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蠱惑の兎 09


 混乱し悲鳴を上げかける女性を抱え、ボクとサクラさんは自室へと飛び込んでいく。

 傍から見れば誘拐そのものであるこの行為。けれどそうしなければ、彼女がいったいなにを口走るかわかったものではない。



「ちょっと静かになさい。3秒以内に黙らないと、後で酷いわよ」



 サクラさんは部屋へ運び込んだ女性に対し、真顔で脅し文句を口にする。

 やはりまるっきり誘拐犯の台詞だ。


 今はボクが女性の口を塞いでいるが、もしこれを離した後に叫ばれでもすれば困ったことになる。

 ただその心配はないようで、サクラさんの脅しに対し彼女は、口をふさがれたままで何度となく頷こうとしていた。

 そこでソッと手を放すと、ようやく解放された安堵感から息をつく。



「で、用件は?」


「えっと、その……」


「事情はよくわからないけど、助けて欲しいんでしょう。用件だけ簡潔に話して」



 ようやく胸を撫で下ろした女性に、サクラさんはジッと視線を合わせ問い詰める。

 たぶんサクラさんは、この人が例の店の従業員であるという点で、十分疑うに足ると考えているようだ。

 その証拠にと言うべきか、彼女の視線はとても鋭い。

 そんなサクラさんの眼光に再度震え上がり、女性は表情を強張らせつつも、ゆっくりとここを訪れた事情を話し始めた。


 聞く所によると、彼女はあの店に居たボクが出て以降、後ろを追ってこの宿までつけて来たようだ。

 本来であれば、ただの一般人がするような尾行に、気付かないはずはない。

 けれどその頃のボクは薬の影響によって、注意力も散漫となっていたのかも。


 そしてどうやらこの女性、多くの同僚たちが薬物を与えられたりして悪事に加担させられていく中、遂には良心の呵責に耐えかねたようだ。

 加えて当人は言い辛そうにしていたが、過去の微犯罪をネタに強請られているらしい。

 それが追いかけてきた理由であるらしく、薬物に酔う客たちの中にあって、傍から見てどこか平静な空気を纏わせるボクに縋ってきたとのことだった。



「バレてるじゃないの、クルス君」


「い、いえ。たぶんほとんどの人間は気付いていないと思います。わたしなどはあの菓子へ一切手を出していないので……」



 視線をジトリと変じ、ボクへと向けてくるサクラさん。

 上手く演技をしていたつもりだったけれど、こうして薬物の影響が薄しと見破られていただけに、ついつい肩身が狭くなってしまう。

 ただ女性は、自分以外はほとんど気付いていないのではと口にした。

 どうやらボクと接していたあの女も、裏では密かにあの薬物の影響下にあり、おそらく店の中の雰囲気もあって気付いていないであろうとのこと。


 そんな彼女は、ボクらが悪事を暴くために意図を持って、あの店に出入りしていると知り安堵する。

 そして再度頭を下げ、無理やり加担させられている人たちを助けて欲しいと求めてくるのだった。



「わかった。一応信じてみるわ」


「では……!」


「でもあまり期待しないで。まだ私たちだって、どう行動したものか判断しかねている」



 自身の発言を信用して貰えたことで、女性は見え始めた光明に目を輝かせる。

 けれどサクラさんの方は、情にほだされて安請け合いなどはしてくれない。

 実際王都へ手紙を送ったとはいえ、騎士団の本部がどう動くかもわからない以上、あまり下手に解決を約束はできないためだ。


 女性の話によれば、どうやらここ"ユノサト"に駐留する騎士団の、隊長級の人物が抱き込まれているとのこと。

 下手をすれば妨害だって起こり得るのだ、あまり希望を持たせては酷な結果になりかねない。

 それでもこの女性にとってみれば、騎士団の本部に連絡したというだけで十分だったのかも。

 サクラさんの言葉に神妙な様子で頷きつつ、さっきよりは落ち着いた様子で了解を呟いた。



 今のところはこれで納得してもらうことにし、ボクらは彼女に帰宅を促す。

 サクラさん曰く、宿の周囲にそれらしい気配などはないとのこと。

 けれどこんな高級な宿に、地元の人が居るというのは少々おかしいためだ。



「さて、私たちは寝ましょう」


「今の時点で出来ることなんてありませんしね」



 帰っていく女性を宿の玄関まで見送り、大きな欠伸をしながら部屋へと戻る。

 あの人の期待は理解できるけど、基本的にボクらに出来ることと言えば、あの店の内情を探り騎士団に情報を伝えるくらい。

 彼女が助けを求めに来たことで、より詳細が知れたのは救いではある。けれど解決に直結するかと言われれば……。



「……でもそうね、彼女とは別に、もう少しくらい情報が欲しいかも」


「どうするんです?」


「ちょっとばかり外出してくる。クルス君ばっかりに苦労させるのも気が引けるしね」



 サクラさんはそう告げると、ボクの目があるにも関わらず素早く着替え始める。

 宿の用意した"ユカタ"とかいうゆったりした服を脱ぎ、普段の旅装へと。

 ボクはが慌てて背を向けている間にそれらの準備を終え、小さな短剣だけを差し窓枠へ手を掛け開く。

 するとそのまま外へと飛び出し、夜闇の中へ消えていくのであった。



「……そんなに気にしなくてもいいのに」



 昼間はボクと一緒に食事や温泉巡り。そして夜はボクが戻るまで宿で待機。

 ここ2日ほどそうしていただけに、サクラさんも色々と思う所があったに違いない。

 とはいえそこまで気を使わずともよいのにと、ボクはサクラさんが消えていた夜闇に向けて呟く。


 ただ今更止めることも叶わない。

 ボクはいい加減眠気も限界を迎えつつあり、大人しくベッドへ横たわり瞼を閉じた。

