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暗水踏破 01


――――――――――


拝啓 お師匠様


 以前にもありましたが、今回またしばらく手紙を出せぬようになるかもしれません。

 詳しくは書けませんが、騎士団からとある依頼を下され、それに専念せねばならぬためです。


 ただ今回は、今まで以上に危険な旅となるはず。それに拒絶も許されず、ボクらはそれを享受するほかないようです。

 場合によっては、これが最後の手紙となる可能性すらあります。

 もしもそうなってしまった時には、お師匠様、どうかご自愛して長生きしてください。

 もちろん、そのような状況になる気はさらさら無いのですが。


――――――――――



 "即座に北部の都市、オドリナの協会支部へ向かうように。詳細は追って説明する"。

 ボクらが受け取った、近衛騎士隊からの命令書。絶対に拒絶の許されぬ印が刻まれたそれには、あまりに簡潔な文章が綴られていた。


 てっきり仰々しい内容で、とんでもない内容が書かれていると思っただけに、ボクにとっては肩透かしもいいところ。

 ただ逆に言えば、これがあまり表だって話せぬ内容であるも同然。

 たぶん碌な説明もされないのは、もしもこの手紙が他者の手に渡った場合を考慮して。


 嫌な予感ばかりに襲われるものの、拒絶が許されぬ以上は向かうしかない。

 そこでボクとサクラさんは休息もそこそこに、再びの留守番を嫌がるアルマを宥めて教会へ預け、急ぎ旅の準備を済ませて王国北部へと移動を開始した。



「ここね。なんというか、随分と簡素な建物だこと」


「この辺りはあまり魔物も多くありませんし、たぶん勇者も片手で数えるほどですから」



 辿り着いたのは、シグレシア王国の北部に位置する小都市オドリナ。

 至って平凡な、農業と酪農によって成り立つ小さなその町で、ボクとサクラさんは早速協会支部へと向かった。


 支部とは言うものの、外観はとても小さな宿屋然としている。

 ただカルテリオの協会支部も以前はこんな感じであり、勇者の少ない地域というのはえてしてこんなものだ。

 その入口をくぐると、中には幾人かの人たちが椅子へ腰かけていた。



「確かに、丁度片手で数えられるわね」


「ボクとしては、もっと少ないと思っていたんですけどね」



 入ったボクらへと、鋭い視線を投げかける人々。

 数にして8人。ただその丁度半分が黒髪ということから、全員が勇者と召喚士であるというのは疑いはない。

 つまりボクらを入れて、丁度10人。入って来る前に、自身が言った数とピッタリだ。


 とりあえずその勇者たちに倣い、ボクらも一角にある空いた席へ。

 そこへと腰かけ会釈をすると、彼らもまた同じく会釈を返し、そのまま無言となった。

 どうやら余所者に対する敵愾心とやらはないらしい。けれどなんとなく、この勇者たちはオドリナで活動している人たちではないように思える。



「その根拠は?」


「服装ですかね。全員が旅装、それも到着して間もないといった感じなので」



 ボクが感じた印象を口にすると、サクラさんは面白そうに小声で問う。

 すかさず理由を返すと、彼女は同意するように小さく頷いた。


 勇者や召喚士たちが纏っているのは、今のボク自身がそうであるように、長旅をするのに適した強度重視な物。

 この町で活動している勇者たちであれば、服装はもっと楽な物を纏っているに違いない。


 それにここに至る街道は、前日に振った雨によってぬかるんでいた。ただ町にまでは雨が届かなかったようで、反面大通りの地面は乾いている。

 けれど彼らの履いたブーツなどは土で汚れていて、外を歩いたというのは明らか。

 まだ朝の比較的早い時間だけに、町の外で狩りを終え戻って来たとは少々考えにくい。



「どことなく、彼らも緊張してるみたい。ということは……」


「同じく近衛隊に呼び出された、といったところでしょうか」


「おそらくね。私たちだけじゃなかったか」



 近年出現数が多くなっている魔物だが、ここいらは比較的多い地域でもなく、おまけにこれといって交通の要所とも言い難い。

 行ってしまえばここオドリナは、そんな何の変哲もない地方の小都市でしかなかった。

 そんな場所へ、勇者と召喚士が総勢10人、それもほぼ同時に集まるなどまず考えられない。


 となると思い当たる理由は1つ。

 ボクらと同じく近衛隊から印章付きの手紙を受け取り、拒絶不可の招集をされたというものだ。



「お待たせいたしました」



 ボクとサクラさんが小声でそんなやり取りをしていると、協会支部の中へ響く声が。

 入口から響いたこの方を向くと、立っていたのは細身の男性。

 そしてもう1人、ずんぐりとした体形ながら大きな体躯を誇る男。……ゲンゾーさんだ。


 どうしてこんな場所に居るのかとも思うも、たぶん彼が今回の件を主導しているに違いない。

 カラシマさんの件で相当に参っていたため、てっきりまだ王都で休暇を摂っていると思っていたけれど、もう現場に復帰しているようだ。

 見れば彼の背後には、相棒であるクレメンテさんも居る。共に騎士団や国の要職に就いているだけに、揃って行動するのは珍しい。

 ……逆に言えば、それだけの重要な内容であると言うことか。


 現れた細身の男は、協会の中をグルリと見回し満足そうに頷く。どうやら招集した勇者たち全員がこの場にいるようだ。

 そして軽く咳払いをすると、早速用件を話し始める。



「貴方がたには、とある任務を受けて頂きます。とは申しましても、受けるか否かは自由。強制的にお呼び立てしたのは、最低でも話だけは聞いてもらいたいというのと、内容を他に知られたくないためです」



