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地喰らい食らい 02


「気持ちいいですねぇ……」


「ホントに。殺到する依頼に追われる日々を思えば、雲泥の気楽さね」



 シグレシア王国の南部、海岸線に沿って広がる草原地帯。

 そこを歩くボクとサクラさんは、身体を包む空気を大きく吸いこみながら、ノンビリとした声で呟く。


 地域的には大陸の最南端らしく、春にしては気温が高いのは確か。

 けれど吹きつける海風は、草原上を抜けていく中で少しばかり冷やされ、心地よく頬を撫でていく。

 魔物対策の壁で囲まれた都市の中では、到底味わえない感覚だ。



「でも風を堪能するのもここまでね」


「そうですね。そろそろ目的の物が見えて来るはずですし」



 ただ大きく伸びをするボクへと、サクラさんの残念そうな声が降りかかる。

 ボクらはここへと、長閑な自然を堪能するために来ている訳ではない。

 カルテリオから約1日。遥々ここへ来たのは、ちゃんと目的有ってのものだ。


 カルテリオの勇者支援協会支部へと届いた、不特定多数の勇者へ向けた依頼。

 サクラさん個人宛てに届く、そこまで重要そうでもない無数の依頼に辟易したボクらは、それらを断る方便としてこの依頼を受けることにした。

 他に受ける人が居なかったのに加え、都市近隣の出来事であるため、解決すれば町への貢献にもなるというのもあって。


 内容はこの草原地帯に、突如として謎の大きな物体が現れたため、調査をしてもらいたいというもの。

 依頼主はカルテリオの騎士団。どうやら騎士の一人が飛竜に乗ってこの上空を通過した時、偶然発見したとのことだ。



「土色をした物体、ということですが」


「こんな何もない草原で、突然建造物が現れるってのもおかしな話ね」



 上空から見たからこそ気付けたのか、それともあまりに巨大であったためかはわからない。

 けれど決して小さい物ではなかったようで、危険な物体であったとしたら、場合によっては破壊をして欲しいという依頼であった。


 それ自体は問題ない。安定して魔物の駆除を行っていくためには、憂いを解消しておくに越したことはないのだから。

 しかしサクラさんが言うように、突如としてそういった物体が現れたというのが引っかかる。

 ただの自然現象なのか、それとも魔物による影響なのかは不明。けれどこれまで聞いた覚えが無い状況なだけに、少しばかりの嫌な予感を覚えるのは当然だった。



「ということは、もしかして……」


「なんでもかんでもアレのせいにするってのはどうかと思うけど、"黒の聖杯"による影響って線は捨てきれないかな」



 ここ最近の取り巻く状況を考えると、どうしても至ってしまうのはその可能性だ。

 魔物という存在を召喚し、大陸中に脅威を撒き散らす黒の聖杯と呼ばれる物体。

 王都だけでなく、国境近くの都市でも遭遇したことで、ボクは少々アレに関して過敏になっている感は否めない。

 もちろんのことながら、まったくの無関係という可能性はある。ただそれは実物を見れば明らかになるはず。



 ひとまず自身の考えを振り払い、草原をぐるっと見回す。

 だだっ広く視界の開けたそこには、これといって異物らしき物は見当たらない。

 とはいえこれで異常なしと決めつける訳にはいかず、サクラさんと共にしばし草原の中を歩き続けていく。


 そうしてしばし探索を続けていくと、ふと視線の先に盛り上がった影が映るのに気付いた。

 顔を見合わせその場所へと慎重に、けれど急いで向かう。

 すると徐々に大きくなっていく影へと近づき、その全容を目の当たりにするのだった。



「……なんですか、コレ」


「土……、の塊ね。盛り上がっただけの」



 土だ。見紛うことなく。

 高さはだいたい3階建ての建物ほど。幅は……、大通りに出ている屋台よりも少し広いくらいと言ったところか。

 かなり大きな塊ではある。けれどサクラさんが口にしたように、それは紛れもなくただの土の塊だった。

 土色の物体であるとは聞いていたけれど、まさか本当に土そのものであるとは思ってもみなかった。


 それにしてもこんな草原のど真ん中で、どうしてこんな巨大な物が。

 こいつが岩などであれば、自然の悪戯とやらで済ますことも出来るとは思う。

 けれどそういった物とは違いこれはただの土。それも地面からせり上がったのではなく、意図して積まれた物に間違いない。


 なにやらおかしな予感がしつつも、ボクとサクラさんはその土の山を調べていく。

 これがいったい何であるかは不明だけれど、それを知るためにもまずは調査をしなくては。

 そうしてグルリと周囲を一周すると、早々に一か所、妙な部分を発見した。



「穴ですか。かなり大きいですね、人ひとりは入れそうな」



 視線の先、土山の地面に近い部分に見えるのは、ポッカリと空いた空洞。

 おそらく上へと続いているであろうそれは、黒々とした中の窺えぬ口を、陽光に晒していた。

