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地喰らい食らい 04


 カルテリオを出立し、東へと向かう。

 草原地帯を歩き、盛り上がった土による巣を遠巻きに眺めながら慎重に進み、さらにもう半日ばかり東へ。

 そうして辿り着いたのは、ゴツゴツとした岩山が一帯に聳える、ひたすら荒れ果てた渓谷だった。



「ここ……、で間違いないはずです」


「こんな草の一本も生えてない場所で。なんていうかイメージと違うんだけど」



 片道にほぼ丸一日を要し、ようやく辿り着いたそこの風景を眺めるサクラさんは、なんだか肩透かしを食らったような表情となる。

 向かった先に在るのが町でもなく、これといった風光明媚な場所でもないただの荒れ地では、そう言いたくなる気持ちもわかる。

 昨日から徒歩で遠路遥々ともなれば、この反応だって無理からぬもの。



「草の有無はそこまで関係ないのでは? 探している対象は、言うならば肉食ですからね」


「肉食……、と言えばそうなのかも知れないけどさ」



 ボクはサクラさんへと、探す対象について口にする。

 わざわざカルテリオから遠い道のりを経て、こんな辺鄙な場所に来たのには当然理由がある。

 この荒れ地に生息するという、とある魔物に用があったためだ。


 とはいえそいつを狩るために来たのではない。

 今回ここへ来て行うのは捕獲。この荒れ地にのみ住まうという、巨大な魔物を捕まえるために来たのだ。



 "フォルミディオイーター"と呼ばれる魔物が、今回ボクらの探し捕獲する対象。

 どうしてその魔物を狩るのではなく捕らえるのかと言えば、こいつが例の大蟻型魔物にとって、最大の天敵であるため。

 名のフォルミディトというのが、例の大蟻に付けられた名称。

 そいつを食らう者、まさに名が表す通り、あの大蟻どもを食料とする魔物なのだ。


 クラウディアさんが引っ張り出してくれた古い資料によると、かつてはそいつを使ってあのフォルミディオを駆除していたらしい。

 1体居れば相当数を食らってくれるとのことで、ボクらは古人の知恵に倣い、フォルミディオイーターを利用しようという結論に至ったのだ。



「でもまさか、こんな場所から王都に連れて行ってたとはね……」


「数年に1度、捕獲のために遠征部隊が組織されるそうです。そうまでしても捕らえる価値があるってことですね」



 転がっていた大岩の上に飛び乗るサクラさんは、荒れ地をグルリと見渡す。

 そしてノンビリとした調子で呟いた言葉へ、ボクはいつぞや聞いた話を口にするのだった。


 フォルミディオイーターの見た目は馬に似ているが、大蟻型の魔物を食らうという食性通り、その生態ほぼアリクイ。

 こいつは魔物としては非常に珍しく、基本的に人を襲わないという温厚な気質を持ち、しかも訓練すれば人にも慣れる。

 さらに巨大な体躯ということもあって、王都エトラニアでは都市内を行き来する、重要な交通機関として利用されていた。


 ボクとサクラさんも何度か乗った経験があり、思いのほか快適であったのを覚えている。

 あの時はまさか、あの魔物が肉食性であるとは知らなかった。



「でも王都近辺って、フォルミディオが出ないはずよね。……餌とかどうしてるのかしら」


「もっと別種の弱いヤツが居るそうで、わざわざ遠方からそいつを運んでくるらしいですよ。生きてなきゃ食べないって事もないようですし」



 実際その食性のせいで、王都には年間相当数の昆虫型魔物が運び込まれているらしい。

 餌として与えられるのはフォルミディオよりも弱い種であるけれど、王都の交通を支える魔物なだけに、かなりの額を使って確保しているのだとか。

 伝え聞いた限りでは、餌の収集を専門に請け負う勇者まで居るそうで、かなりの高報酬を受けているという。

 実際には大蟻型の魔物に限らず、昆虫型のモノであれば何でも食らうそうだけれど。



「ともあれ、この魔物に賭けるというのが一番無難な手段だと思います」


「……そいつはいいんだけど、そう簡単に手懐けられるものかどうか」


「基本的に王都で使役しているのは、騎士団が捕縛して来たそうです。それに実力差さえ見せつければ、すぐ慣れるらしいですよ」



 フォルミディオイーターが王都で使われる理由の最たる部分が、この人に慣れやすいというもの。

 しかし捕らえるのには相当な労を擁するらしく、騎士団が数十人がかりで行う大規模なものとなると聞く。

 ただ一旦捕らえるのに成功すれば、後はもう人の命令に大人しく従うのだと。

 本当に魔物であるか疑いたくなるような習性だ。



 ひとまず納得してくれたサクラさんは、岩の上からそいつを探し続ける。

 一方のボクは、長期戦となるであろう捜索のために、持って来た木材で焚火を起こし湯を沸かし始めた。

 どのみちボクでは視力聴力共に勇者の足元にも及ばない。

 いくら勇者の血を引き、状況次第で火事場の馬鹿力的に動ける時もあるとはいえ、自由にそれが使えぬ以上は大人しくしているのが無難だ。



「サクラさん、降りてきてお茶にしませんか?」



 ポットに沸かした湯へ茶葉を放り込み、持って来た金属製のカップへと注ぐ。

 鞄からはいくつかの焼き菓子を取り出し、休息を摂れるよう地面に毛布を敷く。

 気分はまるでピクニックのようだけれど、これとて立派な召喚士の役割の一つ。

 元々個体数がそこまで多くないフォルミディオイーターだけに、発見に何日を要するかわかったものではない。



「あれだけの巨体だし、すぐ見つかると思ったんだけど……」



 茶の準備が整ったとの言葉へ、すぐさま反応し降りてくるサクラさん。

