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咎人と嘘つきと 05


 早朝。朝靄も晴れ、人々が市街地へ繰り出し始めた頃。

 ボクは例によって大通りに構えた店で、開店の準備としてカウンターを拭いていた。


 開店2日目。この日も空は快晴で、おそらく多くの客が訪れるはず。

 棚には明け方に運び込んだ大量の菓子。けれど昨日買えなかった人たちを思えば、これも完売してしまうかもしれない。

 ……もし普通に営業が出来たのならば。



「どういうことだ。なんで誰1人として来ない……!」



 今か今かと時間の経過を待つボクの耳に、フェタリテの苛立つ声が響く。

 彼女は何度も何度も入口の扉を見ては、いまだ訪れぬ従業員に苛立ちを露わとしていた。


 けれどいくら待とうと彼女が待つ者は現れない。なにせ従業員として雇った女性たちには、ボクが昨夜に休業を告げたのだから。

 もっともフェタリテはそれを知らず、来るはずのない女性たちを待ち続けていた。

 そして彼女が知らないのがもう一つある。今日は騎士団による制圧作戦の決行日であるということだ。



「クルス、あんたなにか聞いていないかい?」


「さあ……。昨日帰る時には、これといっておかしなことは無かったけれど」


「まさか初日の繁盛に嫌気が差したとかじゃないだろうね」



 おそらくもう少しすれば、この店には騎士団員たちが雪崩れ込んでくる。

 それを知らぬフェタリテは、開店準備を進めるボクへ焦り混じりの問いを投げかけた。


 彼女にしてみれば、今の状況は気が気でないに違いない。

 騙しているという事実に、なんだか少しだけフェタリテが不憫に思えてしまう。

 けれど違法な薬物を世に広め利を得ようとする集団、放っておく方がもっと酷い有様になるのは疑いようがなかった。


 ボクがフェタリテに知らないと返すと、彼女は腕を組み眉をしかめる。



「店の売り上げそのものはいいんだ、あくまでも本来の目的を果たすための隠れ蓑なんだから。でも人手がないんじゃ、獲物を物色する余裕すらなくなっちまうよ」



 数日もすれば、雇った女性たちも徐々に慣れてくる。

 その頃には接客等の全てを任せ、ボクらは特に金を持っていそうな常連客を陰から見繕い、それとなく薬物入りのチョッコレイトを売りつけるのに専念が出来る。

 あとはその客までも利用し、次々と餌食となる人間を探すつもりだった。


 でも従業員たちが来なければ、そもそもの前提自体が成り立たない。

 フェタリテはそこを気にしているのだけれど、……たぶんこの心配は無用となる筈だ。



「問題はないよ。少なくとも、その件で責められはしない」


「どうしてそう言い切れる。思う通りに行かなかった時、貴族の連中がどんな報復をしてくるか!」



 落ち着かぬ様子で店内をウロウロと動き回るフェタリテ。

 ボクが気楽な声でそう告げると、彼女は鋭い視線を投げかけてきた。


 ただボクはそんな彼女の視線を受けつつ、チラリと窓の外を見る。

 映るのは人々が行き交い始めた大通り。そして既に開店を待とうと並ぶ人々。

 けれどその並ぶ人々は昨日と異なり、やたら男の姿が多かった。



「もうそんな心配をする必要はない。……そういう話だよ」


「お前はいったい何を……」



 ボクの言葉に、フェタリテが困惑をした直後。激しい音が店内を襲う。

 木製の扉が蹴破られ、何人もの男たちが店内へ雪崩れ込んでくる。


 ビクリと反応し振り返るフェタリテだけれど、声を発する間もなくその身体は床へと叩きつけられた。

 突入してきた騎士団員たちによって組み伏せられ、無力化されたためだ。

 ボク自身もまたその一味であると判断されたか、それともとりあえず全員を無力化するためか、同じく床へと這うハメになる。


 騎士たちによる制圧の声が聞こえ、一気に静まり返る店内。

 うって変わって店の外からは、人々の困惑混じりの声がざわざわと聞こえていた。

 無理もない。今まで隣で並んでいた人たちが突如として店に突っ込んでいったのだから。



「失礼、貴方のお名前は」


「……クルスです。たぶんクレメンテさんに聞いていると思いますが」


「確かに聞いております。失礼を致しました」



 床へぶつけた鼻先の痛みに、ほんの少しだけ涙目となる。

 ただ抑えつける騎士はボクの名を確認すると、すぐさま拘束を解き直立して敬礼をした。


 その彼へ気にしないよう告げ振り返る。

 視線の先では、起きた出来事について早々に理解をしたのか、フェタリテが悔しそうに歯噛みをしていた。

 彼女は床へ伏したままで視線をこちらへ向けると、ちょっとだけ悲しそうな表情を浮かべる。



「……そういうことか」


「悪いね。薬に負けて悪事へ加担する気はさらさらないんだ」


「見事に騙されていたってわけかい。嘘を見抜く自信はあったんだけどね」



 フェタリテは静かに、自嘲するように吐き捨てる。

 どうやら彼女はボクが裏切るとは微塵も思っていなかったらしい。


 彼女が裏切りを想定していなかったのは、たぶんボクが薬物への依存を強めていると考えていたため。

 実際お師匠様からもらった手帳に記されていた、薬物の吸収を抑える作用の薬を服用していなければ、本当にそうなっていたかもしれない。

