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生命の値 09


 オスワルドさんを宿に送り届けた後。とっくに日付も変わってしまった頃、ボクらは騎士団詰所へと戻る道を歩いていた。

 詰所には保護されたアルマが眠っており、そちらの様子を確認しておかなければ気も休まらないからだ。

 既に周囲の店々は明りを落とし、酒場でさえも既に店じまいを済ませている。


 結局もう一つの疑問であった、オスワルドさんが何故アルマを観察していたのかについては聞き出すのに時間を要したのだが、こちらは何のことはない。

 つまるところ彼は、いわゆる小児性愛的な性向を持っていたのだ。

 ただそうと知ってしまえば、アルマに近づけさせるわけにはいかなくなった。



「そういえばサクラさん、どうしてあの女医が奴隷商だってわかったんですか」



 そんな詰所へ向かう道すがら、サクラさんへそれとなく気になっていたことを訪ねる。

 正直ボクは女医を一切疑っておらず、ただの親切な人としか思っていなかったため、建物の奥に何か秘密があるという可能性など考えもしなかった。

 なのに何故本性に気付いたのかと問うも、サクラさんは「ひみつ」と言うばかりでなかなか教えてはくれない。


 だがサクラさんが何かしらの嘘を見抜く術を持っているのであるならば、ボクはおちおち彼女と会話もしていられない。

 悪意のあるなしを含め、大なり小なり会話には一定の嘘が混じるのが普通なのだから。

 そこで詰所へと戻る途中、幾度も問いかける内に次第と面倒臭くなってきたのか、遂には口を開き教えてくれる。



「以前ね、死んだうちの爺さんが好きだったドラマ……、劇って言えばいいのかしら? それに出てたのよ。嘘を隠そうとする時にする人間の行動ってやつ」


「例えばどんなのです?」


「視線を合わせようとしないとか、口元を隠すとか。あとは隠そうとしている場所から遠ざけようとするとか、変に冗談が増えるなんてのもあったわね」



 指折り数え、サクラさんは記憶を探っていく。

 言われてもみれば、あの女医には今言われたようなことが行動に出ていた気もする。



「そういえば確かに、冗談なんて言いそうに無い人だったんで、不自然だとは思いましたけれど」


「最後にした私の質問に対して、まるっきり復唱するような答え方したけど、それもそのうちの一つね。……まぁ創作の中での話だったから、根拠としては希薄よね」



 その元になった話をボクは知る由もないが、ボクならば知っていたとしても踏み込むことはできなかっただろう。

 おそらく明確な根拠や証拠を集めてから探そうとする。

 それが良いか悪いかと言えば、きっとボクの立場からすればそれが正解だ。


 だがそれをしていては逃げられていたかもしれない。今回は、「結局は勘」だと軽く言う彼女の直感に助けられた。

 直感というものはある意味最も恐ろしい。

 そんなつもりは今のところ毛頭ないけれども、彼女に下手な嘘はつけそうにない。



「もっとも一つだけ明確な根拠はあったけどね」


「なんですか?」


「アルマを連れ去ったのが奴隷商と言っただけで、オスワルドのことは一言も言ってないのに、彼がそうである前提で話してたもの。内心ではかなり動揺していたせいね」



 なるほど、言われてみればそうだ。

 あの時は気付けなかったけれど、言われてみれば何のことはない。

 そんな自身に苦笑をしながら、ゆっくりと騎士団詰所への道を歩いていった。



 しばし歩いて町はずれの詰所へ入ると、度々顔を合わせる女性騎士と出くわす。

 その彼女に案内してもらい、騒動の影響でまだゴタゴタとしている詰所の中を通り、アルマが眠っている部屋へと向かう。


 アルマはまだ目を覚ましておらず、騎士団所属の医師によれば少々強い睡眠薬を飲まされたようで、いつ起きるかはわからないという。

 ただ状態は安定しており、生命に異常をきたしてはいないようなので、そこだけは安心だった。



「とりあえずこの子は、こちらでお預かりします。大丈夫ですよ、ここには騎士たちも多く居ます。もし自分が奴隷商だったとしたら、すぐに捕まえてもらえますから」


「はは、それは安心ですね。……ではアルマのことをよろしくお願いします。といってもボクらも保護者というわけでもないのですが」



 この町唯一の医師となってしまった医師は、なかなかに思い冗談を交えてきた。

 そんな彼と軽く笑い合うと、深く礼をして医務室を跡にする。



「とりあえず帰りましょ。朝から走り回ってるせいでもう限界、お腹も空いたし」



