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睨む黒 05


 見上げる程に巨大な単眼の魔物。

 そいつに攻撃を仕掛けた勇者は、自身を拘束する触手によって、身動きすら許されず口へ放り込まれていった。

 魔物の口へと消えていく姿に愕然とするも、まだ助かるかもしれないという希望を元に、サクラさんを始めとした残る勇者たちは、救出を試みようとする。

 しかしそんな淡い期待は、直後に岩山へ響いた音によって掻き消されてしまう。


 バキリ、という固い物を砕く音。

 おそらく肉を通り越し骨へ達したであろう、魔物の咀嚼音に背筋が凍る。

 あれを聞いてしまえば断言する他ない。もう助けるのは不可能なのだと。



「……距離を取って。あの触手に捕まったらお終いよ!」



 けれどサクラさんはそんな戦慄の音が響く中、周囲に居る勇者たちへ後退を指示していた。

 彼女の言う事はたぶん正しい。ここまで欠片も存在に気付かなかった触手が、突然に体表から現れたのだ。

 易々と勇者一人を拘束し無力化するそれは、目下最も警戒すべき物となっていた。



「散れ、散れ!」


「逃げるんだ、捕まりたくなけりゃ急いで――」



 彼女の言葉へ反応し、他の勇者たちは一時の逃走を図る。

 ただ対峙したまま距離を取るのであればともかく、逃走のために背を向けたのがいけなかったのかもしれない。

 再び顔面から細い触手を無数に生やした魔物は、背を向け無防備となった勇者のひとりへと、鞭を振るうが如く触手を唸らせた。


 彼は直前でそれに気付くも、反応が遅れ拘束される。

 悲鳴を上げるその勇者は勢いよく引っ張られ、哀れまったく同じ命運を辿るのだった。



「ベリンダ、ボクらも引こう」


「で、でもミツキがまだ……」


「今ここに居ても、皆の足手まといになるだけだよ。絶対に背を向けないように、少しずつ下がるんだ」



 鎧や武器ごと勇者を咀嚼する、嫌な音が乾いた空気に響く。

 犠牲となった勇者らの相棒たる召喚士たちの、悲痛な表情も目に入るがそれを思考から追いやり、ボクはベリンダへと後退を口にした。


 当然まだ魔物の背には、ミツキさんが掴まって攻撃を仕掛けている。

 下手をすると彼女もまた触手の餌食となってしまいかねないため、ベリンダが離れるのを嫌がっているのも、気持ちとしては理解できた。

 けれど今ここにボクらが留まったとして、いったい何が出来るというのか。

 精々が触手の囮になるくらいか。……いや、むしろ戦う彼女らの邪魔になるだけだ。



「わ、わかった。今だけは」



 ベリンダもそこばかりは否定できなかったか、大人しく後ずさる。

 ただ口惜しそうに唇を噛み、ボクの服をグッと掴んでいることから、納得していないのは明らかだった。


 けれどとりあえずはこれでいい。

 今は自分たちの命が優先。ミツキさんを助けるのは、そこから冷静さを取り戻して考えればいいのだから。



「クルス君、何か案はない?」



 大きく跳躍し退いたサクラさんは、ボクらの近くへと降り立つ。

 愛用の大弓へ矢を番える彼女なのだけれど、魔物に狙いを定めることなく、下ろしたままで対策についてを訪ねてきた。



「急に触手を見せたことから察するに、一つだけある目が弱いってのは間違いないと思うんです」


「おそらくね。でも簡単にはいきそうもないわよ。さっき2度ほど矢を射たけれど、両方ともあの触手に絡め取られた」


「なら余計に怪しいですね。……かと言って打つ手は今のところ浮かびませんけれど」



 いつの間にやら、サクラさんは弱点と思われる目へ攻撃を行っていたらしい。

 しかしその攻撃は易々と防がれ、打つ手に悩んでいるようだった。


 サクラさんの大弓から放たれる矢は、分厚い全身鎧でも容易に貫く破壊力を持つ。

 当然速さだって相当な物で、さっき見た勇者の突進とは比べ物にならない。

 でもそんな矢を触手は易々と絡め取り、へし折って地面に落としていったのだという。



「この人数じゃ戦力が足りないかも。一旦撤退して、増援の要請でもする?」


「悪くない話です。でもその前に、ミツキさんを無事に降ろさないと」


「変に思い切っちゃったせいか、頑張って食らい付きすぎてるのよね。無理やりにでも引きずりおろさないとダメか」



 サクラさんはそう言って軽く息を吐くと、愛用の大弓をボクへと押し付ける。

 一人で支えるには余りにも重い、ズシリと身体が軋む程なそいつを受け取ると、彼女は軽い足取りで前へと進む。

 そして2歩3歩ほど小さく歩いた後、一気にその速さを増した。


 周辺に転がる大岩の上で跳ねるように、瞬く間に単眼の巨獣へ接近。

 高い位置から鋭く迫る触手を易々と避け、グルリと足下から背後へ回り込む。

 そして大きな岩を足場として魔物へ飛び乗ると、スルスルと登りミツキさんの近くへと移動してしまうのだった。



「なんって器用な。まるでサルね」


「それ、サクラさんに聞かれたら怒られるよ……」



 ベリンダは簡単に魔物の身体をよじ登るサクラさんに、呆れ混じりに口を開く。

