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地喰らい食らい 05


 ズシリ、ズシリと鳴る足音。

 ボクはその足音響かせる巨躯を持つ魔物、フォルミディオイーターと呼ばれる存在の背で、朝の日差しを浴びのんびりと欠伸をしていた。



「なんていうか、あまりにも肩透かしというか……」


「別にいいじゃない。矢の消費せずに済んだわけだし、むしろ喜ばないと」


「それはそうなんですけど」



 ボクと同じく魔物の背に乗ったサクラさんは、すっかり冷めてしまったであろうカップを持ち、口を付けながら返す。


 このフォルミディオイーターという魔物は、外見的には馬を巨大化させ、顔というか鼻をさらに細長くしたような生物。

 そんなこいつを捕まえに、遥々遠方の渓谷まで来たボクらであったが、思いのほか捕獲自体は簡単に済んでしまった。

 なにせサクラさんが武器を手に睨みつけたところ、フォルミディオイーターは野生の勘なのか両者の力関係を即座に察知、膝を折って服従の意志を露わとしたのだから。


 騎士団員だと十数人がかりで捕獲するけれど、勇者であればこうも簡単とは。

 もしくはサクラさんが内に秘める、鋭い攻撃性でも察知したのかもしれない。

 ボクがそんな事を考えると、まるで思考を読んだかのように、サクラさんは指先でボクを小突くのだった。



「それにしても、王都でも乗ったから知ってはいたけれど、なかなかに快適なものね」


「交通機関として使いたいと思わせるほどですからね。温厚な気質も理由の一つですが」



 ボクを小突き終えたサクラさんは、背の上で腰を下ろし大きく伸びをする。

 確かに彼女の言う通り、ゆったり進むフォルミディオイーターの動きは長閑で、どこかこの生物が魔物であることを忘れさせるほど。

 もっと生息数が多く食料確保が簡単であれば、都市間の移動手段として、乗合馬車に取って替わっていてもおかしくない。


 ただ今回はこいつを捕獲して終了ではない。むしろここからが本番。

 こいつをあの草原地帯まで移動させ、名の由来ともなるフォルミディオという大蟻の魔物を食わせなくては。

 とはいえこうも温厚であると、あの凶暴性の高い大蟻の魔物相手に、怯んでしまうのではと一抹の不安が過る。



「それじゃあ、試しに1匹食べさせてみればいいのよ」



 ボクはどうしても気になってしまい、ついその不安を口にする。

 するとサクラさんはゆったりとした口調で、さも当然と言わんが如く告げた。


 彼女の視線を指が向かう先には、見え始めた渓谷の出口。

 そしてうっすらとではあるけれど、その付近の地面へと蠢く数体の影が。

 サクラさんの口調からすると、おそらくはフォルミディオのものだ。



「どうやらフォルミディオの勢力圏拡大は、カルテリオ方面よりもこっちの方が先だったみたいね」


「ではあいつらを?」


「不安の解消にはもってこいじゃない? もし本当に難しいようだったら、この子を解放して別の手段を考えればいい」



 好都合にも、イーターと名の付く魔物の本領を目にする機会はやって来たようだ。

 ならばサクラさんの言うように、少数で遠征だかをしてきている個体を対象に、こいつの食事っぷりを拝見するとしよう。


 ボクは軽く、魔物の背へ木の棒を叩きつける。

 するとフォルミディオイーターは軽い鳴き声を上げ、のそりのそりとした歩を少しばかり速めた。


 あまり視力は良くないのだろうか、前方に居るフォルミディオに気付いた様子はない。

 けれど徐々に近づいてくるにつれ、匂いでも感じ取ったのだろうか。

 あるところで嬉しそうなと形容する他ない声を出すと、さらに速度を上げていく。



「って、逃げてくわよ!」



 しかし重い足音と振動もあて、フォルミディオは早々に気付く。

 そして頭の触角を撓らせていたかと思うと、脱兎のごとく尻を向け逃走を図るのだった。


 サクラさんの意外そうな声と共に、ボクはさらに枝を打ち足を速めさせる。

 あいつらにとって、今背に乗っているこの魔物はまさに天敵。そんな存在が自らを食らうべく迫っているのだから、いかな知能の低い昆虫型魔物とはいえ逃げるのも当然か。

 ただ存外に、餌を前にしたフォルミディオイーターの脚は早かったようだ。

 すぐさま追いつくと、その長い鼻を大蟻型魔物の内1匹へ伸ばし、さらに長い舌を出して掬い上げてしまった。



「……うわ。本当に食べてるし」


「いや、当然じゃないですか。魔物が魔物を食うなんてのも珍しくはありませんし」



 舌へと乗せ、そのまま口へと引き込む。

 そして荒々しい咀嚼音というか、大蟻の甲殻を噛み潰す音をさせながら、そいつは美味そうに食事をしていった。

 サクラさんはその音から逃れんと耳を塞ぎ、ゲンナリとした表情を浮かべる。


 ボクはそんな彼女の発言に突っ込みを入れるのだけれど、気持ちとしてはわからないでもない。

 なにせボクらの足元、つまりはフォルミディオイーターの背だけれど、噛み砕くことによる振動が生々しく伝わってくるのだから。



「でもこれで、この魔物が有用だってのはわかりました」


「そうね。意外と食べる速度も速そうだし、この1頭だけである程度の数は減らせるかも」



