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生命の値 06


 この日、ボクとサクラさんは朝から魔物を狩りに出たのだが、昨日と違い今回は町の外にまで足を延ばすことになった。

 昨日の様に、城壁の上から狩れれば楽であるのは確かだけれど、そう毎日楽をさせては貰いないらしい。

 真っ先に城壁へ登ってはみたものの、魔物が見えるのは矢が到底届かない遠距離。近くには小鳥が囀っているのみ。


 流石に無害な小鳥を狩るわけにもいかず、早々に諦め城壁から降りると、一旦宿へ戻ってから正門を通り外へ向かう。

 多少危険性は上がるが、本来はこのやり方が普通。

 あまり楽な方法にばかり慣れても、後が困るだろうとはサクラさんの弁であった。



「これは討伐した証明になる箇所だけ、切り落とせばいいのよね?」


「はい、この魔物は爪の部分が特徴的なので、そこだけ落としたらあとは燃やしてしまいましょう」



 ボクは周囲を警戒しながら、サクラさんの狩って引きずってきた魔物から、必要な部位だけをナイフで剥ぎ取っていく。

 一旦宿へと戻ったのは、魔物の討伐依頼が出ていないかを確かめるため。

 そこで貼り出されていた魔物を探し、こうして討った後で証明となるものを回収しているのだ。


 町の人たちや騎士団詰所から出される討伐依頼は、協会を通し勇者へ斡旋される。

 これまでカルテリオの町は勇者が居なかったため、半ば機能を停止していた仕組みであったが、ボクらが来たことで依頼が入るようになったらしい。

 正確には、ボクらというよりもサクラさんがだけれど……。



「クルス君、地面を掘ったからそっちの魔物を運んで」


「わかりました。……って、重い!」


「贅沢言わないの。こっちはもっと重いんだから」



 証明となる部位の切除を終えると、今度は魔物の処理が待っていた。

 サクラさんが地面へ広く浅く掘った穴へと、魔物の死骸を次々に放り入れていく。

 そこへ積み重なった魔物へと、持って来た油を撒き火を点ける。

 これは騎士たちから教えてもらった方法で、周囲の草原に燃え移らないよう魔物の死骸を処理しているのだ。



「それにしても酷い臭いね……。燃やし終わるまで離れちゃダメなの?」


「ダメですよ。もし草に燃え移ったらどうするんですか」



 サクラさんは自身の鼻を摘まみ、魔物を燃やすことによる悪臭に顔を背ける。

 ただこれを行っておかないと、女性騎士が言っていたところの"厄介な魔物"とやらが出るらしい。

 いったい以前にどんな魔物が現れたのかはしらないけれど、もし"森の王"のような存在であったならば一大事。

 降りかかるとわかっている危険の芽は、可能な限り減らしておくに越したことはない。



「でもさ、ウォーラビットとかを狩ってたのを思うと、この辺りの魔物はちょっと不満かな」


「不満、というのは?」


「あの時は狩ったやつを持ち帰って、その日の夕食に出来たもの。なのにカルテリオ周辺の魔物といったら」


「……まぁ、気持ちはわかりますけどね。試しにこいつらを酒場に運んでみますか? 上手く料理してくれるかもしれませんよ」



 ボクは浅い穴の中で燃やされる魔物を指し、冗談交じりに提案をしてみる。

 この港町カルテリオ周辺に生息する魔物の多くは、外観的に昆虫を模したような存在が多い。

 つまりウォーラビットのような、可食に適したものが殆ど居ないのだ。


 一部には昆虫型でも食べられる魔物も居るそうだけれど、ボクはあまり食べたいとは思わない。

 それは町の住民たちも同じのようで、基本的に魔物は駆除と素材回収の対象であり、狩った後は速やかに焼却が基本だった。



「冗談。こっちの世界の人はどうか知らないけれど、私の居た国じゃまず食べるような対象じゃないわよ、こんな馬鹿デカいやつ」


「こっちもそうですよ。ボクも正直御免ですね」



 嫌な臭いを発し燃えていく虫を前に、当然食欲など沸きはしない。

 ならば大人しく、得た報酬を使って町の中で手に入る物、つまり魚介に舌鼓をうつ他なかった。

