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暗水踏破 03


 ゲンゾーさんたちによって、アバスカル共和国への潜入任務を下されて3日後。

 ボクら勇者と召喚士総勢10名は、小都市オドリナを発ち、少しばかり北へ行った先に在る洞窟を前にしていた。


 ここがアバスカルへ抜けると推測される、件の洞窟なのだとは思う。

 けれど入口は狭く、人が3人も並べば窮屈と言えるほどの広さであり、到底国境を越えられるとは思えぬ外観。

 もっとも中を覗き込むと、かなり奥まで続いていそうな気配を漂わせており、真っ暗であるのもあって、否応なく不安感を掻き立てられた。



「さあ、覚悟は良い?」


「は、はい!」



 その洞窟入口を前に、サクラさんは手にランプを握り覚悟を問う。

 いったいどれだけの期間、こちら側を離れるかわかったものではない。

 そこで大量に買い込んだ食料を背に、ボクは彼女の言葉へ大きく頷いた。


 背後には同じく、緊張の面持ちで荷物を背負うご同業たち。

 彼らと小さく目配せをすると、合図をすることもなく洞窟の中へと踏み込んでいく。


 一方でそんなボクらを見送る者はない。

 ゲンゾーさんとクレメンテさんは、ボクらが町を発つところまで見送ってくれたけれど、この地までは同行していない。なにせ基本的に多忙な人たちだ。

 それでもギリギリまでオドリナに滞在していたのは、ボクらへ無理難題を押し付け、あげくたったこれだけの人数で、危険とわかりきった任務に向かわせた負い目があるせい。



 洞窟内に入ったボクらは、一列になって進む。

 前に年長の勇者と召喚士が担い、この中で比較的経験の浅い者は列の真ん中へ。

 ただこの中で最も勇者と召喚士歴が短いはずなボクとサクラさんは、しんがりを務めていた。


 普通に考えれば、少々生意気にも思えるところ。

 けれど彼らはどういう繋がりであるのか、ゲンゾーさんやクレメンテさんからサクラさんのことを聞いていたらしく、一角の敬意を払って接してくれていた。

 なので妙に不和を引き起こすこともなく、慎重に洞窟を進んでいくことが出来る。


 とはいえどれだけ続くかもしれぬ洞窟だ。

 そのため手にしたランプの燃料を節約するべく、持つのは全員で3つだけ。

 当然照らす範囲は狭く、暗闇の中における視力も優れた勇者たちと言えど、固まって動くのは少々難しかったらしい。



「流石に暗すぎるな。どうする、もう1つ点けるか?」


「出来れば節約しておきたいんだがな……。しかしこうも狭いんじゃ、身動きが」



 洞窟内の通路は徐々に狭くなっていき、暗さもあって身体へと岩が当たる。

 そのため燃料の消費という懸念はあるものの、全員で短い相談を交わし、満場一致でもう1つだけランプを点けることにした。


 明りが灯ったことで、小さな安堵感が全員から起る。

 ただ次いでよぎるのは、この洞窟がいったいどれだけ続くのだろうという不安。

 奥からは風の流れが存在するため、ここがどこかに通じているのだという予感は持てる。

 けれどそれがどれだけ先かはわからない。ボクはランプの明りが届かぬ暗い洞窟の先に、得体の知れぬなにかが潜んでいるような不安感を抱いてしまう。


 するとボクの心情を察したのだろうか、サクラさんが背というか背負う荷物を、強めの力でバシリと叩いてくる。



「暗い顔をしないでよ。……折角君の夢が叶ってきたんだから、もっと笑顔で居なさいって。何処の誰よりも強い勇者と、その相棒になるのが子供の頃からの夢だったんでしょ?」



