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血洗いの園 02


 ポカポカと暖かな陽気が、開いた窓から降り注ぐ。

 王城の近くに建つ、高価ではあるが比較的豪勢な造りをした宿は日当たりも良く、閑静な地域というのもあって非常に落ち着ける空気だ。


 そんな宿の一室で窓際に腰掛けるボクは、ふとサクラさんと一緒に旅を始めて、もう1年が経過したことに気付く。

 ここまで平穏無事とは言えなくとも、命を落とすことなくやってこれたのだ。ちょっとくらい祝いをしてもいいかも。

 となれば贈り物を物色するため、後で街に繰り出すのも悪くないかもしれない。


 などとボクは考えながら、視線を暖かな陽射しで満ちた外に向ける。

 けれど外を眺めた瞬間、ボクの穏やかで浮足立った心情は一転するのだった。



「やっぱり今日も同じか……。誰も彼も沈んでるなぁ」



 王城のすぐ近くという地域柄もあって、外を歩いているのは騎士や役人が多い。

 ただ通るそれらの人々は、一様に緊張感や警戒感を滲ませており、暖かな日差しを底冷えさせる雰囲気が満ち満ちていた。


 結局昨日は、これらがどういう理由でなっているのかを聞くことが叶わなかった。

 宿の主人にでも聞けば済むのだけれど、同じく怯えているように見える店主に聞くのが、なんだか可哀想な気がしてしまったのだ。

 ただこのまま何も知らないというのも気持ちが悪い。

 という訳で、現在サクラさんは町の中でもかなり詳しく知っていそうな人に、話を聞きに行ってるのだった。



「あ、戻ってきた」



 朝から出かけて数時間、そのサクラさんが宿へと戻ってくる姿が見える。

 しかし彼女だけではなく、隣には同じ歩調で歩く人影が。

 どうやら向こうで聞いて来るのではなく、こっちに来て話してもらう事にしたらしい。


 その2人が宿へ入り、上階にある部屋へと来る。

 そして扉を開けたところで、ボクは挨拶をするのだった。



「ディノータさん。わざわざ来て頂いてすみません」


「構いませんよ~。今は暇をして……、とまでは言いませんけど、少しだけ時間もありましたしね~」



 宿へと現れたのは、王都に住むディノータさんという亜人の女性。

 彼女は国内各地を方々歩き回って情報を集め、それを元にしたものを吟遊詩人に唄わせ、客を集めるという商いの商会に属している。

 そこで情報収集を担当しているとのことで、少し前に"嘆きの始祖塔"を探索した時にも同行していた。

 彼女であれば確かに、諸々の話題に精通していてもおかしくはない。



「あたしでお役にたてるかはわかりませんが、知る限りであればお話できますよ~」



 相変わらず間延びした口調で告げる彼女を、部屋に置いてあった椅子へと促す。

 すぐさま階下に降りてお茶を淹れてもらい、もてなすようにディノータさんへ渡すと、彼女はゆっくりとした口調で話すのだった。



「まあ、簡単に言ってしまいますと。現在王都で活動する勇者たちの、連続死事件が起きてるんですね~」


「連続死……? 事件というと、他殺って事よね」


「間違いなくそうですね~。お二方と別れて、あたしが王都へ戻った直後からですので、そろそろ半月くらいになりますか」



 のほほんとした口調で、なんとも物騒な話を口にするディノータさん。

 彼女の発した内容に、ボクとサクラさんは表情を険しくし視線を合わせた。


 言うまでも無く、異界から召喚された勇者は常人よりも遥かに強く、ボクらのようなこの世界で生まれた人間には到底歯が立たない。

 その勇者たちが続けざまに殺されているとなれば、確実に言えることが一つある。

 誰に聞いても同じ結論を持つはずだ。勇者たちと殺害している犯人は、同じ勇者なのであろうと。



「それで町中が緊張していたのね。自分が狙われるかもっていうのと、近くに居る他の勇者が犯人かもしれないっていう猜疑心で」


「まぁまだ勇者と決まった訳でもないですし、未確認の魔物が都市内に居るって噂もありますけどね~。でも大方の予想は、気の狂ったどこぞやの勇者だろうって話です」



 やはり変わらぬ口調のディノータさん。

 なるほど、道行く騎士や勇者らが発していた警戒心は、見知った知人たちに対してのものでもあったらしい。

 道理で町中が軋むような雰囲気を発していたはずだ。


 ただ彼女の話を聞いて思い出したが、そういえば以前にも同じような話があった。

 あれはここ王都の王城内で、腕利きの騎士たちが殺害されたという事件。

 あの時もやはり、ここまでの行為が可能なのは勇者であろうという噂が流れたのだったか。



「で、他には?」


「他にはと申されますと~?」


「口振りから察するに、ここまでは誰に聞いても知ってる内容なんでしょ。私たちが聞きたいのは、もっと深い部分。貴女なら何か知ってると思うけど」



 ゆっくりと茶を飲むディノータさんへと、サクラさんはグッと詰め寄る。そして更に掘り下げた内容を問うのだった。

 自分から厄介事は御免だと言っておきながら、こうも聞きたがるのは好奇心の成せる技だろうか。


 一瞬だけディノータさんはとぼけるも、サクラさんは追及の言葉を緩めない。

