咎人と嘘つきと 01
王都の南に位置する保養地、"ユノサト"へと滞在して数日。
本来であれば連日ゆっくり湯に浸かり、損傷した骨を労わって、言葉通り骨休めをさせるつもりであった。
しかし着いて早々、出くわした問題によって結局それは叶わず、ボクは再び王都への道を乗合馬車に揺られて進むハメに。
ただ今回これに乗るのはボクのみ。
サクラさんだけでなく、タケルやソニア先輩も同行せず1人なのは、当然理由あってのもの。
先日例の店で、タケルの協力によって向けられる疑いを取り払ったボクは、協力という名目でここ王都へとやって来たのだ。
そのボクは王都へ辿り着き、乗合馬車から降りて伸びをする。
痛み止めを使えば、なんとかステッキ1本で歩けるようになった。とはいえそれでも痛みはあるため、身体を庇いながらだけれど。
「ちゃんと来たようね。逃げたらどうしようかと思っていた」
「心外ですね。ああも求められたら、断る訳にもいきませんよ」
王都へ辿り着き、乗合馬車が停まった乗り場。
そこでボクを待っていたのは、例の店においてリーダー格である女。
一足先に王都へやって来ていた彼女は、ボクが本当に来るか小さな不安を抱え、こうして出迎えに来たようだ。
もっとも今の彼女は店にいた時のように、いわゆるバニー服を着てはおらず、至って普通の町娘然とした姿であった。
「温泉からは離れ難かったですが、裏切ったりはしません。既にボクらは共犯も同然なんですから」
「なんだかあんた、最初に会った時と性格が違う気もするけど……。まあいいわ、早速案内するから着いて来な」
小さな声で、彼女に対し裏切りはないと口にする。
するとその言葉を信じてくれたか否か、女は気を取り直しボクの荷物を強引に奪うと、市街地の方へ歩き始めた。
ボクはステッキを突き、女の後ろを歩く。……確か彼女、名をフェタリテとか言ったか。
これが本当の名前なのか、悪事を行うに当たって使う偽名なのかは不明。
ただ最初にボクらへ助けを求めて来た女性によれば、この人は元々店にいた人間ではなく、菓子に薬物を混ぜるという行為を行い始めた頃に急にやって来たらしい。
それでも女たちの取りまとめ役となっているのは、店の所有者である勇者たちの指示という名目で、薬を持ち込んだ側であるため。
となれば少なくともこのフェタリテという女、この悪事において中心人物といえるのかもしれない。
「ここだ。早く入れ」
しばし王都を歩き、多くの工房が立ち並ぶ地域へと踏み入れる。
そのあるところでフェタリテは歩を止めると、目の前に建つ建物の扉へと手を伸ばし呟いた。
周囲には人の姿こそ無いものの、それでもあまり見られたくはないらしい。
彼女は手招きし中へ進むよう促すと、ソッと音もなく扉を開く。
ただその開かれた扉をくぐったところで、ボクの鼻先をフワリとくすぐる香りが。
どこかで嗅いだような気がするそれが、極度の飢餓感すら覚える例の薬品が仕込まれていた、"チョッコレイト"とかいう菓子のものであると気付く。
「この匂いは……」
「ここは菓子の工房だ。お前も食べた、あの菓子を製造しているのがここになる」
建物の奥へと進んでいくにつれ、鼻に届く香りは強くなっていく。
薬物を混ぜずとも、思考を酩酊させるような強く芳醇な香り。
照明の灯った奥の部屋を覗いてみれば、そこでは多くの職人たちが、茶色いドロリとした液体を型に流し入れていた。
「ということはここでアレが?」
「そうなる。もっともそれだけでなく、普通に店へ卸すような普通の商品も作ってはいるが」
職人たちが扱っている量は膨大で、部屋の中はそれによる熱気でむせ返るようだ。
どうやらここ最近、勇者たちによって広められた"バレンタイン"とかいう行事の影響もあって、非常にチョッコレイトの需要が高いらしい。
女はここで薬物入りの物だけでなく、一般の人が食べる無害な商品も製造していると告げる。
なるほど、つまりは擬装のために普通の菓子工房としての姿も持つらしい。
とはいえあまりにも規模が大きいため、こっちの方が本業と言えそうなほど。
案外職人たちも、悪事に加担させられていると知らない可能性すらありそうだ。
「食べてみるといい。知っているとは思うが、なかなかイケるぞ」
フェタリテは完成したチョッコレイトの一つを手に取ると、ボクへと差し出してくる。
そいつを前にし、手を伸ばしたものかどうか逡巡する。
例の薬品に魅了された、という設定で動いているボクであれば、嬉々として飛びついてもおかしくはない。
けれどこんな、ある意味敵地のど真ん中と言える場所で、冷静さを喪失するのは非常にマズい。
「いえ、今は……」
「安心しろ、こいつは何も入っていないただの菓子だ。あたしも流石に上の人間と会う前に、あの薬を勧めたりはしない」
