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咎人と嘘つきと 06


 王城の1階。少しばかり奥まった個所に設けられた、王国騎士団の専用区画。

 走ってそこへ向かったボクは、受付に座る女性へ事情を説明し、早々に今回の件の責任者であるクレメンテさんと会った。

 ここに囚われている人物、フェタリテが貴族の行方を知っているかもしれず、吐かせるための説得を任せて欲しいと。


 彼は少しばかり悩んだようだけれど、結局はボクに任せてくれることにしたようだ。

 取り出した牢の鍵を渡してくれ、十分気を付けるよう念押しを送り出してくれた。


 牢の鍵を手に地下へと赴く。王城の地下牢へ行くのは2度目だけれど、今回は前回とまた異なる緊張感だ。

 工房で捕らえられた何人もの男たちの、鋭い視線を浴びながら無骨な石造りの廊下を歩く。

 そしてある所で立ち止まると、鍵を差し入れ鉄格子の扉を開け放った。



「……なにをしに来たんだい。ここはあんたみたいな、ご立派な御仁が来る場所じゃないだろう?」



 明り取りの窓すらない真っ暗な牢。

 徐々に慣れていく目に映るフェタリテは、ボクに気付くや否や、多分に嫌味を含む悪態をついた。


 このくらい言われるのは当然、彼女にしてみればボクはただの裏切り者、あるいは敵なのだから。

 その言葉を甘んじて受けると、早速本題を切りだす。

 世間話や謝罪の言葉なんて彼女は求めていないだろうし、なによりもこちらとしては急いで貴族を捕らえたい。

 ただそれがフェタリテの癇に障ったのか、顔こそよく見えないものの、憮然とした様子を浮かべた。



「気に食わないねェ。騙し油断させ捕まえて、今度は利用しようってかい」


「言い分はわかる。いくら騎士団の役割とは言え、君にしてみれば手痛い目に遭ったんだから」


「これまで散々人には裏切られてきたけど、今回のが一番キツかった。あんた、見た目に似合わず相当に酷い男だよ」



 ボクが訪れたことは気に食わない。けれど会話そのものを拒絶する気はないらしい。

 フェタリテはどこか挑発的な声色で、まるでボクから謝罪でも引き出そうとせんばかりに口を開く。


 ……でもなんとなく、やっぱり彼女はそんな言葉を求めてはいないような気もする。

 たぶん謝罪の言葉を口にした途端、逆に怒るのではないかという気がしてならなかった。

 それを証明するかのように、フェタリテはニヤリと口元を歪ませる。



「謝罪なんていくらの値も付きやしない。誠意はもっと目に見える形で欲しいところだねえ」


「でも金銭や謝罪が欲しいって訳でもなさそうだけど?」


「……その勘の良さが、あんたの気に食わない所の一つさ。忌々しいったらないよ」



 その予感を口にすると、フェタリテは口惜しそうに歯噛みする。どうやら間違ってはいなかったようだ。


 彼女はしばし、座ったまま無言でボクを見上げる。

 暗い牢の中、ボクもそれに付き合い沈黙していると、少ししてフェタリテの深いため息が聞こえてきた。



「そもそも何であんたが来たのさ。あたしが嫌ってることくらいわかるだろうに」


「他の騎士が尋問したんじゃ、口を割らないだろうと思って」


「あんたになら話すとでも? 舐められたもんだね」


「そういうつもりじゃないけど……。でもそうだね、ボクになら話してくれるかもって考えた」



 正直に、ボクは思った事をそのまま口にしていく。

 すると神経を逆撫でする可能性すらある発現に対し、彼女がキョトンとする様子が見えた。

 暗闇に慣れた目に映るフェタリテは、そこからまた少しの間黙り、再び大きく息を吐く。



「連中の居場所を教えてやってもいい。けれど条件がある」


「内容によっては聞いてあげられるはず。ボクの裁量では決められないけど」



 反発するよりも、いっそ乗った方が得が大きいと考えたのだろうか。

 フェタリテは観念したようにボクの問いへと応える意志があると告げる。ただし条件付きで。



「捕まえに行く時、あたしも同行させて欲しい」


「同行? 減刑とかじゃなくて?」



 ただ意外なことに、彼女が求めた条件はボクが予想したものとは異なっていた。

 てっきり今回の罪を無かったことにし、貴族の行方を教える代わりに釈放しろとでも言うのかと。

 けれどフェタリテが口にしたのは、どういう訳か捕まえる場に自身も行きたいというもの。

 ボクは彼女の意図が理解できず、つい思考すらなくその意図を問うた。



「欲を言えば放免してもらいたいけど、完全にってのはたぶん無理だろ?」


「流石に。罪状からして処刑とまではいかないにせよ、当面監獄行きは免れないと思う」



 「加勢して心証を良くするのさ」と口にするフェタリテ。

 けれどなんだか彼女には、それ以外の意図があるような気がしてならなかった。