 餌を見つけた魔物は、嬉々として長い舌を伸ばし次々と捕食をしていく。

 数匹居たフォルミディオはあっという間に壊滅。瞬く間に胃に納められていった。


 ただ人を背に乗せても平然としているほどの巨体だ、たった数匹では満腹には到底足りない。

 もっともそうでないと、下手をすれば1000匹に届くかもしれない魔物を、この1頭だけで排除するなんて不可能。

 一度の食事で相当な量を食べ、その後は数か月に渡って食事をせず生きていくらしいコイツが、特に腹を減らしていることを願うばかりだ。




 即刻で"おやつ"を食べ終えたフォルミディオイーターを連れ、ボクらは渓谷を抜け出し西へ。

 普通に徒歩でする移動よりもずっと早く草原地帯へと入り、昼過ぎには目的地となる場所の近くへ到着していた。

 着くと魔物に少々の休息を摂らせ、その後フォルミディオの巣を捜し歩く。なにせ広い草原、見つけるのも一苦労だ。


 苦労するであろうと思われた巣の捜索。

 しかしそれは思いのほかアッサリと、そして唖然とする形で見つかることとなる。



「……前よりも大きくなっていませんか?」


「巣の拡張はいまだ継続中、ってことね」



 発見したそいつ、フォルミディオの巣は前回に見た時よりも、目測で1.4倍ほどの高さへと成長していた。

 離れたところから見ているのだけれど、それでも巨大化しているのは明らか。

 となれば地下に広がる巣も大きくなっていると考えるのが自然で、下手をすると今立っている足元にも広がっている可能性が。



「思った以上に縄張りの拡大が早い。暢気に少しずつ減らしてる場合じゃないわね」



 今にも下から魔物が襲ってくるのではという予感にゾッとするけれど、だからといって尻尾を巻いて逃げ出す訳にもいくまい。

 サクラさんは遠くに見える蟻塚を眺めつつ、フォルミディオイーターの背を叩いた。


 それに反応し、駆けるように移動を速めていく。

 今すぐにでも排除しなくては、いつカルテリオにまで来るかわかったものではない。なにせ遠い渓谷にまで、その姿を現していたのだから。

 ドシリドシリと重い足音をさせるため、接近にはすぐ気付かれてしまうけれど、そこは仕方がない。



「クルス君、予定通りにいくわよ!」


「は、はい!」



 駆けるフォルミディオイーターの背は激しく揺れるも、難なく立ち上がるサクラさんは弓を構える。

 そしてボクは肩に下げた鞄の中から、いくつかの小瓶を取り出した。

 最低でも数百に及ぶ魔物を軒並み排除するのに、いくら天敵とは言えこの魔物1体だけでは流石に手が足りない。

 そこでボクらは事前に相談し、少しでも取り逃さぬよう簡単ながら対策を講じた。


 ボクが取り出した小瓶を、鏃の付いていない矢へと縛り付けると、サクラさんはそいつを射る。

 飛ぶ矢は蟻塚を大きく飛び越え、そのずっと向こうで地面に落ちた。

 これはなにも失敗したというのではない。むしろ狙い通りであり、続けて渡した同じ矢を、サクラさんは次々と射ていった。



「……上手くいってそうね」


「ちょっとだけ心配でしたが、効果は出ているみたいです」



 十数本の矢を射終えた後、ボクらはその光景を凝視する。

 矢が刺さった場所からはモウモウと煙が立ち上り、その周辺を煙で満たしていく。

 走る振動によって地上へ現れたフォルミディオは、すぐさま逃走を図る。しかし巣を囲むように漂う煙によって脚を止め混乱していた。


 蜂の巣などを除去するのに、煙でいぶして弱らせるという手段が使われたりする。

 そこでこいつにも効果があるのではと、煙を発する物を調合してきた。

 もっとも実際には燃焼による煙ではないので、効果は不安であったけれど、とりあえず脚を止めるくらいの効果は得られているようだ。


 その間にもイーターの名を冠した魔物は突進。

 警戒に出てきたフォルミディオへ接近するなり、長い舌を伸ばし片っ端から捕食を始める。

 瞬く間に10匹、20匹の魔物が食われ、残骸が地面へと散らばっていく。

 煙に阻まれ逃げることもできず、下からは騒動を察知して次々と湧き出て、片っ端から食われていくという有様だ。



「阿鼻叫喚、というやつね」


「……なんだかよくわかりませんけど、たぶんそんな感じです」


「通りでカルテリオに勇者が居ない時期もなんとかなってたはずよ。こいつが居れば、簡単に壊滅できるんだから」



 一方的な蹂躙とも言える光景を前に、サクラさんはどこかつまらなさそうだ。

 別に彼女とて、常に死線を潜り抜けるような日々を送りたいとは考えていないはず。

 けれど戦いを常とするべく召喚された勇者としては、背に乗ってただ捕食されていくだけの光景を眺めるというのは、自身の意義が揺らぐような心境なのかもしれない。

 ボクなどは楽が出来てこれ幸いとしか思わないのだけれど。


 折角の楽が出来る状況。ボクはこれを享受するべく、煙が収まる頃を見計らい矢の追加を準備していく。

 しかし小瓶を矢にくくりつけたところで、横に立つサクラさんの気配が変わるのに気付いた。

 すかさず自身も立ち上がり、フォルミディオの巣へと視線を向ける。

 するとそこには、さきほどとは少々異なる光景が現れていたのだ。


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