血洗いの園 09
昼を過ぎ、徐々に夕刻の気配が漂い始めた王都エトラニア。
その東側の地区で会ったゲンゾーさんと、ボクらは人通りの少ない路地を選び歩いていた。
無言のまま先頭を歩くゲンゾーさんについて、ボクとサクラさんも同じく無言で歩を進めた。
町の区画が一つ二つと過ぎていくも、彼は変わらず気難しそうな気配を漂わせている。
しかしサクラさんは遂にこの空気が我慢できなくなったか、ゲンナリとした様子で問いかける。
「それで、具体的にはどうするのよ」
「どう、とは?」
「だから勇者殺しの正体を突き止める方法。おっさんのことだし何か腹案でもあるんじゃないの?」
ゲンゾーさんがした協力の要請は、彼の親友であるカラシマさんが、勇者殺しの正体であるかどうかを探るというもの。
ただ具体的にその手段がまだ定まっておらず、サクラさんは何よりもまずそこを決めないことには、話が進まないと考えたようだった。
「本当にあの人がそうなのか、もしくは実際には別人なのか。探る手段を講じないと」
「……正直に言うと無い。直接聞く訳にもいかんし、もし仮にヤツがそうであるなら、当然はぐらかそうとする」
「ならこっそり後でもつけるしかないわね。もしその間に別の場所で勇者殺しが現れれば、晴れて無実ってことで」
これは当然だろうか、カラシマさんの正体がどちらであっても、確実に否定してくるはず。
となればサクラさんの言うように、密かに尾行でもして正体を探るというのが普通。
しかしゲンゾーさんは険しい表情で首を横に振ると、それが容易にはいかないと口にした。
「いや、尾行を付けるのは難しい」
「でも騎士団の中に、そういった任務に長けた人たちが居るんでしょう? 元勇者だとかの」
「居るには居るが、そもそもそいつらを教育したのがヤツだ。気付かれずにってのは、相当に難題だろうよ」
勇者支援協会だけでなく、騎士団の要人でもあるゲンゾーさんはその配下に、情報の収集などを専門的に行う人員を抱えている。
顔を見たことはないけれど、その人たちの中には元勇者が含まれており、能力の高さは折り紙つきであるらしい。
けれどそんな彼ら、あるいは彼女らを訓練したのが、今回の対象であるカラシマさん。
なるほどノウハウの伝授元であるのだから、通用しないと考えておくのが無難かもしれない。
「となると……、事情を知らない人に見てて貰うしかないわね。例えば、警邏に同行する騎士とか」
「そんなところだろうな。だが連中とて、いずれはヤツに疑いの目を向けかねん」
「王都であれだけの真似が出来るとなると、勇者の中でも数が限られるものね。……それを言ったら、私やおっさんもそうだけどさ」
「精々疑われぬようにするかの。万が一の時には、磨いた逃げ足の速さを披露してやるか」
何人もの勇者を屠り、昨夜などはサクラさんとコーイチロウ相手に互角以上の戦いをした。
それだけの実力を持つとなれば、知る限りこの王都ではカラシマさんくらいのもので、騎士たちが疑いの目を向けるのも時間の問題。
そこでゲンゾーさんは万が一の時には、どういう経緯か培ってきたという、逃走術を披露すると軽く言い放つ。
なにやら彼もまた、過去に色々とあったらしい。
けれどほんの少しだけれど、ゲンゾーさんのその言葉からは覇気らしきものが戻ったように思えた。
サクラさんと軽口を叩くことで、沈んだ気持ちも多少持ち直してくれたのかも。
だがその直後、彼はまたもや険しそうに眉間に皺を寄せる。
「ヤツが勇者殺しではないというのが、一番願わしいのだがな……」
これはきっとゲンゾーさんの、偽らざる本音。
長年付き合いのある親友が無実であってくれという、心からの小さな叫びだ。
だがまずはそれが事実かどうか確かめるのが先決。
そう考えたであろうゲンゾーさんは、自身に言い聞かせるように軽く頷くと、大きな通りへ出る直前に立ち止まり振り返った。
「とりあえずワシは騎士団の詰所に戻る。あとは頼んだぞ」
「頼んだって言われても。ただ騎士たちだけに任せるのもあれだし、折を見て少しは接触を試みるわよ」
「そうしてくれると助かる、極力自然にな。ワシの方もなにかわかれば使いを走らせる」
ゲンゾーさんはそう告げると、軽く手を掲げながら大通りへ消えていく。
ボクらは揃って彼が見えなくなるまで見送った後、顔を見合わせて肩を竦めるのだった。
別にあの人の要求に呆れたとか、無理難題に辟易したという訳ではないけれど。
その後ボクらは一旦宿まで戻ると、深夜までの短い時間を休息に当てた。
食事を摂って部屋へ戻り、貪るように短い睡眠を貪る。
そうして完全に日付けを回ろうかという頃、再び警戒のため夜の町へ出るのだった。
「こんな生活してたら、いずれ身体を壊してしまいます」
