咎人と嘘つきと 02
王都へと舞い戻って2日目。
この日のボクは朝から町中に出て、ある目的のため延々外を歩き回っていた。
昨日貴族の遣いとして来た男からされた指示は、王都内で物件を探すというもの。
突然の妙な命令に困惑するも、男によれば連中が王都で活動するに当たって、もっと広めやすい場を求めているのだと。
つまりは保養地"ユノサト"のように、客があの薬物へと触れる場だ。
製造拠点であるあの工房だけでは、あまり利便が良くないと言うことらしい。
ただ重大な状況ではあるけれど、なんだか思った以上に地味な役割に、肩透かしを食らった感は否めない。
「そうボヤくな。連中にとっては切実なんだろうよ」
その路地を歩きながらため息交じりなボクの横からは、若干暢気な声が響く。
横へと視線をやれば、隣で歩いているのは軽装のフェタリテ。
この物件探しに同行している彼女は、ボクが少々乗り気でないのをすぐに察したようだった。
ただフェタリテの言葉は、どこか他人事のような気配を感じてならない。
「……あまり関心はないみたいに聞こえるんだけど」
「その通り、あたしにとっちゃどうでも良いのさ。なにせ今回の件が上手くいったら、足を洗って田舎でも引っ込むつもりだからね」
その事を問うてみると、彼女は思いのほかアッサリと無関心を白状した。
まさかそんな発現が飛ぶとは思ってもみず、つい言葉を詰まらせてしまう。
実のところ、ボクは彼女の事を最初は見事なまでの悪人であると思っていた。
平然と人に危険な薬物を飲ませたり、恫喝をするなど行動は小悪党そのものであると。
けれど接する時間が長くなるにつれ、徐々にその印象が変わりつつある。
店で従業員の女たちに見せていた面が、あくまでも一部であると言わんばかりに、今の彼女は格好といい話し方といい普通の町娘のようだ。
「終わった後には、相当額の報酬を貰えることになってる。今までは延々コソ泥まがいのことをしてたけど、それももう必要なくなるってことさ」
「それで田舎に? なんていうか、かなり意外だけど」
「いつまでも続けちゃいられない稼業だからね。早く稼いで、どこか別の国にでも逃げるさ」
こんなことを話してくれる辺り、余程ボクの事を信じているのかも。
これでは貴族の遣いとして来た男の方が、遥かに悪党然としている。
なんだか悪党としてはあまりにも不用意に思えるフェタリテの姿に、どことなく悪いことをしている気にすらなってくる。
「あんたもどうだい?」
「えっと、ボク?」
「最終的にもしこれがバレたら、もう召喚士としちゃやっていけないだろう。その時はあたしに着いて来ないか、個人的にあんたのことは気に入ってるんだ」
ボクの肩を組むフェタリテは、万が一の時には共に他国へ逃げないかという誘いを口にする。
どうやらいつの間にか気に入られているらしく、酒にでも酔っているかのように愉快そうな声を発していた。
こうまで好かれては悪い気はしない。けれどボクは、この人を裏切らなくては。
彼女が悪事へ積極的に加担しているのは確かであり、騎士団も首謀者の一味として追う対象なのだから。
なのでボクは精一杯の愛想を浮かべ、フェタリテへ「悪くないかも」と、心にもないことを言うのだった。
一瞬だけ、穏やかな表情を浮かべるフェタリテ。
ただ彼女はすぐさま自分たちの役割を思い出したようで、軽い咳払いをし話を元に戻す。
「それにしても、いったいどうしたもんだかな。ヤツの言うような物件、早々見つかりはしないだろう」
フェタリテは歩く路地の中を見回し、少しだけ重苦しい息を漏らす。
彼女の言う通りだ、貴族の遣いが求めた要件を満たせる物件を見つけるのは、かなり高い障害であると言わざるを得ない。
求められるのはそれなりに賑わっていて、かつ過度に目立たない物件。
行われている悪事を住民たちに気付かせず、なおかつ大勢の人間を引き込める秘密基地のような場所。
現在探しているのはそんな拠点であり、フェタリテが頭を悩ますのも当然と言えば当然だった。
果たしてそんな条件に合う物件が、王都内に存在するかと言われると……。
なかなかに無茶を言ってくれるものだ。
正直貴族が自身の配下に探させればいいだろうにと思うも、連中はその気はないらしい。
おそらく騎士団による疑いの目を持たれているのもあって、下手に部下を大勢動かせないのかもしれないけど。
「少しだけ考えはある。ボクに任せてもらってもいいかな?」
「あたしには妙案なんてないからね、任せるよ」
ほとんど匙を投げているであろうフェタリテは、あえて自信有り気に告げるボクへ任せてくれるようだ。
とはいえなにも、根拠なく自信を持っているのではない。
完全に要求を満たせるとは思わないが、それに近い状況ならば用意できるはず。
そう考えたボクは路地を進み、大通りへと出る。
商業区画であるそこへは、多くの商店が立ち並んでおり、人の声によって賑やかな空気が満ち満ちていた。
