生命の値 05
やはり昨夜は飲みすぎてしまっただろうか。
比較的酒精の弱い果実酒だったはずなのだけど、それでも量が過ぎれば元も子もない。
元来があまり酒に強くないボクは、早朝から二日酔いに苛まれていた。
そんな少しばかり痛みと重さを感じる頭で、目の前に在る光景を眺める。
ここ港町カルテリオに到着してから2日目、今は町周辺の魔物を狩るため、城壁の上へと立っていた。
だがそんな中で思うのは、ボクが本当に必要なのだろうかということだ。
「流石は勇者さんですね。我々ではなかなかこうはいきませんよ」
外壁の上に立ち矢を射続けるサクラさんに称賛の声を上げるのは、昨日正門で出会った騎士の女性。
ただ別に彼女がボクらの魔物討伐に同行しているという訳ではない。
彼女は普段通りの職務である見回りを忠実にこなしているだけで、あくまでボクらがそこにお邪魔しているだけ。
「大したことはしてないわよ。ただ安全な場所に立って、手を動かしているだけなんだから」
「それでも……、いえだからこそです。自身も多少弓を嗜んでいますが、この距離で当てるなどとてもとても」
外壁の上から見下ろす草原には、数匹の魔物が今もなお徘徊している。
そいつらをここから射ているのだが、普通であれば弓で狙うには少々遠い距離。
しかしサクラさんには、移動する物体にかかる力を微修正し、標的へ命中させるという"スキル"が存在する。
数居る勇者たちの中でも、極一部しか持たぬこれによって、視界の及ぶ範疇であればほぼ百発百中だった。
「そういえばあの魔物、とりあえず適当に駆除していってるけど、なにか必要な部分があったりするの?」
「と仰いますと?」
「ほら、大抵は倒した魔物から使える素材を剥ぎ取るじゃない。有用な部位でもあるのかなって」
「も、申し訳ありません。わたしはいまいちその辺りに疎いもので……」
町の外壁へ近づく魔物を射るサクラさんは、ふと思い出したように騎士へと問う。
魔物から利用価値のある素材を得て、それを協会に売り金銭を得る。これはごく基本的な勇者の活動だ。
それに対し騎士たちは、基本的に魔物の相手をしない。そのため詳しくは知らないようで、彼女は深々と頭を下げていた。
「あの刃物状になった尾へ希少金属が含まれているので、採取すればお金にはなるそうですよ。肉は流石に要りませんけど」
サクラさんの後ろへ立ち、ただの荷物持ちと化してしまっているボクは、ようやく出番かと思い隣へ移動する。
そこで眼下の魔物を指さし、なんとか引っ張り出した記憶を元に口を開いた。
さきほどからサクラさんが駆除しているのは、ブレードマンティスと呼ばれる昆虫型の魔物だ。
見た目はカマキリに近いのだが、幾つか違う点もある。
大きさが人ほどもあり、本来鎌を持つ部分に腕は無く、その代わり長く伸びた尾先が鋭い刃となっていた。
その刃物状となっている強靭な尾に金属が含まれており、なかなかの高額で引き取ってもらえると聞く。
「てことは、あの尾だけ無傷ならいいのね?」
「はい、そこ以外はこれといって価値はないそうなので。あらかた片付いたら後で拾いに行きましょう」
ブレードマンティスは非常に好戦的で、なおかつ肉食。
接近して戦うには危険が伴うけれど、こうして城壁の上からであれば、その危険もほぼ存在しない。
聞いた話では空を飛ぶらしいのだが、この高い城壁を越える程には高く飛べないようだ。
おそらくその辺りを考慮された高さに築かれているのだとは思う。
なので安全な手段を放棄する理由などなく、ひたすら草原を歩く魔物に対し、高所から矢を放ち続けるばかり。
ただ昆虫に近い魔物というせいもあるのだろうか、頭へと正確に突き刺さったにも関わらず、しばらく動いた後に事切れていく様は少々気味が悪い。
「ああそうだ。ここでの魔物を狩る際の注意事項なのですが、狩った魔物の肉はすぐ燃やすか埋めていただけると助かります。死骸の臭いにつられて、厄介な魔物が来た例もあるそうなので」
女性騎士はそれだけ告げると、自身の職務である見回りを再開する。
彼女の忠告に感謝し狩りを再開するのだが、やはりボクは手持無沙汰であるのに変わりはない。
ボクに出来ることといったら、標的の魔物に集中するサクラさんに代わり、次の魔物を探すくらいのものであった。
そんなボクの心情を知ってか知らずか、サクラさんは延々とブレードマンティスを射続けた。
その後下へ降り慎重に採取した尾は、全部で20本ほど。
採取したこいつを持ち帰り、協会支部兼宿屋の主人であるクラウディアさんに見せると、彼女は棚から本を引っ張り出し、素材と本を交互に眺めながら四苦八苦していた。
「も、もうちょっとだけ待って。普段滅多にやらないもんだから、慣れてなくて」
クラウディアさんは待つボクらへ苦笑すると、熱心に秤の調整をしていく。
詳しいことは知らないけれど、おそらく明確な評価基準などがあり、それを元に報酬額が決定されている。
