地喰らい食らい 01
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拝啓 お師匠様
森には果実が芽吹き、草原では草木が高く背を伸ばしていく春の盛り。お元気で過ごされているでしょうか。
ボクは現在、本来居を置くカルテリオへと帰り着いています。
前回の手紙の後、緒事情あって結局王都へと逆戻りしましたが、そこでの用事も一段落。ようやく落ち着ける我が家へと戻る事が出来ました。
ようやく身体の怪我も完調に向かいつつあるのも、お師匠様から教わった薬の知識によるおかげ。
そのため召喚士としての活動にも戻れ、ここ最近は無理のない範疇で、春になって増えてきた魔物の退治に明け暮れています。
しかしそういった暢気な日々など、ボクとサクラさんには無縁であると、誰かに言われているのかもしれません。
またもや面倒事はどこからともなく、密かに近づいていたようです。
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保養地"ユノサト"から再び王都へと舞い戻り、次いで王国西部へ。
さらに王都へ戻り捕らえた貴族を引き渡したボクとサクラさんは、ようやく夢にまで見た我が家への帰路に着いた。
王都では長々と取り調べかと思うような話を騎士団にしたけれど、そこから解放されればあとは自由なもの。
受け取った報酬を手に、少しばかりの寄り道をしながら街道を南下、ようやくカルテリオへ帰り着いたのだ。
「ったく、ちょっとくらい休ませて欲しいんだけど……」
カルテリオの中心部。商業区画のすぐ近くに在る住宅街の一角。
そこへ建つ我が家のリビングで、サクラさんはテーブルに突っ伏しながら不満を漏らした。
ボクはそんな彼女の対面で、共に暮らす亜人の少女であるアルマと顔を見合わせる。
基本的に外では涼やかな表情や仕草で、周囲を騙す鉄仮面を被るサクラさん。
けれど家に帰れば大抵こういった自堕落な姿をしているのだけれど、今日は一段とそれに拍車がかかっている気がしてならない。
「まあ、気持ちはわかりますけどね」
「依頼を持ち込む相手なんて他にも沢山居るでしょうに。それこそ王都なんていくらでも勇者が住んでるんだから」
顔はテーブルに、左の手はアルコールの入ったコップを持ち、右手は拳となってこれまたテーブルに。
なんだか酔っぱらってくだを巻くおじさんのような姿だけれど、サクラさんがこうなるのも理解できないでもない。
なにせ少しばかりの休息を摂ろうかと考えていたところに、怒涛の如く方々から依頼が大挙して押し寄せてきたのだから。
ここカルテリオでボクらが家を持っているのは、この町を拠点とする勇者が欲しいという町の思惑あってのもの。
故に町長によって、このような町の一等地に無償で住処を用意してもらえた。
なので数日の休息を挟んで、町のためにしばらくは周辺の魔物討伐をしようとしていたというのに、協会支部へは大量の依頼が舞い込んでいるのだ。
「クラウディアさんも辟易してましたよ。この調子が続くようなら、届いた依頼の処理をするためだけに人を雇わなきゃいけないって」
「人手はどのみち必要になると思うけどね……。この町も勇者が増えて来たことだし」
そのほとんどがサクラさん宛てである依頼書は、王都のみならず王国内の各地から寄越されている。
勇者支援協会カルテリオ支部を預かるクラウディアさんは、山のように届くそれにうんざりとしていた。
今までは、このようなことは一度としてなかった。
どうしてこんなことになっているのかと言えば、先日あった麻薬の一件によって、サクラさんに対する騎士団の評価が上がったため。
そのためちょっと難しい作戦だかがあると、わざわざカルテリオまで依頼を飛ばしてくるのだ。
他の都市にもその話は届き、そこに居る勇者たちだけでは手に余る案件が、引っ切り無しにここへ届くようになっていた。
「有名税ってやつですかね……」
「逆に有名になりすぎると依頼が来なくなるらしいけどね。私は丁度依頼を持ちかけ易い知名度なんじゃない」
"ここ最近真っ当に魔物を狩っていない気がする"と、カルテリオに帰る道中でサクラさんは言っていた。
現在はオリバーやまる助など、それなりな数の勇者たちがこの町には住んではいるけれど、それでも彼女が最大戦力であるというのは疑いはない。