密かに沸いた動揺を隠しながら、受け取るかどうか悩む。
ただフェタリテはこういった場所では、いくらなんでも薬物に酔うのはマズイと考えたようだ。
なんだか肩透かしを食らう彼女の冗談に、ボクはつい苦笑を浮かべてしまう。
そこからボクは、フェタリテの後ろに続いてさらに奥へと進んでいく。
ただ意外なことにこちらを疑ってなどいないのか、この施設に関して話すフェタリテの口は滑らかだ。
店でタケルを追い払った一件以降、彼女は想像よりもずっとボクの事を信用しているようだった。
……もっともフェタリテは例の薬物の常習者。実のところ密かに、そういった判断力を低下させているのかもしれない。
そのフェタリテに導かれ、建物の奥に在る一室に辿り着く。
そこへ置かれた椅子に腰かけしばし待つよう告げられ、なにが起きるのかと緊張していると、少しして扉が開かれ一人の男が入ってきた。
「こいつがそうか」
「ああ、向こうで偶然客として来た男だ」
姿を現した男は、目深にフードを被って顔がよく窺えない。
ただ僅かに覗く目でジロリとボクを睨みつけると、フェタリテへ簡潔な確認をした。
どうやら事前に手紙か何かを贈り、ボクの事は知らされているらしい。
フェタリテの話によれば、あの店を出すに当たって主に出資したのは勇者たちだが、同時に複数人の貴族も金を出しており、首謀者はそちら側であるとのこと。
ということは勇者たちは、便乗して利用されただけのようだ。
そしてたぶん目の前に立つこのフード男は、その首謀者である貴族とやら、もしくは貴族に仕えている人間に違いない。
「信用できるのだろうな」
「あたしの目を疑うってのかい? これまで散々、あんたらの役に立って来た自負はあるんだけど」
「……まぁいいだろう。勇者さえ見張っておけば一介の召喚士ごとき、主も重大な懸念とはしないはず」
鼻持ちならない言葉を吐かれるも、ボクはなんとか平静を保つ。
今のボクは相棒の勇者にすら黙って、悪事に加担している召喚士という役を演じているのだ。
ここで怒りを面に出しては、そんな演技が一気に嘘くさくなってしまうだろうから。
ともあれこの男、言動からして貴族の寄越した使いであるのは確かなようだ。
こいつにとって目下気になるのは、ボクの相棒である勇者の動向。
フェタリテとは違い、こちらをまったく信用などしていないため、たぶんボクのことを調べてから、サクラさんへ監視でも付けようという腹積もりに違いない。
「ならそっちには精々監視の目を向けておくことね」
「お前などに言われるまでもない」
案の定、男はサクラさんへの監視を行う気らしい。
だがこの程度は既に織り込み済み。事前に王城に詰めているクレメンテさんへ、伝書鳥を飛ばして事情は伝えてある。
貴族がこの件に噛んでいることは予想されていたため、どこぞやの貴族から身元の照会があった場合、偽装された異なる情報を渡す手はずになっていた。
だからサクラさんが危険にさらされることはないし、そもそも見当違いな相手を掴まされるはず。
そのサクラさんはと言えば、今頃はボクとは別の経路で王都に辿り着いている頃。
タケルとソニア先輩を伴って来る彼女らは、一旦王城のクレメンテさんと合流。
今はまだ貴族の妨害によって騎士団を動かせていないけれど、そこが解消されるなりすぐさま捕縛に動けるよう準備を進めている。
「察するに、貴方が例の薬物を調達してくれるんですよね?」
「そうなる。お前も継続的に欲しいなら、下手に逆らわないことだ」
「了解です、精々大人しく言うことを聞いていますよ。……ところであんな物を、いったいどうやって?」
貴族の遣いとして来た男の、居丈高な態度に辟易しながらも、ボクはずっと気になっていたことを問う。
これがわかれば、クレメンテさんが貴族の捕縛を行う助けにもなるはずで、是が非でも聞いておきたい情報だった。
最初こそ「お前が知る必要はない」と返されたけれど、こちらだって危険な行為に首を突っ込むのだから、そのくらい教えてくれたっていいという旨を口にする。
逆らわないというさっきのやり取りに反する言葉にも思うけれど、男はどの道口外できぬ共犯関係であると考えたか、そのくらいであればと教えてくれた。
どうやら首謀者である貴族が治める領地内に、原材料となる花が育ちやすい土壌の土地があるようだ。
そこで現在地元の住人たちへ、秘密裏に生産を行わせているとのこと。
もちろんその場所までは教えて貰えないと思うけど、こいつはなかなかに重要な情報となるかもしれない。
「このような話を聞いたのだ、間違いなく協力してもらうぞ」
「わかっています。それで、ボクは具体的に何をすれば?」
再びジロリと一瞥する男。
裏切りは許さないと明言するそいつは、させられる協力の内容を問うボクへと、まだ疑わしげな表情で説明を始めるのだった。