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妄執の人 06


 王都の西部地域に広がる、再開発によって人の住まなくなった閉鎖区画。

 その広大な暗闇の中から一人、また一人と運ばれてくる勇者たち。


 ここまででもう10人以上く、身体に大きな傷を負った勇者たちが、戦闘継続が不可能な状態となって運ばれていた。

 中にはもう既に手遅れではと思える者も居るし、負傷した仲間を連れてくる勇者たちもまた、揃って息は絶え絶え。

 勇者たちの目でしか動けぬほどの、星と月明かりのみで照らされたこの区画では、壮絶な戦いが繰り広げられているようだった。



「明りだ、明りをもっと寄越せ!」


「包帯はまだか!? まず止血を……」


「……そいつはもう助からん。可哀想だが向こうを手伝ってやれ」



 次々と運び込まれてくる勇者たちによって、後方の陣は混乱状態。

 多量の血を流し命を落としていく勇者たちを前に、騎士団に属する医師たちは走り回っていた。


 ボクもまた手持ちの薬品を全て提供し、勇者たちの治療に奔走する。

 けれど命の灯を消していく勇者たちの姿を目にし考えるのは、現在もあの中で戦いに身を投じているであろうサクラさんのことばかり。

 今頃彼女は、無事でいてくれるのだろうかと。


 負傷者を連れ帰った勇者の話によれば、突然の襲撃によって多くが分断されてしまったとのこと。

 となればゲンゾーさんやコーイチロウとも離れ離れになり、サクラさんは今頃独りで戦っているのでは。


 そう考えてしまうと、ボクはもう居ても経っても居られなくなった。

 目を見開いたまま息を止めた勇者を見送り、手でソッと瞼を閉じてあげる。

 そこで遂に辛抱という言葉の一切が頭から掻き消え、ボクは無言のまま天幕を飛び出してしまう。



「おい待て! お前さんが行ったところで……」



 そんなボクの姿を捉えた騎士は、留めようと叫び声を上げる。

 彼の声はちゃんと耳に届いていた。けれどそれで止まれるほど、平静な心情ではなかったのだ。

 自身でも意外なほどアッサリと騎士の声を無視し、小さなランプ一つを持って、閉鎖区画へ飛び込んでいくのだった。



 ランプの小さな明りだけではおぼつかない、真っ暗な夜道。

 今夜は月もうっすら雲がかかっていて、余計に悪い視界の中、ボクは構うことなく走っていく。

 何度となく転倒し、それでも鞄の中身とランプだけは壊さぬよう駆けていくのだが、ボクはあるところで不意に立ち止まった。


 無言のままそこで立ち、背筋を強く振るわせる。

 ……たぶん、見られている。けれど身内である勇者たちによる視線ではない。

 骨の芯まで凍えてしまいかねない、鋭く攻撃的な視線。

 勇者のように鋭敏な感覚を備えてはいないボクですら、命の危険を強く感じるその視線に耐えるのが限界を迎えた瞬間、無意識のうちに大きく前方へ跳ね転がった。



「あ、危なかった……」



 直後、さっきまで立っていた場所から響く金属音。

 転がったランプの明りを受け輝く刃の軌跡が、ほんの一瞬だけ目に映る。


 落ちた衝撃で割れ油を撒き散らし、燃えていくランプの残骸。

 揺れる炎によって薄らと映し出されたのは、全身黒ずくめの格好をした人影。

 ……いや、黒い格好をしているのではない。たぶんあれは体表の色。

 それに周囲が暗いため、イマイチ距離感が掴めなかったせいでわからなかったが、よく見れば随分とその身体が大きいことに気付く。



「か、カラシマ……、さん?」



 間違いなく、こんな状況で攻撃を仕掛けてくるのは彼に違いない。

 ボクは掠れた声で、襲ってきたであろう人物の名を呼ぶ。


 だが彼がこちらを向くなり、ビクリと身体を震わせた。

 どういう訳か、体躯が随分と大きくなっている点は確かに異常。けれどそれ以上にボクを驚かせたのは、彼の顔だ。

 本来であればそこには、人を始めとした動物の特徴である両目や鼻、それに口などがある。

 けれどボクの目に映った顔にはそれらがなく、あるのは非常に大きな眼が一つだけ。



「……魔物」



 勢いよく、巨大な身体からすれば小さくなってしまった槍を振り上げる、カラシマさんと思われる存在。

 ボクは振り降ろされていくそれを目に捉えながら、命からがら逃げだしてきた勇者が、"化け物"と形容した意味をようやく理解した。



「クルス!」



 カラシマさんの変貌ぶりに呆気にとられ、身体を硬直させていたボク。

 そこへ響いてきたのはサクラさんの声。

 と共に身体はグッと引っ張られ、寸前で振り降ろされた槍の穂先が真横を通過していった。


 いつの間にこちらを発見してくれたのかとか、無事で良かったとか口にする間もなく、凄い勢いで狭い路地の中へ引っ張り込まれる。

 真っ暗なそこを何度となく曲がりつつ進んだ後、転がるように座らされたボクは、小さくも鋭い声で罵倒されるのだった。