 ボクにはその真意を読み解くことはできない。

 けれど今はそれを気にしている場合ではないと、フェタリテへ再び本題となる貴族の行方を問う。

 すると彼女は大人しく、自身が知ることを口にしていく。



「一昨日に連中と会った時は、これといって騎士団の行動に気付いている様子はなかった。だからたぶん知ったのは昨日、そこから急いで逃げ出したんだろうさ」



 自身の記憶を掘り起こすように、フェタリテは推測を口にしていく。

 おそらく彼女の推測は合っているのだろう。昨夜サクラさんが店に来た時、ボクへの監視の目が無いことを不思議に思っていた。

 それもフェタリテの推測を踏まえれば納得できる。たぶん逃げ出すための作業に人手を取られていたため、監視を行うどころではなかったのだ。



「夜中に逃げ出したとして、まだ半日かそこら。すぐに追手が来ると連中が予想したとなれば、行き先の心当たりはあそこしかない」


「その場所は……、口では教えてくれないんだろうね」


「当たりさ。道案内はあたしがする、さあ出しておくれ」



 暗い牢の中、ニヤリと笑むフェタリテの顔が見える。

 案外彼女は案内をする途中で、隙を見て逃げ出す算段なのかもしれない。

 ただ勇者が1人でも同行していれば、そいつが難しいということもわかっているはず。



 彼女の言葉に頷いたボクは、一旦牢を出て鍵を閉める。

 そしてフェタリテを置いたままで上階へ行くと、クレメンテさんのもとへ行き、捜索のため連れて行く許可を求めた。

 最初こそ難色を示していたクレメンテさんだったけれど、彼は条件としてサクラさんを始めとした勇者の同行を条件に挙げる。

 もし逃げ出したとしても、勇者であれば早々に捕まえることができるためだ。



「サクラ嬢の他に、そうですね……。君の知り合いが確か工房の制圧に協力してくれていましたが、彼も連れて行くといいでしょう」


「タケルのことですか?」


「ええ。なかなかの手際であったと、騎士たちから聞いています。万が一ということもありますし、連れて行って損はないはず」



 クレメンテさんは、ボクよりもずっと慎重であるようだ。

 王都へとやって来て、サクラさんと一緒に工房の制圧に協力したタケルを伴うことを勧める。

 逃げた貴族が、それなりの戦力を同行させていた場合に備えて。


 ただの護衛だけであればサクラさんひとりで十分。でももし護衛の中に、勇者が混ざっていたら相当に厄介。

 きっとそこまで考えてのことだ。



「了解しました。ではサクラさんたちと合流してから、あの人を一旦牢から出します」


「よろしくお願いします。……クルス君」


「はい?」


「わたしからは一言だけ。情に流されぬように」



 クレメンテさんの了承も得たことで、早速行動に移すべく踵を返す。

 ただ執務室から出ようとしたところで呼び止められ、振り返ったボクへと掛けられたのは念を押す言葉。


 彼へはここまで、経過の報告を何度となくしている。

 当然ボクがフェタリテと共に行動し、店を作っていたことも知っているため、既に彼女へ情が移っていると考えたらしい。

 それは断じて無い。……と返せるのが一番なのだと思う。

 けれどどうにもその言葉を発するのが難しく、ボクはクレメンテさんへ大きく頷いただけで、部屋を出て行くのだった。



「話は終わった?」



 ただボクがクレメンテさんの執務室から出ると、すぐさま駆け寄る人の姿が。

 通路の向こうから小走りと鳴って近づいてくるサクラさんは、既に騎士団から借りた鎧を脱ぎ、普段通りな旅装に軽装鎧という出で立ちに。

 貴族追跡のため出立する準備は万端といった様子だ。


 その彼女へと、追跡にフェタリテが同行すると告げる。

 するとサクラさんは思いのほか軽い調子で受け入れていた。



「なら私たちは監視役ってことね」


「いいんですか、かなり面倒な役割になってますけど」


「大丈夫よ、監視しているのを隠す必要も無さそうだし。……それよりも」



 肩に弓を負い直し、背を向け出立を口にするサクラさん。

 ボクはその前に、タケルとソニア先輩と合流しようと口に仕掛けるのだけれど、彼女はこちらへ背を向けたまま、小さな声でボクへ念押しをする。



「万が一の時に備えて、覚悟だけはしておくようにね」



 サクラさんの言葉が、何を指すのかなど言うまでもない。

 貴族の追跡に同行するフェタリテが、もしもその途中で逃げ出そうとした場合は、こっちも然るべき対処をしなければならない。

 現在の彼女は投獄こそされていないものの罪人。脱走者は大抵の場合、問答無用で始末されるというのがほとんど。

 サクラさんはその場合に備え、気構えだけはしておくようにと告げたのだ。


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