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血洗いの園 06


 朝に宿へ戻り、その朝と昼を兼ねた食事を摂ってから仮眠。

 再び陽も沈もうかという夕刻に起きだし、宿が用意してくれた夕食を摂ったボクとサクラさんは、再び夜の町へと繰り出したのだった。


 夜の町へ繰り出すという表現は一見楽し気だけれど、実際にはそんな浮足立つものではない。

 なにせ向かうのは酒や女性による耽溺の場ではなく、鉄と血の臭いがする戦場。

 そして相手は何処の誰とも知れぬ殺人鬼。しかも勇者を相手に、血を抜き取ってしまうという異常な存在だ。

 そんな輩を探し、人っ子一人見えない夜道を延々歩き回るのだから、やる気なんて起きようはずもなかった。



「やっぱり誰も外に出ていませんね」


「見かけるのは警邏中の騎士と、賞金目当ての勇者くらいか」


「勇者たちの中には、騎士団からの依頼で見回ってる人も居るそうですよ。ボクらのように」



 この日も夜の町を歩きながら、ボクは不安感を誤魔化すようにサクラさんと言葉を交わす。

 ただ不安を増幅させるように、町の中には人の姿が見えない。

 それこそ騎士と一部の勇者だけ。相棒であるはずの召喚士も、ボクくらいしか見えなかった。


 その騎士や勇者にしたって、すれ違うたびにこちらを胡散臭げに眺めてくる。

 でも彼らを責められない。こっちだってその反応は同じなのだから。

 なにせどこの誰が"勇者殺し"であるか知れない状況では、見ず知らずの人を疑うのも当然だ。



「せめてその人たちと協力したいところね。賞金目当ての勇者は、共闘なんてまっぴらゴメンだろうし」


「とはいえそうはいかないでしょう。向こうはこっちが勇者殺しであると疑ってきますから」


「都合良く知り合いでも参加してればいいんだけど……」



 普通の騎士たちであれば、勇者殺しには到底敵わない。

 かといって賞金目当ての勇者は共闘などしてくれないし、騎士団の要請で出ている勇者もこちらを疑っているかも。

 なら見知った顔の勇者が居ればと思うも、そう簡単に見つかるだろうか。


 などと思っていたボクだが、道を曲がったところでバッタリ出くわした人の顔を見て硬直する。



「居ましたね」


「居たわね。こっちの要求を満たす人が」



 ボクとサクラさんは、目の前に立つ人物の姿に苦笑いを浮かべる。

 勇者であり、かつ見知った人。それも騎士団至急の腕章を付けているため、間違いなく要請を受けて警備をしている人物。

 そんなこちらの求める理想を体現した人物が、まさに目の前に現れてしまったのだ。



「なんなんだお前ら! 久しぶりに出くわすなり」



 現れた中肉中背の青年、コーイチロウはボクらの発した言葉に対し不満気に文句を漏らした。


 彼は以前、とある経緯でカルテリオで出会った勇者だ。

 ゲンゾーさんの押し掛け弟子であった彼は、師と仰ぐ人が親しくしていたサクラさんを目の仇にし、遂には勝負を挑むまでになった。

 魔物を狩った数で勝敗を決するというそれは、結局サクラさんの圧倒的勝利に終わり、紆余曲折あって大人しく王都へ帰ったのだけれど。


 もう何か月も会っていなかったけれど、命を落とすことなく勇者稼業を続けているようだった。



「久方ぶりじゃない、貴方あの後で王都を離れたって聞いていたけど」


「数日前に戻って来たんだよ、武具の新調をしにな。そっちこそ何でココに」


「ちょっと野暮用でね。すぐ離れる予定だったんだけど、ゴタゴタに出くわして協力要請されたってわけ」


「……俺と同じかよ。昨日偶然源三さんと会ってな、あの人に頼まれちゃ嫌とは言えない」



 現れたコーイチロウは困惑しつつも、自身がこうして見回りをしている経緯を口にした。

 彼にとってゲンゾーさんは弟子入りを断られた相手ではあるが、いまだ尊敬の念に変わりはないらしい。

 ただ所用で王都に来たところで出くわしたというのは、少々怪しい気がしてならない。たぶんボクらと同じく、ゲンゾーさんの目論みに引っかかったのだと思う。


 そのコーイチロウの話によれば、あの後で新たに居を移した都市で、それなりに上手くやっていけてるらしい。

 見れば武器も身体に合わぬ大斧ではなく、使い込んだ様子の見られる小剣。

 ゲンゾーさんを真似て適性の無い武器を使っていたけれど、こちらに変えてからは順調に魔物を狩れているようだった。

 もっとも当時は随分好き勝手したせいで、しばらく自身の相棒である召喚士に、愛想を付かされかけていたそうだけれど。



「もう1人はどうしたのよ。あんなに四六時中一緒だったのに」


「あいつなら西部に行った、いつまでのセットで動くわけにはいかないだろ」



 そういえばあの時、コーイチロウの側にはもう一人の勇者が居た。

 確かソウヤとかいう名の彼は、コーイチロウと違って比較的寡黙ではあったが、同じくゲンゾーさんを追って来ていた。

 彼らはほとんど一緒に行動していたので、相当に気が合っていたに違いない。


 それでも彼らが別々に活動するようになったのは、コーイチロウの言うようにずっと組んでは居られないのもあるけれど、単純にソウヤの方に交際相手が出来たからのようだ。

 そのことをサクラさんがからかうと、彼は恥ずかしそうに視線を逸らし悪態をつくのだった。



