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咎人と嘘つきと 04


 ザワザワとした喧騒が、扉や窓越しに伝わってくる。

 カーテンを小さく開いて外を窺えば、そこには大勢の人だかりが。

 全体的に女性の比率が高く、一様に表情からは期待感が滲んでおり、ボクにはその様子が胃に重く圧し掛かる。



「そろそろ開けようか。これ以上待たせたら、混乱で他の店から苦情が来かねない」



 外に立つ大勢の人たちを見て嘆息したボクは、振り返って店の中に居る人たちへそう告げた。


 あれから3日。その間にも着々と準備は進み、店は稼働可能な状態へと移っていった。

 そして今日はその開店初日。王都内の数か所へ立てた看板の影響もあってか、既に多くの人たちが開店を待ち侘び外へ集まっていた。


 当然ボクとフェタリテだけで手が足りるはずもなく、数人の人間を売り子として雇っている。

 ただこの人たちは全員、この店が生まれた本来の目的を知らない。

 むしろ工房の職人たちですら、ほとんどの人間は菓子を用いて、違法な薬物を広めようという意図は知らされていなかった。



「なんだいクルス。あんたもしかして緊張してるのか」


「……当然だろう。こんな経験は初めてなんだ、緊張のひとつくらい許してもらいたいところだね」


「あたしはあっちの店も含めて2度目だ。いざとなればあたしに任せときゃいい」



 フェタリテは、ユノサトで接客に使っていた"バニー服"とやらではなく、今回は至って普通の格好。

 いかにも菓子を売る店の店員と言わんばかりなその姿に、彼女が悪党であることを忘れそうになってしまう。


 その彼女は緊張に背筋を固めるボクを、バシバシと荒っぽく叩きながら緊張を解そうとしていた。

 ただ彼女は勘違いしている。この緊張は開店を控えてのものではなく、この店が行おうとしている行為に対するものなのだから。


 開店から初日はあくまでも、店の評判を上げることに加え、客の中から獲物を見つけ出すための期間。

 なので少なくともこの間は、薬物による被害者が出ることはまず無いと言っても良いが、証拠品となる物品が置かれていない。

 騎士団が踏み込んでくるのは明日以降。ここに悪事の証拠が備わってから。


 ただ逆に言えば、そこを過ぎれば一気に被害者が出かねない。

 何かの事情によって、騎士団が貴族の拘束するのが遅れれば遅れるほど、逆に被害は広まってしまう。



「ちょっと早いが開けようか。さあ、あんたたちも気合入れな!」



 ボクの心の内で不安感が駆け巡っているのに気付かぬフェタリテ。

 彼女は雇った人たちに檄を飛ばすと、意気揚々店の扉を開け放つのだった。


 胃の痛い思いをするボクとは異なり、フェタリテにしてみればこの店は未来への希望の具現。

 大勢の人が薬物の被害に遭えば遭うほど、貴族の得る利益が大きければ大きいほど、彼女の下に転がり込む金額も増える。

 となればこの一件が終わった後、足を洗うために遠き地に去るのも楽になるというものだ。


 フェタリテが開いた扉からは、大勢の人々が流れ込んでくる。

 ただ売る菓子が若干高級路線なためか、子供の姿が見えないことに、ボクは少しだけ安堵した。



 その後は芋の子を洗うように入ってくる客たちを相手に、ひたすら忙しない時間を過ごす。

 ちょっと値が張る菓子だというのに、やはり物珍しさが勝つのか、容赦なく売れていく。

 そして意外にも男性客も多いようで、閉店時間も間近な頃にやって来た壮年の紳士を前に、ボクは作り笑いを浮かべ接客をしていた。



「なかなかの品揃えですな」


「ありがとうございます。お気に召されたようでしたら、是非今後もご贔屓に」



 その老紳士は混雑した店内を見回し、満足そうに頷く。

 男だって当然甘味が好きな人間は多いし、この人もまたその一人なのだと思う。