家も貰ってることだし、そろそろ町への貢献に戻る必要があった。
だというのに、戻ってきた矢先にこの状況。
クラウディアさん曰く、町長さんは事情を理解はしてくれているとの事。
けれどそこに甘えるのも如何なものかと、ボクは少しばかり頭を悩ませるのだった。
「サクラ、どうして疲れちゃってるの?」
「大人には色々とあるんだよ。あえて言うなら周囲から向けられる重圧のせい、かな」
「……よくわかんない」
手にしたコップの酒を飲むときだけ顔を上げ、それ以外は突っ伏してグッタリとするサクラさん。
そんな彼女を眺めるアルマは、ボクのした説明に首をかしげていた。
まだ幼い彼女には、少々難しかったのだと思う。
ともあれ今のサクラさんは、引っ切り無しに飛び込んでくる依頼にうんざりしている模様。
ボクだってそれは同じ。けれどだからこそ、ここは手を売っておく必要がありそうだった。
「とりあえず、クラウディアさんのところに行ってきます。断るにせよ、相応の理由が必要でしょうから相談に」
ボクは椅子から立ち上がると、相談をするべく協会支部へ顔を出してくると告げる。
届く依頼を無下にはできない。けれどここカルテリオにだって勇者の手は必要であり、そちらを優先するための方便が必要となるのだ。
事実、春になって以降のカルテリオ近隣では、魔物が大量に発生する。
それはここいらで出没する魔物は、大別して昆虫型のものが多く、暖かくなることで一斉に繁殖を始めるせい。
"黒の聖杯"による召喚ではなく、昔に召喚されたまま野生化した魔物なのだけれど、今の時季はそれらの駆除のため勇者は基本的に多忙だ。
なのでここに貢献するか否かというのは、カルテリオに住む勇者にとって非常に重要な点。
故に出来れば届いた依頼の数々は断り、こちらに専念したいところ。
けれど今ではそれなりに勇者も住んでいるため、向こうは彼らに任せればいいはずだと主張している。そこをどう言い訳しようかという話だ。
「お酒はそこまでにして下さいね。子供の前で酔いすぎるのは教育に良くありませんから」
「はいはい、クルスおかあさん。いってらっしゃいな」
少なくとも、依頼の窓口であり支部の責任者であるクラウディアさんに相談しないことには始まらない。
そこでボクは酒を飲んでいるサクラさんを嗜め、向かうべく薄手の上着を羽織る。
サクラさんのなにやら冗談めかした言葉を聞きながら扉を開くと、背後から「クルスは男の子だよ?」と言うアルマの声が聞こえてきた。
家の外へ出ると、強い海風が顔へと吹き付ける。
湿り気を帯びたその風は、今の時季にしても少しばかり熱を感じるもので、ここがやはり南方であることを思い出させた。
若干汗ばむほどの陽気に、上着を着て出たことを後悔する。
けれど今から戻って置いて来るのも面倒で、ボクは路地を歩きながらその上着を脱ぐと、大通りへ出て協会支部へと向かう。
その途中で町並みを眺めてみると、馴染んだそれとは少しばかり違う光景であるのに気付いた。
「かなり様変わりしてきたな……」
大通りに建つ商店、中央の役場、公園に植えられた木々の本数。
これらが記憶のそれとは異なっており、ボクらが留守をしている間に、カルテリオの再開発がどんどん進んでいたことを窺わせる。
サクラさんがこの町に居を構えて以降、少しずつではあるけど勇者たちは数を増やしている。
それによって流通も改善し、寂れ町を離れて行った人たちも戻って来ていて、カルテリオは再び活気を取り戻しつつあった。
ここ1年少々の間に、小さな田舎の漁師町であったカルテリオは、南部でもちょっとした都市へと生まれ変わりつつある。
そしてその再開発の影響は、ここにも顕著に表れていた。
辿り着いたのは一軒の建物。元々はただの宿屋であり、今もその機能が生きているそこは、カルテリオでの協会支部ともなっている場所。
しかしそこはボクが知るそれよりもずっと大きく、構えもずっと立派な物へと変わっている。
「お邪魔しまーす。……って、これまた忙しそうですね」
身体を襲う暑さに気怠さを覚えながら、協会支部の入り口をくぐる。
中は薄暗さや広さもあってかヒンヤリしており、ボクはその空気にホッと息を漏らすのだけれど、目の前に広がる光景はその心地よさを打ち払うものだった。
