暗水踏破 02
この場へ集まった勇者と召喚士、その全員がゲンゾーさんによって、これまで諸々の騒動に関わらされてきた人たちであった。
当然それはシグレシア王国に属する中で、ゲンゾーさんによって特に実力者として認められた者ばかり。
とはいえこの場に居る全員、共通するのは実力の面だけではなかったようだ。
共通するのは、とある事項に関する知識。
全員が王国のみならず大陸全土へ出没する、"黒の聖杯"に関する正確な知識を有していた。
それはすなわち、ボクとサクラさんが王国西部に建つ、"嘆きの始祖塔"で知った内容に関して。
「ここまで言えばわかると思いますが、今回貴方がたが行うのは、"アバスカル共和国"への潜入です」
互いの共通点を把握した時点で、今回の人選にはある目的があると察するのは容易。
それは今クレメンテさんが言ったように、黒の聖杯が最初に発生したと目される、アバスカルの調査だ。
基本的にかの国とは行き来がほとんど行われておらず、国境を越えるのが容易ではない。
だからこそ普通の人が通らぬような経路を、勇者の能力によって踏破しようという意図のようだ。
実力者が集められた点からして、相当に危険であるのは間違いない。
おそらくそれは自然の驚異という話ではなく、魔物の出現やアバスカルの妨害という意味が主。
「では、山越えを?」
「いいえ、山地は監視の目が有りますので。ですので前々から調査を行っていた、別の経路を用います」
続いて他の女性勇者が挙手。クレメンテさんへ潜入の手段を問う。
シグレシア王国とアバスカル共和国の間には、かなりの険しい山脈が聳えており、普通に移動するためには一度他国を経由しなくてはいけない。
なのでてっきり、勇者としての能力に頼り、強引に山地を踏破するのではと考えたようだ。
けれどクレメンテさんはそれを否定。まったく別の手段が存在すると口にする。
「この近隣に、地底湖へと続く洞穴が存在します。アバスカルまで続いていると推測されますので、そこを利用するのが最も安全かと」
「ちょっと待って。"推測"ってことはもしかして、通れるという確信が無いってこと?」
ここオドリナの近隣に、そんな洞穴があるとは思いもしなかった。
確かにそこを通過すれば、国境を監視しているアバスカルの兵と、妙なごたごたをせずに済むかもしれない。
ただそんなクレメンテさんの言葉に、待ったをかけたのはサクラさんだ。
彼女はクレメンテさんが発した言葉に、無視できないものが混じっているのをしてきた。
「貴女のおっしゃる通り、確実に通れるとは限りません。なにせ今現在、誰も向こう側に到達していないのですから。貴方がたには、その経路開拓という役割も課せられます」
「やっぱり……。それに地底湖があるってことは」
「水の中を進む可能性も捨てきれないかと。多少の潜水すら行わねばならぬかもしれません」
飄々と告げるクレメンテさんの言葉に、サクラさんのみならずその場にいた多くが、ゲンナリと肩を落とす。
洞窟というのは、大抵が予期せぬ危険にさらされがちだ。例えば落石や滑落、あとは生物を媒介した病への感染などなど。
それに加えて地底湖となれば、水という非常に大きな脅威に晒されてしまう。
……案外アバスカルへと繋がっている確証が得られないのは、これが主な原因なのかもしれない。
本来であれば、繋がるという確証を得て送り込むのが普通。
けれど国としては、何がしかの理由によってあちら側の調査を急ぐ必要があり、こんな無茶な策を強行しようとしているのかも。
「首尾よく潜入が成功した場合、その後はアバスカルの首都リグーに向かい所定の地点を調査。その後は成果の如何を問わず撤収となります。なにか質問は?」
クレメンテさんは簡潔な言葉で、洞窟を抜けた後のことを告げる。
ただ質問はと言われても、これだけの情報ではなにがわからないのかすら定かでなく、居並ぶ勇者と召喚士たちは、顔を見合わせ困惑するばかり。
けれどそんな中にあって、サクラさんは遠慮がない。
小さく挙手をすると、おそらく内心では全員が抱いていたであろう、とある不安を口にした。
「現状シグレシア王国は、アバスカルと敵対関係にないはず。けれど無断で侵入してきた他国の勇者に対して、遠慮をしてくれるとは思えない。もし……、連中に拘束された場合は?」
ジッと、クレメンテさんの目を凝視する。
そうしてサクラさんが問うた内容に、彼は少しばかり言葉を詰まらせた。
今回の任務が危険とする最大の要因。それはおそらく道中の自然や魔物による脅威以上に、おそらくこの部分が大きいように思える。
なにせ基本的には国交が存在しない他国。それも相当数の勇者を抱えているだけに、何が起きるとも知れたものではなかった。
「当然、万が一ということはあり得ます。そうなった場合、……救出は期待できません」
