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咎人と嘘つきと 03


 草木も寝静まり、雨音だけが響く深夜。

 誰に憚るでもなく大きな欠伸をし、ボクは眠気を振り払い自身の頬を叩いた。


 なんだかんだで、こうして王都に舞い戻ってから早5日目。

 結局大通りに在る空き店舗を利用する案は採用され、早速開店の準備に取り掛かることになった。

 例えば店舗の確保に始まり、菓子屋らしい店内への改装や宣伝などなど、やる事は多岐にわたる。


 もっとも菓子そのものは工房で作られるため調理室は不要で、設備そのものは居抜きで使える物が多いため大がかりな工事も不要。

 内装の修繕などは自分たちで行えるため、精々が可愛らしい小物を買い揃えるくらい。

 フェタリテもその作業を手伝ってくれているのだが、彼女はもっぱら金槌と釘を持って棚などを作っていた。

 今は店舗の奥で横になって、朝まで休憩を取っているはずだ。



「……時々自分が何者なのかわからなくなるな」



 ボクはその改装中な店舗の中で、古びたカウンターテーブルの上へ小さなランプを置き、その灯りを頼りに数枚の紙を眺める。

 記されているのは、必要となる資材等の金額が記された請求書。

 後で貴族に請求するために計算しているのだが、それが余計に自分の立ち位置を混乱させていく。


 確かボクは、国内の各地を巡り魔物を倒す役割を帯びた、召喚士であったように思う。

 けれどここ最近やっているのは、もっぱら騎士団の小間使いというか、半分密偵のような役割。

 もうしばらくカルテリオにも帰れていないし、温泉での療養も中途半端となれば、溜息の一つもつきたくなるというものだった。



「どうしたんだい、またえらく辛気臭いね」



 そんなボクが実際に深く息を吐いていると、いきなり背後から覆いかぶさる影が。

 振り返るまでもなく、その声はフェタリテのものだ。



「……お酒飲んでる?」


「いいだろ別に。毎夜こんなにも頑張ってんだ、仕事終わりの酒くらい連中も許してくれるさ」



 カウンターに向け座るボクへと、圧し掛かるように後ろから抱きついて来るフェタリテ。

 思いのほか軽いそれを受けた瞬間、鼻先に漂う酒精の香り。どうやら休息の間、ひとりで呑み始めていたようだ。



「いつまで経っても来ないから、寂しく一人酒だ」


「仕方ないだろう。コイツを片付けてからじゃないと、眠るに眠れない」


「一つ屋根の下に男が居るってのに、ひとりで呑む酒がどれだけ虚しいか。ベッドだって整えて待ってるんだぞ」



 カラカラと、愉快そうにしゃべるフェタリテ。

 いったいどこまで本気なのかはわからないけど、どうやら少しばかりの寂しさを抱き、こうしてボクの様子を見に来たようだった。

 なんていうか、やはり悪事に加担している人には思えなくなってくる。あまり良い傾向ではないけど。


 ただ彼女は、例の薬物を今は摂取していないようだ。

 単純に今手持ちがないのかもしれないが、常習者であるというフェタリテにしては、意外にも思う。

 もしあれを口にしているのであれば、もっと面倒臭い絡み方をされたろうから、その点は助かったと言えるのかも。



「そんなのは明日でいいじゃないか、こっちにきてクルスも呑め。生憎とアレは今用意してないが」


「えっと、ボクは……」


「酒だけでは満足できないか? なら呑みながらイイことをしてやっても――」



 グイと引っ張るフェタリテは、なかなかに強引な誘いを口にする。

 とはいえそれに乗っかる訳にもいかず、ボクは少しばかり慌てて首を横に振った。

 彼女はそれが不満であったのか、さらになにやら善からぬ誘いを口にしかける。


 しかし甘い声で囁くフェタリテの声を遮るように、入口の扉が小さく音を立てた。

 風によって物が当たったのとは異なる、明らかに人がノックをした音に、ボクたちは揃ってハッとする。

 この場所を知っているのは現在、首謀者である貴族とその部下くらいのもの。だがこんな真夜中に現れるような連中ではない。



「ボクが出る。カウンターの裏に隠れていて」


「わ、わかった。……気を付けなよ」



 外の通りへ面した窓にはカーテンがかかっており、ここからでは様子が窺えない。

 そこでボクは意を決し立ち上がると、静かに足音を立てぬよう入口へ向かった。

 フェタリテはこちらの言葉へ大人しく従い、カウンターテーブルの陰へと身体を忍ばせる。


 貴族とその遣い以外でここに来るとすれば、建物の所有者が手続きの不備を思い出したかといったところか。

 でもそれなら夜が明けてからでも十分なはずで、あと考えられるとすれば騎士団。

 定期的に伝書鳥を飛ばし経過報告をしており、クレメンテさんはここのことも把握しているため、何かの拍子に貴族を拘束できたことで、急遽終了を告げに居た問う可能性も。


 しかしそんな淡い期待は裏切られる。

 静かに扉を開いた先に居たのは、フード付きの薄手なコートを纏った女性であった。



「クルス殿でよろしいですね」



 姿を現した女性は、高い身長からボクを見下ろしながら名を呼ぶ。

 ただその声を聞いて、ボクはすぐさま女性の正体を察した。

 ここ1年以上、何度となく耳にし馴染んだその声を聞き間違えるはずがない。保養地"ユノサト"で別れ、数日顔を合わせていないサクラさんが目の前に立っていたのだ。