入ってすぐに見えるカウンターには、うず高く書類が積み上げられている。
おそらくはこれらすべて、ここへ寄せられた依頼が記されたものだと思う。
そしてその紙の山からチラリと覗く顔は、恨みがましい視線でボクを射抜くのだった。
「過去にないほどに。目に映る相手のすべてが憎たらしくて仕方がないわ」
積もった依頼書へ目を通しているのは、勇者支援協会カルテリオ支部の責任者であり、元々は宿の主人でもあるクラウディアさん。
彼女はサクラさんへと届いた、内容も難易度もてんでバラバラな依頼書と、連日連夜格闘している最中だった。
積まれた依頼書の高さを、着実には処理してはいるのだと思う。
けれど減ったと思う端から新しい依頼が届き、それが減る頃にはまた届くという繰り返し。
眠そうな目でグッタリとしている彼女の姿は、家でヘタっているサクラさん以上の憔悴度合いだ。
「サクラはどうしたのよ。あいつって確か、向こうの世界でこういうの相手にしてたんでしょ? ちょっとは手伝わせてやる……」
「向こうは向こうで、もう限界が近いみたいですけどね」
「ここ最近届く依頼のほとんどがアイツ宛てよ!? アタシの休みはどこいったのよ!」
もう既に限界を超えているのか、クラウディアさんは怒気混じりの声で机を叩く。
衝撃で積もった依頼書が崩落していくのを見ると、もう彼女一人では回していけそうもないと確信できる。
支部としての機能も増えていく一方だし、これは本格的に人を雇った方が良さそうだ。
クラウディアさんもそう考えたようで、依頼書の山を一旦カウンターの隅へやると、真っ新な皮紙を取り出す。
そいつに殴り書くようにペン先を滑らしており、それとなく覗いてみれば、どうやら人を募集するためのものであるようだ。
やはり彼女も切羽詰っていたのだと思う。
ただボクは先にこっちの用件を片付けておきたいと、ここに来た理由を口にする。
ペン先を奔らせ続けるクラウディアさんだけれど、一応こちらの話も聞いてはいるようで、ところどころで相槌を打っていた。
そうして諸々を話し終えたところで、彼女は少しだけ悩む素振りを見せると、指先を壁の一点へ向ける。
「……そうね、ならアレとかどう?」
彼女が示す方向には、この町で活動する勇者たちが閲覧できるよう、掲示板に張られた依頼書の数々が。
特にその一角、隅の方へポツンと貼られた一枚の紙に、彼女の指は向いていた。
「これは?」
「何日か前に、この町の騎士団から届いた依頼。ちょっとばかり面倒臭そうだから、誰も受けたがらなくて困ってんのよね」
特定の勇者に対して届いた依頼は、直接その人に届く。
そしてこの掲示板に貼られているということは、勇者であれば誰でもいいという、不特定多数に向けられた依頼であるということ。
貼り出されたその依頼書をよくよく読んでみれば、クラウディアさんの言うように少々手間が要りそうな内容。
カルテリオから少しばかり離れた草原地帯で、これまでには見られなかった得体の知れない物体が発見されたため、その調査をして欲しいというものだ。
時折こういった類の依頼は届くけれど、大抵は人気がなく誰も手を着けたがらない。
理由は単純。かかる手間に対して報酬額が安いうえに、目立つ評価が上げにくいせいだ。
「おそらく完遂には何日かはかかるはず。そいつを受けてる途中だからって理由を付ければ、これらを断る言い訳くらいにはなるんじゃないの?」
ただ今のボクらにとって、これはうってつけの依頼かもしれない。
勇者と召喚士としての評価が欲しくないと言えば嘘になる。けれど今の過剰な忙しさや、町への貢献を考えると丁度良いように思えた。
「明らかに人気が無い依頼だし、出来るだけ早くに消化したいと思っていたのよね。そっちが引き受けてくれると、アタシとしても非常に助かるんだけど」
「ではありがたく。いい加減町にも貢献しないと、白い目で見られかねませんしね」
ボクはそう告げると、掲示板に貼られていたその皮紙を引っぺがす。
そうして依頼受注のサインをすると、少しばかり肩の荷が下りたとばかりにホッとするクラウディアさんへと手渡した。
しかしただ退屈で面倒ではあるが、ボクらにとっては都合が良いと思っていたこの依頼。
結局は一筋縄に行かぬものとなるのであった。