 彼女は彼女で、知っていても言えないことがあるだろうに。

 なので案外サクラさんがわざわざ宿へ連れてきたのは、誤魔化して逃げるのを防ぐためなのかもしれない。



「一応、騎士団からは口止めされてるのがありますけれど……」


「やっぱりあるんじゃない。さあ、大人しく吐きなさいな。悪いようにはしないから」


「それまるっきり悪党の台詞じゃないですか~。……お二方は騎士団とも関わりが深いようなので、たぶん話しても問題はないと思いますが」



 ディノータさんはやはり抵抗があるのか、少しばかり躊躇を見せる。

 何せ彼女と彼女が属する商会にとって、これは商売の種なのだ。

 けれどサクラさんの押しの強さへ遂に観念したか、深く肩を落としながら白状すると告げるのであった。



「でも絶対に他所で言わないで下さいね~、あたしが喋ったってのも。本当ならお金が発生する情報なんです」


「了解了解。自分で言うのもなんだけど、口は堅いと自負しているもの」


「自分でそれを言う人を信じていいものか……。でも仕方ないです、お話しましょうかね~」



 渋々ながら、ディノータさんは口を開く。

 彼女によると、どうやら殺されたという勇者たちは、全員が同じ形で殺害されているとのこと。

 そして殺害された姿があまりに異様であり、その猟奇的な光景から、騎士団によって戒厳令が敷かれているようだった。

 もちろんそれは、王都内に過度の混乱をもたらさないために。


 現在この件は、騎士団が多くを動員して捜査しているとのこと。

 ゲンゾーさんも騎士の多くを率いているそうで、昨日の彼がやたら疲労していたのも、これが原因のようだった。



「揃ってナイフで首元を一突き。全員死因は失血死ですね~」


「それで猟奇的ですか? 確かに酷いとは思うけど、そこまで鮮烈な印象では……」



 ディノータさんは想像上のナイフを握り、逆手に持って振り降ろす動きをする。

 ボクに対してゆっくりとされたそれは、確実に急所を捉えており、ここに一撃を食らえば確かに致命傷となってしまうはず。

 でも"猟奇的"という言葉を用いるにしては、少々表現過剰ではないかと思えた。



「おっしゃる通り。ただそれだけなら、陰惨な光景ではあっても普通の死体です。でも問題は流れた血の行き先なんですね~」


「行き先……?」


「ようするに、流れたはずの血がほとんど残ってないんですね~。まるで綺麗に洗い流されたみたいに」



 ぞわりと、ディノータさんの説明に寒気を覚える。

 なにも本当に、水か何かで流れた血を洗ったという意味ではないはず。

 かといって血が流れた場所から移動させられている、というのとは異なる意図を感じてしまったために。


 なのできっと、ディノータさんが言いたいのは言葉通りの意味。

 血が流れているはずなのに、何故かそこには血液が一滴たりと存在しないのだと。



「まるで吸血鬼ね」


「きゅーけつき、ですか?」


「私たちの世界に伝わる伝説上の……、まあ魔物みたいなものよ。襲った相手の血を吸うの」



 サクラさんが発した、聞いたことも無い単語。

 それについてを問うてみると、彼女ら勇者の生まれ育った世界では、こういった状況に該当する伝承があるようだった。

 もしやあちらの世界の怪物がこの世界に来たのだろうかと思うも、サクラさんはすぐさま否定する。

 どうやら彼女が言う"きゅうけつき"とかいうのは、空想上の存在であるそうだ。



「なるほどね、騎士団が戒厳令を敷くはずよ」


「こんな話が広まってしまえば、今の緊張どころじゃありませんね」



 ともあれボクとサクラさんは、揃って納得し頷く。

 こんな得体の知れない、とてもおぞましい事態が知れてしまえば、王都中が混乱に陥ってしまう。

 ディノータさんが属する商会も、それを理解したが故に口を噤むことにしたようだった。



「おっさんが私たちに依頼してこなかったはずよ。噂を広めたくないってのもあるけど、正体の見当がまるで付かないんだもの」


「結局は知ってしまいましたけどね。で、どうします?」


「どうするって言われても……。好奇心が先走っちゃったけど、今は聞かなきゃ良かったと思ってるくらいだし」



 サクラさんは今更ながら、反骨心から首を突っ込んだのを後悔する。

 それに関してはボクも同感だ。今からでも聞かなかったフリをして、カルテリオへの帰路に着きたいと思うくらいに。

 けれどおそらく、そうはいかない気がする。

 というよりもゲンゾーさんあたりは、ボクらが諸々全部を知ったとすぐに勘付くはずだ。



「あたしが知ってるのは、ここまでですね~。あまり首を突っ込んでも危ないので、これ以上の取材はしてないですよ」



 ディノータさんはそう告げると、茶の入ったカップを置く。

 そして口調のおっとり加減に反し素早く立ち上がり、逃げるように部屋を跡にするのだった。


 ボクらは思いのほか素早かったその動きを、無言のまま見送る。

 そして若干の後悔と困惑の混ざった空気を纏ったまま、深く息を吐くのだった。



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