 欠伸を噛み殺しながら言うサクラさんの言葉からは、疲労の色が滲んでいる。

 早朝から町の外で魔物を狩り、昼頃に戻ってからはアルマを探し町中を行ったり来たり。その上奴隷商らと戦った後で、事情を報告するため書類と格闘。

 サクラさんの言う通り、早朝から深夜まで休む間もなく、ボクもそろそろ限界が近い。


 既に空は白み始めており、宿へ帰る頃には夜が明けているかもしれない。

 明日……、というよりも今日は丸々一日を休養日に当てても良いくらいだ。



「朝食だけ食べて寝ようかしら……。クルス君、今日は絶対に狩りはしないわよ。私は一日中惰眠を貪るって決めたから」


「でしょうね。お好きにしてください、ボクもたぶんそうしますから」


「ならまずは腹ごしらえね。市場に行きましょう、獲れたての魚が食べられるかも」



 腕を組み、重そうな瞼のままで力強く断言するサクラさん。

 それにはボクも賛成だ。慣れぬ人相手の戦いをしたこともあって、疲労困憊なのだから。

 宿でクラウディアさんが出してくれる朝食の量では、到底足りそうもない。

 ボクとサクラさんは顔を見合わせて頷くと、早朝の市場へ向け足を速めた。



 向かった市場へ到着するなり、獲れたばかりの魚を貪るように食べ進め、腹が満たされると宿へ直行。

 そうしてベッドへ身体を投げ一度瞬きをしたが最後、どうやらボクは一瞬にして眠りに落ち、ひたすら泥のように眠り続けたようであった。


 それがわかるのも、起きた時点で窓から差し込む陽射しが赤かったため。

 部屋へ戻った時点で、既に陽は昇っていた。となると今は夕方であり、ボクはその眩しさに目を覚ましたらしい。



「で、なんでここに居るんですかね」



 一つ問題があるとすれば、何故か隣にサクラさんが眠っているという点。

 彼女はどういう訳かベッドの半分を占拠し、すやすやと暢気な寝息を立てていた。


 咄嗟のことに心臓が跳ねるも、なんとか動揺を抑え込み記憶を掘り起こす。

 確か食事を終え宿へ戻った時、サクラさんは早朝にもかかわらず売っていた酒を飲んでおり、酩酊状態だった。

 その彼女を運んできたところで、ベッドへ寝かせた拍子にボクも倒れ込み、そのまま睡魔に負けてしまったのだ。ボクも少しだけ飲んでいたことだし。



「……ここサクラさんの部屋じゃないか」



 なので部屋に紛れ込んだ異物はボクの方。

 見渡せば部屋にはサクラさんの荷物が置いてあり、ここが彼女の使う部屋であると主張している。


 ただ不幸中の幸いと言っていいのか、互いにしっかり服は着ている。

 一応"そいういうこと"にはなっていないようなので、そこは一安心。

 もちろん、彼女にそういった魅力が備わっていないという訳ではないのだが。



「起きて下さいサクラさん、もう夕方ですよ」



 ともあれこんな状態、クラウディアさんに見られでもしたら事だ。

 眠り続けるサクラさんを一旦起こすべく、彼女の肩へ触れ揺り起こす。

 すると少しだけして目を空けたサクラさんは、寝惚け眼の目を擦りながら、掠れ気味な声で返事をした。



「……おはよ」


「おはようございます。と言うには遅すぎますが」


「…………もしかして私、クルス君に襲われちゃった?」


「それはありません。断言しますので、安心してください」



 起きてボクの顔を見、そして部屋を見渡す。

 そこでボクもまたベッドの上に居るのに気付くなり、ハッとしサクラさんは自身の身体を見下ろしてから、小声で確認をしてきた。

 やはりこういった状況で考えることに、大きな違いはないらしい。



「ああ、そっか……。朝からお酒飲んで、そのまま寝ちゃったのね」


「これからは程々にしておきましょう。特に疲れている時は」


「そうねぇ、次こそクルス君が我を忘れて襲ってくるかもしれないし」



 寝起きのまだ霞がかった思考でも、ボクをからかうことは怠ってくれないようだ。

 彼女は欠伸をしながらも、チラリと悪戯っぽい視線と言葉を向けてきた。

 どうやら昨日の疲労は残っていないようで、体調も問題はなさそうだ。この様子だと。


 一旦部屋へ戻って着替えてから、なんともゲンナリするからかいの言葉を受けつつ、揃って階下のロビーへと移動する。

 ただ降りてみるなりまず目に入ったのは、女性騎士と手を繋ぐアルマの姿であった。

 ボクらが熟睡している間に意識を取り戻したようで、宿を訪ねてきたアルマはボクの姿を視認すると、目を輝かせて走り飛びついてくる。



「クルスっ!」


