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血洗いの園 03


 シグレシア王国の王都エトラニアは、この日も強い緊張感が漂っていた。

 強靭なロープで縛られているような、重い息苦しさすら感じさせる市街を、ボクとサクラさんは並んで歩く。


 件の勇者を殺害して周っている存在が現れるのは、どうやら深夜に限った話とのこと。

 今はまだ陽が高く昇っているため、その点では多少安心なのかもしれない。

 けれども狙われかねないサクラさんから視線が外せず、ボクは歩く最中に何度も転びそうになるのだった。



「私は大丈夫だから、ちゃんと前を見なさいな」



 なんだか小さな子供へ向けられるような言葉と共に、腕を支えられる。

 そのボクの腕を掴むサクラさんは、苦笑しながらも周囲への警戒を怠らない。

 他の騎士や勇者らと同じく、彼女もまた警戒感を振り撒く元となってしまっているけれど、それは致し方ないことだった。



「す、すみません。……ところで、この辺りでしょうか。使いの人が言っていたのは」


「たぶんね。あまり王都の地理に明るくないけど、雰囲気から察するに間違いなさそう」



 体勢を立て直したボクは、軽く咳払いをする。

 そして気恥ずかしさを誤魔化すように、周辺の建物を窺い問うのだった。


 昨日ディノータさんが帰った後、少しして宿へ王城からの使いがやって来た。

 騎士であるというその人は、王都内でも最近特に事件が頻発しているという区画を教えてくれたのだが、これはゲンゾーさんからの指示であるとの事。

 つまりそこに来いと言っているも同然であり、ボクらはこの日の午前、早速そこを確認するために来たのだった。

 結局は彼の挑発によって、上手く動かされているようで癪だとサクラさんは言っているけれど。



「あった。たぶんあそこで間違いないわね」



 周囲を見渡すサクラさんは、目的の場所を見つけ一点を指す。

 そこを見てみれば、幾人かの騎士たちが集まり、何やら深刻そうな様子でやり取りをしている姿が。

 遠いせいで会話は聞こえないけれど、あそこが件の場所に違いない。


 そこで近づいてみると、騎士たちは警戒心を露わとする。

 なにせ見ず知らずの勇者が近づいてきているのだ、犯人であると疑ってしまうのも無理からぬこと。

 ただそんなボクらの身許を保証する人が、大きな声で呼び止めてくるのだった。



「おお、来たかお前たち」


「断れない相手からの呼び出しだもの。そりゃ嫌々でも行くしかないでしょ」


「悪いな、半ば無理やりな形になっちまってよ」


「また思ってもないことを。……まあ、今更だけど」



 大声で話しかけて来たのは、言うまでもなくゲンゾーさんだ。

 彼は目元に若干の申し訳なさを浮かべながら、ボクとサクラさんの肩へバシリと手を置く。


 一見する限りだけれど、一昨日会った時よりは幾分か元気になっただろうか。

 ようやく僅かな休息を摂れたおかげか、それとも強引に助っ人、つまりはサクラさんを巻き込むのに成功したためかは不明だけれど。

 ともあれいつも通り精力的な姿に、ボクはちょっとだけ安堵する。



「源三、彼女らが例の?」



 ただそんなボクらとゲンゾーさんに、ゆったりと近づいてくる影が。

 穏やかな声で問いかけてきたその人は、ゲンゾーさんの隣に並ぶと、ボクとサクラさんを交互に眺めた。

 ゲンゾーさんと同じくらいの齢だろうか。白く染まった豊かな髪を持つ中年の男性だ。



「おお、"唐島"。お前さんも来ていたのか。珍しいこともあるもんだな」


「人手の足りなさから駆り出された。騎士団の一部隊を預かって調査に来たところだ」


「早々楽隠居などさせてやれんよ。お前もたまには現場へ出るといい、ワシのようにな」



 "カラシマ"と呼ばれた男性が現れると、ゲンゾーさんは笑顔で肩に腕を回す。

 随分と気心の知れた間柄なようだけれど、呼ばれた名前からしてどうやら彼もまた勇者。

 というより、ボクはカラシマという彼の名に聞き覚えがあった。

 おそらく王都に住む人間であれば、……いやシグレシア王国に住む者なら、誰もが一度は聞いたであろう名だ。



「一応こいつらの紹介は要るか?」


「いいや。彼女の噂は度々耳に入って来ている、私だけがすれば十分さ」



 紹介の必要性を問うゲンゾーさんだけれど、彼は口元で微笑み首を横に振る。

 そしてボクらの方へ向き直ると、滑るような動作で一礼し自己紹介をするのだった。



「始めまして。私は王国騎士団の唐島亮という者、以後お見知りおきを」



 なんだかやけにカッコイイ微笑で名乗る彼は、ボクとサクラさんへ握手を求めて来た。

 その差し出された手を握り返しながら、強い緊張感を覚える。

 それも当然だ。何せカラシマという勇者は、ゲンゾーさんと並び王国最強の一角と呼ばれる人物なのだから。


 王国最強の勇者カラシマ。二つ名は"双槍の死神"。

 これは彼が2本の槍を操ることと、あまりにも早く敵を殲滅してしまう様子ところからきた"早々"、それに無慈悲なまでに敵を墓場へ送る葬送が掛かっているらしい。

