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蠱惑の兎 03


 不敵な笑みを浮かべ、ボクを小脇に抱えたままで夕刻の町を駆けていくタケル。

 彼が意気揚々、保養地"ユノサト"の市街を進み立ち止まったところで、ボクはようやく解放され地面に降りた。



「ここだ。初日からずっと行くタイミングを探ってたんだよな」



 なんとか落とさずに済んだ杖を支えに、体勢を立て直す。

 そしてタケルの嬉しそうな声に反応し、目の前に建つそれを見て、ボクは無意識に肩を落とすのを感じた。

 なにせ彼の言うところの、"遊びに行く先"というのが、この町に来てから見た妙に派手な外観をした歓楽施設だったのだから。



「ここってさ、つまりアレだよね」


「ああ、綺麗なお姉さんが隣に座ってくれて、しかもお酌してくれるという素晴らしい店だ!」



 いったいどれだけ楽しみにしていたのだろうか。

 タケルは拳を握りしめると、そいつを振り上げ人目を憚らず大仰に喜びを露わとする。


 ともあれこの店の中には想像していた通り、子供お断りな世界が広がっているようだ。

 別にボク自身は大人なので、本来ならこういった店に入って人にどうこう言われる筋合いはない。

 けれど勇者や召喚士にとって、異性の相棒が居るとなればその限りではなかったりする。



「ソニア先輩に怒られたりしないの?」


「意外と思うだろうが、ソニアはそういうのに理解があるぞ。そっちは違うのか?」


「理解……、はあると思うけれど、後でバレた時にちょっと怖いかも」



 どうやらタケルの方は、別段問題にはならないようだ。

 ボクの場合にしても何だかんだ言って、サクラさんはきっと許してはくれると思う。

 しかし生暖かい視線と微妙な空気は避けられそうもなく、ボクにとってはそれこそが地味に恐ろしい状況だった。



「とりあえず入ろうぜ。何事も経験って言うだろ」


「ち、ちょっと待ってよ! ていうか痛い痛い」



 肩を組むタケルは、無理やりにボクを連れ込もうとする。

 折角温泉で温まり、痛みが少しだけ和らいでいたというのに、彼に引っ張られる事でそれが再度ふるい起こされてしまった。


 ただその痛み以上に、ボクには気がかりになることがあった。

 というのもこういった店において、出される飲み物というのがまず酒であるという点。

 こちらの世界では別に不都合はないが、タケルの年齢だと向こうの世界では飲酒が禁じられていると聞く。

 別に取り締まったりする者は居ないけれど、勇者たちの多くは律儀にそれを守っているのだ。


 その点をどうするのだろうかと思うも、問い掛ける間もなく店に引っ張り込まれてしまう。

 こうなったらもう諦める他に道はないのかと思い入っていくのだが、店に足を踏み入れたボクらを迎えた人物の姿に、つい硬直し目を見開くのだった。



「いらっしゃいませ。2名様のご来店でよろしいですか?」



 出迎えてくれたのは、二十歳少々と見える女性の店員。

 彼女はボクらの姿を見るなり、腰を折り満面の笑顔で歓待の言葉を口にした。


 接客業らしい笑顔は合格点。物腰というか言葉の調子も柔らかで、来店した客を緊張させるものではない。

 ただ表情や言葉では緊張しなくとも、それとは異なる理由でボクは呆気にとられてしまう。



「ば……、ば……」



 タケルもまた、彼女の姿を見て言葉にならぬ声を上げる。

 ただ何かを言おうとはしているようで、何度か同じ音の声を発していた。

 そしてようやく目的の言葉が見つかったようで、グッと力を込めると、身体の奥底から叫ぶのだ。歓喜を込めて。



「バニーさんキッタアアアアア!!!」



 発された大声に、つい耳を押さえてしまう。

 "バニーさん"という物はボクの知識にはないけれど、たぶんこの女性の奇異な格好を指しているに違いない。


 タケルの声が止んだところで手を離し、立つ女性をもう一度見てみる。

 均整の取れた、しっかりと運動している締まった肢体。

 それはいい。けれど彼女が着ているのは、付け根から脚も露わな黒いピッタリとした衣服。

 大きな胸も溢れんばかりで、たぶんそう見えるようわざとギリギリの寸法で作ってあるのだ。


 おまけに頭には、布で作った妙に長い飾りが。

 よく見れば腰の辺りには、白い綿毛のような飾りがくっついており、頭の飾りと合わさってどこか動物的な雰囲気すら感じられる。



「嗚呼、なんて素晴らしいんだ! この世界に来て早1年、まさか麗しのバニーさんに出会えようとは」


「それは良うございました。さあお客様、どうぞ奥のお席へ」



 ともあれタケルにとってそれは、非常に大きな意味を持つものらしく、喜びに打ち震える。

 彼は新たに現れた女性の従業員……、こちらも同じ格好の女性に案内され、軽い足取りで奥へ進んでいく。


 タケルが行ってしまう尻目に、ボクは目の前に居る女性に尋ねてみることに。

 どうにもこのような格好をしている理由が理解できなかったためだ。



「当店に居りますわたくしども女性従業員は、全員このバニー衣装を着用させて頂いております」


「ば、バニー……。ですか」


「はい。なんでも遠く勇者たちの故郷において、大切なお客人に対し最大級のおもてなしを行うための礼装であるとか」



 どうやらこの店、複数の勇者たちがによって出資をされ、営まれているようだ。

 そして彼女ら女性陣のする奇異な格好は、その勇者たちの指示によって着用しているのだと。


 けれどなんとなく、彼女が勇者から聞いたという"最大級のおもてなしを行うための礼装"という下り、とんでもない嘘であると思えてならない。

