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妄執の人 05


 大量に焚かれるかがり火に、大勢の騎士たちが鳴らす鎧の音。

 警戒に立つ騎士らの間では、数十人からなる王都を拠点に置く勇者たちが、各々の武器を手に周囲へ目を光らせていた。


 場所は王都の西部、再開発によって人の居なくなった区画。

 そこへと集まった騎士や勇者たちの目的はただ一つ、この区画のどこかへ潜んでいるであろう、カラシマさんを討つことだ。



「ゲンゾー殿、当該区域の閉鎖完了致しました」


「……ご苦労。万事怠りないな?」


「監視を行う騎士の小隊毎に、1名の勇者に同行して頂いています」



 討伐と言うよりも、大規模な狩りを彷彿とさせる光景。

 その指揮を執るのはゲンゾーさん。彼は軽装の鎧を着こんだ、高位の騎士と思われる人物たちを前に、ジッと人の住まぬ区画を見つめ続けていた。


 再び狂気に染まったカラシマさんから辛くも逃げ出し、ボクらはなんとか王城へと戻った。

 そこでゲンゾーさんが王へ事情を説明。ようやく事態を把握した騎士団は、王都の勇者たちへ協力を要請、カラシマさんを討つべく区画そのものを包囲することになったのだ。


 しかし逃げ出した時のことを思い出すと、ボクは少々首を傾げないでもない。

 黒の聖杯による支配を受けている状況下では、身体の自由はほとんど効かないと言っていたのはカラシマさん自身。

 けれど結局怪我無く撤退をさせてくれたのが、ボクにはあの人の意志であるように思えてならなかった。



「どちらにせよ、私たちのやることは変わらないわよ」



 そんなことをかんがえるボクへと声を掛けたのはサクラさんだ。

 彼女は後ろから圧し掛かるように肩を組み、思考を読んだかのように告げる。



「それはそうですけど……」


「あの人を救いたいっていう君の考えには個人的に同意する。けれど今となっては、もうそこを考えても意味がない」



 サクラさんはボクが口にもしていない思考へと、同意をしつつもそれを振り払うよう口にした。

 彼女はここに至っては、もう話し合い云々という段階がとっくに過ぎていると言いたいらしい。

 実際ボクもそれには同感だ。たぶん話をしようとしても、あの状態の彼とでは、言葉を交わすことすら難しいだろうから。


 そもそも既に大勢の騎士や勇者を動員し、カラシマさんが勇者殺しであるというのは広まっている。

 彼らは一様にあの人をもう敵と見做しているし、ここまで犠牲となった人数を考えれば、もう矛を収めることは叶わない。



 サクラさんとそのようなやり取りを交わし、覚悟を決めていく。

 なにせこれから行うのは、今度こそ本当に命のやり取りを前提とした戦い。生半可な気持ちでは挑めそうもないのだから。



「準備は出来たか?」



 そんなボクらの背後から、ゲンゾーさんの声が響く。

 真剣な、強張った表情をした彼は愛用の斧の調子を再確認しながら、こちらの気構えを問うてきた。



「万全。いつ引っ張っていかれても、存分に戦って見せるわよ」


「上等だ。では行くとしよう、だが……」



 場の張り詰めた空気とは相反し、サクラさんは少しばかりおどけた調子で返す。

 過度の緊張を持ちすぎていない彼女の姿に納得したか、ゲンゾーさんは重く頷き、背を向けて閉鎖区画へ向き直る。

 しかし彼はその状態で、ボクへ向けひとつの指示を出すのだった。



「お前さんはここで待っていろ。役割は包囲網の監視だ」


「ですが……!」


「お前さんが作ってるとかいう薬が、状況によって有用だというのは理解しておる。だが今回は自重しろ」



 ゲンゾーさんはボクへと、今回は同行せずこの場所で待機するよう告げる。

 包囲網の中へと入るのは、ゲンゾーさんを筆頭にサクラさんやコーイチロウなど、経験を積んだ勇者たち。

 常人では到底及ばぬ高い能力を持つ彼らが組まねばならぬほど、傀儡状態のカラシマさんを相手とするのは危険だから。

 ……本当はわかっている。今回ボクは邪魔になるだけで、たぶん居ることで足を引っ張るハメになるのだと。


 せめてもう一言、抗議の声を上げたい心情に駆られる。

 しかしそのことを自覚したボクは、口を噤み一歩歩を下げるのだった。

 そんなボクの姿を見たサクラさんは、ポンと頭へ手を置く。



「私は大丈夫だから、信用して待ってなさいな」


「……そうですね。しっかり終わらせて、朝になったらちょっと良いお酒を買って宿へ帰りましょう」


「楽しみにしてる。クルス君の奢りよね?」


「構いませんよ。これで無事戻ってくれるなら、安いものですから」



 既に愛用の大弓を手にしたサクラさんは、ボクを安堵させるべく話す。

 彼女がこう言うのであれば、もう信用する他ない。

 グリグリと頭を抑えつけてくる彼女に笑みを向け、危険な閉鎖区画へと送り出すのだった。