ただ所々ではあるけれど、扉の閉められている店は当然のように存在する。
「まさかと思うんだけど、ここを使うってのかい!?」
フェタリテが驚くのも無理はない。ここは大通りのど真ん中、最も人の通りが多い場所なのだから。
でもボクの考えた手段であれば、むしろこの立地は好都合になるはず。
「目立たないってのは、なにも人の目につかないという意味だけじゃない。そうであると気取られなければいい」
「言わんとすることは理解できるけど、こんな大通りでどうやって」
「ここでやるのはお菓子屋だよ。むしろ何でそういう発想にならなかったのかが不思議でならない、君たちにとっては本業みたいなものなんだから」
困惑するフェタリテへと、浮かんだ案を告げる。
昨日行った工房では、薬物を混ぜ込んだ違法な物だけでなく、至って普通な菓子も製造していた。
まだこの国では珍しいチョッコレイトという菓子は、元がかなり美味しいというのもあって、すぐさま人々の話題に上るはず。
なのでそれを売る店という看板を掲げれば、自然に人の目はそちらへ向くはず。
「菓子を作っている工房が店をというのは、別に不思議ではないのかもしれないが……」
空き店舗の外から窓を覗き込みつつ、フェタリテは本当に大丈夫なのかと訝しむ。
ボクも中を覗いてみると、思いのほかそこは中が広く作られているようで、十数人が同時に入っても問題ない規模であった。
次いで振り返り、大通りを行き交う人々を眺める。
そこには老若男女の人々が歩いているけれど、どことなく若い人たちが多いような気がした。
この大通りは大規模な住宅街に囲まれているというのもあって、かなりの数の住民たちが利用する。
それに数年前に再開発が行われた地区で、他所よりも比較的住民たちが若い傾向があると聞く。
空き店舗に残された看板から察するに、以前はステッキの類を専門的に扱う店。
たぶんこの店が閉めるに至ったのは、そういった理由も多分にあるのかもしれない。
「対象は女性。男や年配の人だって甘い物は好きだろうけど、主に狙うとしたらここかな」
「そこはわからんでもない。あたしもアレを菓子に練り込むとなった時は、女ウケの方が良さそうだと思った」
「……あ、そうだったんだ」
やはり菓子屋となると、女性か子供が狙い目。
ただチョッコレイトのような、少しばかり値の張る物であれば、大人の女性とするのが自然か。
客として来た人間へと、薬物入りの特別な菓子を渡し、ごく普通な店のフリをして営業を続ける。
もちろん全員にという訳でなく、相手を選んで。
まずは常連客となった人間の中から、金を持っていて口の堅そうな相手を選ぶところから。
「言わんとすることはわかるが、そんな勝手に決めてしまっていいのか? 貴族だって、新参者に仕切られては良い顔をしないだろ」
「これまでだって貴女が実際に仕切っていたじゃないですか。利益が出るとなれば、文句は言いませんよ」
どうやらフェタリテの話によれば、貴族の遣いが来るのは定期的な経過報告のため。
時折は口を出すそうだけれど、基本的には現場である彼女に任せっきりであったそうだ。
そもそも勇者が"ユノサト"に店を出したのに便乗するという案だって、元は彼女の発案であるとのこと。
ならばある程度の独断も、利益さえ出すと納得させられれば可能。
ただ一番の難題は、本当に被害者が出る前に解決しなくてはいけないという点か。
普通に悪事を働くような思考になってしまっていたけれど、ボク本来の役目はこいつを阻止し、首謀者である貴族に繋がる証拠を探る事。
なので店を出して云々というのは、騎士団が貴族を捕縛する準備を進めるための、時間稼ぎ手段としての側面が強い。
「それにしてもクルス、お前本当に悪党の素質があるかもしれないな」
「あまり嬉しくはないけれど、一応褒め言葉として受け取っておくよ」
「これならばどこへ行ってもやっていけそうだ。心強いな、相棒」
ニカリと、どこか嬉しそうな表情で告げるフェタリテ。
どうやらこれの意図するところは、今回のこれが終わった後、足を洗って他国にでも逃げる時のことを言っているようだ。
彼女が確信しているかどうかはわからないけど、その隣にはボクが居る可能性が言葉の端から漏れている。
「とりあえずこの店舗を確保だけしておこう。誰かに取られないうちに」
ボクはそんな意図に気付かぬフリをし、空き店舗の扉にかかっていた連絡先を読んでいく。
こんな好立地、いつ誰が目を付けるとも知れない。
ならば今の内に手付けを払ってでも、確保しておいた方が良いというものだ。
そうして進めていく方が、途中で中止を指示されることも少ないかもしれないし。
ただボクが記された連絡先を控えていく最中、背後から妙な気配を感じる。
何だろうと思い振り返ってみると、背後で立つフェタリテが微妙に不満そうな表情を向けていた。
たぶんさっきの言葉に返さなかったのが不満なのだと思う。
ボクはそんな彼女の反応に、どことなく居心地の悪い想いがしてならなかった。