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睨む黒 07


 名も無き単眼の魔物を打ち倒した勇者たちは、そのまま魔物を召喚したと思われる、黒の聖杯捜索に奔走した。

 一方のボクら召喚士は、負傷者を連れ領都ツェニアルタへ引き返し、報告を兼ねて勇者たちが戻るのを待つことに。

 ただ結局戻ってきた彼女らが持ち帰ったのは、発見ならずという報告だった。


 それそのものは仕方がない。

 今回は実際にその姿を見た訳ではないし、基本的には発見すら困難であると言われる物なのだから。

 これまで4度も破壊を成功してきた、サクラさんとボクの幸運だか不運だかが異常と言っていい。



「当面、この件は保留となるでしょうな」



 国境地帯に大量発生した魔物と、そこへ出現した巨大な魔物の討伐から一夜明け、ボクらは領主邸の応接間で腰を下ろす。

 ボクとサクラさん、それにベリンダとミツキさんを前にし、疲労の色を濃くし口を開くのは、この地を実質的に治める執事のリガートさんだ。

 彼は魔物の出現によって混乱した領都を落ち着かせるため、夜通し動き回っていたようだった。



「この件、と言うとどの辺りまでを指すんですか?」


「ほぼ全てです。出現した魔物の正体、黒の聖杯の行方、失敗に終わったアバスカル共和国への潜入。これらをひっくるめてとお考えください」



 そんな疲れた様子のリガートさんから、嘆息混じりに告げられたのは、諸々全てが上手くいかなかったという結論だった。

 本来は彼の言う、共和国への潜入工作を手伝うため、ボクらは遠路はるばるこの地へ来た。

 けれど結果的に、それは徒労に終わるハメとなってしまったらしい。



「もちろん、報酬はお支払いします。……少々色を付けて」


「口止め料ね。了解」


「話が早くて助かりますな。これは貴女方にも、同様に支払わせて頂きましょう」



 明確に、この件を決して口外せぬようにと口にするリガートさん。

 とはいえ元よりこの話を余所でする気など毛頭ない。そのくらいの分別は付いているつもりだ。

 彼が報酬の増額を口にしたのは、あくまでも念押しをしたに過ぎない。


 彼はベリンダとミツキさんの方を向き直ると、彼女らにも同様に口止めを頼む。

 本来は部外者であるはずの2人だけれど、ここに至ってはもう立派に関係者。口外すればどうなるか知れたものじゃない。



「わ、わかりました。でも……、勇者を失った人たちにはどう説明を?」


「可哀想ではありますが、彼らには説明が出来ません。今回はあくまでも突発的な、新種の魔物が発生しただけと話しておきましょう」



 しかし魔物の討伐へ協力してくれた、この町に居を置く勇者たちはその限りではない。

 アバスカル共和国が、黒の聖杯発生の大本であるという説。そして今回の強力な魔物が、それに関わっているのではという想像。

 これらは到底口外できるものではなく、それは例え勇者を失い悲観に暮れている彼らであっても同じのようだった。

 ベリンダたちが聞かされたのは、あくまでも否応ない事情があったためだ。



 その後リガートさんから一通りの説明をされたボクらは、立ち上がるとそのまま部屋へ戻ることにした。

 昨日の疲れが残っているからという事で、リガートさんが気を利かせてくれたために。


 部屋へ戻る途中、屋敷の窓から外を窺えば、祭の片づけが進められている市街地の風景が。

 結局魔物の出現によって、祭そのものは途中で中止となった。

 いずれその続きをという話ではあるけれど、祭を催した本来の目的が達せられず仕舞いであった以上、たぶんその続きをする日は来ないのかもしれない。



「クルス君、私はちょっと出かけてくるから」


「どうしたんです?」


「一応は今回の主賓だからさ、リガートさんと一緒に中止のお詫びをしに周ってくるつもり」



 ただ部屋へ戻る途中、サクラさんはボクを呼び止めると、突然の外出を口にする。

 彼女が悪いなどとは、誰も思いはしないはず。けれどそういうのとは関係なく、挨拶の一つもしなければいけないようだ。


 ボクはそれに対し頷き納得すると、部屋へ戻っていると告げる。

 しかしサクラさんは少しばかり渋い表情を浮かべ、「その前にやることがあるでしょ」と呟くのだった。



「えっと、どういうことです?」


「あそこ。一歩踏み出せずにいる子を、放っておく気はないわよね」



 意味深なサクラさんの指さす方向、窓の外に見える屋敷の門へと視線を向ける。

 普段通りな、警備の騎士が若干名立つばかりな光景。ただ騎士たちから少し外れた場所で立つ、ベリンダの姿が見えた。


 そのベリンダは、ミツキさんと何やら深刻そうに話しこんでいるようだ。

 まだ宿に戻っていなかったのかと思うも、直後チラリとこちらの方を向いたベリンダと視線が偶然に合う。

 すると慌てて顔を背ける彼女だけれど、意を決したように屋敷の中へと入っていった。


 なんとなく、サクラさんの言わんとすることは理解できた。

 そこでボクが小さく頷くと、彼女は激励を込めてか頭をポンと叩き、屋敷の外へ向かうべく廊下を歩いていくのだった。