「このおバカ! なにをしてるの、こんな所に来て!」



 ゴツンと、拳骨を頭のてっぺんへ頂戴する。

 暗いためほとんど彼女の表情は見えない。けれど声色から察するに、相当に怒られているのは間違いなかった。



「だ、だってサクラさんが心配で……」


「だからってクルスが来たって意味はないでしょうが。本当に君って子は!」



 相当に怒り心頭であるためか、サクラさんの声は震えている。

 加えて咄嗟の事態であったためか、彼女のボクへの呼び方は、普段の君付けではなく呼び捨て。

 このように呼び捨てで呼ばれたのは、彼女と出会って間もない頃、巨大な魔物に襲い掛かられた時以来。

 今より経験も遥かに浅く、余裕が無かったその時と同じということは、それだけ彼女が切羽詰っているということ。


 サクラさんは困惑しつつも、大きく息を吐きボクを抱き抱える。

 そしてひとまずこの場を離れんと、極力狭い路地を選んで走るのだった。

 たぶん、魔物と化し体躯の大きくなったカラシマさんの追跡を逃れるために。



「……とはいえ来ちゃったものは仕方ないか。ひとまず他の誰かと合流するわよ」


「あの、サクラさん?」



 すさまじい勢いで、ボクを抱えたまま走るサクラさん。

 風が耳元を過ぎる音の中、若干焦燥感漂わせる彼女を見上げ、確認するようにおずおずと問う。



「なによ。簡単な質問になら答えてあげてもいいけど?」


「アレは本当にカラシマさんなんですか? ……他に考えられませんが、イマイチ確信が持てなくて」


「気持ちは理解できるけど、間違いなくあの人よ。私たちの目の前で変異した」



 簡潔な言葉で、ボクの問いは肯定される。

 彼女はこういった時にも時折、精神的な安定を求めてか冗談を飛ばすことはある。

 けれど今の反応を見るに、どうやらこの内容に一切の誤魔化しや冗談は含まれていない。

 なのでさっきの"化け物"、あるいは"魔物"と形容される存在が、カラシマさんであるのは間違いないようだ。


 昨夜、カラシマさんとこの閉鎖区画で会った時。

 彼自身が言っていた、この身は黒の聖杯によって乗っ取られているのだと。

 あの時点で腕もその影響か真っ黒に染まっており、それはもう全身にまで及んでいると口にしていたため、たぶん黒の聖杯による支配は刻々と進んでいたに違いない。


 そして一日経ってあの姿だ。

 ……おそらくもう、彼は人の姿に戻ることは叶わないのではないだろうか。



「何人かが見てるから証言でもして貰えればいいけど、生憎と全員はぐれちゃったのよね」


「ではゲンゾーさんも……」


「オッサンは真っ先に見失ったわ。なんだかんだで一番頼りになるから、傍を離れないようにしてたんだけど……」



 その点はもう割り切ったのか、次いで同行していた他の勇者についてを口にするサクラさん。

 どうやら撤退した勇者が言っていたように、固まって行動していた時、いきなり襲撃を受け散り散りになってしまったようだ。

 ただでさえ不足しているとされる戦力、特に最も強力なゲンゾーさんとはぐれたのが痛い。



「どうにか他の勇者たちと合流して引きますか? 一旦立て直した方が……」


「それは無理。行動自体は出来るけど、ここで私たちが撤退したら、あの人は他の地区にまで移動しかねないもの」


「ではこの場で何とかするしかありませんね」


「そういうこと。今夜ケリを着けるわよ!」



 けれど再起を図るべく、この日も撤退すると言う選択肢は採れそうにない。

 今のカラシマさんを放置するのは危険と判断したサクラさんは、今夜のうちに事態を決する必要があると口にした。


 とはいえ、いったいどうすればいいのだろうか。

 さっき目の前に現れた彼の姿は、少しばかり前に見た魔物の姿に酷似していた。

 王国北東部のバランディン子爵領で遭遇した巨大な魔物。身体の大きさなどはもっと巨大であったけれど、あの時に見た単眼の魔物を彷彿とさせる姿。

 この短期間に、同じような外見を持った奇異な魔物と遭遇するという偶然はさて置くとして、アレと同じであれば相当な脅威であるのは言うまでもない。


 そもそもがカラシマさんの身体なのだ。

 勇者の中でも高次の存在である人物の魔物化、その能力はいかほどのものか。



「なんにせよ、おっさんと合流しないと始まらない」


「探し回る必要がありますね。このやたら広い無人の区画を」


「救いがあるとすれば、向こうも同じように考えているだろうってことね」



 口振りからすると、ゲンゾーさんもまた合流を考えていると確信している。

 それはきっと、彼だけでも手に余るから。多くの勇者で協力して当たらなくては、容易に返り討ちにあってしまうと。


 ボクはそんな彼女によって、再び小脇に抱えられるように持たれると、自身の目にはまるで見えぬ町の中でゲンゾーさんを探すべく、猛烈な勢いで運ばれていった。


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