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血洗いの園 08


『――クルスったらご機――い。お願――――を直して』



 真っ暗な視界。生ぬるい湯に浸かったような思考。身動き一つできぬ身体。

 聴覚以外の五感全てが遮断された、自分が何者であるかすら定かでない気がする、何もかもが不自由な世界。

 ついさっきベッドに潜り込んだはずなボクは、突然聞こえてきたその声に、意識が奮い起こされるのを感じた。


 ああ、またこの夢か。

 前回見たのは、王都へ向かうために使った乗合馬車の上だったか。

 おそらくこの奇妙な状況は、眠っているボクが見ている夢の出来事に違いない。

 稀にある、夢の中で夢であると自覚するという状況に、知覚できない笑みが漏れそうになってしまう。


 ただ前回と異なるのは喋っている内容だけでなく、声の主がおそらく別人であるという点。

 けれどその声は柔らかで、決して害意を感じないものであるのは同じだった。



『――やはりこの――――たしでは手が付――。――前がなんとかしろ』



 しかし次に聞こえた声は、前回に聞いたのと同じ人な気がする。

 愉快そうに言葉を交わしていく2人は、おそらくボクのことについてを喋っているようだった。



『――ろ行こう。――付けて、クルスを迎――――にもね』



 またもや違う人の声が聞こえる。……今度はたぶん男。

 いったい誰なのかは相変わらず不明。けれど既視感すら感じてしまう親しみを、全員の声から感じてしまうという、なんとも不思議な感じを覚える。



『――生きて帰――。――――供の面倒を見――なんだ』



 しかし夢の終わりが近づきつつあるのか、それらの声も徐々に掠れ聞き取れなくなっていく。

 終いにはどの声の主が話しているのかすら聞き取れず、思考がゆっくりと白み始めていった。

 もう少し、この穏やかさすら感じるやり取りの中に浸っていたい。

 ボクはそんなことを暢気に考えながら、遠ざかっていく声を少しでも聞き続けようとするのだった。







 気怠い身体に鞭を打ち、昼下がりの穏やかな町をノンビリと歩く。

 一昨日に続き、昨夜も勇者殺しと遭遇したボクとサクラさんは、多少の睡眠では回復できぬ疲労感に包まれていた。


 おまけに昨夜は妙な夢を見てしまった。

 なんだか妙な内容だったけれど、目覚めてからもしっかりと記憶を保っているあの夢は、いったいなんだったのだろうか。

 ここ最近の体験が夢という形で現れたのか、それとも古い記憶が呼び起こされているのかは定かでない。


 ただそんな不可解な夢を見たというのもあって、早朝から昼過ぎにかけての仮眠程度では、まるで身体が休まった気がしない。

 それでもあえて外を出歩いているのは、とある目的を果たすためだ。

 場所は王都の東側へ位置する住宅街の中。

 そこに在る騎士団の詰所から出てきたボクらは、眉を潜めつつそそくさと路地の中へ入っていくのだった。



「手掛……、と言えるのかどうかはわかりませんでしたね」


「仕方ないわよ。とりあえず次に行きましょ、あまり時間もないし」



 騎士たちに少々聞きたい事があって、ボクらはこの東部区画の騎士団詰所を訪ねてきた。

 彼らに不振がられぬよう、偶然を装い世間話の体をとって自然に聞き出したのだけれど、結局求めていた確証は得られないまま。

 大人しく詰所を出て、なるべく早く人目に付かぬ場所へ逃げ込んだ。



「でも本当に、昨日サクラさんが言っていた通りなんでしょうか……」


「それを確かめるために動いてるんじゃない。言ったでしょ、まだ全然確証が持てないって」


「俄には信じられないですよ。……勇者殺しの正体が、カラシマさんかもしれないだなんて」



 勇者殺しと2度目の遭遇をした帰路、サクラさんが口にしたのが、この突拍子もないと思える予想だった。

 予想、というよりも空想の域なのだとは思う。それは当人も言っている事だけれど。

 ただサクラさんは勇者殺しが現れる場所を、大まかにではあるけれど的中させ、昨夜実際にボクらは襲撃を受けた。


 そんな彼女が挙げた根拠としては、まず第一にカラシマさんの"手"であると言う。

 一昨日の早朝、小さな広場であの人と出くわした時、掌には妙な傷があったのだと。ボクはまるで気付かなかったけれど。