 ボクは一応窘めるのだけれど、彼女の言う言葉も若干否定はできず、苦笑を漏らすことしかできなかった。

 ミツキさんはかなり苦労して登っただろうに、あれでは立つ瀬がないというものだ。


 そんなこちらの感想などを余所に、サクラさんはミツキさんの近くへと移動する。

 遠目ではあるけれど、彼女らは何事か言葉を交わしている様子が見えるため、たぶんサクラさんが一時の撤退を促しているに違いない。

 若干逡巡するような素振りをするミツキさんだけれど、説得が功を奏したのか、機を窺い揃って魔物から飛び降りるのだった。



「まったくあの子ったら、なんでサクラの言う事はアッサリ聞くのよ」


「結果的にそれで上手くいってるんだし、いいんじゃないの?」


「……納得いかないわ」



 ただベリンダとしては、自身が止めようとしても聞いてくれなかったのを、サクラさんが言って普通に降りてきたのが気に食わないらしい。

 憮然とした表情となり、ゆっくり交代しながらも不満を口にする。



「ともかく今は、あれをどうするか考えないと」


「そ、そうね。やっぱりここは逃げた方がいいのかな……」



 ミツキさんが降りたことに、ひとまずの安堵はある。

 けれど彼女が地面を踏みしめて、それで万事解決とはいかない。

 なにせ単眼の魔物はまだ健在。むしろ碌に致命傷となる傷の一つも与えられておらず、現状成果なしと言っても過言ではないのだから。


 ボクは6脚の脚を振り回し大暴れる魔物と、それらから逃げる勇者たちを視界に捉えつつ、ゆっくり後退しながら思案する。

 本音を言えば、このまま町に逃げ帰って援軍の要請をしたいところ。

 しかし領都には碌な戦力がなく、当然他所の都市から援軍が到着するには早くても数日を擁る。


 さらに到着するまでの間に、高い確率で魔物は領都ツェニアルタを襲うかもしれない。

 ここで足止めを続けるのだって、既に2人の勇者を減らした状態では到底不可能。

 ただベリンダは何かを決意したかのように歯を食いしばると、スッと他の召喚士たちの方を向き、ハッキリとした声で指示を出す。



「お願い、町まで走って報告をしてきて」


「し、しかしこの場を捨てる訳には」


「酷なことを言うようだけど、勇者を失った貴方たちに出来ることはないわ。ここはアタシたちに任せて」



 彼らはつい先ほど、魔物によって相棒たる勇者を失った召喚士たち。

 最初こそ呆然としていたけれど、やはりそれなりに長く魔物を狩ってきた経験からか、徐々にではあるが冷静さを取り戻しつつあった。

 そんな彼らに、ベリンダは伝令役を任せようというのだ。


 実際のところ、勇者を失った彼らに補佐する相手が居ないのも事実。

 この場でまったく何もできないなどとは言わないけれど、長年共に戦い言葉無くとも意思疎通の出来ていた相手あもう存在しない。

 きっとその差は大きく、逆に負の効果を与えてしまいかねなかった。

 彼らにしてもそこは理解しているようで、渋々ながらベリンダに頷き返す。



「頼んだ。だが一つ頼みがある、出来ることならば……」


「わかっているわ。あいつをぶっ潰せばいいんでしょ、仇討ちとして」


「だが無理はするなよ。第一に君たちの勇者には生き残ってもらわねば」



 勇者を失った2人の召喚士たちは、思いのほか早々に割り切って撤退を始める。

 彼らとて口惜しいに違いない。それでも自身がここに残るよりも、報告に走った方がまだ良いと判断し、泣く泣く受け入れてくれたのだ。


 残った勇者たちは、そんな彼らを補佐するべく遠巻きながら魔物へ立ち向かう。

 背を向けられず、ゆっくりとしか移動できない彼らが見えなくなるまで。



「とは言ったものの、いったいどうしたらいいか皆目見当もつかない」



 ボクはサクラさんの弓を預かりながら、効果のありそうな薬品を鞄から再度物色しつつ、魔物を見上げ観察する。

 勇者を失った召喚士たちは退避した。けれど彼らの仇たる、魔物を倒す術はいまだ不明なまま。

 何か手がかりはないだろうかと、隣へ立つベリンダと共に魔物を、そして戦い続けるサクラさんやミツキさんを観察する。


 ただふとサクラさんが、自身へと向かってくる触手を短剣で払い切ったのを見て、ボクは妙なことに気付く。

 触手が切られた瞬間、僅かではあるけれど魔物が悲鳴に近い呻り声を上げた気がしたのだ。



「クルス、今なんか変じゃなかった?」


「ボクもそう思う。流石に切断されれば痛みくらいは感じるのかな……?」



 ベリンダもまた同じ感想を抱いたようで、怪訝そうにサクラさんの方を指さす。

 見れば矢を射ても簡単に絡め取る触手も、それそのものが刃である短剣などに関しては、そうもいかないらしい。

 絡め取ろうとするも切られ、その度に痛みを覚えているような反応を示していた。


 ただ何も短剣だけが効果を表すという訳ではないらしく、ミツキさんが大槌を振るって触手を弾いた瞬間も同じ。

 それを見たボクは、雲を掴むような可能性が頭へ過り、襷に掛けた自身の鞄へと手を伸ばす。

 厄介だと思った触手が、逆に打開の一助となるのではと。



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