「良かった……。アルマ、どこか痛いところとかはないかい?」



 抱き着いて来たアルマへ問い掛けると、彼女はボクの名を呼びながら首を横に振る。

 どうやらこれといった異常はないようで、まずは一安心だ。

 騎士へと顔を向けると、彼女は医者からも健康体との墨付きを貰ったと告げる。


 となれば気になるのは、この子の処遇についてだ。

 相変わらずボクへと抱き着くばかりのアルマが、今後どういった扱いをされるのか。



「アルマがどうなるかは、まだわかりませんか?」


「とりあえずは一時、教会の司祭様に預かって頂くことになりました。この町には孤児院がありませんので。教会には他に身寄りのない子供たちも居ますし、その方が良いのではと」



 流石に騎士団の詰所へと長く置いてはおけない。

 なにせあそこには奴隷商たちも捕まっており、アルマが怯えてしまいかねなかった。

 となればアルマのような身寄りのない子供を預かる、教会に預かってもらうのが無難か。



「我々も家に帰してあげたいのですが、どこから来たのかが判らないことには……。貿易船の貨物に紛れたか、陸路で移動して来たかも定かでは」


「そうですか……。いいかいアルマ、君は今からこの町に在る教会で暮らすんだ。ちゃんと司祭様の言うことをよく聞くんだよ」



 アルマを拾った街道の位置からして、ここカルテリオを経由したのは間違いない。

 しかしあまり規模が大きくないとは言え、ここは他国との玄関口となる港。それなりに出入りする船はある。

 それに経路を特定されぬよう、わざと遠回りしていた可能性も。

 となれば候補を絞るのは難しく、アルマの故郷という手掛かりは雲を掴むようだ。


 なのでどれだけ月日がかかるかわからないけれど、当面アルマにはここで暮らしてもらう必要がある。

 そのことを伝えると、アルマはしばしキョトンとした後、ボクの服の裾を握り締めると不安そうな表情を浮かべる。



「クルスもいっしょ?」



 その無垢な言葉に、つい庇護欲をそそられる。

 しかしそれに負けてしまってはいけない、ボクらは何時命を落とすとも知れぬ稼業。

 それもまだ一年も経っていない新米では、保護者を務めるのは困難なのだから。


 ボクは努めて柔らかく、アルマをなだめるように説得する。

 四六時中一緒には居られないし、教会であれば友達もできるだろうと。

 しかし涙ぐむばかりのアルマはそれを受け入れてくれず、どうしようかと悩んでいると、後ろに立つサクラさんがトントンと肩を指で叩く。



「クルス君、買ったあれをあげたら?」


「そ、そうでしたね。アルマ、実は君にこれをあげようと思ってたんだ」



 サクラさんの言葉で、用意していた贈り物のことを思い出す。

 いったいどう意図かは計りかねるも、とりあえずローブの内側から小さな小箱を取り出し、アルマの前で開いてやる。

 そこに入っていたのは、小さな花の装飾をあしらった銀色の髪留め。


 手にした髪留めを、一房垂れ下がった髪にも見えるアルマの耳へと着ける。

 アルマの赤毛に、銀色に強く輝く髪留めがよく目立つ。

 これならば髪留めに目が行って、亜人の特徴である耳は目立ち難くなるはずだ。



「思ったよりも似合ってるじゃない」


「……にあってる、の?」



 サクラさんの軽く弾んだ声による感想。

 その言葉にアルマは小首を傾げると、すこしばかりはにかんだ笑みを浮かべて照れた。



「当然よ。そんなに可愛いアルマを見たら、クルス君は時々会いに来てくれるかもね」


「ほんとう?」


「必ずね。そうでしょ、クルス君」



 次いでジッとこちらを見るアルマ。

 サクラさんはそんなアルマの肩を後ろから抱き、ボクへと意味深な視線を送ってくる。

 "認めてやれ"、"早く褒めてやれ"と。



「すごく可愛いよ、アルマ。約束する、ちゃんと君が寂しくないよう、時々は教会へ会いに行くからさ」


「うん!」



 ふわふわとした頭を撫で、時折は顔を見せると約束する。

 まだ完全には受け入れきれていない様子でも、たぶんアルマは何がしかの理由で一緒には居られないのだというのは理解している。

 そのこともあってか、この贈り物と再会を条件に受け入れてくれたようだった。


 ただ考えてもみれば、これで当分ボクらはカルテリオの町に留まらなければならなくなった。

 それでも抱き着くアルマを撫で、サクラさんが向ける柔らかな視線を思えば、しばらくはそれも悪くはなさそうに思えた。



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