咎人と嘘つきと 10
目を覚ましてから約1日。ボクらは馬車に揺られ、夜闇に暗く映る王都の正門を通った。
西門を通って最寄りの騎士団詰所へ行き、そこで諸々の事情を話し、遂にその時を迎える。
拘束した貴族を、……そしてフェタリテを騎士団に引き渡す時が。
「……どこまで受け入れて貰えるかはわからない。けれど起きたこと、有りのままを宇部手書いた。これで多少なりと減刑をして貰えるはず」
騎士たちと顔を合わせるなり、後ろ手に拘束されたフェタリテは、すぐさま王都中央の監獄へ連行されそうになる。
ただボクとサクラさんは騎士に頼み込み、少しだけの時間を貰う事にした。
勇者がこの場に居るということで、危険はないだろうと判断した騎士たち。
彼らがほんの少しだけという条件で場を離れたところで、ボクはフェタリテへ希望的な観測を口にする。
「これだけで十分さ。なにも無罪放免になるなんて思っちゃいない、いったいどれだけの期間ぶち込まれるか知らないが、その内1割でも減れば儲けものってね」
「そうか……」
「辛気臭い顔をしてんじゃないよ。あんたは自分の役割を果たした、ただそれだけのことだろう?」
再び牢へ放り込まれるのが避けられないというのに、フェタリテの声は存外明るい。
前々から覚悟していたのだろうけれど、余罪などを含めると下手をすれば、数十もの年をそこで過ごさねばならないというのに。
おそらく減刑分を差し引いても、10年は牢の中で暮らすハメになるはずだ。
けれど彼女はそんなことをおくびにも出さない。
まるで悪党であった頃を清算するためなら、このくらい惜しくはないと言わんばかりに。
確かに当然の報い。悪事に加担してきた物には相応しい結末。
ただやはりそれなりの時間を共に過ごしてきたせいか、若干の感傷がないとは言い切れなかった。
そんなフェタリテは、ふと思い出したように口を開く。
「そうだ、帰りがてらユノサトへ寄ってくれないかい」
「別に構わないけれど、いったいどうして?」
「形だけでもさ、あの子らに謝罪しておいてもらいたい。たぶんかなり怯えさせちまったろうからね。あとは王都の店の人らにも」
あの子たち、というのが誰を指すのかと思案する。
ただすぐさま思い出したのは、保養地"ユノサト"に今も存在する、彼女と出会ったあの店の従業員たち。
今はもう騎士団によって、買収された一部騎士団員たちもろとも押さえられているけれど、彼女らはまだ不安な毎日を過ごしているはず。
正直これに関しては意外だった。てっきりそこはほとんど気にしていないと思っていただけに。
あの店に出資をした何も知らぬ勇者たちにも、ついでに謝って貰えれば幸いだと口にするフェタリテ。
ボクは彼女の言葉に頷き、確かに言付かったと返す。
「……それじゃお別れだ。もしもまた縁があれば、な」
フェタリテはそれだけ告げると、少しだけ寂しげな眼を逸らす。
そして騎士たちを呼ぶと、あとはもう一言も発することなく連行されていく。決して振り返ろうともせず。
「終わったか?」
「ああ、一応ね。もしかしてもう出発するの?」
フェタリテを見送るボクとサクラさん。その背に掛けられた声はタケルのものだ。
振り返ってみれば、一旦宿へと行ったはずのタケルとソニア先輩が立っていたのだけれど、その格好は旅装のまま。
夜も遅いというのに、もしやすぐさま王都から発つのだろうかと考える。
「流石に一泊してからだけどな。明日の朝には乗合馬車を捉まえて、サッサと家に帰ろうって話してたところだ」
「気の早いことだね。とりあえず、報酬に関しては後々で協会から連絡が来ると思う」
「それは助かりますぅ。最低でも滞在費くらいは回収したいですしねぇ」
タケルはあっけらかんとした様子で、早朝の出立を口にした。
そこでこの後、報酬に関する騎士団と交渉を行う旨を告げると、ソニア先輩はホッとしたように胸を撫で下ろした。
今回は久しぶりに再会し、それなりに長く行動を共にはしてきた。
けれど大抵の勇者や召喚士というのは、拠点を置く町に居付くにしろ旅を続けるにしろ、別の勇者らとつるむのは稀。
この2人ともやはり、ここで別れそれぞれの道へ戻っていくのだ。
「とりあえず今夜は、東門に近い宿へ泊まるつもりだ」
「そっか……。ボクらはたぶん、夜通し騎士団本部で説明に追われるだろうね」
「ってことはここでお別れか。元気で居ろよ」
「ああ、互いにね。ソニア先輩もお元気で」
ガシリと互いの腕を合わせ、再会を誓う。
タケルはボクにとって数少ない友人と言えるだけに、少しばかり寂しさを感じないでもない。
けれどここでもう1日と引き止めるのも格好が悪く、ボクは大人しく見送ることにした。
「じゃあねー。機会があったら遊びに来てよぉ」
振り返り手を振るソニア先輩。
ボクとサクラさんは彼らを見送り、姿が見えなくなったところで息を吐く。
前途を祈りながら、一抹の寂しさを感じて。
「あの子たち、上手くいくといいんだけど」
「大丈夫じゃないですか? ここまでも良好な関係だったみたいですし」
「んー……。私が言いたいのは、もっと深いところの話かな」
「わかっていますよ。たぶんタケルの一方通行だとは思いますけれど」
唐突に、サクラさんは見えなくなったタケルとソニア先輩についてを呟く。