 1度だけであればともかく、2度目を経て抗うとは、たぶんフェタリテの想像外な状態であったのだと思う。



「ハッ! あたしも焼きが回ったもんさね。騎士団の犬にこうも上手く騙されるとは」



 騎士に立ち上がらせられると、フェタリテは吐き捨てるように呟く。

 そして口調に反し、やはりどこか寂しそうな素振りを見せながら、騎士によって連行されていくのだった。


 ボクはそんな彼女の姿を見送る暇すらなく、騎士からの問いを受ける。

 この場に例の薬物はあるのか、他に関係のある人物は居ないのかなどを。

 フェタリテのことが気にならないと言えば嘘になる。けれど今は騎士団に属する召喚士としての役割を果たさなくては。



 そうしてしばし騎士たちとやり取りをし、店内へ僅かに置かれていた薬物入りのチョッコレイトを証拠品として渡す。

 彼らがそれらの回収を終え退散した後、ボクは空っぽとなった店舗の中で、ひとり床へ腰を落とし大きく息を吐いた。



「お疲れ様。こっちは無事終わってくれたみたいね」


「ええ、なんとか。一緒に制圧されたせいで、鼻の頭を打った以外は無事そのものです」


「なら問題ないわね。そのくらい勲章と思って諦めなさいな」



 ボクが腰を下ろしたとほぼ同時に、店舗の扉は開かれサクラさんが姿を現す。

 たぶん彼女はこことは別の、貴族の側か工房かの制圧に同行していたに違いない。

 なにせ格好が普段の旅装や昨日の黒ローブではなく、軽装の鎧に短剣という出で立ちだったから。


 ただサクラさんの格好を見てそう思うなり、彼女の言葉の一部へ引っかかりを覚える。



「……こっち"は"?」


「そう、こっちは。残念ながら、完全に成功とは言い難いってこと」



 案の定、彼女の言葉の裏には別の意味があった。

 聞けばサクラさんは、菓子の工房を落とす班と共に行動していたようで、クレメンテさんたちは貴族の邸宅を受け持ったのだと。

 一緒に王都へ来ていたタケルとソニア先輩も一緒だったようだけれど、彼女らが担当した工房の方は無事制圧を完遂。備蓄されていた薬物を押収したらしい。


 けれど肝心要な、首謀者である貴族の確保には失敗したようだ。

 突入した時には既に当の貴族は姿を消しており、証拠やらもなにもかも回収されもぬけの殻だったと。



「まったく困ったもんよ。たぶん騎士団内の誰かが金でも握らされて、情報を漏らしたのかもね」


「そんな暢気な。いったいどうするんですか、貴族を確保しないと生産地だって……」


「どうにかして見つけないといけないのは確かね。でもそこら辺は、クレメンテさんに任せるしか」



 領地には薬物の原材料となる植物が育てられているが、広大なだけに証言の一つもなければ探しようがない。

 そのためには是が非でも、何処かへ逃げた例の貴族を捕まえなくては。


 けれどどうやら、既に王都からは脱出しているらしい。

 下手をすれば他国に渡ろうとしている可能性もあり、いったいどこへ行ったのか見当もつかない。



「誰か行方を知る人間が居ればいいんですが……」


「捕らえた関係者から聞き出す必要があるわね。でも上手く口を割ってくれるかどうか。大事ではあるけれど、たぶん手荒な真似をしてまで聞き出すような真似はしないだろうし」



 危険な薬物の栽培を行っているだけに、本当ならすぐに捕らえ、栽培場所を焼き払う必要がある。

 けれどサクラさんの言うように、相当な悪事ではあっても、関係者を拷問してまでという話にはならないはず。

 国家転覆が云々という話でもなく、貴族の強欲が引き起こした事件というのもあって、極力大事にはしたくないという思惑はあるはずだった。


 だからといって放っておくのも気が引け、何人か今回の件で見知った人間たちを思い出そうとする。

 けれど結局頭をよぎるのは、後ろ手に縛られ連行されていくフェタリテの姿。



「彼女はここまで何度か、あの貴族の下で悪事を働いてきたそうです」


「となると何かを知っている可能性はありそうね。……でも話してくれるかどうか」


「手酷く騙しましたから。完全に口を噤んでもおかしくは」



 たぶん最も何かを知っているとすれば、フェタリテではないだろうか。

 ただ彼女の少しばかり寂しそうな表情を想えば、一切なにも喋らないというのは十分にありそう。

 けれど彼女が頼みの綱であり、他に当てがないというのは確か。



「ボクが……。いえ、やっぱりダメですよね」


「普通に考えれば、潜入して騙し続けていた相手が来たら逆効果ね。でもいいんじゃない? どっちみち口を割らないなら試してみても」



 あれだけ信用してくれたのだ、もしかして自分が行けばという考えが浮かぶ。

 でもきっと逆効果だ。むしろフェタリテはボクの事を恨んでいるに違いないと。


 そう考え、自らの言葉を否定する。

 けれどサクラさんはダメでもともととばかりに、床へ腰を下ろすボクを引き起こした。

 そしてまるで子供に対しするかのように、服に付いた埃を払うと軽く背を押す。


 拘束された連中は、王城の騎士団詰所にある地下牢だと呟くサクラさん。

 急げと促しているようにすら思える彼女の言葉へ従い、ボクは使う者の居なくなった店舗を飛び出し、王都の中心部へ向け駆けた。


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