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血洗いの園 10


 十数人に及ぶ騎士たちが鳴らす、鎧の金属音が夜闇の中へ響く。

 大抵の不審者であれば、勇猛な騎士団員の発するこの音を聞くだけで、悪さをしようという気さえ萎えさせてしまう。

 住民たちにしても、響く鎧の音が安心の合図とばかりに、心地つかせて眠りにつくはず。


 しかしここ最近に関してはそうもいかない。

 何せ相手はその騎士など、赤子の手を捻るより簡単に排除してしまう勇者ですら、いとも簡単に殺してしまった輩。

 鎧の金属が打ち合う音も、今は頼もしさより不安感を増していくようにすら思える。



「居りませんな……。今日は他の地区へ行っているのでしょうか?」


「普段よりは少し時間が早い。まだここに現れぬとは限らんぞ、気を引き締めよ」



 前を歩くカラシマさんと騎士たち。

 彼らは小さな声でやり取りをし、自身の緊張を引き締めていた。


 しかし捜索の対象、現在王都を騒がせている"勇者殺し"が、カラシマさんである可能性は十分に存在する。

 もっとも今のところ、勇者殺しは騎士たちを獲物とはしていない。

 なので取り巻く騎士たちが危険になる可能性は低そうだ。あくまでも今のところにすぎないけれど。


 ボクとサクラさんはそんな前を歩く彼らを、視界の端で捉え続ける。

 周囲を警戒しているフリをしながら、カラシマさんの同行を注視し続けた。



「クルス君、もっと周りに気を配って」


「す、すみません」



 ただ一瞬チラリとカラシマさんを見た時、サクラさんから窘められる言葉が。

 言葉の上では、単純に勇者殺しの襲撃に警戒しろと言う意味にしか聞こえない。

 けれど実際に意図しているところは、カラシマさんを見過ぎだからもう少し視線を散らすべきだというという意味だ。


 ボクは極力彼を視界に捉えながらも、焦点は別の場所へ当てるよう試みる。

 そうしていると次第に慣れてきて、視線を向けずとも監視するという、小器用な真似も出来るようになってきた。




「他の地区からも警鐘が聞こえませんな……」


「これは本当に、こちらには現れぬのかもしれん。何日かはそういう日もあったしな」



 ただしばし見回りを続けていくと、騎士たちが交わす言葉からは、安堵の色が露わとなり始める。

 もう暫くすれば、夜明けの気配が丘の向こうから顔を覗かせ始める頃合い。

 普段であればもっと早い時間に勇者殺しが現れ、発見を知らせる鐘が鳴るなりするはず。

 あるいは朝になってから、血を失い死した勇者が発見されるかのどちらかだ。


 なのでまだ警戒の最中であるとはいえ、騎士たちには安堵の色が濃い。

 少なくとも自分たちは、勇者殺しにやられる恐れが無くなったに違いないと考えたために。

 カラシマさんはそんな彼らに振り返ると、今度は窘める言葉を発することなく同意を口にした。



「そうだな。……そろそろ日が昇り始める、今日はこのくらいで引き上げてもいいかもしれん」



 カラシマさんの言葉に、騎士たちは疲労感を隠さず頷く。

 けれど彼が勇者殺しであるかもしれないと疑うボクには、もし彼が急に牙を剥いたらどうしようという不安ばかりが過ってしまう。

 なにせ"葬送の死神"という二つ名で畏怖される実力者、ここに居る全員でかかっても止められるかどうか。

 現に前回は、勇者2人がかりでも対処が困難だったのだから。



「では今夜はこの辺りで終了としようか。全員ご苦労だった、戻って少しばかりの酒でも呑んで、また夜に警戒を――」



 堅物らしきカラシマさんにしては、アッサリと解散を決断する。

 しかし彼は解散を告げようとしていた時、突然に言葉を詰まらせた。

 いったいどうしたのだろうかと思っていると、ガシリと自身の腕を掴み、少しばかり苦しそうな素振りを見せる。


 月明かりに照らされたカラシマさんの顔には、多くの汗が滴っていた。

 今は春となり、深夜であっても随分と暖かい。

 けれど初夏にはまだ遠く、こうも汗ばむような気温であるとは思えないし、なによりも明確に不調であると言わんばかりな様子だ。



「ど、どうされました? 今医者を呼んで……」



 そんな彼へと、騎士たちは動揺したように駆け寄る。

 第一線を引退した勇者ではあるけれど、彼ら騎士にとってまさにカラシマさんは遥か上の存在。

 実力的にも当然頼れるだけに、彼の不調は大きな痛手だ。



「あ、ああ……。少しだけ疲れが溜まっているのかもしれない。だが大丈夫だ、君たちはもう少しだけ警戒を続けて、そこで解散を」



 ただ少しして不調も収まったのか、カラシマさんは背を伸ばして息を吐く。

 その頃には大量に流していた汗も収まり、表情も苦しそうなものから普段の平静な様子に。

 汗の染みた上着を脱ぐカラシマさんは、騎士たちへと以後の行動を指示する。