ボクらは基本的に、得た採取物を協会の人に渡し、ただお金を受け取ればよいだけ。
ただ評価額を出すクラウディアさんのような立場の人には、相応の経験や慣れが必要のようだった。
「前に勇者が持ち込んだ素材を見たのは?」
「……半年近く前、かな」
「そりゃ手間取るはずね。急かさないからゆっくりでいいわよ、私たちはその間に武具店を覗いてくるから」
「ゴメンねー。戻る頃には報酬を用意しておくから」
手元を覗き込み問うサクラさんへ、クラウディアさんは苦笑しながら返す。
このカルテリオという町は、基本的に年に数組の勇者が来るかどうかといった状態。
となれば経験を積もうにも、その機会が無いのでは上手くいかないのも当然か。
彼女を急かせるのも気の毒と思ったようで、サクラさんの言葉に倣い武具店へ。
先ほどだけで矢筒一つを丸々消費したため、次に備え補充を行う必要があったためだ。
ただ町の中心部に一件だけある武具店を覗いてみるも、そこは漁師が片手間にやっているという店。
当然あまり品揃えは芳しくなく、一応矢は買えるといった有様だった。
騎士は武具の全てが支給されるうえ、客となる勇者が寄り付かない以上は、商品の充実を望むのは酷かもしれない。
「てことは装備を新調しようと思ったら、余所の町へ行かないとダメか」
「そうなるでしょうね……。本当なら装備だけは、王都で揃えるのがいいんでしょうけれど」
武具店の品揃えに肩を落とした僕とサクラさんは、仕方なしに宿への道をゆっくりと歩く。
弓だけではない、例え魔物の攻撃を受けずとも、着続けていくだけで防具も徐々に痛んでいく。
丁寧な手入れをすれば長持ちはするけど、結局はいずれ買い替えなくてはならない。その時にこの町ではそれも難しい。
おそらくカルテリオに勇者が居付かないのは、こういった点も理由の一つなのだと思う。
「とりあえず矢が買えるだけ良しとしましょ。それ以外を手に入れる方法に関しては、追々考えていくってことで」
そう言ってサクラさんは宿の扉を開ける。
弓使いである以上、どうしたところで避けられない矢の消耗。それを補えるだけまだマシか。
なのでサクラさんの言う通り、そこで妥協しておかねばならないかと思い後ろに続き入る。
宿へ入ってカウンターの方を見てみれば、そこにはクラウディアさんが椅子へ腰かけていた。
どうやらなんとか作業は終わったようで、表情には安堵したような色が見える。
「お待たせ、とりあえず今回の報酬はこんなところね」
疲れた様子のクラウディアさんから、素材分の報酬が入った麻袋を渡される。
ただ想像していた以上の額となったようで、受け取った袋はなかなかに重く、中からは多くの大陸共通貨幣が擦れ合う音がした。
ウォーラビットやランプサーペントを狩っていた時の比ではない。その数倍はゆうに超えている額だ。
「計算してうちに、想像以上に金額が増えていって焦った焦った」
「よくこれだけのお金があったわね。……宿は暇そうなのに」
「こういう場合に備えてさ、協会からは報酬用のお金を預かってるのよ。でもそれが残っててよかったわ、危うく手を付けそうになってたもの」
そう言ってカラカラと笑うクラウディアさんに、ボクはどう答えを返してよいものか悩む。
流石にこれは冗談……、だとは思うが、安堵の表情はこれが理由なのかもしれない。
ともあれなかなかの額に、ボクはつい頬が緩みそうになる。
サクラさんの使う武器とスキルの相性もあって、ブレードマンティスに関しては非常に楽に狩れる。
今日は運よく大量に狩れただけの可能性もあるけど、これだけの収益を上げられるならば、しばらくこの町に居ても良いとすら思えるくらいに。
「それにしても、あんな物をよくこんな高額で買い取ってくれるものね」
「あまり詳しくはないけれど、尾の中にある金属が宝飾品の加工とかに使われるらしいのよ。そのおかげもあって、鍛冶職人がそれなりの値で買い取ってくれるのよね」
渡された麻袋を覗き込みながら、意外そうな表情をするサクラさん。
クラウディアさんはそれに微笑み、自身の知ることを話してくれるのだが、高い買い取り値にはそういう理由があったのか。
ブレードマンティスの刃物状となった尾は固いため、そのまま武器か何かに仕立て直せそうにすら思えるのだが、まさか宝飾品に使われるとは。
それにしても宝飾品か……。
ボクらが、というよりも実際にはサクラさんがではあるけど、狩った得物から作られたアクセサリーを持って、アルマに会いに行くというのもありかも。
「クルス君、それを手土産にして会いに行ったら?」
ボクの考えていることを見透かしたかのように、サクラさんは横目でボクを見下ろし告げる。
昨日あの子を預けて以降、ずっと気にしているボクの様子を知っているためだ。
その言葉に甘えさせて貰ってもいいのだろうかと考え、ボクは小さく頷いた。
「……そうですね、予算が合えばですけど」