 まん丸く綺麗に空いており、錐で丁寧に削り空けられた木材のようにすら思える。



「崩れ落ちてできたって感じじゃないわね。たぶん掘って作られた――」



 サクラさんも同じ感想を抱いたようだ。マジマジと穴を見つめながら印象を口にしていく。

 しかしそれと同時に、ボクはこの穴と土の山に関し、妙にハッキリとした想像が浮かび上がってしまう。

 そしてサクラさんも同様であったらしく、ぎこちない動きでボクの方を見ると、引きつった笑みを浮かべるのだった。



「クルス君、私ちょっと嫌な想像をしちゃったんだけど」


「奇遇ですね、ボクもたぶん同じ事を考えています」


「そう。……ってことは、コレたぶん」



 乾いた表情で、想像したそれの名を口にしかける。

 だがサクラさんがそれを言い終えるよりも先に、一瞬だけ土の山が振動したかと思うと、穴からそいつ(・・・)は勢いよく姿を現した。


 真っ黒で、硬質な体表を持つそいつは、ガサガサと嫌な音を立てで這い出てくる。

 それも1匹や2匹ではない。数十に及ぶ黒い塊が、一斉に飛び出してきた。



「うあああっぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 絶叫、悲鳴。

 ボクとサクラさんが同時に発したそれは、風に乗って草原を駆け巡る。

 と同時に、ボクらは全力で後ずさると、そのまま踵を返し逃走を図るのだった。


 逃げる最中に一瞬だけ振り返ると、穴からは今も尚大量の影が這い出ている。

 それらはまるで草原を埋め尽くさんばかりの勢いで、黒々とした固い体躯をぶつけ合い、硬質な音を草原に発していた。



「な、なんですかアレ!?」


「なにって、見てわかるでしょ。蟻よ蟻、それも馬鹿デカい!」



 息せき切って走る中、ボクらはその正体についてを口にする。

 間違いない、あの土が積み上げられただけに思えた代物は"蟻塚"。それもやたらと巨大な。

 中から出てきたそいつも、下手をすれば小柄な人間大という存在。間違いなく魔物の類だ。


 以前にカルテリオの西に在る、狂信者の森で出くわした黒いあいつ、サクラさん曰く"混沌の使者"とかいうヤツでないだけまだマシではある。

 とはいえあまり直視していたい外見でもなく、ひとまず落ち着ける場所を求め、ひたすら逃走の欲求に身を任せた。



 少しばかり走り続け、草原を抜けて波打ち際へと辿り着く。

 荒く弾む息をなんとか落ち着かせ振り返ると、遠くにはようやく落ち着いたのか、巣穴に戻っていく大量の巨大蟻たちの姿が。



「どうします、アレ?」


「どうするって……。破壊するしかないでしょ、ただの自然現象じゃないってわかったんだから」


「ですよね。……でもどうやって」



 遠巻きに土の巣を眺めるボクとサクラさん。

 押し寄せる波によって足元が涼やかなそこで、ジッとそれを見ながら相談を交わす。

 騎士団から依頼されたのは、調査もしくは破壊。

 そしてアレが魔物の巣であると判明した以上、採るべき選択肢はまず後者の破壊であるのは間違いない。


 けれどどうやって破壊するかが問題だ。

 たぶんあの巣穴、地上に見えているだけでもかなりの大きさを誇るけれど、さっき出てきた大量の魔物から察するに、巣は地下にまで続いている。

 少なくとも200か300。下手をすれば1000に迫る魔物が、足元で蠢いている可能性があった。

 まさに地すらをも喰らう魔物だ。


 そのことを口にすると、サクラさんはブルリと身体を震わせる。



「やめてよ、背筋が寒くなる」


「そう言われましても。あの数を相手にするってのは、流石に難しいですね」


「カルテリオに居る勇者が、今現在20人ってところか。もしクルス君の予想が正しければ、1人あたり50匹。……まぁ無理ね」



 以前よりは相当に増えたとはいえ、カルテリオの勇者はたったそれだけしか居ない。

 オリバーといった比較的強力な勇者も居るけれど、大半は平均的な能力を持つ勇者たち。

 それにまる助は今頃、もう少し北の都市に移動している最中。彼は暑さに弱いのだ。

 よってカルテリオの勇者たちを動員しても、一人一人にかなりの負担を強いねばならない。


 もしやるとすれば他都市からも勇者の一団を連れてきて、かなり大規模な掃討を行う必要がある。

 となると勇者支援協会の本部に音頭を取ってもらう必要があるけれど、多少の時間を要するのは確か。



「なにか手段を講じる必要はありそうね。ひとまず戻って、状況の報告をしましょ。私たちだけじゃ手に負えな――」



 魔物の出現は予期していた。けれどまさかあれほどの数とは想定していない。

 そこでサクラさんは、今後の方策などを落ち着いて考えるべく、一時カルテリオへ戻るよう提案した。

 ボクは彼女の言葉に頷きかける。

 しかしサクラさんが言葉を全て言い終える前に、突如として彼女の背後へ、黒い影が躍り出るのに気付いた。


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