「クルス!」



 そのサクラさんが廊下を歩いていき、階段の下へと姿を消していく。

 と同時に入れ替わるように、反対側の階段から上がってきたベリンダは、ボクの姿を見るなり大きな声で呼ぶ。


 彼女は小走りとなって近づいてくると、ガシリと腕を掴む。

 かなり急いで来たのだろう、軽く弾んだ息を整え、真に迫った様子で尋ねてくるのだった。



「……ねえ、あんたいつこの町を出るつもり?」


「明日か明後日には帰ろうかなって。ここでの役割は終わったし、いつまでもお屋敷に厄介にはなれないから」



 若干たどたどしい、ベリンダのなんとか絞り出した問い。

 この町の住人でないボクらは、いずれ本来居を置くカルテリオに帰るというのは、ベリンダも重々理解している。

 けれどどうしても離れ難いのか、不満気な表情を浮かべ異論を口にした。



「サクラって一応、領主様の養女なんでしょ。気にせずここに居ればいいじゃない」


「そうはいかないよ。知っての通り、あくまでもこれは仮のモノなんだから。それにカルテリオに、面倒を見てる子を預けたままだしさ」



 ベリンダのことは、召喚士見習いとして騎士団に入った時からの"親友"であると思っている。

 親しい相手と度々顔を合わせられるなら、それに越したことはない。

 けれどだからといって、この地でのんびり長居をする訳にはいかないのだ。カルテリオでは、アルマが首を長くしてボクらの帰りを待っているのだから。


 それにあの町で家を貰い受けたのは、あそこを拠点として活動するという大前提があってこそ。

 騎士団からの依頼という名目があるからこそ、町を長期間離れたりはしているけれど、それだって度が過ぎれば呆れられてしまう。

 だからこそ、ちゃんとボクらは帰らなければ。



「ね、ねぇクルス……」



 ベリンダはボクが町を離れると告げると、若干沈んだ様子を見せる。

 沈むベリンダに対しどう声を掛けたものかと考えていると、今度は顔を上げジッと目を合わせる。

 そして彼女は強い口調で顔を寄せると、問い詰めるように口を開くのだ。



「あんた、サクラのことをどう想ってんの」


「どうって……。そりゃボクが召喚した勇者だし、当然大切に考えているけれど」


「そういう意味じゃないわよ! もっとこう、深い部分で!」



 思い切りはよくとも、少々要領を得ないベリンダの問い。

 ただ以前であればともかく、今のボクには言わんとしていることくらい理解できる。

 つまりベリンダはこう言っているに違いない。サクラさんの事を、異性として好きなのかと。


 たぶん……、いや間違いなくと言っていい。ボクはサクラさんに対し、相棒の勇者へ向ける以上の好意を抱いている。

 それは憧れという側面を多分に含んでいるけれど、ベリンダの意図するところを肯定するものなのだと思う。

 下手に見た目が良いのもあって、男たちに言い寄られるサクラさんにヤキモキしたのも、一度や二度では済まなかった。



「……大切な人だよ、とても。今のボクにとっては誰よりも」



 こんなこと、決して当人に言えたものではない。

 けれどここに至って、ベリンダにまではそれを隠すことなど出来はしなかった。


 ボクは今の時点で口にできる、最大の感情を表す。

 するとベリンダは一瞬だけ悲痛さ漂う表情を浮かべたかと思うと、再び顔を伏せてしまう。

 彼女の肩に当てるべきかどうか、所在なさ気に漂うボクの手を余所に、ベリンダは俯いたままで小さく声を漏らした。



「もしさ……、もしもアタシと……」


「もしも?」



 消え入りそうなベリンダの声。

 いったい彼女が何を言いたいのかはわからない。けれど精一杯抱えている物を吐き出そうとしているように思えた。

 ボクはそれを聞かなければいけないと考え身構える。

 ただベリンダは言い澱んだ後で顔を上げると、目を若干潤ませ、大きな声と共にボクの胸を突き飛ばすのだった。



「……ううん、なんでもない! 次に会う時まで無事でいなさいよ」



 叫ぶように告げるベリンダは、尻餅をついたボクを前に告げる。

 彼女は背を向けると小走りとなって、屋敷の廊下を走り階段の方に行ってしまうのだった。


 ただ階段の手すりへ手を掛けるベリンダは、一度振り返ると大きく手を振ってくる。

 そしてまた暫くの、次にいつ会えるとも知れぬ別れの言葉を吐くのだった。



「元気でねクルス。それとたまにはアタシにも、手紙の一枚でも書いてよ。お師匠さんに出してるみたいにさ!」



 そう叫ぶともう一度手を振り、駆けて階段を下りていくベリンダ。

 彼女はそのまま屋敷を飛び出すと、正門の側で待っていたミツキさんと合流、あとは一度も振り返ることなく市街地の方へ消えて行った。


 立ち上がったボクは屋敷の窓越しに、無言のままでベリンダを見送り続ける。

 最後に彼女が何を言おうとしていたのか。おぼろげながら浮かぶ幾つかの可能性を想像しながら、見えなくなったベリンダへようやく手を振り返すのだった。



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