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血洗いの園 01


――――――――――


 拝啓 お師匠様


 アレからもボクは、まだ忙しなく旅の日々を送っています。

 少し前までは、王国北東部に在るバランディン子爵領の領都へ、緒事情あってしばし逗留していました。

 今はようやくそこでの目的も済ませ、今は別の用事を済ますため王都へと向かっている最中。


 こちらでの用事が済めば、晴れてカルテリオへ帰れるのですが、事がそう簡単にいってくれるかどうか。

 前々から思っていたのですが、どうもボクとサクラさんは、王都と呼ばれる土地には相性が悪いようで。

 今回もまた王都エトラニアへ足を踏み入れるなり、嫌な状況に遭遇するハメになってしまうのではないか。

 そんな予感が、ヒシヒシとしてしまうのです。


――――――――――




『――もう限界だ――負荷が――――知らぬ』



 声が、聞こえる。

 頭の中へ響いてくるような、なんだかとても懐かしいその声。

 具体的に誰であるかはわからない。けれど聞いたことのある、耳に馴染んだ親しみのある声だ。


 ボクはその聞き馴染んではいるけれど、掠れて聞き取れない声の主に、誰であるかを問う。

 しかし声の主はこちらの声が聞こえていないのか、まるで関係なさそうな言葉を発するばかりだった。



『――クルス。だが――――記憶もあ――い夢だった――』



 ボクの名を口にするその人が、いったい何を言わんとしているのかはわからない。

 けれど穏やかな気配が漂う声からは、敵意らしき物は感じられなかった。

 いったいあなたは誰なのか。再度そう問いかけるも、やはり明確に名乗ることはなく、ボクは困惑するばかり。


 視界は真っ暗で、明りの一つも見えない。

 せめて顔だけでもわかれば。そう思い手を伸ばすのだけれど、伸ばした腕は突然誰かによってガシリと掴まれるのだった。




「クルス君、なにを寝ぼけてるのよ」



 ハッとしたボクは、ここで瞼を開く。

 ボンヤリとした視界の中、真正面にあるのは見慣れた顔。サクラさんの眉をしかめた表情だ。

 彼女はボクの伸ばした腕を掴み、若干の呆れが混ざった声を向けていた。



「えっと……。今のはサクラさんだったんですか?」


「やっぱり寝惚けてる」



 腕を掴む彼女によって、横になっていた身体が引き起こされる。

 霞む思考で見回してみれば、そこは揺れる馬車の荷台。

 ……そうか、さっきのは夢だったんだ。いつの間にか眠ってしまい、座席で横たわってしまったらしい。



「ほら、もうすぐ王都に着くんだから起きて」


「は、はい。すみません、いつの間にか眠ってしまって」


「別にそこはいいわよ。いい加減疲れも溜まってる頃合いだろうし」



 頭を下げるボクに、サクラさんは苦笑しながらも気にしないよう告げる。

 ここまでのゴタゴタによって、知らず知らずのうちに随分疲労が蓄積してしまったようだ。


 ボクはそう告げる彼女の言葉に安堵する。

 けれどその声が、さっき夢の中で聞こえていたそれとはたぶん異なると感じた。

 慣れ親しんでいるという点では同じ。けれど夢の中で聞こえていたのは、もっと長年に渡って馴染んだものに思えてならなかったのだ。




 大きな欠伸を一度し、頬を叩いて自身の思考を叩き起こす。

 そうして馬車の窓から顔を出し進行方向を向いてみると、その先には大きな都市の影が鎮座していた。


 見えるのはシグレシア王国の王都エトラニア。

 領都ツェニアルタから乗合馬車に揺られて数日、本来居を置くカルテリオではなく王都へ向かうのには、単純に今回の顛末を報告をするため。

 半ば無理やり押し付けられたとはいえ、一応依頼という形で報酬まで貰うのだから、そうするのが最低限の義務と考えたためだ。


 王都へ入るための門を抜け、乗合馬車から降りるボクとサクラさん。

 ただ御者に礼を言い伸びをした直後、ボクは妙な雰囲気を身体に感じるのだった。



「なんだか、空気がおかしくないです?」



 歩き始めようとする寸前、唐突に感じたのはどこか異質な空気感。

 吸い込んだ空気の質そのものには違いが無くとも、それに乗る雰囲気というか、町から漂う印象が違うような気がしたのだ。


 珍しく乗合馬車で居眠りをしてしまったくらいだ。さては長旅の疲れによる勘違いかとも考える。

 ただすぐさま隣へ立つサクラさんも、小さく頷き同意をするのだった。



「やっぱりそう思う? 緊張感というか、怯えというか……」


「どうしたんでしょう、前はこんなことなかったのに。見るからにおかしいですし、誰かに聞いてみますか?」



 道行く人々からはサクラさんの言うように、怯えにも似た空気が滲んでいる。