「でしょうね。碌な外国ルートもない以上、取り戻すのは至難の技だろうし」
「そういった繋がりが皆無とは言いません。ですがもし拘束された場合、取り戻すには相当な労と代償を擁するのは間違いないかと」
クレメンテさんは、サクラさんの言葉をおおむね肯定する。
つまり彼はここに居る全員に対しこう言っているのだ。この非常に大きな危険を承知で、この任務を受けて貰いたいと。
普通であれば、断るというのが道理。
拒絶する権利をはく奪されてしまったボクらはともかく、他の人たちはそう考えたに違いない。
特に相棒たる召喚士たちは、揃って拒絶を態度で示そうとしていた。
きっと成功すれば、相当な地位や栄誉、それに報酬が入ってくる。
だとしても、あまりにも割に合わない。
けれど勇者たちの実力に対する自負か、あるいはゲンゾーさんへの恩や義理のせいか。意外なことに立ち去る者は居なかった。
「……悪いなお前たち。この恩には、可能な限り報いよう」
そうして残った顔ぶれを見て、ゲンゾーさんは深く頭を下げる。
ゲンゾーさん曰く、集まった勇者たちは現在この国における、最高峰の実力者たち。
一応拒否することは許されていたものの、もし彼らに断られてしまおうものなら、他に打つ手は無かったようだ。
「んで、本当にこの人数でどうにかなる内容なの?」
なんとか全員が承諾し、ホッと胸を撫で下ろしているゲンゾーさんとクレメンテさん。
そんな彼らへと、たぶんまたもやここに居る人間の思考を代弁し、サクラさんは問う。
「正直足りんというのが本音だ。しかし下手に実力の不相応な者を選んでも、無闇に命を落とすだけだろうな」
「おっさんが手伝ってくれたりは?」
「手伝ってやりたいのは山々なんだがな。最初は俺も同行するつもりだったが、上の連中が全力で反対しやがった」
自分たちが危険な目に遭うのだから、そっちも手伝えと言わんばかりなサクラさんの目。
そんな彼女の視線に、ゲンゾーさんは困ったように返す。
彼の言い様からすると、本来はもっと多くの人数を動員したかったのだと思う。
けれどそれでは無闇に犠牲を増やすだけだろうし、他国に大勢で乗り込んでは目立ってしかたないというところか。
それにゲンゾーさんが行けないというのも理解はできる。なにせもし万が一、彼が倒れたりアバスカルで拘束されでもしようものなら、シグレシアが負う傷は相当に深い。
王国で活動する勇者たちの象徴でもある彼は、絶対に負けたり倒れてはいけない存在なのだ。
「ではもう一度確認しておく。本当にいいのだな?」
本来なら命令し送り出さねばならぬゲンゾーさんの、最後の警告。
たぶんここで勇者たちが拒否しても彼は責めない。でも代わりに彼は多少なりと責を負わされるはず。
そう考えたためかどうか、居並ぶ勇者たちは一様に苦笑いを浮かべ、参加の意思を表明するように頷いていた。
「行くしかないんでしょ。不本意ではあるけれど、今回も協力してあげる」
「……悪いな」
「ここまで来たら、もう諦めるしかないわね。精々自分たちの力量を悔やむことにするわ」
サクラさんはゆっくりと立ち上がり、若干おどけながら参加を断言する。
するとゲンゾーさんは心底ホッとしたように、これまで見たことが無いほどに表情を緩めるのであった。
それにしても、まさかサクラさんがこうまで彼から評価されているのは。
信頼されていると言うのは知っていたけれど、ゲンゾーさんの口振りからすると、王国内に居るどの勇者よりもその評価は高そうだ。
それそのものは、とても光栄であり喜ばしいこと。実質シグレシアにおいて、ゲンゾーさんに次ぐ2番手の称号を得たも同然なのだから。
まさか勇者としての活動を始めて、たったの1年少々でその地位に据わるとは思ってもみなかった。
もっとも評価の代償は、より危険な役割を負うというもの。
そう考えれば、この評価がある種の呪いに思えてならない。
「向こうでの期限は?」
「可能であれば早い方が良いが、特に期限を設けるつもりはない。慎重に、生き残ることを第一に考えてもらいたい」
「了解了解。それじゃ何日かを準備に当てるから、それが済んだら出発ってことでどう?」
サクラさんは腰に手を当て、これからの予定を思案する。
どうもゲンゾーさんの口振りからすると、当人としてはより入念な準備を行って欲しいと考えているようだけれど、たぶん国の上の方が急かしているであろうことが窺えた。
けれどそこを突っ込んで聞いても詮無いと考えたか、サクラさんは触れようとせず、他の勇者たちと打ち合わせを始めていた。
早速準備を始めるべく、揃って協会支部出てく勇者と召喚士たち。
ボクもまた彼らに続き支部の出入り口へ。ただ一瞬だけ振り返ってみると、そこには申し訳なさそうな表情をするゲンゾーさん。
彼は自身の立場などを忘れ去ったかのように、深く頭を下げる。
ボクにはその姿が、危険な道行である証明に思えてならなかったのだ。