咎人と嘘つきと 08
王国の西部地域に広がる草原地帯。その一角へ思い出したかのように点在する森の一つ。
声を潜め身を隠すその森の中、ボクはソッと藪の向こうを覗き込む。
向ける視線の先には、丸太を組んで建てた一軒の小屋が、森の風景へ馴染むようにポツンと鎮座していた。
「……彼女、大丈夫ですかね」
「信用して任せる他ないわね。でもたぶん無難に切り抜けてくれるんじゃない?」
ボクは藪に身を隠したままで見る先の光景に、不安感を覚え呟く。
すると隣のサクラさんは辛うじて聞き取れる程度の声で、楽観的な見解を口にした。
息を呑むボクが見守るのは、小屋へ向け静かに歩を進めていくフェタリテの後ろ姿。
彼女が向かう先の小屋には、遠路はるばる探した相手、件の首謀者である貴族が居るはずであった。
馬車で移動し辿り着いた村で聞き込みをしたところ、思いのほかアッサリと貴族の足取りは掴めた。
なにせ大量の食糧や酒を買い込み、不用心にも商人に直接届けさせていたからだ。
もちろん口止めとして金銭は渡していたようだけれど、そこは思った以上に払いが渋かったようで、こちらが渡した小金によって早々に話してくれた。
そうして辿り着いたのがこの森なのだけれど、フェタリテが単身向かっているのには理由がある。
今から彼女には一旦中へ入ってもらい、制圧のための準備をしてもらうためだ。
「向こうは彼女が騎士団に捕まったことを知らない。逃走に同行しようと合流しただけと考える、……はず」
「上手くいってくれればいいんですが」
「後は彼女の演技力に期待するだけね」
村で聞いた限りでは、護衛の数は10人少々。
どうやらその中に勇者は含まれておらず、サクラさんが単騎で突っ込んでも後れを取るなどまずありえない。
それでもフェタリテに入ってもらうのは、おそらく貴族が保持しているであろう、諸々の証拠品を無事確保するため。
帳簿に現金、そしてきっと例の薬物も一定量を持っているはず。
これらが有ると無いとでは、後々の対処がかなり違ってくる。
なにせ件の貴族、いまだ地位そのものは生きている。致命的な証拠が多く見つからねば、確実に罪へ問えるとは限らないのだから。
一方で同じく来ているタケルとソニア先輩は、現在ここから見て反対側、裏口の方で機会を窺っている。
こちらが別荘へ突入したと知るや否や、あちらも制圧に乗り出してくれるはず。
「そろそろよ、準備して」
サクラさんの言葉で顔を上げる。するとフェタリテは、既に入口の扉の前へと立っているのが見えた。
彼女は一瞬だけこちらを振り返ると、意を決しノックをする。
ここからでは聞こえないノック音に呼び出され、しばらくして中から人が姿を現す。
半開きとなった扉の向こうで警戒心を露わとする男は、訪ねてきたのがフェタリテであるのを知ってか、目に見えて驚きの表情を浮かべていた。
しかし彼女の言っていたように、それなりに長くつるんで悪事をしていたせいか、意外にもアッサリと迎え入れられる。
「大丈夫そうね。扉を閉めたら近づくわよ」
「了解です。行きましょう」
「でも一応は警戒しておいて。まだ彼女が裏切らないっていう保証はない」
別荘の中へと入っていくフェタリテ。
彼女の姿が消え、迎え入れた男が外の警戒をし扉を閉めようとしたところで、サクラさんは手を短剣の柄へ触れ告げる。
サクラさんが警戒しているのは、おそらくフェタリテが最初から裏切るつもりであった可能性。
別荘へ入るなりここへ追手が来ていると打ち明け、迎え撃つ準備をさせるのではという想像なのだと思う。
当然その恐れは捨てきれない。ボクだって全面的に彼女を信用はしていない以上、否定を口にするのは憚られる。
