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襲撃者 02


 それは突然鳴り響いた音に混乱するボクの前へ、滑るようにして移動し現れた。

 金属同士の擦れる、耳をつんざく高音。モウモウと筒から吐き出される黒煙。周囲を威圧するかのような長い巨躯。

 雪の積もる地面へ敷かれた、2本の線の上を滑らかな動きで移動するそいつは、ボクらの前へ黒い威容を晒しつつ停止する。



「クルス君。私たちの生まれた世界が、こちらよりもずっと進んだ技術を持っているのは知ってるでしょ」



 現れたそいつを前に、サクラさんはどういう訳か苦笑いを浮かべる。

 そして自身の目に映るそれが、間違いなく知る物と酷似していると確信したのか頷くと、ボクへ囁くようにして告げるのだった。



「これまで多くの勇者たちが、この世界に様々な知識をもたらしてきた。でもあえて伝えて来なかった物も多い。それは何でかわかる?」


「えっと、持て余すからですよね?」



 隣に立つ奴隷商とそいつに協力する勇者に聞こえぬ声。

 サクラさんが口にする意図を掴みかねつつも、ボクは彼女のした問いに、思考を巡らせて返す。


 勇者たちがこの世界へ持ち込んだモノは多岐に渡る。

 商取引などで用いるものから、具体的に形を成す技術など。後者は例えば、豪勢な建物で用いられるガラスなどだ。

 ただ折角与えられた技術も、あまりに進み過ぎているが故に、使い物にならないという場合が多いとも聞く。



「分不相応な力は身を滅ぼす。それに本来こちらの世界の人間たちが、自らの力で発展しなければいけないから」


「それはまあ、わかります」


「もちろん知識の源泉として、利用されるのを避けるためってのもあるけれど。ともあれそういう理由で勇者たちの多くが自重し、あえて伝えて来なかった物は多いって聞く。……こいつも、その内の一つね」