「折角これだけの報酬を得たんだから、少しくらい贅沢をしましょ。私もたまにはそういった物を見たいし」
サクラさんはそれだけ言うと、グッとボクの腕を掴む。
そしてクラウディアさんの意味深な笑みを置いて、宿の外へと引っ張り出されてしまった。
徐々に傾きつつある太陽が落ちてしまう前にと、腕を掴んだままのサクラさんは小走りとなる。
道行く人に宝飾品店の場所を聞き、一直線に町の中心部へと向かう。
「すみません、気を使ってもらって」
「いいわよ、アルマのことは私も気になっていたし。それにちゃんとお別れしないと、クルス君はいつまでも気にし続けるでしょ」
と言ってサクラさんはくすりと笑った。
ボクはただアルマのことが心配で、つい度々それが言葉となって表れてしまっていた。
それが余計にサクラさんを心配させてしまったようで、少しばかり恐縮してしまう。
「クルス君は妙に懐かれていたし、親心でも湧いたかもしれないわね」
「かもしれません」
「これが単純に、父性に目覚めたのなら別に良いんだけどね。……正直ロリコンだったらどうしようかと」
サクラさんの言葉に肯定をすると、最後の方でなにやらよくわからない言葉を発される。
あまり良い意味の内容を語っていたようには思えないから、気にしない方がいいのかもしれないけど。
武具店と同じくただ唯一の宝飾店は、役場のすぐ近くに在った。
ただ小ぢんまりとしたそこは、どちらかと言うと大き目な露店のような店。
夕刻も近づき閑散とした広場に立つそこには、ボクよりも少しばかり年下だろうか、数人の少女たちが小さなアクセサリーを前にあれやこれやと物色している。
どれにしようか悩むような声が聞こえる様子からすると、冷やかしではなく本当に購入する目的のようだ。
あのくらいの少女たちでも買えるような、比較的安価な商品が多い店なのだろう。
「いらっしゃいませ。何かお探しの物でも?」
店先を覗き眺めていると、店員と思われる女性が声をかけてくる。
先ほどからはしゃいでいる少女たちよりも、高い単価の品が売れると見込んだのだろうか、ボクらが店に現れてすぐのことだ。
「ええ、プレゼント用に」
「そちらの奥様にですか? 素敵ですわね」
彼女は揃って現れたボクとサクラさんを、夫婦の関係であると受け取ったらしい。
おもむろに笑顔となって、棚から指輪やネックレスといった物を物色し始めた。
「い、いえ! 彼女とはそういう関係じゃないんです。知り合いの女の子にあげる物で、丁度良いのがないかと思いまして」
「あら、そうでしたか。早合点してしまい大変失礼を」
店員の女性は深々と頭を下げる。
早合点したとは言うが、案外これも商品を売る前段階の作戦に思えてしまうのは、ボクの気のせいか。
一方サクラさんは、ボクが店員の女性とする話など気にも留めていないかのように、周囲に置かれた商品へと目を遣っている。
これまで一切とは言わないものの、彼女はあまり熱心に装飾品の類に関する話をしてこなかった。
しかし案外サクラさんもまた、こういった物を好んだりするのだろうか。
「そういえば、ブレードマンティスから採れる金属を使った物はありますか?」
「ございますよ。えっと……、こちらになりますね」
店員の女性は少し周囲を見回して、台の上に置いてある商品のいくつかを提示する。
さきほど言った女の子という言葉を考慮してか、次に出してきたのは少々可愛らしい小物などだ。
告げられた価格も、想像していたよりは幾分か安いもので、宿一泊分よりも少々高いといった程度だろうか。
「その銀色の部分が、ブレードマンティスから採れた金属になりますね。私のしてる耳飾りもそうなんですよ」
店員の女性は、自身の付けている物を外して見せてくれる。
よく見れば普通の銀よりも、少しだけ光沢が強いだろうか。
店に差し込む夕陽に当たると、綺麗に反射しよく目立つ。この辺りが宝飾品としての需要がある理由のようだった。
「お気に召されましたか?」
「悪くないですね」
「それは良かったです。ここ最近その金属は品薄になっていたのですが、昨日久しぶりに勇者が町へ来てくれたそうで。ようやく供給がありそうなので一安心ですよ」
サクラさんがこの町へ来たというのは、既に噂として広まっているみたいだ。
しかしどうやら彼女は、サクラさんが件の勇者であるというのには気づいていない。
今は武具の全てを宿に置き、至って普通の恰好で来ているというのも理由だろう。
髪色という明確な見分け方も存在するけれど、この町ではそれあまり知られていないようだ。
ボクは再び商品棚へと目をやり、アルマに似合いそうな物を探す。
ネックレス、指輪、カフスなど色々とある。
イヤリングは……、あの耳につけてはおかしいだろうし、あまり少女には似つかわしいとは思えなかった。
しばし悩んで、ボクは見つけた一つの商品を店員の女性に渡す。
「すみません、これを包んでください」