生命の値 07
正門でオスワルドが出入りした形跡がないのを確認したボクらは、早足で港へと向かいそれらしき船が出ていないかを確認した。
ただ港で休息を取る船乗りや港湾労働者たちに話を聞いても、やはりここ数日この港に入ってきた交易船はあっても、出航した船はないとの話。
もしかしてと思い漁業船で出た可能性を考えるが、この町に有る漁業に使われる船は小型のものがほとんどであり、他の町へと移動するように造られたものはない。
それに猟師の彼らはほとんど全員が顔見知りと言ってよいらしく、そのような人物が乗り込んでいたならば、すぐに気付くというお墨付きも頂いた。
正門と港以外に町を出入りする場所がない以上、どうやらオスワルドとアルマがまだ町の中に居るというのは間違いないようだ。
「次は……、どうしましょうか」
姿をくらましたオスワルドを探すも、早々に行き詰ってしまう。
自分自身では冷静でいようとするのだが、気持ちが急くばかりでまったく思考が回っていかない。
次に取るべき行動の選択が、港で聞き込みをした時点で完結してしまった。
アルマの身を安ずるあまり、落ち着いて次の行動を考える余裕が失われつつある。
そんなボクの様子を見かねてか、サクラさんは肩へと優しく手を触れると、極力柔らかな調子で告げる。
「次は宿を探しましょ。確かクラウディアは、行商人は商人組合と提携した宿に泊まってると言っていたわよね。そこに居るかもしれない」
そうだ、オスワルドもこの町に滞在している以上、必ずどこかに拠点を構えているはずだ。
ならばそこを探すというのが、手っ取り早く無難であるのかもしれない。
サクラさんは柔らかな声とは裏腹に、しっかりしなさいと言わんばかりの眼でボクを見つめた直後、平手を背にバシンと叩きつける。
衝撃にボクが咽て咳込んでいると、覗きこむように顔を見せ、今度は笑顔を向けられる。
「ほら、急ぎましょ。また置いていくわよ」
「は、はい!」
サクラさんは人差し指でボクの額を小突くと、そのまま背を向けて宿があると思われる市街地へと早足で歩き始めた。
ようやく咳が収まったところで、最初に正門へ向かった時の様にサクラさんを追いかける。
ひとまず協会兼宿であるクラウディアさんのもとへと戻り、事情を説明して教えてもらった数軒の宿屋。
行商人たちが懇意にしているという、商人組合提携の宿であるそこへ行き尋ねるも、こちらもどうやら空振りに終わりそうだった。
「悪いな、そういったことは話せないんだ。事情は察してくれるだろう?」
「そ、そうですよね……」
宿へ飛び込むなり、人相と名を問うた結果返ってきたのは、何も話せないという言葉のみ。
商人たちを多く相手にしている宿の主人だけあって、客の情報に関してはどうしたところで口が堅い。
そこで事情の説明をした上、サクラさんの持つ勇者としての身分証が功を奏したのだろうか。
宿屋の主人はしばし悩みはしたものの、結局渋々ではあるけれど、小声でオスワルドがもうここに居ないということを話してくれた。
「昨日の朝、急にどこかへ行ったと思ったら、それっきり帰ってきやしねぇ」
「では行き先はわからないんですね」
「サッパリだな。本当はまだ2日分宿賃を貰ってるんだが、いったいどこへ行ったんだか」
やはりアルマを連れて行った時を境に、いきなり姿を見せなくなったらしい。
奴隷商であるという証明には成りえないが、これでオスワルドへの疑いは強まった。
ただまだ2日分も宿代を先払いしているのなら、まだここを利用する予定があるということになる。
ならば戻ってくるのかと思いはするも、そうとは断言も出来ない。
「他の宿には居なかったし、昨晩はどこか別の拠点に居たってことかしら」
「この町は比較的治安は良いですけれど、それでも外で野宿という訳にはいきませんからね。やはり宿以外の場所を確保しているのでしょう」
サクラさんと宿の外へ出るなり、立ち止まって首を捻らせる。
一応足取りの断片は掴めたものの、ここで再び行きそうな場所の心当たりが尽きてしまった。
カルテリオまでの道中寝食を共にしたとはいえ、基本的には付き合いの短い赤の他人。
好みそうな物や交友関係など、知っていることはほぼ無いと言っていい。
サクラさんもまた難しい顔をしながら、次にオスワルドが行きそうな場所を必死に考えているようだった。
「アルマを奴隷として売ろうと考えるなら、王都へ向かうために護衛を雇おうとするわよね。道中で他の奴隷商が、魔物にやられているのを見たんだから尚更」
「とは言っても、奴隷商の護衛なんて危険度が高い依頼、受ける人がどれだけ居るでしょうか。ちょっと見ればアルマが亜人であるのは判りますし、亜人を連れた男を奴隷商と予想するのは簡単だと思います」
「奴隷商と知って護衛するのも重罪になるの?」
「直接奴隷売買に関わらないので死罪とまではいきませんが、数年は牢屋暮らしでしょうね。第一魔物からの護衛なんて、危険すぎて誰もやりたがりません」
例えならず者であったとしても、渡るには少々危ない橋だ。