 そう言って、サクラさんは目の前に現れたそいつを見上げた。

 黒い金属の体躯に、上へ取り付けられた筒から吐かれる煙。そして地面の棒と接する、馬車の車輪と同じ役目を持つ巨大な金属の輪。

 サクラさんが"汽車"と口にしたそいつは、彼女ら勇者たちの世界に存在する、交通手段であるようだった。


 つまりシグレシアの王都に存在する、フォルミディオイーターと呼ばれる魔物を使役してのそれと同じだろうか。

 ただあちらと異なるのは、こいつが魔物どころか生物ですらなく、金属と木材の塊であるという点。

 サクラさんによれば湯を沸かした時に発生する、多量の湯気を用いて動いているとの事。

 ……いまいち原理はよくわからないけれど。



「お前ら、コイツに乗ればリグーまで一直線だ。精々短い旅を楽しみな」



 その汽車とやらの後ろに続く貨物車へ乗せるべく、奴隷商と組む勇者はボクらを背後から小突く。

 刃の先でされるそれに抵抗する術を持たず、ボクらはいくつも繋がった貨物車の内1つへと押し込められた。

 律儀にも、ボクらの荷物と一緒に。


 ただ当然のことながら、武器だけは別。

 ボクの短剣とサクラさんの大弓を持つ勇者は、悠々と前の方へ乗り込んでいくのが、閉じられていく扉の隙間から見えた。


 ガシャリという音と共に、金属製の扉が閉められる。

 すぐさまその扉へ張り付くも、どうやら外からしか開閉が叶わぬようで、真っ暗な中を後ろ手で探るも取っ手らしき物は見つからない。

 そうしている内に、大きな振動がしたかと思うと、ジワリと身体を振るわれるような感覚に襲われる。

 どうやらボクらが乗ったコイツが、再び走り出したようだ。



「ど、どうしましょう……」



 大きく息を吐いて、サクラさんへと隠せぬ不安混じりな声を漏らす。

 いまだ暗闇に慣れていない眼には、彼女の姿が映らない。

 けれどそんな中にあってもサクラさんは、ボクの側へ来てソッと身体を寄せて来た。



「ここまで来たら、なるようにしかならないわね」


「そんな気楽に……」


「仕方ないでしょう。まさか国境を越えるなり兵士に遭遇するなんて思わなかったし」



 気楽に言い放つサクラさん。

 ボクはそれに対し若干の抗議をするのだけれど、確かに彼女の言う通り、今更慌てたところでどうにもならないのは事実。

 そこで揺れる中で腰を下ろしたサクラさんの隣へと、ボクも探るように座り込む。


 サクラさんの言うように、よもや国境越えの直後に拘束されるとは思ってもみなかった。

 もしかしてアバスカルの方もまた、あの洞窟がシグレシア側に通じていると勘付いていたのではないか。

 仮に捕まったのが偶然だとしても、いや偶然であればこそ、今回のボクらはひたすらにツキに見放されているようだ。



「武器以外の荷物を取られなかったのが、不幸中の幸いね。薬品の入った鞄は無事?」


「かなり手荒に扱われたので、幾つかは割れているようです。全部ではないと思いますけど……」



 とはいえこんな状況に在って、荷物が手元に残っているというのは救いかもしれない。

 ただボクの持つ薬品鞄は、アバスカル兵の乱雑な扱いによって瓶などが割れ、中身が零れて異臭を発していた。

 暗がりの中であるため見えないけれど、たぶんかなりの量がダメになってしまったはず。

 今回はあまり劇薬の類を持ってきていないため、そういう意味では助かったのかも。


 サクラさんは脚を使い、なんとかボクの拘束具を壊してくれる。

 けれどボクの方は彼女の強固なそれを外すことが出来ず、仕方なしに背嚢の中へ手を突っ込み、感覚を頼りに使えそうな道具を探る。


 そうしてまず取り出したのは、ランプと着火器具。そいつに小さな火を灯し手元を場所を照らす。

 すると案の定鞄の中身は、3割ほどが割れてグシャグシャ。

 その状況に溜息をつきながら、次いで周囲を照らしてみると、そこが思いのほか狭い空間であると気付く。



「穀物ですか」


「かなり寒いとは思うけれど、不用意に火を使わない方がいいかも」


「そうですね、もし燃えても誰も助けてはくれないと思いますし……」



 周囲に見えるのは、天井まで積まれた麻袋の山。

 穀物の類が納められているであろうそれは、ただでさえそこまで広くない貨物車の中にあって、その半分以上を占めていた。

 外は雪原、そして乗せられたこいつが金属でできているのもあって、寒さは非常に厳しい。

 けれど明り用の小さなランプ程度であればともかく、暖を取るため火を熾すのは危険そうだ。


 サクラさんは後ろ手に拘束されたまま、積まれた穀物袋へ近づくと、足を使って山の一部を崩す。

 いったいどうするのかと思えば、浅く蹴りを入れるようにして小器用に袋を裂くと、中身を床にぶちまけた。

 床からくる冷気というのはなかなかにキツイ。そのため少々もったいないが、これで体温の低下を遅らせようという意図のようだ。