もちろん、裏切らないと信用はしたいのだけれど。
扉が閉じられるなり、ボクとサクラさんは藪から飛出し別荘へと駆ける。
あくまでも静かに、音の立つ砂利の上を避け土の上を進み、壁を背に突入の機会を窺う。
耳を澄ませてみると、中からは話し声が聞こえるけれど、その内容までは聞き取ることが出来ない。
ただ常人よりもずっと身体面の能力が高い勇者には、ちゃんと聞き取ることが出来たようだ。
「近況の報告をしているみたいだけど、内容はほぼデタラメね」
「では……」
「とりあえずこっちを裏切る気はないみたい。合図が聞こえ次第突入するわよ」
サクラさんの言葉に、安堵から胸を撫で下ろす。
ちょっとだけ疑ってしまったけれど、フェタリテは悪い想像通りの行動は選ばなかった。
でもだからこそ、これからが本番だ。早まる動悸をなんとか抑え込み、息を潜めてその時を待つ。
しかし少しして、サクラさんがなにやら不審げな表情を浮かべたのに気付く。
どうしたのだろうと思い、彼女へ触れようとしたのだけれど、その前に素早く動き扉の前へと立つ。
「突っ込むわよ!」
「い、いったいどうしたんですか!?」
「様子がおかしい。中で騒ぎが起きてる」
サクラさんはそう告げながら、勢いよく扉を蹴破った。
ボクには聞こえないけれど、彼女が言うのだからたぶん間違いないのだと思う。
そのことを証明するように、開かれた扉の向こうからは、幾人かの人間による緊張感滲む声が聞こえてきた。
ボクもまた腰の短剣を引き抜き、先に入ったサクラさんを追う。
入って2つ目の部屋へ踏み入ると、そこには数人の男たちが、武器を手に右往左往する姿が。
そんな連中を警告どころか声すら発さず、瞬時に接近し薙ぎ倒すサクラさん。
一方のボクはと言えば、彼女を横目にさらに奥の部屋を目指す。
扉の隙間から、白く漏れ出す煙を見つけたからだ。
「フェタリテ!」
ボクは急ぎ扉の取っ手を握り開こうとする。
けれど押せども引けども開かない。中から鍵が閉められているせいだ。
中に居るであろうフェタリテの名を叫びながら、何度か体当たりを試みる。
そうして何度か体当たりをする内に、あるところでグッと自身の身体へ強く負荷がかかるのを感じた。
その瞬間、激しい音を立て扉は破られる。
……どうやら王都でカラシマさんを相手にした時と同じく、身体の半分に眠る勇者の血が目を開いてくれたらしい。
とはいえこのような力、常人の身体には強すぎるものであり、即座に襲い掛かる鈍痛に顔をしかめる。
けれどそんなことを構ってはいられず、扉を破った勢いのまま部屋の中へ転がり込む。
転がったままで顔を上げると、そこにはフェタリテの姿が。
しかし部屋の中は煙で真っ白に染まっており、部屋の隅には赤い炎らしき揺らめきが。
「フェタリテ、なんでこんなことに……」
全身を襲う痛みを無視し立ち上がると、床に膝を着き咳込むフェタリテのもとへ。
そこで彼女に肩を貸し立たせると、ひとまず部屋の外へ出ようと移動を試みる。
しかし状況を問う言葉をかけるなり、彼女はボクの腕を払うのだった。
「クソがあぁぁぁ!!」
いったいどうしてと考えるも、聞こえてきたのはフェタリテの声ではなく、男の野太い叫び声。
倒れながらすぐ間近で聞こえた方向に視線を向けると、そこでは手にしていた短剣を振るうフェタリテが、声の主である男の喉を切り裂く光景が。
おそらくは貴族の護衛。そいつが襲い掛かって来るのに気付いた彼女は、ボクを庇って身体を突き放したのだ。
ただ一瞬早く反撃をするも、彼女もまた男の向ける刃に晒される。