 彼女は自身の頭へ手をやり、思いのほか長くなりそうな捜索へと、ゲンナリとした言葉を発していた。



「王都に居たのは、より多くの餌を与えて大きくした個体らしいです。野生のはもっと小柄、王都に居た個体の7~8割ってところですか」


「それでも相当な大きさだけれどね。今日か明日の内に見つかればいいけれど」



 降りて来たサクラさんは、金属のカップを両手で包み口を付ける。

 そうして毛布の上へ座ると、小さく身震いをするのだった。


 いくら暖かい春とは言え、遮るものもなく風が吹き抜ける渓谷の中。

 風によって徐々に体温は奪われ、すっかり身体が冷えてしまったようだ。

 ということはより多くの風を受けやすい巨躯の魔物は、どこか風の当たりが弱い場所に、ジッとしていたりするのだろうか。


 そんな事を考えながら、栄養価が高いばかりで美味しさとは無縁の焼き菓子を頬張る。

 モソモソとした乾いた食感のそれを、少しだけ入った干し果物の甘さを探るように食べていると、強く風が吹き付けるのを感じた。

 大岩の陰に座っているからまだマシだけれど、これはなかなかに大変そうだ。

 今日はこのまま、岩の陰でキャンプを張った方が良いのかもしれない。


 一応焚火の方は無事であったようで、ボクは背嚢から取り出した小振りな鍋を取り出す。

 干し肉や乾燥野菜を放り込み、少量の水を入れて火にかけた。

 菓子だけでも動くには足りるけれど、やはり少しくらいは温かい食事を摂りたいというものだ。



「スープ? でも水気が少ないわね、私はもうちょっと水分ある方が好みなんだけど」


「この辺は水が貴重なんですから我慢してください。サクラさんが片道何時間かかけて、水を汲んでくるってのなら話は別ですが」


「それは面倒臭いわね……」



 料理を作ることには賛成らしきサクラさん。

 ただ彼女は、ボクがほんの少ししか水を鍋に入れなかったのがお気に召さなかったようだ。


 とはいえこの渓谷は、事前に調べた限り水源らしき物が見つからないらしい。

 あったとしても砂まみれ泥まみれという、とても人が口に出来はしないものが有るだけとのこと。

 なので水は非常に貴重。どのみち摂取するにしても、容易く使うのは憚られる。



「2日はここに滞在することを考えると、今の使用量でもギリギリです。ここいらは空気も乾燥していますから、余計に身体の水分が……」


「わかった、わかったから。本当にどこまでも細かい子ね」



 鍋を覗き込んでいたサクラさんは、ボクの言葉にゲンナリとした様子を浮かべる。

 確かにちょっとお説教めいた感じになってしまったので、彼女が辟易するのもわからないでもない。


 そんなサクラさんは背を向けると、拗ねたように自身のカップへ口を付けていく。

 ただ菓子だけでは空腹感が満たされないようで、いかにも楽しみにしていると言わんばかりに、時折チラリと鍋の様子を見ていた。

 なんだかそれが少しだけおかしく、ボクは内心で微笑みながら鍋の中身をかき交ぜていく。



「気長にやるとしましょう。幸いにも、急いで見つけなくてはいけない状況ではありませんし」



 そろそろ完成が近いスープの味見をし、塩を足しながら呟く。


 幸運にもと言っていいのか、フォルミディオへの対処はそこまで切羽詰ってはいなかった。

 巣は徐々に拡大し、生息半径を広げては行くそうだけれど、おそらくカルテリオを脅かすのは早くても秋以降の話。

 なので今回フォルミディオイーターが見つけられなくても、まだそれなりに余裕はあるのだ。


 その言葉に顔だけで振り返ったサクラさんへ、味見分のスープを乗せたスプーンを差し出す。

 口に入れた彼女が納得したように頷いたのを見て安堵し、最後の仕上げとばかりに香辛料を加えながら続きを話す。



「元々個体数が少ない魔物ですからね、早々簡単には――」



 しかしボクがそう口にしている途中だ。突如としてズシンと重い振動が響いてきたのは。

 まさか地割れか崖崩れでも起きたのかと思い、慌てて立ち上がり周囲を窺う。

 サクラさんもそれは同様で、岩の上に飛び乗ってから、警戒のため渓谷内を見回していた。


 ただ夕刻となり視界も悪くなっているせいか、目視できる範囲にこれといった異常は見当たらない。

 そこでとりあえず再び腰を下ろそうとするのだけれど、そんなボクらを襲ったのは、さっきよりも若干激しい振動だった。



「あああああぁぁあ! 折角のスープが……」



 ボクはさらに襲ってきたその振動へ、動揺からキョロキョロと周囲を見渡す。

 しかし一方でサクラさんは別の事に意識が向いていたようで、渓谷を揺らす謎の振動に対してではなく、岩の上から一点を凝視し悲鳴を上げる。

 その視線を追ってみると、有ったのは横倒しになった鍋。

 2度目の振動によって倒れたようで、中身である野菜や干し肉、液体のほとんどが地面へぶちまけられていた。



「って、今はそんな場合じゃありませんって! たぶんこれって……」



 そちらも重要ではある。なにせ今夜の食事が壊滅したのだから。

 でも今はそちらより、この激しい揺れの正体を見極めるのが最重要な筈。……とは言うものの、正体にはおおよその見当がつく。


 ボクは揺れと共に響く音を捉えようと耳を澄ます。

 そして聞こえる方向、既にサクラさんが岩の上で向いている方角に視線をやり、夜闇に沈みつつある渓谷をジッと凝視する。

 しばし続く振動と音。ボクらが息を呑みそいつが現れるのを待っていると、期待に応えるかのように、ヤツはその巨躯をヌッと現した。


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