「……ところでお前ら、例の話は聞いてんのか?」


「例の? ああ、勇者殺しの手口についてね。もちろん知ったうえで引き受けてるわよ」


「よくあんな話を聞いて平然としてられるな。何人かはとっくに逃げ出したぞ」



 軽く咳払いし、からかいの矛先を逸らすコーイチロウ。

 すると彼は今回自身が騎士団から、というよりゲンゾーさんから受けた依頼についてを口にした。

 やはり彼もまた、勇者殺しによって殺された人間が、血をのきなみ抜き取られていると知っている。

 ただ彼はなんとか踏み止まっているものの、同じく依頼を受けた幾人かの勇者たちは、恐れによって王都から出て行ってしまったようだ。



「踏んできた修羅場の数が違うわよ。この程度で動じてたらとてもじゃないけど」


「ああ、噂の黒翼(ノワール)様だもんな。このくらい屁でもないか」


「その呼び方は止めなさい。次に言ったらブッ飛ばすから」


「この二つ名を嫌がってるのも噂通りか。ってか急にキレるの止めろよ、目がマジじゃねーか怖えーよ」



 以前は争う間柄だったけれど、今はもうそれも解消。互いに軽口を叩き合うようにやり取りをしていた。

 もっともサクラさんは自身の二つ名に関しては、どうしても許容できないようで、軽くコーイチロウを小突く。



「それはいいとして、貴方も西側の地区を受け持ってるんでしょう? なら手伝いなさいな」


「別に異論はねぇよ。話に聞いた限りだと、唐島さんが取り逃がしたんだろ。俺程度の実力じゃ、一人で立ち向かっても無駄だろうしな」


「決まりね。頼りにしてるわよ」



 少しばかりのじゃれ合いも一段落、サクラさんは本来の目的へ話題を移す。

 偶然出くわしたコーイチロウだけれど、ボクらにとってこれは好都合な状況。

 一緒に行動すれば発見の確率は下がる。でも勇者殺しへ多少なり対抗できるようになるはずと考えて。


 コーイチロウもまた同じことを考える。

 なにせ王国最強の一角であるカラシマさんが苦戦した相手だけに、より人数が多い方がマシなのは確か。

 ボクらは意図するところが同じであると認識するなり、頷き合って夜闇の中を歩き始めた。



 人々が寝静まるには少し早い、夜の市街地。

 ボクとサクラさん、それにコーイチロウは人の息遣いすら聞こえないそこを、警戒しながら進んでいく。

 この王都西地区にいったいどれだけの勇者たちが居るかは不明。

 けれどゲンゾーさんが南側に、そしてカラシマさんが東側を警戒している今、おそらくこの2人が西側の地区有数の戦力であると思えた。


 ただ住宅地の中を歩いていくボクは、朝に抱いた疑問が再び首をもたげる。

 どうしてもそれが気になってしまい、サクラさんの隣へ並ぶと、ソッと小さな声で問うた。



「ところでサクラさん、どうしてこっちを選んだんです? 最初は北を見回る予定だったのに」



 朝にカラシマさんと会った時点で、ボクらは今夜王都の北地区を警戒に歩くつもりであった。

 けれどゲンゾーさんと出くわした後、彼女は突然その予定を変更。どういう訳かここ西側の地区を警戒の対象として選んだのだ。



「言ったでしょ、ただの直感よ」


「確かにそう聞きましたけれど。……他に隠してる理由があるんじゃないです?」



 朝と同じ質問をぶつけてみるも、返される内容もまた同じ。

 でもサクラさんが自身の行動基準を勘だと告げた場合、本当にただの直感で動いている例はそう多くない気がする。

 大抵は何か根拠となる理由が存在し、ボクがその思考から置き去りにされているのだ。


 間違いなく、彼女は何か意図を持って西側の地区を選んだ。

 それが明確な根拠に基づいてか、それとも断片的な情報によってかは定かでないけれど。



「実はちょっとだけ気になってる事があってさ」


「やっぱり。隠し事なんてしないで、ボクにも教えてくれればいいじゃないですか」


「まだまったく確証が持てないのよ。それにクルス君、聞いたら顔に出ちゃいそうだし」



 ボクの予想は正しかったようで、サクラさんは思いのほか正直にそれを認めた。

 けれど内容までは教えてくれないらしい。ボクがそいつを知ることによって、不都合が生じる為に。



「お前ら、さっきからなにコソコソと話しをしてんだ……」



 一応小声で話してはいたけれど、前を歩くコーイチロウには多少なりと聞こえていたようだ。

 彼は振り返ると、怪訝そうに眉をしかめる。

 内容までは聞き取れていないみたいだけど、内緒の話をしてるくらいはわかる。



「いいから行こうぜ。いつヤツが現れるとも――」



 彼は若干不機嫌そうに前を向き直ると、捜索を続けるよう告げようとする。

 そんなコーイチロウの言葉に頷き歩を進める。しかしその直後、ボクはいきなり強い衝撃を受け後方にふっ飛ばされるのだった。


 自身が空中を舞っている。それはわかる。

 けれどあまりに突然の出来事に、どうしてそうなったのか、誰によって吹き飛ばされたのかもわからない。

 回る視界の中で辛うじて見えたのは、手にした短剣を両手で握り、暗がりから伸びる刃を受け止めるサクラさんの姿だった。



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