 とはいえ突然に起こった彼の不調、騎士たちも放っておくのは気が引けたようだ。



「了解いたしました。ですがせめてご自宅までお送りを」


「気にせずともいい。もう落ち着いた、帰宅くらい1人でも十分に……」


「そうはいきません。頼りなさは自覚しておりますが、我々は貴方の護衛でもあるのですから」



 頑として首を縦に振らぬ騎士。

 おそらく彼らはゲンゾーさんから、カラシマさんが勇者殺しによって、狙われる可能性があるとでも聞いているのかもしれない。


 押しの強さに負けたか、それとも受け入れた方が話が早いと考えたか。

 肩を貸す騎士に甘え、カラシマさんは身体を預ける。

 そうしてゆっくり白さを纏い始めた夜の中、彼は家族が待たぬ自身の家へ帰っていくのだった。


 しかし戻っていくカラシマさんを見るボクの目へ、妙なものが映るのに気付く。



「どうしたのよクルス君。傷んだ木の実を踏み潰したような顔して」


「いったいどんな例えですか、それは。……実はちょっと、変な物が見えた気がして」



 ボクの表情を不審に思ったか、サクラさんは後頭部を小突きながら小声でささやく。


 騎士を伴い去っていくカラシマさん。その姿が見えなくなる直前、ボクは彼の袖に妙な物を見たのだ。

 袖から黒い、泥のようなものが滴っているように見えた。

 そいつはまるで黒の聖杯が魔物を呼び出す時に見せる、黒い粘性がある液体のよう。

 しかし今見れば地面にその痕跡はなく、眠気が見せた勘違いなのではとすら思えてくる。


 まさかと思い、ボクは自身の考えを振り払うように息を吐く。

 実際あんな物が、王都のど真ん中に現れるとは思えなかった。

 きっと毎夜の見回りに加え、昨日は昼間も歩き回っていたせいで疲れているに違いない。



「でもたぶん気のせいですね」


「そう? ならとりあえずもう少し頑張りましょ、……たぶん今日はもう大丈夫だと思うけど」



 サクラさんは軽くボクの背を叩くと、ソッと騎士たちに聞こえぬよう呟く。

 それは夜が開けつつあるというのと、カラシマさんが帰っていったことでもう安心していいという意味。

 ボクもまたその言葉に同意しながら、騎士たちについて市街を歩くのだった。



 そこから彼らとしばし行動を共にし、日が昇るまで警戒を続けた。

 夜明けとともに降り注ぐ陽射しを浴び、伸びをすると大きな欠伸が自然と漏れ出す。

 騎士たちにしてもそれは同じで、皆一様に疲労感と安堵感を伴った、どこか弛緩した空気を漂わせていた。



「ご協力感謝いたします。お二方のおかげで、無事終えられました」



 深夜の警邏が終わるなり、騎士たちの中で責任者らしき男が声をかけてくる。

 彼はこの一団の戦力を底上げし、カラシマさんが戻って以降も同行を続けたことを感謝しているようだ。

 もっともボクなどはサクラさんの横でビクビクしていただけで、これといって役に立っていたとは思えないのだけれど。



「出来ることならば、明日も同行して頂きたいところですな」


「そんな毎夜お邪魔していいものかしら。こっちとしては横入りしたみたいで心苦しと思っていたくらいなのに」


「そこはお気になさらず。それにヤツが狙う相手が相手だけに、同行して頂いた方が目的は達せられますので」



 サクラさんはそんな彼の言葉に、謙遜を込めて返す。

 ただこの騎士、なかなか正直に言う御仁のようで、勇者が警戒に歩く理由が囮という目的を多分に含んでいると打ち明ける。


 そんな騎士の言葉に、ボクとサクラさんは揃って苦笑する。

 これはなにも物言いに呆れたというのではなく、改めて自分たちの役目を自覚したため。

 なにせ実際その通りだし、わかっていて受けたのだから文句の言いようもない。


 ボクらはそんな騎士たちとしばし世間話的にやり取りをすると、現地でそのまま解散することに。

 軽く全員に挨拶し、必死に欠伸を噛み殺して手を振る。

 けれど朝の早い商人たちによる明け方の喧騒が混じり始めたその時、ふと慌ただしく馬の蹄が地面を打つ音が聞こえてきた。


 なんだか嫌な感じを受け振り向くと、遠目に見えるのは馬に乗った騎士の姿。

 近づくその騎士は、壮絶に嫌な予感を撒き散らしながら、金属鎧を派手に鳴らし馬から降りる。



「どうした、血相を変えて」



 現れた人物に、同僚であろう騎士は詰め寄る。

 彼らもまた尋常でない事態が起きており、そのため人を呼びにこの騎士が来たというのを察したために。

 なんだかとても、とても嫌な予感がする。


 ボクだけでなく、この場に居る全員が感じているであろう予感。

 駆けつけた騎士によってその正解が口にされるや否や、ボクらは眠る間もなく朝靄満ちる市街を駆けるハメになるのだった。



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