 ただボクはこの老紳士の視線に、どこか意味深な気配を感じた。

 口から発される言葉は、これといってなんの変哲もない店の感想についてばかり。

 けれどなんとなく、この老紳士が菓子を買いに来たというよりも、別の目的で来たように思えてならない。



「えっと、貴方は?」


「今日も十分忙しそうですが、明日などはもっと慌ただしいでしょうな。しかしだからこそ、あまり多くの店員を置かぬ方が良いかもしれません」


「それはどういう……」


「いやなに、混乱している時には予期せぬ怪我をするというもの。慣れておらぬ方には厳しい状況となるのではと」



 ニヤリと、小さく口元を歪める老紳士。

 意味深に過ぎる彼の言葉に、ボクはこの人が騎士団の人間であると悟った。


 おそらく……、この老紳士はクレメンテさんだ。

 本物のあの人はもっと若いけれど、ボクとの接触を図るため変装をしてきたに違いない。

 手紙でのやり取りはしていたけれど、実際に顔を見るのはなんだか随分と久し振りだ。


 そしてこの意味あり気な言葉は、騎士団からの連絡なのだと思う。

 意訳するとすれば、"予定通り明日には騎士団が貴族の捕縛に動く。この店も制圧の対象だから、雇った店員を逃がせ"といったところか。

 どうやら貴族を追い詰めることには成功しつつあるらしい。



「そちらのご商売も、上手くいかれてるようですね」


「これも全ては汗水たらし動いてくれている者たちのおかげ。期待に沿えるようにしたいところですな」



 当然そいつを率直に確認もできず、ボクも彼のやり方に倣う。

 クレメンテさん……、と思われる彼の返した言葉は、"部下たちが頑張ったおかげで予定通りいった。だからこそ失敗は出来ない"という意味なのだと思う。


 クレメンテさんが菓子の箱を買って出て行くのを、ボクは他の客にするのと同じように頭を下げて見送る。

 これでようやく、解決の出口への鍵が壊された心地になっていた。

 けれどまだまだ油断はできない。なにせ相手は王国の有力貴族、妨害の1つや2つは想定の範囲内なのだから。



「どうしたよクルス。もしかして疲れたのか?」



 明日行われるであろう、騎士団の制圧に緊張感を高めていく。

 ただそんなボクを訝しんだか、フェタリテは忙しなく手を動かしつつも、こちらの顔を覗き込んできた。



「……大丈夫、まだまだいけるよ。さあ、もうひと踏ん張りしようか」


「あ、ああ。そろそろ閉店の時間が近い、それまでの辛抱だ」


「今の調子だと、売る物が無くなる方が先かもしれないけどね」



 ボクはそんなフェタリテに、平然とした表情を作ってみせる。

 今はまだ、彼女にこいつを気取られるわけにはいかない。

 現在のボクはフェタリテにとって、信用の置ける共犯者。その顔を演じ続けなくては。



 夕刻となりなおも混乱する店で、ボクは延々と接客に追われ続ける。

 ただ途中で予測したように、来客が全て捌けるよりも先に、売る商品となるチョッコレイトの在庫が底を着く。

 そのため店の前に並ぶ客たちへ頭を下げ、この日の営業は終了となった。


 あまりにも忙しい一日。開店初日で話題性があるとはいえ、高価な菓子が飛ぶように売れていった。

 なのでいっそ下手に悪事を行うようなことをせず、大人しくこういった商売を続けた方が賢明なのではと思わなくもない。



「おつかれ。先に帰ってなよ、あとはこっちで片付けておくからさ」


「だがあたしだけ先に休むってのはな……」



 店の扉に閉店を示すプレートを下げ、中へ戻るなりフェタリテへと告げるのだが、彼女は難色を示す。

 基本が悪党であるはずなフェタリテも、自分だけ先にのうのうと帰るというのは気が引けたようだ。



「ここ最近ずっと泊まり込みだったろう? 大丈夫、教育も兼ねて明日の準備はやっておくから」


「……そういうことなら、お前の言葉に甘えるとしようか」