 ただここ数日の豊富な海産物により、サクラさんの欲求も幾分か解消されたらしい。

 視線を待ちの方へと向けるなり、ボソリと呟くように疑問を口にする。



「あの町の広さくらいだと、流石に牧畜は難しいのかしら」


「出来なくはないと思いますよ。ただ城壁に囲まれた狭い範囲では、飼葉を手に入れるのが困難ですね」


「飼葉を育てるくらいなら、畑にした方が実入りが多いってことね」



 この町で手に入る肉と言えば、卵を産まなくなった鶏や、余所の町から持ち込まれた干し肉くらい。

 町に面した漁港であるだけに、食材は基本的に海の産物、魚や貝類などが主となる。

 サクラさんもそろそろ肉の類が恋しくなってきたようで、釣られてボクも想像上の肉料理に喉を鳴らしてしまう。


 そんな話を口にしてみると、サクラさんは「その時は一緒に別の町まで食べに行きましょう」と、軽く笑いながら言ってくれる。

 一蓮托生が基本である勇者と召喚士の関係性だが、サクラさんがボクと一緒に行動するのを普通だと思ってくれているというのが、ボクには少し嬉しく思えた。




 その後しばし魔物を狩り続けた後、昼過ぎには町へと戻ったボクらは、クラウディアさんに魔物の素材や討伐証明の部位を渡し換金してもらう。

 クラウディアさんも前日ほどには時間を要さず終わったので、少しは計算の感覚を取り戻してきたようだ。


 素材の換金後に少し遅めの昼食を終えると、日が沈むまで少し時間が有ったので、アルマの様子を見に行こうという話になる。

 着ているローブの内ポケットには、前日に購入したアクセサリーが納められた箱が。

 おそらくはアルマは、まだ役場かどこかで保護されているはず。

 もし居なければ……、その時は家族の手掛かりが見つかったのだと思い、諦めるしかないだろうけれど。



「アルマはこれを喜んでくれるでしょうか?」


「たぶんね。あの子がアクセサリーに興味あるかはともかく、クルス君があげた物なら大概喜んでくれるんじゃないかしら」



 サクラさんは平然とそう言うが、心配はなかなか拭えない。

 なにせ相手は幼い子供とはいえ、ボクは誰かに贈り物をした経験が皆無に等しい。

 幼い頃にお師匠様へ手作りのハンカチを渡したり、捨て値同然の花瓶をあげたくらいだろうか。

 実際お師匠様はそれを使ってくれた形跡がなく、それがなお不安を掻き立てる要因となっていた。


 ただそんなボクの緊張を余所に、早くも役場の前へと到着してしまう。

 入口をくぐって中へ入ってみると、前回来た時とは異なり、役場内は多くの人たちが忙しなく動き回っていた。


 偶然近くを通りかかった役場職員の一人へと声をかけて聞くと、アルマのことを知らなかったため、前回応対した人物の特徴を伝えて呼び出してもらうことにする。

 壁にもたれ掛り少しだけ待っていると、件の職員が出てきたのだが、やはり彼は前と変わらぬ面倒臭そうな空気を放っていた。



「え……? あの子ならもうここには居ません」



 ボクがアルマに面会したいと告げると、職員の男が返してきたのは簡潔な言葉。

 ということは、家族の手掛かりが見つかったのかもしれない。

 そう考え寂しさと同時にホッとしかけるも、次いで男が発した言葉に、ボクはつい掴みかかりそうになる。



「貴方たちと一緒に来た人、あの人が連れて行きましたよ」


「ど、どういうことですか!?」


「どういうことも何も、そのままの意味ですよ。女の子の家族が見つかったと言うので、連れて行ってもらったんです」



 職員の男が言うには、昨日の朝方にオスワルドがふらりと現れ、家族が見つかったから連れて行くと言ったようだ。

 たった1日しか経っていないにも関わらず、どこから来たのかも判らぬ少女の身元が判明したなどとは考えにくい。

 おそらくはアルマを連れ出すための方便だろう。



「それを信用したんですか!」


「そんなことを言われても……。自分はそういう係ではありませんし」



 ボクは掴みかかる勢いで職員の男へと食って掛かるが、男は言い淀みつつも、自身に責任はないと言い張る。

 その無責任さに腹が立つが、彼の責任を追及しても埒が明かない。

