は低いが、これが何か理由あっての演技である可能性もあるのだから。
「まぁ今回は運が悪かったと思いな。いや、助かったから運が良かったのか? どちらにしろお前さんたちは、荷物だけ回収してどっか安全な場所に――」
そんなボクの思考など他所に、男はこちらへ逃げるよう促そうとする。
しかし彼が言葉を言い終えようとした矢先だ。何故か止まっていたこの金属の大きな荷車が、ガタリと音をさせ再び動き出したのは。
立ち上がりかけていたボクは体勢を崩し、再度穀物の中へ埋まる。
そこから顔を出して見れば、サクラさんと男は開きっぱなしの壊れた扉から外を窺いつつ、やれやれと面倒臭そうな表情を浮かべていた。
「おいおい、まだ走るのかよ。往生際の悪い」
「聞き忘れていたけれど、さっきこの列車を止めたのは貴方?」
「俺がというより、俺の仲間がだな。ちょいとばかし荷を拝借しようとしてたんだが、思ったより向こうさんが持ち直すのは早かったらしい」
「それじゃ本当に列車強盗だったの!? まったく、この世界に来てまでとんだ経験を……」
男には他に仲間がいるらしく、この騒動はその仲間とやらによるもの。
それはいいのだけれど、こうして再び動き始めたということは、男とその仲間にとって不都合な状況であるようだ。
ただ徐々に加速していく中でも、男はこれといって動じた様子が無い。
むしろ腰に手を当て笑い声を上げると、面白そうに口元を歪ませた。
「まあいい、どのみち途中までは走らせるつもりだったしな。……ところで他国のお嬢さん、ちょいと提案があるんだが」
「強盗の手伝いをしろとでも言うのかしら」
「そんなところだ。どうやら俺の仲間が相当数、さっきの場所に置いていかれたみたいでな。人手が足りんのだよ」
いったい何を言い出すかと思えば、提案してきたのはボクらに強盗の真似事をしろという誘い。
どうやら彼の仲間であるという人たちは、その多くが勇者ではないらしく、急に走り始めたこいつに飛び乗る間もなく、さっき停止していた場所に取り残されてしまったらしい。
つまるところ、勇者であるサクラさんに減った戦力を補って欲しいと言っているのだ。
けれど今現在も、列車内には奴隷商側の勇者が乗っているはず。場合によっては複数人。
そんな連中と相対するため、サクラさんの力があるに越したことはないのは確か。
「報酬は弾むぞ。本来の国に帰るための手伝いってところでどうだ?」
「悪くないわね。あと出来れば、どこかにある武器も回収したいところ。なかなかに値が張るのよ」
「よしよし、商談は成立だな。それじゃ着いて来な、そっちの小僧もだ」
とんとん拍子に話は進み、……というよりも自ら流されていき、こいつの乗っ取りに協力するハメに。
男はそうと決まるなり、扉の上にある縁を掴み屋根の上へ登ろうとする。
「だってさ、クルス君。行けそう?」
早速行動を起こす男に嘆息するサクラさんは、ボクの方を振り返ってから手を伸ばす。
どうやらあの男、これから汽車の上を移動しようという意図であるらしい。
この寒い中、高速で走る乗り物の上で風に吹かれなければいけないのかと、ゲンナリしながらサクラさんの手を取った。
ただその時、ふと見てみれば男がボクの方をジッと見ているのに気付く。
一見して戦いには役に立ちそうもないのを自覚しているだけに、男はやはりボクを置いて行くべきと考えたのかと思う。
けれどそういうものとは異なる、なにか唖然としたような空気。そういったものが男からは発せられているように感じた。
「うちの召喚士がどうかした?」
「……いや、ちょっとな。小僧、クルスというのか」
そんな彼の様子に対し、首を傾げるサクラさん。
彼女の怪訝そうな問いに対し、男は聞こえていたであろうボクの名を反芻し、一瞬だけ困惑の色を浮かべる。
ただそれもほんの一瞬だけ。彼はすぐさま腕の力だけで身体を持ち上げ、貨物車の屋根へと登ってしまう。
ボクもサクラさんに身体を抱えられるのだけれど、男によって破壊された扉から見える限り、列車は既に相当な速度が出ているようだ。
一歩間違い落下しようものなら命はないそれに慄くも、そんなことを無視するサクラさんによって、一気に屋根の上へ連れて行かれてしまう。
「お前たち、振り落とされるなよ!」
屋根の上に上がると、男は纏っていた外套の下から自身の武器を取り出していた。
人の胴体くらいなら易々と斬り飛ばせそうな、鉈に近い大振りのナイフ。
その姿はまるで山賊や野盗然としており、強盗などという行為を考えれば、それこそピッタリであると思えてならない。
彼はボクらが上がったのを確認するなり、叫び前方の貨物車へと飛び移る。
サクラさんもそれに続くのだけれど、その時には既にボクを屋根の上に置いた後。
……これはつまり、思い切って飛べという意味なのだろうか。
「小僧、女の前で根性を見せるのも大切だぞ!」
「たまには男の子をしてみなさいな」
……これはやはり逃げ場がないらしい。
飛びついた先で振り返り、揃ってボクを囃し立てるサクラさんと謎の男。
たぶんこのまま竦んでいても助けてはくれないだろうし、サクラさんがああ言うってことは、ボクの体力でも十分飛び越えられるという意味。
男の方はともかくサクラさんの言葉を信用し、少しだけ後ろに下がると意を決して走り出す。
ボクの身長よりもかなり長いであろう幅を、思い切って跳ね超える。
思いのほか簡単に超えることは出来るも、着地の瞬間に体勢を崩してしまい、屋根へ積もった雪のせいで滑り下へ真っ逆さま。
と思いきや、肩に下げたカバンごと掴まれぶら下がる。
見上げてみればサクラさんが腕を伸ばし、世話が焼けると言わんばかりの苦笑を浮かべているのであった。