 従業員である彼女がついているのではなく、雇っている勇者たちによってだ。

 ここら辺は後でサクラさんに聞けばハッキリするだろうけど、いったいどう聞いたものやら。



 ボクはその"バニー姿"とやらの女性に案内され、奥の席へと歩く。

 彼女はこちらの身体に痛みがあるのを察してか、さり気なく手を添えて支えてくれるため、ついついドキリとしてしまった。

 なるほど、世の男性陣がこういった店に来たがる気持ちがわかった気がする。



「おうクルス、もう始めてるぞ!」



 進んでいくと、既に席へ腰を下ろしたタケルの姿が見える。

 彼はグラスを傾けながら料理に手を伸ばしているのだが、両脇には件のバニー姿な女性たちが数名。

 頬は緩み切っており、もう完全に出来上がっているのだろうか、女性たちが勧めるままに次々と料理や飲み物を頼んでいく。

 今の状況を存分に謳歌しているタケルの姿に、ボクはつい苦笑が漏れてしまう。


 ただよくよく見てみれば、どうやら彼もまた律儀に酒を自重しているようだ。

 テーブル上に並んでいる瓶のラベルに書かれている文字を見れば、それが酒精を含まないものであるのは明らか。

 逆に言えば、素面でよくこれだけ場の空気に酔えたものだと思う。



「さあ、お客様もどうぞ」



 バニー姿の女性はタケルと同じ卓の前にボクを座らせると、グラスを取り出し酒を注ぐ。

 見るからに高そうなグラスではあるけれど、注がれている酒そのものは至って普通の物。

 どう値段を推測すればいいのかと悩むも、視界の端に見えた料金表を窺うと、想像ほどには高くはない額が書かれていた。

 出資しているのが勇者であるだけに、あまりあこぎな商いも出来ないという事か。



「召喚士さんは、どちらからいらっしゃったんです?」


「えっと……」



 ボクは注がれる酒に少しだけ口を付けながら、肌が触れんばかりな近くへ腰かける女性から、囁くように話題を振られる。

 さっきはこういった店に来る理由が理解できると思ったけれど、なんだかこういう雰囲気になると苦手だ。


 交わす内容は、どれも取り留めのないものばかり。

 どういった土地で活動しているのか、どんな魔物を倒してきたのか、あるいは珍しい体験などはしたかなどを熱心に聞いてくる。

 そしてボクが答えると、彼女はそのどれもにスゴイと反応しつつ、笑顔でどんどん酒や料理を勧めてくるのだった。


 ただボクが少しでも言葉を濁すと、彼女はスッと引いて話題を移す。

 こちらも話せない内容があるというのは理解しているらしく、この辺りはある意味で熟達した職人に通ずるものを感じた。




「あら、お酒がもうありませんね。もう1本いかがです?」


「いえ、もう……。ちょっとお手洗いをお借りしますね」



 しばし、接待だか営業だか知れぬ女性の言葉を受け続ける。

 ただ注文した酒が少なくなってきた頃合いで、ボクは好都合とばかりに、今の攻勢を断ち切るべく立ち上がった。

 用を足しに行ったことで酔いが覚め、帰る気になったという流れを作るために。


 そこで早速断りを入れ手洗いへ向かうのだけれど、気付けばタケルは椅子に寝転がり、暢気に高いびきを立てていた。

 さっきまで酒には一切手を出していなかったのだが、いつの間にやら呑んでしまっていたようだ。

 ただ置いてある瓶の数や、女性陣の様子からすると、あまり多くは飲んでいないように見える。

 案外ああ見えて、酒には弱い体質なのかもしれない。


 そのタケルを置いたまま、ボクは店の奥へと進んでいく。

 手洗いの中に入り一応用を足してから、たぶん近くの小川から引いているだろう流水で手を洗って、出る前に一息ついた。



「さて、サクラさんにどう説明したものやら」



 置かれた清潔な布で手を拭きながら、ボクは小さく溜息つく。

 多少なりと酒を呑んでいるため、戻ってすぐサクラさんには気づかれるはず。

 タケルも同様であるので言い逃れは出来ず、たぶんどこに行ったかくらいは追及されるに違いない。



「正直に言うしかないか……」



 とはいえ下手に言い訳をしても、看破されてしまうのがオチ。

 なのでアッサリ白状した方がマシかと思いながら、小さく呟き扉へ手をかけ席へ戻ろうとする。

 しかしその扉の向こうから、囁くような人の声が聞こえてくるのに気付く。



『本当に大丈夫なの……? こんなこと、もし騎士団に嗅ぎつけられたら』


『――黙って言う通――ばいい。連中の中にも協――る』


『わ、わかったわ。手はず通りに……、出してやればいいのね』



 扉の向こうには、2人の人物が居るようだ。

 おそらくは女であろう2人の内、片方は声が小さいためによく聞こえないけれど、なんだか不穏な気配が伝わってくる。

 騎士団が嗅ぎつけて云々という言葉を聞くに、間違いなくあまり大っぴらには出来ない話。



『今の――れば、勇者どもが遊び――るものに便乗できる』



 扉を挟んで人が居るのに気付いていないのか、なんだか物騒なやり取りをする女2人。

 ボクは息を潜め、取っ手にかけたまま身体を硬直させる。

 もしこちらの存在を気取られたらどうしよう。ここで素知らぬフリをして出て行って、無事でいられるだろうか。

 話の内容もだけれど、そこが不安で気配を殺す。


 向こうが武器を持っているかどうかは不明。

 もし持っていたとすれば、酔っぱらった今の状態で自衛が出来るかは自信が無い。

 ボクは外で眠っているであろうタケルが、用を足しに来てはくれぬかと、密かに願うばかりであった。


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