「……これが片付いたら、今度こそ温泉に行くわよ。結局前回は行けず仕舞いだったし」
大きな欠伸をしながら、ボクらは王都中心部の路地を歩く。
サクラさんはダルそうにしながらも、王都近郊に在る温泉地での保養を宣言した。そういえば少し前、そんな話をしたのだったか。
あの温泉地は利用するのも安くはないけれど、これだけ疲れているのだから、たまの贅沢くらいは許されてもいいはず。
「もっとも、いつ終わるとも知れないのが不安の種ね」
「では出来るだけ早く終わらせるようにしましょう。幸いにもカラシマさんはこの近くに居るみたいですし」
終わりの見えぬ状況に、サクラさんは気怠そうに弱音を吐く。
そんな時だからこそ、ボクが少しでも引っ張っていかなくては。そう考え、強く拳を握った。
それとなく騎士たちから聞いたところ、この日のゲンゾーさんは、王都西側を主に見回っているらしい。
一方のカラシマさんは、王都の中心部を受け持っているとのこと。
ボクらは疲労を抱えた身体で、あの人が比較的近場であることに安堵するのだった。
ゲンゾーさんは普段通りにしているよう言っていたけれど、ジッと手掛かりが転がり込むのを待つのもどうなのだろう。
探りを入れることによって、向こうに勘繰られる恐れは捨てきれないけれど、少しでも早く解決に進むため行動を起こすことにした。
現に毎夜のように、勇者たちは犠牲になっているのだから。
「近くに居ますね。遠巻きに窺いますか?」
そうして歩いていると、どこからともなく金属がぶつかり鳴る音が聞こえてくる。
おそらくは騎士たちの着込んだ鎧が、歩くことで鳴っているものだけれど、騎士たちが居るということは、カラシマさんが同行している可能性が高い。
ゲンゾーさんによって、極力大勢で行動するよう方針が定められているためだ。
「大人しく近づいた方がいいわね。もし気付かれた時に不審に思われるし、おっさんの話を信用するなら確実に気付かれる」
「わかりました。で、出来るだけ自然にしないと」
「緊張しすぎ。もっと楽にしないと、逆に気取られるわよ」
「そう言われましても……」
近付いてくる音に緊張し、自身でも表情が強張ってしまうのがわかる。
ただボクはその表情を解く前にサクラさんによって背を叩かれ、よろめきながら大きな通りへ出た。
大通りへ出て視線をやると、少し離れたところに騎士たちの一団が。
彼らは一様に張り詰めた緊張感を纏い、腰の剣へ手を伸ばす。
けれど現れたのが一介の召喚士であるボクであると知り、ホッとしたように息を吐く騎士たち。
「君たちもこの辺りを見回ってくれていたのか」
そんな彼らの間から顔を出してきたのは、夜闇の中でも目立つ白のコートを着込んだカラシマさん。
10人ほどに及ぶ騎士たちを引き連れた彼は、聞いた通りこの王都中心部を警邏していたようだ。
ボクに続き路地から出て、騎士たちの前に出るサクラさん。
彼女は会釈をすると、軽い調子でハラハラとする言葉を交わしていく。
「おっさ……、源三さんから今日はここだって聞いたんです。少しでもお手伝いをしようかと」
「そいつはありがたい。この者たちも実力者ではあるが、やはり勇者の手は欲しいというのが本音だ」
「一応私たちは、昨夜勇者殺しと手合せもしましたしね。到底及びませんでしたが」
サクラさんとカラシマさんのやり取りに、心臓が縮み上がる。
当の勇者殺しであるかもしれない相手。そんな人を前に、よくもこう平然と会話をしていられるものだ。
笑顔の鉄仮面を張りつかせるサクラさんを横目に、気が気でないボクはひとり動悸を速めてしまうばかり。
ただ必死に抑えつけていたはずの不安感は、自然と漏れ出していたのかもしれない。
「どうしたのだ、そんなに身構えて」
「え、えっと……」
「確かに件の勇者殺しがここに現れる可能性はあるが、その時には我々も協力する。安心して任せてもらいたい」
ボクの不安感はすぐさま、カラシマさんに看破されてしまう。
ただどうやら彼は、ボクの緊張を別の理由であると受け取ってくれたらしい。
ボクはそこにホッとすると、彼は満足そうに頷いた。おそらく別の意味で。
「では同行してもらおうか。ヤツがこの戦力を前に現れてくれるよう願って」
「お世話になるわ。もし戦闘になった時も」
騎士たちを従え、再び警戒に戻るカラシマさん。
サクラさんはそんな彼らの後ろを続き、ボクもまた早歩きとなって続く。
しかしその時に一瞬だけ、ボクはカラシマさんの表情が辛そうに歪められたのに気付く。
痛みを堪えているような、あるいは内の苦しみを抑えているような。
それがいったいどういう意味を持つのかはわからない。けれどボクにはそれが、ドス黒い嫌な予兆に思えてならなかった。