たぶんここまで考えてはいたけれど、決して彼らの前では話せなかった内容を。
なんとなく、本当に何となくだけれど、ボクもそれには同意見。
タケルはほとんどソニア先輩についての話を振ることが無かったけれど、時折向ける視線などはそういった色を含んでいた。
なんだかそういった部分もあって、ボクは余計にタケルへ親近感を感じてならない。
「さて……。クルス君、ちょっと急ぎの用事に付き合って貰えるかな?」
大きく伸びをし、これから待つ騎士団での説明への気怠さを振り払おうとする。
ただそんなボクへと、サクラさんは少しばかりの笑みを持って妙なことを言い出した。
たぶん騎士団での件ではない。この感じだと、かなり個人的な用件。
「別に構いませんけど……。こんな時間にどうしたんですか?」
「いいからいいから、着いて来ればわかるって」
そう告げるサクラさんはボクの手を引くと、酒場の明りで照らされた大通りへと出た。
多くの商店が店を閉めていき、人の通りも減りつつある。
そんな中を小走りとなって進み、温厚な魔物を使った王都内で運行される交通機関に乗り中心部へ。
いったいサクラさんは、どこへ連れて行こうというのだろうか。
何度となくその疑問を口にするも、その度にはぐらかされるばかりで、ボクはひたすら手を引かれ夜の町を進むばかり。
ただ王都の中心、王城がすぐ間近に迫りつつある場所へ辿り着いたところで、サクラさんは唐突に歩を止めた。
そこは大通りから一本入った路地で、目の前には看板を仕舞い込んだ商店が。
おそらくもう店仕舞いをしたであろうそこへ、サクラさんは迷うことなく入っていく。
「遅くにごめんなさいね」
「ああ、勇者さんじゃないですか。お帰りになったんですね」
閉店後の店に入ったサクラさんは、真っ先に謝罪を口にする。
しかし出迎えた店主らしき中年の女性は、サクラさんを見るなり笑顔を浮かべ歓待を告げた。
いったいなんだろうかと思いながら、ボクは店内を見回す。
すると棚の配置や、売れ残りらしき置かれた商品に、どことなく覚えがあるのに気が付いた。
ここは……、おそらく菓子屋だ。ボクが王都でフェタリテと共に開いた、たった2日だけの店とよく似ている。
「ご注文の品、出来ていますよ」
「それは良かった。たぶん明日から忙しくなりそうだし、今日の内に取りに来たかったのよね」
店主の女性は、一旦店の奥へ引っ込む。
そして包装された小さな小箱を持ってくると、サクラさんへと手渡した。
菓子屋なのだから、間違いなく中には菓子の類が入っているに違いない。
けれど基本的にサクラさんは、あまり甘い物を好んで食べたりはしなかったはず。
決して甘味を嫌ってはいないけれど、どちらかと言えば甘味よりは塩気のある物の方が好みなのだ。
出された商品を受け取ったサクラさんは、既に支払いは済ませているのか、そのまま店を出て行く。
ボクは彼女に続いて出るのだけれど、振り返る前に見えた女性の視線が、どこか意味あり気であるように思えてならなかった。
「クルス君」
店を出たサクラさんは、少しだけ路地を歩いて立ち止まる。
そして背を向けたままでボクの名を呼ぶと、振り返りざまにさっきの包装された小箱を差し出してきた。
「えっと、これは……」
「お礼、かな。もしくは報酬とか、お祝いの品でもいいけど。いつも世話になっている事と、大怪我からの復帰祝いを兼ねて」
ボクがその意図を問うと、サクラさんはどこか早口で理由を捲し立てる。
気恥ずかしさを誤魔化しているのが丸わかりな態度だ。
小箱を受け取り、彼女に開けても良いかを尋ねると、一瞬の間を置いて頷かれる。
そこで意を決して開いてみると、中に入っていたのは深い色をした風変わりな見た目の塊。
「これって、もしかしてチョッコレイトですか」
「もしかしなくてもチョコレートね。聞いてるでしょ、向こうの世界っていうか私たちの国では、特定の時季にこの菓子を贈る風習があるの。今はもうすっかり春だし、かなりズレちゃってるけどさ」
目の前に現れたのは、ここまで散々見てきた菓子チョッコレイト。
……いや、正確にはチョコレートか。
サクラさんの言うように、これが向こうの世界では特定の時期、贈り物として用いられるというのは聞いたことがある。
今回彼女は報酬だかお祝いだかで、この菓子をボクにくれようということらしい。
「いいんですか? なんだか随分と高そうですけど……」
「貰ってくれるとありがたいかな。知っての通り私はそこまで甘味が好きじゃないし、他にあげる人も居ないしね。……アルマには別であげるとして」
なんだかそれとは別の理由もありそうではある。
けれど今はただひたすら、サクラさんからの贈り物に気分を浮足立たせていた。
とはいえその喜びを口に出すのも気恥ずかしく、ボクはついつい誤魔化しの言葉を口にしてしまう。
「ところでサクラさん」
「なに? もしかしてお気に召さなかった?」
「いえ、そうではないですが。これ……、変な薬とか入ってないですよね?」
思い浮かぶのは、今回の騒動の発端となった麻薬入り菓子の存在。
ボクがそのことを口にしてしまうと、サクラさんは深い深い溜息をついて、触れ合わんばかりの距離へと近づき、無言でボクの耳を摘まみ上げるのであった。