 小さな、他の人たちに聞こえぬ声で囁くサクラさん。


 たぶん彼女は、ボクの緊張を解そうとしているのだと思う。

 以前にもサクラさんには話したことがあるが、ボクは昔からずっと、今言われたようなことを夢見ていた。

 召喚した勇者と一緒に活躍し、多くの人から羨望を集めるような成功を収めたいと。


 王国有数の勇者たちを差し置いて、サクラさんは既に最上位に近い実力を持つ存在となっている。それはゲンゾーさんの言から明らかだ。

 なので今まさにここへ立っている事実が、夢の成就を果たした証明であると言え、彼女の言うようにもう少しは気分を良くしてもいいのだろう。

 けれど実際にそこへ立つと、想像していた輝かしいそれとの落差に気分が落ちそうになる。



「その結果が、こうも割に合わない役割と考えれば、あまり喜べたものではありませんよ」


「……ディータさんのことは嫌いじゃないけれど、君をこういった性格に育てた点だけは文句を言いたくなるわね」



 未踏の洞窟を進み、得体の知れぬ国への潜入を試みる。

 いくら他にも同行する勇者が居るとはいえ、そんな危険と恐怖を隣り合わせとしなければいけない状況を思えば、光栄であるとは口が裂けても言えそうにない。

 ただそれを口にするなり、サクラさんは大きく溜息をつきながら、お師匠様への不満を漏らしていた。

 確かにこの卑屈になりがちなのは、ある意味でお師匠様の教育の賜物と言えなくはないかも。



「でも大丈夫です。覚悟だけは出来ているので、行きましょう」



 そう告げると、ボクは意を決し一歩洞窟の中へ。

 サクラさんもすぐ真後ろに続き、狭い洞窟の中をランプで照らしながら進んでいった。



 そこからしばし進んでいくと、道幅がさらに狭くなっていく。

 本当にここを進んでいいのかと思うも、その狭い個所を通り過ぎると再び道幅も広くなり、あとは全員が並んでも問題ないほどの大きな空間へ出た。

 なるほど、少なくともこの辺りまでは事前に調査をしているらしい。

 たぶんこれだけの勇者が集められたのは、洞窟の広さも考慮に入れてだったのかもしれない。



「正規の侵入ルートが使えないというのはわかりますけど、まさかこんな道を……」


「道と言うのが正しいんだか。なんにせよ、こんな場所を通らなきゃいけないほど、碌な接点が無いってことよね」



 広くはなったものの、その代わりランプの明りがまるで届かず、暗がりの面積は増えてしまった洞窟。

 そこを不安に思いつつ周囲を窺い、ボクはこの未踏の洞窟についてを呟いた。


 するとサクラさんは今から向かうアバスカル共和国が、他国との接点の少ない国であると思い出したようだ。

 別にかの国が、他国と険悪な関係であるとまでは言えない。

 けれど積極的な国交を結ぶ国もなく、接点があるとすれば隣国のコルネート王国くらいのもの。

 人の行き来が出来る街道も、その両国の間くらいにしか存在しないと聞く。

 これだって大陸を二分するほどの大国同士であるからこそで、そちらにしても基本的には国境の砦が解放されてはいないそうだけれど。



「なんにせよ、ここはまだ序盤も序盤。入口にすら立っていない」


「ええ。早く通り抜けてしまいましょう」



 あくまでもこの洞窟は、目的地へ行くための経路でしかない。

 それも国境の兵士に見つかる可能性が低いという、まだ恵まれていると受け取ってもいい場所だ。

 あくまでも通過してからが本番。こんなところでグズグズしてはいられなかった。



 ボクは再度自身に気合を入れると、身体から過度な力を抜きつつも警戒して進んでいく。

 歩き続けてしばし、徐々に耳へ轟々と音が届くようになってきた。

 さてはこれが例の地底湖とやらに続くのかと、他の人たちと共に音がする方向へ歩を向ける。

 すると洞窟はさらに広い空間へと出て、遥かに上から降り注ぐ滝が姿を現した。



「ここ、一応山脈の中だよな?」



 勇者の一人が、その滝を見上げ感嘆混じりの疑問を呟く。

 洞窟の中に存在する地底湖と聞いていたので、てっきり地面から湧き出た水によるものであると思っていた。

 けれど目の前へ現れた滝は、明りが届かないため全容は見えないものの、ある程度見える勇者たちの言葉からすると、大瀑布とでも言うべき代物であるらしい。


 これまで方々を移動した際に、滝などは度々目にしてきたけれど、ここまで巨大な物は初めて。

 まだまだ先は長いとは言え、もう国境に横たわる山脈へ入っているはず。

