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咎人と嘘つきと 07


 そろそろ夜も開けようかという早朝、ボクは2頭立ての馬車上で手綱を握り、少しばかり急ぎ街道を進む。

 騎士団内の内通者に関しては、クレメンテさんが対処する。

 一方のボクら、サクラさんとソニア先輩にタケル、そして案内役であるフェタリテの5人は、一路王都から西へ向け移動していた。


 今日は行程の3日目。

 既に王国の西部地域へ足を踏み入れており、ボクはまだ完全に癒えてはいない身体に奔る、若干の痛みを感じながら大きく欠伸をした。



「やっぱり領地とは反対方向なんですね」



 丘の向こうに朝日の気配が漂うのを目にしながら、御者台の横くつろぐサクラさんへ声をかける。

 彼女は手入れをしていた代用の弓から手を離し、ボクの呟きへ答えるように地図を手にした。


 その地図を開き、現在向いている方向を確認する。

 そして顔を上げると、納得したように大きく頷いた。



「確か例の貴族って、東部に領地があるのよね。さらに裏をかいてって手もあるけど、素直に反対側へ拠点を用意していたってわけね」



 件の首謀者である貴族は、王国東部の穀倉地帯を治めていると聞くけれど、真っ正直にそちらへ逃走はしない。

 領地とは反対側、王国北西部地域の草原地帯の一角に、貴族が密かに所有する別荘が存在する。

 おそらくはそこへ行くだろうと、フェタリテは予想をしていた。


 そのフェタリテはと言えば、後ろの荷台で地図と格闘中。

 一見して逃走手段でも考えているように思えてしまうけど、こうも堂々とそういった思考をしているとは思えない。

 なのであの思案する表情は、自身の記憶を掘り起し貴族の別荘の正確な位置を思い出そうとしているようだった。



 チラリと背後のフェタリテを見てから、再び手綱を握る。

 そんなボクが、手に力を込めたことで少しばかり痛みを感じたのを、サクラさんは目敏く気付いたようだ。

 彼女はまだ完全には治りきっていないボクの腕へ、取り出した軟膏を塗ろうとしてくれる。



「で、どうする気?」



 ただそれはフリのようで、腕へと軟膏を塗ってくれる最中、コッソリと問いかけてきた。

 出立してから3日、ここまで彼女はこの件に触れて来なかった。

 けれど決して忘れた訳ではなく、ボクが決断をするのを待っていただけのようだ。



「……決まっています。いざって時には迷いません」


「決まってる割には随分悩んだみたいだけど」


「仕方ないじゃないですか。踏ん切りをつけるにはどうしても……」



 揺れる馬車の音に阻害され、多分この会話は後ろのフェタリテには聞こえていないはず。

 こちらを見ているかすら定かでないけど、彼女の目にはおそらく、仲睦まじくしているだけに映っているはず。

 それはそれで気恥ずかしいと思いつつも、ボクはサクラさんの問いに対し、一応の決断を口にした。


 もしもフェタリテが逃げ出したなら、迷いなく彼女を討たなくてはいけない。

 騙していた相手ではあるけれど、彼女とはしばしの時間を共にし自然と関係も良化していたように思う。

 けれどそんな相手であったとしても、万が一の時には刃を向ける必要がある。



「お前ら、なにコソコソ話してんだ?」



 ただボクとサクラさんが小声でやり取りをしていると、荷台からノソリと覗く頭が。

 その頭の主であるタケルは、大きな欠伸と共に寝惚け眼でボクらの間に割って入る。


 逃走した貴族の捕縛を手伝ってもらうべく、ボクらは馬を休ませる時以外の時間、ほぼ昼夜を問わず移動している。

 交代で荷台を使って休息を摂っており、どうやらタケルは今丁度起きてきたばかりのようだった。



「別になんでもないわよ。いいからもうちょっとだけ寝てなさい」


「さては乳繰り合ってたんだな。やるじゃねーかクルス、このドS女を落とすとは」


「……ド突かれたいのかしら、この固肉ダルマは」



 次第に思考も覚醒してきたのか、タケルはニヤリとしボクらを揶揄する。

 もしタケルの言う通りの状況であるならば、なかなかに喜ばしいものだとは思う。

 けれど実際には違う。実のところ交わしていたのは血生臭い内容であり、色恋めいたものとは雲泥の差だ。


 サクラさんもそこだけは否定するようで、間へ頭を突っ込むタケルの脳天へと、ドスリドスリと拳をめり込ませていく。

 とはいえそれが冗談交じりの軽いものであるせいか、それともタケルが頑丈であるためか、あまり効果は出ていないようだけれど。



「タケル君、あんまり邪魔しちゃ悪いよぉ。ちゃんと空気読まないと」



 タケルに続いて、ソニア先輩までも起きてきたらしい。

 ただ彼女もまた寝惚けているせいか勘違いをしており、いつもの間延びした口調をさらにノンビリとさせ、どこか生暖かい視線を向けてきた。

 きっと彼女の目には、タケル以上に思い込みというガラス越しの光景が見えているに違いない。



「だからそんなんじゃないっての」


「それじゃ何なんだ? 俺の目には、人前でイチャつく鬱陶しい存在にしか見えないぞ」