それに勇者でもない一般人が、魔物を相手に戦わなければならない可能性を考えると、高い報酬を積まれても割に合わないはず。
どうしたものだろうか、既に手掛かりとなるものはない。
それにボクらはオスワルドが奴隷商であると考えているが、確実にそうであるという証拠もない。
おまけにまだ事件になっている訳でもないので、騎士団に捜索を頼むこともできなかった。
こうやって延々捜し歩くか、知った人たちから情報が入るのを待つ以外に何もできないのだろうか。
どうして良いか悩み、口数も徐々に少なくなっていく。
そんな状態で市街地を歩くうちに、町へと到着した直後に訪れた医院の前を通りかかる。
「一応ここの女医さんにも聞いておく? 町唯一の医者なら、情報も入り易いかもしれないし」
サクラさんの提案に、ボクは反対する理由もないため頷く。
今は少しでも手掛かりが欲しい。
ここの女医さんには手間をかけさせるが、アルマの無事が確認されるまでは迷惑をかけさせてもらおう。
早速医院の扉を叩きしばらく待つが、中からは反応がない。
留守なのだろうかと思いもう一度だけ叩いてみると、今度は少ししてからゆっくりと扉は開かれる。
「……はい?」
出てきた女医さんは、当然数日前に見たのと同じ人。
変わらず穏やかでありながら、真面目そうな雰囲気を漂わせた人物だ。
ボク等はとりあえず医院の玄関から中へと入ると、立ったままで女医さんへと事情を説明する。
役場に預けたアルマが、奴隷商らしき男に連れ去られた。だから何か情報があれば欲しいと。
女医さんはここでは何だからと言って、医院の向かいに在るカフェで話を聞こうかと言ったが、少しとはいえ時間が惜しい。
ボクはもう一度確認するように、アルマの情報を何か知らないかと問う。
「うーん……。申し訳ありませんが、今のところ彼女に関する話は聞いていませんね」
「そうですか……」
女医さんは腕を組み、口元に手を当てながら少しだけ考えて答える。
やはりそう易々と、手掛かりを残すような動きはしてくれていないようだ。
「では先生、この町にならず者やゴロツキの集まるような、治安の悪い場所はありませんか?」
サクラさんはジッと、女医さんの目を見つめて問う。
女医さんはボクへと目線を動かすと、ちょっと待ってねと言い玄関に置いてある小さな卓をボクたちとの間に移動させ、その上で紙に地図を書き始めた。
どうやらこの町における、あまり治安のよろしくはない場所を記したもののようだ。
少々危ない場所のらしいけれど、そういった輩の多い場所であるならば手掛かりになる可能性もある。ありがたく使わせてもらうとしよう。
「結構可愛い子でしたよね。最初てっきり貴方たちの子供だと思ったんですけど。って亜人だから、そんなわけないんだけれど」
「亜人だからこそ、奴隷商に狙われ易いってことですね。早く見つけてあげないと」
「……そうですね。それにしてもまさか、あの人が奴隷商だなんて。人が良さそうに見えましたのに」
女医さんはアルマの容姿を思い出し軽く笑う。
真面目そうな雰囲気を持っていただけに、少しとはいえ冗談を言うのは少々意外ではあったが。
ただ直後にボクが不安そうな素振りを見せると、すぐさま神妙な様子へと変わった。
そんな彼女との間に、サクラさんは割って入り質問をぶつける。
「先生、もう一度だけお聞きしていいですか」
「はい、なんでしょうか?」
いったいどうしたのかと思いきや、サクラさんはさきほど僕が女医さんにしたのと同じ質問する。
静かに、そしてハッキリと。
「先生は本当にあの子がどこに居るのか知らないんですね?」
「はい、知りません。私は一切」
「……そうですか」
サクラさんは女医さんの返答を聞き、少しだけ躊躇うかのように一呼吸置くと、医院内廊下の奥をチラリと見る。
その視線に気づいた女医さんから、僅かに緊張が走ったのがボクにはわかった。
「失礼します」
そう告げるとサクラさんは答えも待たず、女医さんの脇をすり抜けてそのまま医院内の廊下を奥へと早足で進んで行った。
一瞬の硬直の後、女医さんは奥へと進むサクラさんを追いかけて、引き留めようとする。
いったいどうしたのかと思うも、ボクは少しだけ逡巡しその後を追う。
「ちょっと待って。待ちなさい!」
制止する女医さんの言葉を無視し、あるいは引かれる腕を振り払いサクラさんは先へと進む。
途中に在る診察室や、女医さんの私室と思われる部屋などの扉を虱潰しに開け、中を確認しては次へと移る。
そうして医院中を周って最後にたどり着いたのは、裏手にある倉庫だ。
木造の簡素な作りをした倉庫の扉。そこへ手をかけ開こうとするも、鍵がかけられているのか扉はガタガタと音がするばかりで開かない。
背後から白衣を靡かせる女医さんの制止する声が聞こえているのか否か、業を煮やしたサクラさんは、木製の扉を躊躇なく蹴破った。
暗い倉庫の内部へと、赤く染まり始めた陽射しが入り込み、中を照らす。
その倉庫内を一瞥し、サクラさんは一言、
「ほら、やっぱり居た」
と、後ろ手に縄で拘束された亜人の少女を見つめて呟いた。