 王都へ暮らす勇者たちが視界に入るも、彼らもまた視線を周囲へやり、警戒感を露わとしながら歩いていた。

 普段は活気と喧騒で満ち満ちていたはずな王都の市街。

 けれど今はまるで、喪に服しているかのように静まり返っており、その異質さに困惑するばかりだ。


 これは流石におかしい。

 そう思い誰か通行人に話を聞こうかと思うも、サクラさんは首を横へ振る。



「いいえ、止めておきましょ。……王都に来て毎度毎度厄介事に巻き込まれるのもイヤだし」


「言えてます。なら速やかにゲンゾーさんへ報告して、サッサとカルテリオに帰るとしますか」


「それが最善ね。報酬も受け取らなきゃだから、帰るのは明日になると思うけど」



 これまで王都を訪れる度、妙に面倒な依頼を押し付けられてきた。

 騎士団からの依頼で貴族の屋敷に潜入したり、貴族となって王宮に入りこんだりと。

 それに今回はツェニアルタにまで行き、あんな巨大な魔物と対峙するハメになったのだ。王都絡みは碌な事が無い。

 なのでサクラさんが関わりたくないと考えるのも当然で、ボクもまたそれには同感だった。


 そこで早足となって大通りを進み、都市内を巡る交通機関を利用し中心部へ一直線。

 しかし途中で目にする市街は、やはりどこか全体的に静まり返っていて、王都で何か善からぬ事態が起きているというのが一目瞭然。

 いくら関わりたくないとは言え、話題にくらい昇ってしまうという。



「特に勇者と騎士がピリピリしてるのよね」


「みたいですね。いったいどういう事なんでしょう……」


「そこまではわからない。けれど例えば、強力な魔物が王都の近隣に出没したとか、町中に不穏分子が居るとか? 思い付くのはそのあたりかな」



 都市内に深く掘られた溝に沿って移動する、世にも珍しい温厚な魔物を用いた移動手段。

 大きな体躯を誇る魔物の背に設えた鞍の上で、サクラさんは町並みを眺めながら呟く。


 確かによくよく見れば、道を歩く騎士や勇者が特に警戒しているように思えた。

 ここ王都エトラニアは、シグレシア王国で最も多くの勇者が集まっている。

 彼らは一様に忙しなく視線が動き、何かの脅威から身を守ろうとしているように見えてない。



「たぶん、ゲンゾーさんはこの話を振ってくるのでは」


「たぶんというか、間違いなくしてくるわね。いいクルス君、もしおっさんがこの件を話そうとしたら、全力で話を逸らすのよ」


「正直自信ありませんよ。なにせ強引な人ですし」


「だとしてもよ。流石にこうも立て続けに妙な依頼をされちゃ、こっちの身が持たないもの」



 グッと拳を握るサクラさん。

 彼女は今回こそ断ってみせると、なんだか変な決意を固めるのだった。


 気持ちとしてはわからないでもない。

 騎士団や勇者支援協会で要職に就くゲンゾーさんには、これまで何度も世話になっている。

 けれど毎回押し付けられる依頼は、こちらの心身を激しく削っていく。例え報酬が多くとも、割に合わないと感じてしまうほどに。


 ならばボクも極力断ってみせようと、拳を握るサクラさんの横で力を込める。

 まだ変な依頼をされるとは決まっていないというのに、随分気の早いことだとは思うけれど。



 そうして交通機関を乗り継ぎ、エトラニア中心部の王城前へ。

 正門で警備に立つ騎士へ挨拶し、通用門から入れてもらうと長い通路を歩き、王城1階に在る騎士団の管理区画へ。

 受付へ居た女性に取り次ぎを頼むと、ボクらは応接間に案内される。

 そこでしばし腰を下ろして待っていると、件のゲンゾーさんが少々疲れた様子で姿を現した。



「……戻ったか。ご苦労だったな」



 現れた彼はボクとサクラさんの顔を見ると、簡潔にそれだけ言ってソファーに腰を下ろす。


 これまでも厄介事によって疲れた様子を見せる時はあったけれど、今回は特に疲労の色が濃い気がする。

 詳しい事情は不明だけれど、おそらく町中で漂っていた妙な緊張感と無関係ではないはず。

 とはいえゲンゾーさんには悪いけれど、ボクらだってそれは同じ。早々に退散するべく、早速領都ツェニアルタでの経過を説明していくのだった。



「国境越えという肝心な時に、未知の巨大な魔物か……。偶然とは思えんな」


「普通に考えたら、あまりにも向こうにとって都合が良すぎるもの」


「アバスカルが魔物の出現を操作する術を持っていると?」


「さあ? そこら辺は、そっちで判断して頂戴」



 アバスカル共和国へと、密偵を送り込もうとした矢先に現れたのが、誰も見たことのない巨大な魔物。

 ただ仮定の話ではあるけれど、もし向こうがそれを察知して魔物を放ったとすれば、多少なりと説明のつく状況。

 もちろんいくら黒の聖杯を召喚した国かもしれないとはいえ、そうであるという確証はないのだけれど。


 サクラさんはその可能性を言及するゲンゾーさんへと、肩を竦め明言は避けた。