 サクラさんの呆れ混じりな否定。

 けれどタケルはそこで引く気などないようで、今までの仕返しとばかりに、追及の手を緩めようとしない。


 ただいっそこのまま勘違いさせておいた方が、逆に面倒ではないのだろうか。

 ボクはそう考え、この勘違いを肯定しようかと口を開きかけるのだが、その言葉を遮ったのはずっと地図を睨み思案を続けていたフェタリテだった。



「クルスたちが話してたのは、そういう甘ったるい内容じゃないよ。……たぶん、あたしが逃げ出した時の"処理"方法についてだろうさ」



 彼女が事もなげに言い放つ内容に、ボクは心臓が跳ね上がるのを感じる。

 事実を言い当てられたということよりも、自身が殺されるかもしれない状況を、"処理"と言い切ったことが原因で。


 フェタリテはもし逃げ出そうとすれば、早々に討たれるというのを理解している。そうとわかっていて協力を申し出たのだ。

 となるともしかして本当に、減刑目的での同行なのだろうかとも思えてくる。



「あら、ちゃんとわかってるんじゃない」


「当然だろ? 長年悪党をやってるもんでね、あんたたちみたいな輩が何を考えているかくらい、手に取るようにわかるってもんさ」


「なら大人しくしていることね。こっちの手を煩わせないでくれると助かるもの」



 サクラさんはそんな彼女に対し、理解しているなら逃走は無駄だと念押す。

 ただなんだかサクラさんのフェタリテに対する言葉には、少しばかり毒が含まれている気がしてならない。

 一方のフェタリテも軽く苦笑し頷きつつ、視線は若干挑発的だ。


 そんな光景を見るボクらは、口を噤んで見守るばかり。

 特別喧嘩腰でやり合ってはいないけれど、漂う空気感は空恐ろしく、春の暖かさなど微塵も感じさせない冷え込みよう。

 タケルにしてもこの空気で横入りをするのは恐ろしいと見え、すごすごと荷台の後ろへと下がっていく。



「えっと、そろそろ到着する頃だし……、ここからどうすればいいのかな」



 張り詰めた、刃物のような空気。

 馬が合わないのか、それともなにか別の要因があって戦闘状態なのか、サクラさんとフェタリテは、ここまでの道中ずっとこうだ。


 ただいい加減そいつに耐えかね、おずおずと震える手と共に両者の間へ言葉を差し込む。

 昼夜を問わず移動をしてきたおかげか、当初の目的地は既に近づきつつある。

 詳細な場所は現地に到着してから確認するつもりで、その時が近づきつつあるというのを言い訳に、ボクはフェタリテへ案内を促す。



「ああ、とりあえず町に入る。そこで一旦情報を集めるつもりさ」



 見れば街道の向こうには、小さくではあるけど町の影が映っている。

 その影を指すフェタリテは、そこで貴族の情報を収集するのだと口にした。



「ということは、別荘の正確な位置がわからないってこと?」


「いや、そうじゃない。この近隣にヤツが持っている別荘は一つだけじゃないのさ。面倒臭いことに、逃走時の攪乱用に十では効かない数を建てている、虱潰しにしてちゃ逃げられちまうだろ」



 どうやら件の貴族、前々からいざという事態に備え、逃走用の拠点を複数用意しているらしい。

 もしも追手が嗅ぎつけたとしても、1軒1軒探している間に移動し距離を引き離すために。


 しかしやはりそこは貴族、延々保存食による逃走に耐えられるほど、我慢の効く性格はしていないようだ。

 フェタリテは近場の町であるあそこで、食材やら何やらの調達をしているはずだと告げる。

 護衛の人間も最低十数人は居るため、さらに逃走するためには相当量の食料が必要。となれば足取りを追うのは容易いとのこと。



「もっとも、こいつはあくまであたしの予想。外れたら運が無かったと諦めてもらうしかないね」


「その時は私が直々に牢へ戻してあげるわ」


「ちゃんと案内分は罪を軽くして欲しいもんだ」


「一応そこだけは口添えしてあげる。あとは運を天に祈ることね」



 もしここで貴族が捕まらなければ、自身にはもうどうにも出来ない。しかしここまで案内した分だけは、減刑の理由とするよう働きかけて欲しい。

 そのようにフェタリテは言いたいようだ。

 普通であれば眉を顰める者も居るであろう主張。けれど約束は約束、その言葉を聞いたサクラさんは、確約はできないけれどその点においては口添えを約束した。



「あんたも、あたしのために声を上げてくれるかい?」


「……善処する」


「意欲を掻き立ててくれない男だねぇ。でもいいか、適当に断られるよりはマシってもんさね」



 フェタリテの視線は、サクラさんに続いてボクへと向けられる。

 彼女の縋るような、訴えかけるような視線。ボクは一瞬声を詰まらせながら、なんとも曖昧な返事を返した。


 決してこれに満足したとは思えないけれど、苦笑を浮かべ肩を竦めながらも納得するフェタリテ。

 彼女がスッと前を向くのに倣い、ボクもまた視線を上げる。

 そしておそらく貴族の足跡がまだ残るであろう小さな村へ、馬車の歩調を速めながら入っていった。


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