 まさか山の中にこんな空間があるとは思ってもみず、ボクはただ呆気にとられ上を見上げるばかり。



「ちょっとずつ下っていたから、地下と言った方が正解かも。にしてもここまで大きいとはね」


「こんな場所が、よく今まで見つからずにいたもんです。知られていれば、ちょっとした観光地ですかね」


「流石に国境上だし、知られても開発するのは無理だと思うけど……。でもそうね、これだけ見事なら人は来るかも」



 サクラさんもまた、この巨大な瀑布に目を奪われる。

 一瞬ここを利用して、町おこしなど出来るのではと思ってしまうけれど、考えてみれば言われるようにここはアバスカルとの国境地帯。

 そう易々と来れるような場所でもないし、現実的には厳しいのかもしれない。


 ただ現実的に厳しいと言えば、ボクらは今まさに直面しているものがある。

 それは落ちてくる水流に隠れるようにして存在する、奥へ続く道についてだ。

 多分あの先が、アバスカルに繋がっていると目される経路なのだとは思う。しかし……。



「あそこを通るってことですか」


「……クルス君、アレに入る勇気ある?」


「正直ありません。主に体力面の理由で」



 奥へと続くであろう水の中に在る道を見て、意気を落としながら呟く。

 なにせその道、……と言っていいものかどうかわからないけれど、滝壺の水が流れていく先であるのだから。

 かなり深いであろう水と勢いある水流、それに身を任せ進まなくてはいけないのだ。

 進むというよりも、流されるという方が正解だろうか。



「比較的濡れても問題ない物を持ってきてはいますが……」


「食料ばかりは困ったことになるわね。流石に濡れたら腐ってしまうし」


「一度引き返しますか?」



 おそらくこの洞窟が向こうに通じていると確信が持てなかったのは、これが原因なのだと思う。

 真っ暗で、深く、強い流れ。ランプの明りだって点けたままではいられないし、保存食も濡れて使い物にならなくなるはず。

 これでは調査などしようがない。


 当然他の面々も、勢いよく水が流れ込むそこを見て尻込みする。

 なので一度引き返し、装備を整え直した方がいいかと考えたのだけれど、サクラさんはジッと奥を凝視してから首を横に振る。



「たぶんだけど、大丈夫」


「その根拠は?」


「音ね。向こうへ流れていく水の音が、奥の方でちょっと変わってる。広い空間に繋がっているんだと思う」



 サクラさんはそう言って両の耳へ手を当てると、流れる水音に神経を研ぎ澄ませる。

 ボクも耳を澄ませては見るものの、聞こえるのは滝壺を叩く水の音ばかり。

 こんな状況で、よくそこまで細かく聞き分けられる物だと思う。


 とはいえその行動はなかなかに集中を擁するもののようで、彼女は少しばかり疲れた様子で腰に手を当てた。



「休憩をしてから進みますか?」


「下手に休むと、折角思い切ったのが台無しになりそうね……」



 休憩を必要とするかを問うボクに、苦笑しながらそう帰すサクラさんは、振り返って他の人たちの顔色を窺う。

 すると皆一様に苦笑しながらも、進まなければ始まらないといった意図の言葉を返してきた。

 サクラさんはそれに頷くと、軽く呼吸を整えてゆっくり滝壺へ足を入れる。


 再度深呼吸をし、振り返り手を差し伸べる。

 その手を握ると、ボクもまた意を決して水の中へ。手にしたランプの火を消し、壊れぬよう高く掲げ飛沫の中へと進んでいく。


 明りが消えたことで、まるで暗闇へ吸い込まれていくような感覚に陥る。

 実際水の流れに身体は運ばれ、奥へ奥へと行くにつれ水深が深くなることで、次第に動悸も早まっていった。

 サクラさんの判断を信用していないということはないけれど、どうしても暗闇と水に対する恐怖心は拭えない。


 けれどそんなボクの心情を察したか、サクラさんは強く手を握る。



「安心して任せなさい。もしもクルス君が溺れたら、真っ先に私が人工呼吸をしてあげるから」


「それって溺れる前提じゃないですか。どうやって安心をしろと」


「あら、意識が無いとはいっても、私の唇が触れるのよ。王国有数の勇者に初めてを奪ってもらえるんだから、むしろ光栄に思ってくれないと」



 飄々と言い放つサクラさんの言葉に、ボクはちょっとだけ赤面しそうになってしまう。

 けれど彼女の笑い交じりな声と、水の冷たさに反した温かな手の感触に、僅かに不安が霧散していくような気がしていた。


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