 まあようするにダジャレが元なのだけれど、感性的なところから察するに、たぶん他の勇者たちによって付けられたに違いない。


 とはいえ名前に恥じぬ、尋常ではない強さを誇るともっぱらの噂。

 それは親し気にしているゲンゾーさんの雰囲気から、一角の敬意にも似た空気が発せられていることから明らかだった。



「お噂はかねがね。いずれお会いしてみたいとは思っていました」


「誉れ高き"黒翼"にそう言って貰えるとは、私も鼻が高い」


「そ、その名前はちょっと……」



 相変わらずな、外面用の鉄仮面を素早く装備したサクラさん。

 彼女はカラシマさんに笑顔を向けながら握手を返すのだけれど、直後に発された名にたじろぐ。

 まさかこんなにも高位の勇者にまで、サクラさんが疎む二つ名が届いていたとは。


 でもどうやら自然と風の噂で届いたのではなく、間近で吹いた暴風によって名が伝わったらしい。

 彼の隣に立つゲンゾーさんは胸を張り、「ワシが教えた」と飄々と言い放つのだった。



「くっそ、おっさんめ余計なことを……」


「なんじゃ、折角このワシが親切心を起してやったというのに」


「善良な親切と要らぬお節介の区別を付けてくれると、少しは助かるんですがねぇ、私としては。ていうかワザとでしょ」


「当たり前だ、ワシを誰だと思っとる。お前が動揺して右往左往する様を常々見たいと思っておったからな!」


「相っ変わらず性格の悪いおっさんね。今まで翻弄してきた分だけで満足でしょうが!」



 丁々発止とやりあう2人は、徐々にその舌を滑らかに滑らせていく。

 今は捜査に動き回っているのか、他に騎士たちの姿が見えないのが救い。

 ゲンゾーさんは威厳ある立場だし、サクラさんだって自身に抱かれる印象を気にするところ。もちろん2人とも、人が居ないとわかってやっているからこそやってるのだと思うけど。


 ただそんなサクラさんとゲンゾーさんの姿を、呆気にとられ眺めていたカラシマさんは、唐突に吹き出し笑い声を上げるのだった。



「なるほどな、源三が気に入るはずだ」



 ここまで微笑を浮かべていたカラシマさんだけれど、うって変わって破顔する。

 最初に抱いた印象は、涼やかで格好良く、平静さを崩しそうにない人というもの。

 けれどそんな空気を一変させ、今はただ親しみ易さが表に出ていた。



「やっぱり、気にいられてしまったんですかね」


「間違いなくな。我々は下手に上へ立ってしまったせいで、ここ何年もそのような態度で接してくれる者が少なくてね。源三などは特に若い娘と接したいのさ」


「あまり嬉しくはないですが……」


「そう言わず、寂しがりなこの男を受け入れてやってくれ。今では相棒の召喚士くらいしか、他に軽口を叩ける相手が居ないのだ」



 そう告げると、カラシマさんは少しだけ寂しそうにする。

 いったいどうしたのだろうかと思っていると、すぐ側でソッとゲンゾーさんが教えてくれた。

 カラシマさんの奥方と相棒である召喚士は、数年前に病でこの世を去ってしまったのだと。

 ゲンゾーさんには相棒のクレメンテさんが居るけれど、彼は気安いやり取りを出来る相手を失ってしまったようだ。



「まあそういう訳だ。こいつとも良くしてやってくれ!」


「……そういうことでしたら」


「スマンな。その代わりどこかで豪勢な飯でも奢ってやろう、当然今回の謝礼もな」



 ガハハと笑うゲンゾーさんは、ボクとサクラさんの背をバシンと叩く。

 今はもう完全に片付けられてしまっているけれど、この場が陰惨な勇者の殺害現場であることを忘れてしまいそうなほどに。


 ただどうもその様子から察するに、彼は元々ここへカラシマさんが来ると知っていたのではないだろうか。

 あえてボクらをここに呼び寄せたのは、事件解決への協力要請というのもあるが、彼と引き合わせようという意図もあったのでは。

 そう邪推してしまうほどに、ゲンゾーさんは間を取り持とうとしているように思えた。


 雲の上の存在に思えていた、王国最強の勇者たち。

 それがなんだか急に近く感じられ、ボクは内に抱えていた緊張感が霧散していくのを感じる。



「交友を持つことに関しては構わないわ。……で、ここに呼んだ目的の方はどうなってるの」


「おお、そうであったな。いや別に忘れてなどおらんぞ」


「いいから役目を教えて頂戴。おっさんのことだし、とっくに決めてるんでしょ?」



 少しばかり和んだ空気の中、サクラさんは小さく咳払いをする。

 流石に王都中が警戒感で満ちている時に、少々気を緩め過ぎであると思ったのかもしれない。

 そしてジトリとゲンゾーさんに視線をやり、自身の役割を問うのだった。



「当然。なに、お前さんらに頼みたいことは簡単だ。子供でも理解できる内容だぞ!」



 そんなサクラさんの視線をアッサリ笑い声で跳ね返すゲンゾーさん。

 彼はニカリと不敵な笑みを浮かべると、ここへ招いた表向きの理由を口にしていくのだった。



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