「初めまして、ご報告を持って参りました」


「は、……はい?」


「はて、間違いでしたか。今夜この店に来るようにと、貴方から連絡を受けたと聞いているのですが」



 現れたサクラさんはコートに付いた雨粒を軽く払うと、静かに店の中に入って来る。

 ただ彼女の言っている事がよくわからず、ついつい無意識に素っ頓狂な声を出してしまう。


 すると彼女は、ボクの与り知らぬ理由でここに来たと告げた。

 それでようやくボクは理解する。そんな依頼などしていない、つまりはこちらの話に会わせろという意図だ。

 そこで思い出したような演技で納得すると、彼女へ椅子に座るよう促す。



「えっと、出てきていいよ。この人は大丈夫だから」



 扉を閉めたところで、隠れているフェタリテを呼ぶ。

 サクラさんがどういった目的で来たかは不明。けれど今の状況で、たぶんいきなり戦闘をおっ始めたりはしないはず。

 そう考え呼ぶと、彼女は緊張の面持ちでスッと姿を現した。


 とはいえ当然警戒感は霧散していない。

 今にも喉元へ噛み付かんばかりな、静かな敵意を内に滾らせているようだ。



「はじめまして。申し訳ありませんが、名と顔を晒すのはご勘弁を。裏稼業の情報屋ですので、身元は明かせないのです」



 そんなフェタリテへと、サクラさんは軽く会釈し自己紹介する。

 ただこれはきっと、ボクに対し自身に付した設定を教えるという目的もあったに違いない。

 今のサクラさんは、裏社会の情報屋という役を演じているのだと知らせるために。


 一瞬両者が顔を合わせたことで緊張するも、考えてみればフェタリテはサクラさんの顔を知らない。

 案外最初の頃に、おおよその容姿などは聞いている可能性は捨てきれなかった。

 けれど目深に被ったフードによって、ほとんど顔は窺えないのだから、まず正体を看破たりはしないと思う。



「それで、依頼した内容なんですが……」


「もちろん、ご依頼の件は調査をして参りました。こちらを」



 サクラさんがどういった目的で、ここを訪れたのかはわからないけれど、決してただ顔を見になんて理由ではないのは確か。

 そこでそれとなく、極力不自然の無いように問うてみる。

 すると彼女は懐から1枚の紙片を取り出すと、静かにボクの手へ渡してきた。



「そいつはなんだ? というかいつの間に情報屋を」


「まあ、数日前にちょっとね」



 サクラさんから渡された物が気にはなるけれど、とはいえ今渡されたそいつを読んでいいものか。

 なにせすぐ背後にはフェタリテが居るし、内容によっては彼女の前で読むのが危険であるため。

 しかしサクラさんはこれといって動じる気配がないため、おそるおそるその紙を開いてみる。


 記されていたのは、……これといって何の変哲もない内容。

 いや、一応ここ最近の騎士団の動向などが記されているのだけれど、これは悪党の側としての立場であるボクにとって、むしろ有益とすら思えるものだった。

 なのでたぶんフェタリテには、ボクが情報屋を使って騎士団の動きを探らせていただけに見えているはず。


 けれど書かれているは、騎士団が貴族に疑いの目を持ちつつも、現状具体的な行動に出れていないというもの。

 その事実とは異なる内容に、内心で首を傾げてしまう



「今のところは上手くいっているということかい?」


「そうみたいだ。でも騎士団が足踏みしている間に、諸々全てを片付けないと」



 その手紙を覗き込むフェタリテは、どこか満足そうに頷く。

 今現在自分たちが勘繰られてはいないという安堵感が、自然と漏れ出しているようだ。

 ボクはそんな彼女に同意し、速やかに準備を進めようと口にする。


 しかし顔には出さずそんな事を言いつつ、ボクは一つこのメモに関し気付いたことがあった。

 文章の構成は固く、いかにも事務的。

 ただどことなく違和感を覚えよくよく見てみると、そいつが騎士団で用いられる暗号文の一種であることに気付く。


 騎士団に入った者には、全員真っ先に教えられるごく初歩的な物。

 受け取った紙に書かれていたのは、そいつを少々小難しくしたものだ。

 サクラさんもごく初歩的な物であれば使えるはずだけれど、こうも難しい暗号は使えないはず。

 なので騎士団の人間からこいつを預かって、ボクに届けてくれたのだと思う。



「わたしの用件は済みました、これで失礼を」



 そのサクラさんはそう言って、会釈しながら店を出て行く。

 最後まで顔をまともに晒さず、それらしい会話も一切せずに。


 彼女が出て行くのを見送ったボクは、再度手元のそれに視線を落とす。

 文章の中へ巧妙に隠された内容を、普通に読んでいるフリをしながら解読。少しして、仕込まれた本当のメッセージを把握した。



「なんだか嬉しそうだな」


「まぁね。計画が上手くいってるからさ」



 フェタリテの言葉に、大人しく頷く。

 ただボクの言葉が指す対象は、彼女が意図するそれとは異なっている。


 "5日後に行動開始。それまで時間を稼げ"。

 視線の先に在る紙へ記されていたのは、ボクにとって待ち侘びていたその時を告げる内容だった。


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