 サクラさんたちが入っていくのと同時に、他にも何組もが同じように閉鎖区画へ足を踏み入れる。

 彼らもまたカラシマさんを討つために集められた、有志の勇者たち。

 ただ総勢で30を超える数で、これだけ揃うというのはお目にかかったことが無い。


 あるとすれば、未確認の強力な魔物が出現した時くらいだと聞く。

 逆に言えばカラシマさんという勇者が、それだけ危険な存在と認識されている証明と言えた。



「召喚士殿、後方に陣がありますのでそちらに……」


「いえ、大丈夫です。ボクもここで監視をしますので」



 夜闇の中へ姿を消した勇者たちを見送っていると、すぐ近くに若い騎士が立つ。

 彼はずっと暗闇を眺めていたボクに、落ち着ける場所へ行くよう促すのだけれど、実際はここに居られては邪魔であると暗に言いたいのかも。

 けれどサクラさんが戻ってくるまでは待つと決めたのだ。

 そこで少しだけ下がって、警戒に目を凝らす騎士たちのちょっと後ろで、彼女が戻るのを待つことにした。



 ただ1時間、2時間が経過しても、なかなか動きらしきものが見られない。

 かがり火による灯りさえ届かぬ、閉鎖区画を覆い尽くしている夜闇。

 その内外で共に刻々と過ぎていく時間に、ボクだけでなく警戒に立つ騎士や勇者たちも次第に焦れ始めていた。


 なかなかカラシマさんが発見できないのか、それとも実はここから脱出し何処かへ行ってしまったのか。

 まさか既に交戦し、壊滅してしまったのではないか。

 そんな嫌な予感が頭に満ちてしまい、ボクはその考えを振り払うべく頬を叩くのだが、そこでひとりの騎士が声を発しながら暗闇を指さすのに気付く。



「誰か、治療をしてやってくれ!」



 騎士の指が向かう方向を凝視していると、暗い中から人影が姿を現す。

 それは2人が肩を組んで歩いているもので、片方が息も絶え絶えに、近づいて来るなり助けを求め叫ぶ。


 かがり火の近くに来るなり、ドサリと膝を着き倒れる勇者たち。

 見れば片方は肩口から大きく傷を負っており、大量に流した血によって、顔面は蒼白となっていた。

 どうやらこの暗闇の向こうでは、今まさに激しい戦いが繰り広げられているようだ。



「まずは止血だ。その後で陣に運ぶ、急げ!」



 そんな負傷した勇者の姿を見て、騎士たちは慌てふためきながらも駆け寄っていく。

 既に意識を失った片方の鎧を剥ぎ、とりあえずの止血をし、医者が待つであろう後方の陣へと運んでいく。


 ボクもまた、もうひとりの倒れた勇者に駆け寄った。

 直接の戦闘では役に立たないにしても、ボクにはお師匠様直伝の薬品を扱う技術がある。

 熟練の薬師や医者には及ばないかもしれないけれど、この場においては多少なりと手助けになるはずと信じて。


 彼へと近づき様子を見ると、それなりに負傷はしているものの、命には別条がなさそう。

 そこでとりあえず状況を問うべく、当人の意志もあって気付けを投与。

 苦悶の表情を浮かべる勇者の傷口を手当てしながら、閉鎖区画の中で何が起こっているのかを問うた。



「襲撃を受けて、全員散り散りだ。たぶん他にも負傷者が居る」


「なら助けに行かないと……!」


「無茶を言うな。あんな"化け物"相手に、お前らではそれこそ死ににいくだけだぞ!」



 どうやらあちらは、想像以上に混乱しているらしい。

 まさかサクラさんまで負傷してしまったのではと不安になり、ボクは無意識のうちに立ち上がってしまう。

 けれど勇者の彼はグッと腕を掴み、立ち上がったボクを引き止めた。


 確かにカラシマさんは、この国において勇者の中でも突出した力を持つ。

 なので彼の言うように、ボクが行ったところでなんの役にも立てそうはない。

 けれどボクはそれとは別に、彼が口にした言葉からなにか、そういったものとは別の感情を感じたような気がした。



「……化け物?」



 つい咄嗟に、無意識にその単語を反芻する。

 黒の聖杯によって憑依された、カラシマさんを討つという役割に志願した勇者である以上、彼もまた相当腕に覚えがあるに違いない。

 けれどそんな勇者が発した"化け物"という言葉からは、強い恐怖心のようなものが滲み出ている気がしたのだ。



「ああ、そうだ! アレは人じゃない、まさに魔物そのものだ」


「確かにあの人はとんでもなく強いけれど、魔物だなんて……」


「違う、違うんだ。元は俺らと同じ、あちらの世界の人間だったのかもしれない。だが今の彼は……、もう人と呼べる存在じゃない」



 痛む身体を震わせ、怯えの混ざった言葉を吐く勇者の青年。彼はジッとボクを見ながら、感情を高ぶらせこう告げるのだった。

 カラシマさん姿は既に人としての姿を捨て、魔物となっていたのだと。


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