 細身の男は、柔和な笑顔を浮かべる。

 けれどその軽い表情と口調に反し、内容からはどこか不穏な気配漂っていた。


 これが近衛隊による……、というよりも国の中枢によって主導された、非常に重要な内容であるのは確か。

 ただ彼の言葉によれば、今の段階であれば断って帰ることは可能とのこと。

 とても嫌な感じを受けるだけに、その誘惑に乗って帰ってしまいたいという欲求が顔を覗かせるも、口にしかけたところでひとりの勇者が挙手をした。



「質問いいでしょうか?」


「どうぞ、なんなりと」


「この近隣で活動する勇者ではなく、あえて我々が選ばれた理由を教えて頂きたい。おそらく全員がそれなりの実力者であるというのはわかるのですが」



 手を挙げたのは、ボクらの近くに座る青年。

 彼は協会支部内をゆっくり見回すと、任務の内容を問うよりも先に、ここへ呼ばれた勇者たちについてを口にした。


 真っ先にこれを聞いた気持ちもわからないでもない。

 どういった人選によって、この勇者たちが呼ばれたのかがわかれば、任務の危険性もわかろうというものだ。

 するとそれに答えたのは、細身の男性ではなく背後に立つゲンゾーさん。



「人選をしたのはワシだ。お前さんたちが想像するように、今回の任務にはかなりの危険が伴う。よって王国内でも指折りの実力者を選んだ」



 支部内に居る勇者たちへ視線を向け、その全員が高い実力を持つと口にする。

 カラシマさん亡き現在、ゲンゾーさんはシグレシア王国における、最強の勇者という称号を唯一の物としている。

 その彼がそうまで言うのだ、おそらく今日集まっているこの10人、というより勇者たち5人が、王国が有する最大戦力なのだろう。



「それと同時に、口の堅さも重視した。内容を聞いた後でも、絶対に口外しないであろう連中をな」



 加えてもう1つ、選考の理由があった。

 どうやらここに居る全員、ゲンゾーさんとは一定の接点を持つ人たちであるようで、その人間性までも考慮に入れていたらしい。

 ただ彼の発した言葉によって、全員が一気に緊張感を高めていくのが感じられる。



「そこまで仰るということは、相当に危ない橋であるということですか」


「詳しくはこれから説明する。だがあくまでも断片的なものだ、受けてくれるのであれば詳細を話そう」



 息を呑む勇者のひとりが、感じたままを口にした。

 ゲンゾーさんはその言葉を否定も肯定もしないけれど、おそらく意味するところは肯定。

 誰にも言ってはならない、命の危険が伴う困難な任務であると。


 とはいえそうなれば、二の足を踏むのは当然と言える。



「なら私たちは遠慮しておく。受けるか否かは自由なんでしょ?」



 ガタリと音を立て、立ち上がるサクラさん。

 近衛隊の印章まで刻まれた、きっと拒絶の許されない任務。

 サクラさんだってそれはわかっている。けれど拒否することによって受ける不利益以上に、危険な臭いを感じ取ったようだった。


 彼女は基本的に、危険や厄介事へ自ら首を突っ込んでいく気質であると言っていい。

 それでも拒絶をしようというのだ。それほどまでに彼女の第六感からは、非常に強い警告が発せられているのだと思う。


 しかしボクも逃げるように立ち上がったところで、ゲンゾーさんから待ったが掛けられた。



「悪いが、特にお前さんに関しては、断るという選択肢を与える訳にはいかん」


「……私たちだけが? 理由はなに」


「ぶっちゃけお前さんが、この中では最大の戦力だからだ。加えて唯一の後方から攻撃が可能な人員、欠けてもらっちゃ困る」



 ついさっき辞退も可能だと言ったばかり。だというのにサクラさんに関しては、その範疇外であると言い放つ。

 ただその理由として告げられた内容に、ボクはつい言葉を詰まらせる。


 彼は明確に言い切ったのだ、王国に居る勇者たちのなかでも精鋭を集めた中で、サクラさんが最も強力であると。

 ボクとしては誇らしい反面、ともすれば他の勇者たちの気分を害するかもしれない発言。

 けれど意外にも、他の勇者たちからはそういった空気を感じられない。

 おそらくはゲンゾーさん自身が、最強という称号を持つ人間であるだけに、その発言には一定の説得力があるのかも。


 ……それにしても気になるのは、ゲンゾーさんの言いようだ。

 彼の発言は、明らかに戦闘を前提とした任務であることを示唆していた。



「これまで散々受けてきた迷惑を理由に断るというのは?」


「そいつも不可能だ。なにせここに居る全員、ワシがなにがしかの厄介事を押し付けてきた連中だからな。1人を認めたら全員を解放しなきゃならなくなる」


「……ああ、おっさんの犠牲者は他にも居たってことね」



 その言葉を聞くなり、全員からため息とも苦笑とも取れる音が漏れる。

 どうやら今回集まった実力者たちの全員が、ゲンゾーさんによってこれまで諸々の苦労を強いられてきた人たちであるようだ。


 サクラさんもそれがわかったからか、ゲンゾーさんへの呼び方が普段のものへと変わっている。

 たぶん他の勇者たちも、同じような関係性になっているであろうから。

 なのでその呼び方に眉を顰めたのは、最初に声を発していた細身の男くらいのものだ。



「では説明します。もし手に余ると感じたならば、その時点で退出を。そのことを責めたりはしませんので」



 ひとしきり空気が弛緩すると、これまで沈黙を守っていたクレメンテさんが、一歩前へ出て本題を切り出す。

 再び表情を引き締めるボクは、彼が口を開くのを眺めつつ、ゆっくり心拍を高めていくのであった。


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