 オスワルドさんがこれから何処へ行くかなどの手掛かりがないかを聞くも、そこまで気にはしていなかったようで覚えてはいなかった。


 ボクらはすぐさま踵を返して役場を出ると、一先ず目的もなく足を速める。



「オスワルドさんは、いったいどういうつもりなんでしょうか」


「アルマの両親を探してあげようとしている……、ってことはないでしょうね。個人で探してどうこうできる話じゃないし」



 ならばどうしてとは思うが、ボクにはなんとなくだが予想がついてしまった。

 オスワルドさんはアルマを拾って以降、度々ジッと観察しているような素振りが有った。

 当人は亜人に対する物珍しさからだと言ってはいたが、どうにもその頻度が高すぎるとは思っていたのだ。

 もしもそれが、アルマを値踏みする目であったとしたら……。


 行商人であるにも関わらず、荷の積まれていない馬車なども気にはなった。

 いつもは特定の商品を、王都へと運んでいると言っていたはず。だが本当にそうなのだろうか。

 ボクらが同行した時には畳まれていたけれど、あの馬車には幌が付いていた。あれを広げてしまえば、例え非合法な"荷"であっても外からは気付きにくい。

 ボクはそれらをサクラさんに伝えてみると、彼女もまとボクと同じような考えになっていたようだ。



「ありえるでしょうね。正直胡散臭さはあったし」


「ではオスワルドさんは……」


「あの人もまた奴隷商だった。その可能性は高いと思う」



 まだあくまでも可能性の話だ。証拠や確証はない。

 だがもしそうだとすれば、これまで見せていた不審さの説明はつく。

 オスワルドが奴隷商であったなら、きっとアルマを商品として流そうとする。となれば……。



「サクラさん、まずは正門に向かいましょう。もしあの人が奴隷商なら、すぐ王都に向かうと思います」



 ボクの提案にサクラさんは頷くと、先に行くと言って駆け出した。

 見る間に遠ざかっていく姿を追ってボクも走るのだが、到底追いつけるような速さではない。

 走るうちに息が上がってしまい、偶然同じ方向へ進んでいた馬車に乗った農家のおじいさんに並走しながら声をかけ、了承を得てから馬車に飛び乗る。

 これならば息切らせながら走るより、ずっと早く着くはずだ。



 町中の石畳を越え、城壁の内側へ造られた農業地区を通り過ぎ正門へと辿り着いた時、既にサクラさんは正門を護る騎士と言葉を交わしていた。

 例によって立っているのは、すっかり顔なじみとなっている女性騎士。

 急ぐボクの様子に、わざわざ正門まで送り届けてくれた農家のおじいさんに礼を言い、飛び降りるなりサクラさんのもとへ急ぐ。



「どうですか?」


「来てはいないみたいね。一応出入りの記録も調べてもらっているけれど」



 すぐさま問うてみるも、サクラさんと女性騎士は揃って首を横に振る。

 町へと出入りする商人たちは、その全員が身元の証明をするのが義務付けられており、簡易的にではあるが積み荷の検査も行われるという。

 僅かな取引量ながら、他国との玄関口にもなる港町故にだ。


 少しして記録を確認してくれた騎士が現れるも、やはりオスワルドが通行した形跡はないと告げてきた。

 となればまだ町の中に居るはず。と考えるが、確証は得られない。



「一応港も見てはいかがでしょうか。ここ数日は交易船の出航は無かったはずですけれど」


「わかりました、今から行ってみます。もし彼が通ろうとしたら、引き止めて頂けませんでしょうか」


「了解しました。ですが我々も理由なく長い間足止めはできません。積み荷に問題がなければ通すことになりますので、ご容赦下さい」



 教えてくれた女性騎士に頭を下げて礼を言うと、ボクらは再び元来た道を戻る。

 貿易船が出ていないのであれば、とりあえずは今の時点でオスワルドが町の外へと出ていない可能性は高いのだろう。

 だが逸る気持ちを抑えられず、ボクとサクラさんは港へと早足で向かった。


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