喉から血を吹き出しながらも、煙を裂き振るわれる短剣によって、彼女は左の腕を貫かれた。
「なんて無茶を」
「……問題ない。この程度の怪我、いい加減慣れたもんさ」
喉を裂かれ倒れた男を無視し、蹲るフェタリテのもとへ。
しかし彼女は冷や汗に濡れる顔を向けると、必死に強がりを口にしていた。
一旦彼女を連れて逃げ出そうとするも、それはフェタリテによって留められる。
いったいどうしたのかと思っていると、彼女はなによりもまず証拠品の確保をしなくてはならないと告げた。
どうやら別荘に充満するこの煙は、運び込んだ例の薬物を持っては逃げられないと判断した貴族が、証拠隠滅のため燃やそうとしたせい。
フェタリテはそれを阻止しようとしたらしく、今も尚燃えつつあるそいつを消火するのが優先であると言う。
「いや、全部を確保する必要はないよ。一部だけで十分だ」
「そうかい。でも急ぎな、早くしないとその一部すら消し炭になる」
貴族は既に裏口から逃げ出したようだけれど、そちらはタケルとソニア先輩に任せておけばいい。
ボクはフェタリテの身体を支えると、火元である隣の部屋へと向かった。
「ちょっと、なにをしてるの!?」
背後からは、別荘内の護衛を全員打ち倒したサクラさんの声が響く。
ただ煙の中で一瞬振り返ると、それだけで彼女はおおよその状況を察してくれたか、駆け寄りフェタリテの身体を引き受けてくれた。
ボクはサクラさんに任せるなり、口元を押さえ煙の中に突っ込む。
赤い炎へと近づき、熱を受ける身体の抵抗をなんとか抑えつけ、床へ置かれた小箱の山の一つを掴んだ。
しかしその拍子によってか、舞い上がる粉とそれに燃え移る炎。
瞬間的に発した小さな爆発に、ボクは後方へ大きく弾かれる。
粉末状となった薬物の燃える臭いが鼻をつくのを感じると、途端に視界は歪み、平衡感覚が失われていくのに気付く。
決して吹き飛ばされた衝撃による影響ではない。
これは薬物が燃えたことで、成分が空気中に漂いそれを吸い込んだためだ。
「残念、時間切れ。ケツまくって逃げるわよ!」
血の気が引きグッタリとするフェタリテを小脇に抱えるサクラさん。
彼女は床へ転がるボクの上着を引っ掴むと、なんだか品のない言葉を吐きながら引きずっていく。
別荘内で倒れている貴族の護衛……、たぶんこいつらもそれなりに悪党なのだと思うけど、そちらは無視し外へ。
ボクは薄らと靄がかかる思考と自由の効かぬ身体を、サクラさんによって地面へ転がされる。
それでもなんとか顔だけ上げると、別荘は徐々に炎へと包まれていき、すぐさま空を焦がさんばかりに燃えていった。
「そ、そうだ……。しょうこは……」
「よく見なさい。ちゃんと掴んでるでしょ」
真っ先に心配となるのは、貴族を追い詰める為の証拠。
けれど朦朧とする中でも、辛うじて証拠の品だけは放さずに済んだらしい。
サクラさんの言葉に促され自身の手へ視線を向けると、そこには小さな紙製の箱がしっかりと握られていた。
「向こうも首尾よく確保したみたいね」
ホッとした様子で呟くサクラさん。
彼女が顔を向ける先には、2人の男たちが縄でぐるぐる巻きにされ地面に転がされている。
側に立つのはタケルとソニア先輩。2人は意気揚々その拘束した男たち、つまり逃げ出そうとしていた貴族を引きずっていた。
「ま、そういう事だから安心して気絶してなさい。……2人ともね」
サクラさんの、穏やかな声。
ボクはその声に反応し、すぐ隣へと視線をやる。
そこには腕の傷による痛みのせいか、既に意識を失っているフェタリテが。
けれど命そのものが無事であることに安堵し、ボクはサクラさんの勧めに甘え、意識を手放すべく瞼をゆっくりと閉じていった。