 おそらくはサクラさんの放った矢を、直接掴み取った時に出来たのではという推測だ。



「おっさんの反応も気にかかるのよね。あの人が南の地区に現れたのも、本来の予定にない行動だったみたいだし」


「……確かにあの時のゲンゾーさんは、ちょっとだけ不審そうではありましたけれど」



 次いで引っかかったのは、この点だろうか。

 一昨日に広場で会ったカラシマさんは、本来ボクらが居た南側の地区ではない、別の場所を見回っている予定だったらしい。

 その事を知ったゲンゾーさんが、怪訝そうにしていたのは印象に残っている。


 あとはさっき詰所に入り、騎士たちから聞き出した話だ。

 昨夜ボクらが襲撃を受けていた時、本当に東側の地区に居たのかという話を、世間話交じりで騎士たちからそれとなく聞いたところ、彼は別行動であったとい証言を得た。

 これだけでは証拠とは到底言えない。けれど疑いを持つ要因にはなるかもしれない。



「これって、相談しなくてもいいんでしょうか?」


「相談って、具体的には誰によ?」


「例えばゲンゾーさんとか。あの人だったらもっとちゃんと調べられるかなって……」



 もし仮にこの想像が正しかったとして、下手に調べるのは難しいように思える。

 ならそういったノウハウと相応の権限を持った人に主導して貰った方が、より確実なのではないかと。


 しかし自分で言った直後、こんなことをゲンゾーさんに話せるはずがないと思い至る。

 なにせ彼とカラシマさんは、互いにこの国で頂点を争う勇者というだけでなく、おそらく長く付き合いのある親友同士。

 最初に紹介されたのだって、この数年で家族や相棒を失ったカラシマさんを案じてだ。

 そんなゲンゾーさんに対し、貴方の親友が怪しいから調べてくれなどと言えたもんじゃない。



「って、無理ですよね……」


「私はちょっと言い出せないわね。流石に」



 それはサクラさんもまた同じ。

 彼女はゲンゾーさんと軽口を叩き合ってはいても、最低限の所では一線を引いている。

 こんな確証も何もあったものではない状態で、ゲンゾーさんにそんな発言ができるはずはなかった。


 ではどうしたものだろう。

 サクラさんなどは立場的に、まだ例の貴族位が残っている状態。けれど人を動かして、捜査紛いの行為が行えるような権限は持たない。

 となればやはりさっきのように、コソコソと偶然を装って人から話を聞くのが関の山。


 などと考えながら、ボクはサクラさんに続いて路地を歩き続ける。

 ただ過ぎていく景色は代わり映えせず、戻るどころかさらに市街の奥へ奥へと向かっている気がしてきた。



「ところでサクラさん、何処へ向かってるんです? 中心部に戻る道からはズレてるみたいですが」


「……気付いてなかったの? さっきからずっと尾行されてるから、顔を出し易い場所に移動しようと思ってさ」



 感じた疑問を口にすると、サクラさんは平然ととんでもないことを言い放つ。

 ハッとしてつい周囲を窺うも、これといって人が居る気配は感じない。

 次いでこの反応もマズイだろうかと後悔するも、サクラさんは別段問題ないという反応を返す。



「大丈夫よ。向こうもこっちが気付いてるってわかってるし」


「もしかして、こんな昼間から勇者殺しが……!?」


「たぶん違うかな。この感じだと、そっちとは別な噂の人物だと思う」



 暢気な調子で返すサクラさんの言葉に、ボクはすぐさま誰を指しているのかを理解する。

 勇者殺しがカラシマさんであると仮定しての会話で、彼以外となると尾行しているのは間違いなく……。


 ボクがその人物の顔を思い出したところで、丁度袋小路となった場所へ入り込む。

 そこで意を決して振り返ってみると、いつの間に近付いていたのか、尾行者はその大きな体躯を露わとしていた。



「まったく、お前らは余計なことを……」


「ゴメンなさいね。別に好奇心とかじゃないんだけど、厄介事に首を突っ込んでしまう体質なのよ」



 その人はボクらを追いこむように近づき、道を塞がんばかりに道の真ん中へ立つ。

 姿を現した件の人物、ゲンゾーさんは深々と溜息をつき頭を抱えていた。



「よく私たちの動きがわかったわね」


「伝書鳥だ。前もって方々の詰所には指示をしておいた、お前らが姿を現したら連絡を寄越せとな」