「その代わり明日はボクが先に帰らせてもらうよ。連日の徹夜による影響が、明日あたりに現れてきそうだ」


「了解だ。明日はお前の代わりを十分に務めてやるさ」



 フェタリテはくすくすと笑いながら、軽く手を振り店の扉を開き外へと出て行く。

 どうやら大人しくこちらの提案を受け、宿に戻って身体を休めようというようだ。


 ただなにもこれは、彼女の体調を気遣ってのモノではない。

 明日は貴族だけでなく、この店も制圧するべく騎士団がやって来る。そのために店で働いている女性たちを、その場に居させないよう講じなくてはいけなかったためだ。

 ソッと外に顔を出し、フェタリテが本当に帰ったのを確認したところで、彼女らに明日の休みを告げる。


 もちろん開店2日目から休業などおかしなものであり、適当な理由をでっち上げて。

 とはいえ予想外の客足であったため、工房の方で材料が急遽足りなくなったなど理由はいくらでも思い付く。

 すると女性たちも困惑しながらも、とりあえずは了承してくれた。翌日分の給料を支払うと告げたのが、功を奏したのかもしれないが。



「それじゃお疲れ様。また明後日ね」



 説明と店の片づけを終え、女性たちが帰るのを見送る。

 ただきっと明後日には全てが終わっている。彼女たちは誰も居なくなった店へと、事情を知らぬまま来るに違いない。

 そう考えればかなり申し訳ないため、後で騎士団にでも彼女らについて配慮するよう要請した方がいのかもしれない。



「準備は済んだみたいね」



 ただボクが女性たちを見送った後、店の中に戻ろうとしたところで、突然背後から声がかけられる。

 まさかフェタリテが戻って来たのかとおも思うも、声は彼女のそれとは異なっていた。

 背後に立つのが誰であるかは明らかで、そのまま店の中へ足を踏み入れると、声の主を招き入れる。



「いいんですか、こんな普通に姿を見せて」


「大丈夫よ。彼女が宿に帰ったのは確認したし、今は貴族の見張りも姿が見えない」



 彼女が入って来るのを確認し、内側から錠を閉める。

 そしてカーテンも全て引いたところで、ボクは小声でここへ来た是非を問うた。


 けれど彼女、サクラさんは平然とした調子を崩さない。

 被っていた暗い色のフードを脱ぐと、むしろ楽観的な様子で、障害など皆無であると言わんばかりの表情をしていた。



「ということは、やっぱり今までは見張りが居たんですね」


「基本的にクルス君のことを信用してないせいね。今居ないのが信用するに至ったのか、それとも別の事情によるものかは不明だけど」


「ちょっとだけ気がかりですね。今が一番警戒しなきゃいけないだろうに」



 サクラさんの言葉に、ボクは肩を竦める。

 フェタリテと異なり、貴族やその遣いである男はこちらを信用していないのは当然。

 そもそも途中からのこのこと顔を出し、いきなり協力を口にする輩など信用されるはずがない。

 なので見張りの1人や2人ついていてもおかしくはないと考えていた。


 でもサクラさんの言葉によれば、どうやら店の周囲にそれらしい人影が見当たらない。

 今がこの悪巧みにおいて、かなり重要な時期であるというのに。



「後でクレメンテさんにでも報告しておいた方が良さそうね。それよりも……」


「ええ。明日ですね」


「決行は早朝。ここと貴族の屋敷、それにクルス君が教えてくれた工房を同時に制圧する。今夜はしっかり眠っておいて」



 サクラさんはそう告げると、再びフードを被る。

 そしてボクの返事を聞くこともなく、静かに錠を開け夜の市街へと紛れていった。


 思った以上に長かった。けれど上手くいけば明日で全てが終わる。

 そんな安堵感と、同時に相反する緊張感に身を震わせるボクは、大きな欠伸をしながら宿へ戻るべく店を出るのであった。


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