「籾殻まみれですね」


「贅沢言わない。体温が下がっちゃうと、逃げ出すための思考すら出来なくなるわよ」



 次々と袋を裂き中身を出すサクラさん。

 きっとこの中に埋まって、寒さを凌げと言っているらしく、ボクはその中へ手を突っ込む。

 確かに普通に座っているより遥かにマシだ。多少の愚痴は溢してしまうも、サクラさんが足で放る麻袋を身体に撒き付け、積もっていく穀物の中に入り込んだ。



 ボクとサクラさんは、そこから体力を温存すべく多量の穀物に埋まりしばしの休息を摂る。

 洞窟をほぼ休みなく移動したことによって、碌に睡眠も摂れてはおらず身体は疲労困憊。

 当然眠気だってきているはずなのに、こんな奴隷という商品になるべく輸送されている状況で、大人しく眠れるはずもなかった。


 そんな眠れぬ中、ボクはふと視線を横のサクラさんへ。

 すると彼女もまた眠れないようで、後ろ手に拘束されているため横を向いた状態で、細めた目をボクに向けていた。



「と、到着までどのくらい掛かるんでしょうかね。首都に向かうとは言っていましたけれど」



 一瞬ドキリとするが、極力平静を装う。

 軽く咳払いをしてその動揺を誤魔化すと、それとなく向かう先についてを口にした。



「推測ではあるけれど、休みなく走って3日かそこらってとこね」


「勇者たちの世界にある乗り物って、そんなに早いんですか?」


「本物はもっと速いんだけれどね。さっき外で見た速さから推測すると、こんなものかなって。見よう見まねで造った物だろうから、そこまでの速度は出ないだろうし」



 アバスカルの首都リグーは、国土のほぼ中央に位置する。

 ただシグレシア王国よりも遥かに広大な国土を有するため、徒歩で移動すれば半月やそこらでは到底辿り着けないだろう。

 ボクらが拘束されたのは、ほぼその南端に位置する国境線付近。

 そこからたったの3日で中央まで行こうというのだから、想像を絶する速さであると言っていい。


 実際のところ、乗せられたこいつが遥かに進んだ文明によって生み出されたというのはわかる。

 構造はいまいち理解できないものの、おそらくこちらの世界に生まれ育った人間だけでは、到底創り出せないはずだ。

 もっとも以前に勇者らとは異なる世界から来た、"キカイ"とかいう身体を持つ戦士の"カタリナ"に比べれば、衝撃の度合いは低いのだけれど。



「道中の食事は……、期待できそうにないわね。いくらそう時間を要しないとはいえ、こんな寒い中で放置されるなんて」


「そのために荷物を一緒にしたんですかね」


「かもしれない。随分と不親切な案内人だこと」



 サクラさんはそう言って起き上がると、忌々しげに動きを妨げる拘束具を鳴らす。

 どうやらこれさえなければ、今頃は大暴れをして無理やりに扉をこじ開け、ボクを連れて逃げ出すつもりであるようだ。

 武器は失うハメになってしまうけれど、それでもこのまま首都まで運ばれるよりはマシと考えて。


 一方のボクは腕が自由になるけれど、勇者を拘束する程の物を外すことは叶わない。

 自身に半分流れる勇者の血は、いまだ自由に行使できる類の物ではないし、たぶん使えたとしてもその負荷によって、身体がボロボロになってしまう。

 仕方がないとわかっていても、ボクは己の無力さに歯噛みする想いであった。


 けれどそんなボクが歯を食いしばった時だ。

 その瞬間を待ちわびていたかのように、突如ズシリという重い衝撃が金属の貨物車を襲ったのは。



「な、なんですか!?」


「わからない……。クルス君、とりあえず私の後ろに下がっていなさい」



 突然の事態に、一瞬思考が混乱し周囲を見回してしまう。

 ただサクラさんの方は落ち着いたもので、困惑するボクと扉の間へ移動すると、声を潜めジッと扉を凝視した。


 おそらく現在、このサクラさんが言うところの"汽車"とかいう物は停止している。

 それがさっきの振動によるせいか、それとも別の理由によるものかはわからない。

 しかしよくよく耳を澄ませてみれば、外からは動揺というか混乱しているらしき人の声が響いており、非常事態と言える状況なのが明らか。


 いったい何が起ろうというのか。

 自身へとさらに迫りつつある異常な事態に、警戒感から震えが奔る。

 そうして少しばかり声を潜めていると、扉が金属の軋む嫌な音を立て、一気に開かれ外の明りが飛び込んできた。



「おいおい、なんだよこの有様は」



 その陽光が差す扉の向こう。太陽を背にして立つのは、1人の大柄な男。

 ボクらをここへ放り込んだ、奴隷商側の勇者とは異なるその人物は、呆れ混じりな様子を露わとし呟くのであった。


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