 いくら当事者であろうと、わからないものはわからない。

 それにここで下手に見解を述べようものなら、今後もこの件に関わり続けてしまうハメになるだろうという予測があってだ。



「それもそうだな。ご苦労だった、報酬に関しては受付に居るお嬢ちゃんに聞いてくれ」



 サクラさんがそんな反応をしたためか、ゲンゾーさんは諦めたように息を吐く。

 そして報酬のことをさらっと口にすると、卓上に置いてあった茶をゆっくりと飲むのだった。


 てっきりもっと粘って、今の状況について関わらせようとすると思っていた。

 なのにアッサリ諦めたのが意外で、ボクとサクラさんはつい顔を見合わせてしまう。



「……外での件を話さないのが意外か?」



 ただゲンゾーさんはボクらの思考などお見通しとばかりに、苦笑いを浮かべながら呟く。

 こちらが外の異変に気付かないとは、彼だって思っていないようで、変な依頼をしてこないか警戒しているのも想定内らしい。


 サクラさんは疲労の色が強く滲むゲンゾーさんの弱々しい声に反応したか、キョトンとした表情で返す。



「まぁ、正直言うとね」


「いくら何でも、お前さんらにばかり負担をかけすぎだからよ。本音を言えば協力してもらいたいが、今回ばかりは自重することにした」


「……また珍しい。いつもならお役目優先、こっちの都合なんてお構いなしなのに」


「迷惑ってのもある。だがこの件に関しちゃ、単純にお前さんたちの手にも余るだろうって判断だ」



 ダラリと、ソファーへすがるゲンゾーさん。

 彼が疲労から来る欠伸交じりに発した言葉に、サクラさんは眉を顰める。

 手に余るという言葉を、あまり愉快に感じなかったようだ。



「ちょっと聞き捨てならないわね。今まで私たちは、散々騎士団に協力してきたってのに」


「悪い悪い。別にお前さんらが弱いと言ってる訳じゃないんだ、ただこれに関しちゃ少々勝手が違うもんでよ」


「何が何だか。事情を話してもらわないと」



 ついさっき逃げると言っていたのに、今は簡単に手のひらを反してしまうサクラさん。

 自ら厄介事へ首を突っ込もうとする彼女に、ボクは声に出さず嘆息する。

 ゲンゾーさんの言葉が若干挑発気味であったとは言え、時折現れる彼女の負けん気の強さが、こういう状況で発動してしまうとは。


 とはいえそれを問われたゲンゾーさんだが、徐々に眠気が強くなってしまったらしい。

 もう体力の限界だ、話をするより休息を摂らせてくれとばかりに、座っていた応接間のソファーへ寝転んでしまう。

 ゲンゾーさんの大きな体躯によって、ソファーが軋みながら沈み込む。



「何が起きているかなんてのは、王都に住む人間に聞けば教えてくれる。まずほとんどの人間が知ってるからよ」


「まぁいいけど。にしてもおっさんがこうも疲労困憊だなんて、余程の大事なのね」


「齢のせいもあるがな。……ああ、そうだ。一応忠告しておくが、町中を移動する時は可能な限り大きな通りを歩け、昼間にな。それと宿はちゃんとした所を選べよ」



 ゲンゾーさんはそれだけ告げると、ゴロンと背を向けてしまう。

 そしてすぐさま大きなイビキをかき、深い眠りへと落ちていくのだった。

 なんだか子供に向けるような忠告に、ボクらは困惑を隠せない。


 ともあれ揺すっても起きないであろうゲンゾーさんを置き、応接間から出て行く。

 外に居た受付のお姉さんと報酬に関してを相談し、支払いの方法だけを決めると、ボクらは王城を跡にするのだった。



「あ……、さっきの受付の人に何が起きてるか聞けばよかった」


「別に宿に着いてからでもいいんじゃない? 大抵の人は事情を知ってるような口ぶりだったし」



 王城を出て、一応ゲンゾーさんに言われた通り大きな道を歩く。

 ボクはそこでようやく簡単なことに気付くも、サクラさんはノンビリとした調子で返す。


 ただ横目で見てみれば、彼女の神経が若干張り詰めているのに気付く。

 何事が起きているかは不明でも、この王都内が危険な状況にあるというのは事実。

 そのため念の為に、警戒を怠らないことにしたらしい。



「しかしよくよく騒動に事欠かない町ね」


「おかげでこっちの懐は温まってますけどね」


「報酬はもうちょっと安くてもいいから、面倒がない方がいいわよ。私は」



 王城に近いというのもあって騎士が多く、王都内でも特に治安の良好なこの区域だけれど、やはり漂う空気には緊張感が満ち満ちている。

 そんな場所を歩き宿を探すサクラさんは、どこかゲンナリとした様子で息を吐いていた。

 彼女は咄嗟に首を突っ込んでしまおうとした自身の行動を後悔しているようで、ボクはそれに対し、つい乾いた笑いを浮かべてしまうのであった。



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