「用意のいいことで。ってことは、私たちが嗅ぎつけるのも予測してたって訳ね」



 ゲンゾーさんの存在に動揺の素振りすら見せず、サクラさんは笑いながらそれとなく追及を口にする。

 するとゲンゾーさんもそれは予想の範疇だったか、アッサリと肯定。少し前から予感はしていたと告げた。


 ならば最初から教えてくれればいいだろうにと思うも、ゲンゾーさんも考えがあったらしい。

 具体的には、サクラさんがボクへ疑いを隠していたのと同じ理由で。



「でも意外。てっきり怒るとばかり思っていたのに」


「唐島がワシの親友だからか? "あいつに限ってそんな事をする訳がない。疑うなど許さん"とでも言えば良かったのか」


「……そこまでは言わないけどさ。もしかしてとっくにあの人のことを疑ってた?」



 覇気の無いゲンゾーさんの声。

 それはサクラさんがした指摘を裏付けるかのようで、彼は無言のままではあったけれど、肯定を返しているも同然の空気を発していた。

 やはり彼は、カラシマさんが勇者殺しであると疑っている。まだ確証は得ていないみたいだが。



「我ながら嫌な思考だとは思うが、真っ先に疑うべきはあいつだ」


「当然よね、なにせ勇者たちをいとも簡単に仕留めてるんだから。王都内だけを見るとそれが簡単に出来るのって、唐島さんかおっさんくらいでしょ」


「そういった意味では、ワシも十分容疑者だな。監視でもしておくか?」


「冗談。こう見えても、そっちの人となりは把握してるつもり。おっさんはそんな事をする人とは思っていないもの」



 自虐気味に笑い、自身も怪しく思われても仕方ないと口にするゲンゾーさん。

 確かにこの理屈で言えば、彼もまた勇者殺しの正体であるという可能性は捨てきれない。

 もっともこの場合、勇者としてはかなり上位の実力者と言われる、サクラさんもそうなのだけれど。


 ゲンゾーさんもサクラさんも、互いにそうではないと考えている。

 そして彼にとって、カラシマさんもまたそのような信用したい存在であった。



「そこに関しては、ワシもヤツをそう見ている。……ワシにはどうしても、あいつがこうも雑な行動に出るとは思えんのだ」


「まぁ……、王都に来たばかりの私たちですら、こうも早々に疑うんだもの。正体の隠し方が杜撰だって言うのもわかるかも」


「あいつは本来頭がキレる。もしやるとすればもっと上手く擬装するだろうし、わざわざ死体を残しはすまい。……少なくとも、あんな特異な形では」



 ゲンゾーさん曰く、カラシマさんはなかなかに頭のキレる人であるという評価だ。

 仮にあの人が"勇者殺し"であったとして、こうも人の目につく雑な手段を取るとは考えにくいという意見だった。


 ボクとサクラさんは顔を見合わせると、この考えは否定できないと頷き合う。

 加えてゲンゾーさんの口振りからすると、殺された勇者が血を抜き取られていたという点も、理解不能な一因であるらしい。

 これもまた否定できない。


 そしてゲンゾーさんはこれらの話をしたところで、足を揃え直立する。

 どうしたのだろうと思っていると、彼は骨太な身体を大きく振るい、深々と頭を下げるのだった。



「頼む。ヤツは何もやっていないと、無実を証明してやってくれ」



 深く、深く頭を下げるゲンゾーさん。

 こんなに切実そうな、逼迫した彼の姿は初めて見る。

 それほどまでにゲンゾーさんにとって、カラシマさんは情の深い親友であったのだ。


 ボクはサクラさんを横目で見る。いったいどう返答するのだろうかと。

 すると彼女は少しばかりの沈黙を経て、確認するように声を漏らすのだった。



「もしも、調べた結果望むものとは逆のものが見えたら?」


「……その時は」



 静かにゲンゾーさんを見据えるサクラさんの瞳。

 それは正確に言えば確認するというよりも、問い詰めるといった様相だろうか。

 彼の覚悟を知らなくては、協力も何もあったものではないとばかりに。


 するとゲンゾーさんは、サクラさんの意図をしかり把握したのかもしれない。

 頭を起こしキッと視線を合わせると、低く響く声で断じたのだった。



「その時は、ワシが自らヤツを止めてみせよう」



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