 もちろん窓の鍵は閉めず、ほんのちょっとだけ開いたままで。





 それからボクは、たぶん速攻で眠りに落ちたのだと思う。

 目が覚めた時には既に昼へ差し掛かっており、見てみれば窓はしっかりと閉められていた。

 大きな欠伸をしながら部屋を出て、宿の食堂へと移動。そこにはサクラさんが腰かけ、この町でよく飲まれているという、緑色の茶を啜っていた。



「どうでした? もしかして授業員として入り込んだりしたんじゃ……」


「流石にやらないって、速攻でバレるだろうし。あくまで外から様子を窺っただけ。でも一応成果はあったわよ」



 茶を飲むサクラさんの正面へ腰かけ、小さな声で首尾を問う。

 すると彼女は軽く満足気な表情を浮かべながら、テーブルに身を乗り出し小声で話し始めた。


 サクラさんが探ったところによると、あの店は明日から数日の間、主だった人間が町を離れるようだ。

 なのでおそらくその中には、ボクと話したあの女も含まれるはず。

 目的は定かでないけれど、サクラさん曰く首謀者と接触するのではとのこと。

 なので今夜あたりあの店へ行けば、それに関し何か持ちかけられるのではという話だった。


 では今日も昼間は英気を養い、夜にまた行く必要があるだろうと身構える。

 ただサクラさんは補足するように、もう一つ伝えるべき話を口にした。



「あと、少し前にクレメンテさんからの遣いが来たわよ」


「また随分と早いですね」


「かなり急いで寄越してくれたみたいね。今はこの宿で休んでもらってる」



 王都からここユノサトまでは、乗合馬車に乗って半日程度。

 ただノンビリと進むそれと違い、早馬を走らせればモノの数時間で着いてしまうような距離でしかない。

 昨夜の内に手紙は届いていたらしく、読むなり速攻で行動を起こしてくれたようだった。


 しかしその遣いによって、サクラさんへ伝えられた内容は、あまり芳しくないものであったらしい。



「でも残念ながら、しばらくの間は騎士団が来てくれない。どうやらここに向かわせようとした途端、貴族から妨害に遭ったらしいのよね」


「貴族の妨害……? それってつまり」


「首謀者っていうか、裏で糸を引いてるのが貴族連中って可能性が限りなく高まったかな。それが知れたという点では朗報かも」



 救いを求めた騎士団本部。そこの人員を動かそうとしていたクレメンテさんだけれど、早々にそれは妨害に遭ってしまったようだ。

 彼は騎士団内でも有力者ではあるけれど、動かすためには明確な理由が必要。

 そこでこの件を理由に許可を得ようとしたらしいけれど、その過程で話が少しばかり広まってしまったらしい。


 結果、裏で糸を引いていたと思われる貴族の耳に入り、慎重論という名のもと待ったを掛けられた。

 貴族と騎士団、この両者の間には直接的な命令系統は持たぬものの、この国が王政であり貴族によって運営されている以上、無視することは難しい。

 横槍を入れられてしまったことで、素早く動けないという事態に陥ったとのこと。


 普通に考えれば、自分が関わっていると言わんばかりの妨害工作。

 けれどこうして足止めをしている間にでも、追及を受けぬよう諸々の証拠を隠滅するつもりに違いない。



「そっちの方も調べてはみるようだけど、たぶん証拠なんて残しやしないわね」



 茶のカップを置くサクラさんは、眉をしかめ深く息を吐く。

 困ったことになった。最終的に騎士団は来てくれると思うけど、それがいったいいつになるかが不透明になったのだから。

 ということは到着の遅れる騎士団に代わり、こちらが多少なり対処を続けなくては。

 ボクは静かに立ち上がると、騎士団到着までの時間稼ぎの必要を口にする。



「なら急ぐとしますか。今日は少し早めに尋ねてみます、こっちも妨害の一つくらい出来るかもしれませんし」


「ほんと、休む間が無いわね。変な呪いにでもかかってるのかしら」


「カルテリオに帰ったら、一度教会で診てもらうといいかもしれませんね」



 サクラさんと軽口を叩きながら、ボクは立ったままでぬるくなった茶を一気に飲み干す。

 徐々にではあるけれど、時間の経過と温泉のおかげで王都で負った傷は治りつつあり、身体の痛みは引きつつある。

 毎日飲んでいる痛み止めによる効果というよりも、たぶん徐々に身体が癒えつつあるため。

 もっともそれ以外に、色々と薬物を摂取してしまっているため、諸々変な効果が出ている可能性は捨てきれないのだけれど。


 今日を逃せば、多くを知っているだろう主だった店の面々が町を離れてしまう。

 それはそれで行動の取り様はあるけれど、その前にやれることはあると、ボクは早速廊下を移動しタケルの部屋へと向かった。

 そこで暢気に昼寝をしていた彼を叩き起こすと、速攻で着替えさせ宿の外へ引っ張り出すのだった。



「ほら、これを飲んでおいて」


「なんだよ、折角寝てたったのに……」


「悪いけど今日は手伝ってもらうよ。やって貰うことがあるんだ」



 移動しながら、寝惚け眼のタケルへ薬を手渡す。

 おそらく彼を連れていけば、ボクと同じく例の薬物入りチョッコレイトとかいうのを食べさせられるはず。

 けれどタケルには、あれに酔って貰う訳にはいかない。そのためにある程度効果を妨げるための薬を、前もって呑んでもらわなくては。


 タケルを引っ張るボクは、彼にもまた役割があると告げる。

 そしてついさっき速攻で考えた手段ではあるけれど、彼が少々苦手としてる演技をしてもらうべく、小声で打ち合わせをするであった。


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