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生命の値 04


 ボクらが昼食を摂るべく入った店は、昼間は食事処としても営業している酒場だった。

 魚を求め港町へ来たのだ、ならば折角の機会、魚介の類を食べないことには始まらない。


 それにこの町では当然ながら、肉よりも遥かに魚を使った料理が安く提供されているらしい。

 これまでに見たこともない安価な数字が看板へ踊り、ボクは少しだけ浮足立つ気持ちであった。



「サクラさん、これなんてどうです。美味しそうですし、料金も安い」


「と言われてもね……。私はまだ文字が読めないから、クルス君適当に注文してくれないかな」



 そうであった。元来この世界の住人ではないサクラさんが、こちらで使われる文字を解するはずはない。

 なにせ召喚後まだたったの1か月少々、覚えるのが早い人であっても、流石にこんな短期間では難しいか。



「それじゃ選んじゃいますね。すみません、コレとコレとコレをお願いします。あと果実水を2つ!」


「……思った以上に乗り気ね」



 置かれたメニュー表と、混雑した店の中で漂う料理の匂い。

 これらを前にしてしまえば、辛抱を続けるのは難しく、ボクはつい意気揚々と注文をしていく。

 そんな姿をテーブルに頬杖着くサクラさんは、苦笑しながら眺めていた。


 最初に運ばれてきた果実水を口にし、しばし料理が出来上がるのを待つ。

 そうして運ばれてきたのは、水揚げされた魚を塩焼きにしただけの物や、魚介の骨や貝で作ったスープなど。

 どれも非常に芳しい香りを放っており、早速口にしてみればどれも美味しく、酒場の片手間に営業してる訳ではないことに安心した。



「どうですか。勇者たちは大抵、魚介の味にうるさいとは聞きますけれど」


「悪くないわね。味付けはもちろん向こうと違うけれど、こっちのも好き」



 いわゆる"ニホンジン"と呼ばれる勇者たちは、どういう訳か魚の味へ妙なこだわりを持つ傾向があると聞く。

 そこで恐る恐るサクラさんへ感想を聞いてみると、彼女は柔らかな笑みを浮かべつつ、肯定的な言葉と共にスープを啜っていた。


 良かった。長旅を経て辿り着いた先の料理が、サクラさんの口に会わなければどうしようかと思っていただけに。

 ボクはこれまで肉を主として食べる地域に住んでいたけど、サクラさんがこれだけ美味しいと言ってくれるのであれば、海沿いの地域も悪くはないと思えてくる。



 値段に反し思った以上に満足した料理を食べ終え、ボクらは出された茶を飲み一心地着く。

 ただそこで先ほどのことを思い出したのか、サクラさんは若干険しい表情を浮かべた。



「でもあの対応は流石にないわね」


「ああ、さっきの役人ですね」


「昼時を邪魔したのは悪かったけどさ……」



 そこからサクラさんはしばし、酒でも入っているかのように不満をぶちまける。

 ただこれは役人への不満以上に、アルマへの心配が表に出た結果であるようだ。

 せめて別れの言葉くらい、しっかりと交わさせてもらえれば、サクラさんもこうは不満を持たなかったろう。



「アルマは……、これからどうなるんでしょうか」


「さてね。ここの役人たちが真っ当で、ちゃんと家族を探してくれるのに期待するしかないでしょ」



 それもそうか。サクラさんに聞いても判る訳がない。

 実際彼女の言う通り、ボクらに出来ることなどといったら、アルマの故郷が見つかって無事帰れるよう祈るくらいのもの。

 アルマと一緒に居た期間は、精々が2日程度。しかし一緒に食事をし、隣り合って眠れば情も湧く。

 実のところ役場の前にたどり着く直前、ボクは現実としてありえない考えを抱きかけていた。



「クルス君……。もしやと思うけれど、自分たちであの子の家を探してあげたいだなんて考えてないでしょうね?」



 聡い彼女の事だ、このくらいはお見通しだった。

 もしかして顔に出ていたのだろうかと、ボクは誤魔化し混じりで苦笑をする。



「そりゃあね、あれ程までに懐かれたら、そういう考えになってもおかしくはないけどさ……。でも実際問題として無理よ、私たちは魔物を探して狩り歩くような生活を送るんだから」


「……はい」


「ここからどういった土地に移るとも知れないから、偶然あの子の故郷に近付く可能性もある。でももしアルマが他国の出身だとわかったら? クルス君がこの国の騎士団に属している以上、簡単には行けないでしょう」



 サクラさんはボクに対し、容赦なく現実を突き付けてくる。

 確かにこんな常に危険と隣り合わせで、いつ命を落とすとも知れない稼業。小さい子供を連れるなんて不可能だ。



「だからあえて言うわ。諦めてあげなさい」



 きっとサクラさんは、ボクを想って言っているのだろう。

 ジッとボクの目を見つめ、静かな口調ながらもそう言い放った。

 その言葉を受け、ボクは肩を落とし俯く。彼女の言っていることは、間違ってないと思うから。



 その後少しばかり言い過ぎたと思ったのか、サクラさんはどこか気まずそうにする。

 そんな空気が続くのにも耐えかね、すぐさま会計を済ますと、勇者支援協会の支部へ向かうことにした。


 酒場の給仕へ場所を聞くと、意外にもそれは店のすぐ真向い。

 そこで酒場をでて正面の建物を見るのだが、ドコをどう見てもそれはただの宿屋にしか見えず、揃って首を傾げる破目になった。



「協会の支部っていうのは、ほとんどこんな造りをしてるの?」


「そんなはずはないと思いますけど……」



 これまで居た町の協会も、半分は宿や酒場を兼ねた場所であった。

 ただここは外観からして完全に宿屋だ。それに入口へかかっている看板にも、堂々と宿を表す文字が記されている。



「とりあえず入ってみましょうか。もし間違いだったら、また聞けばいいんだし」


「そ、そうですね。すみません、どなたかいらっしゃいますか?」



 ここでジッと眺めていても始まらない。

 そこで足を踏み入れて人を呼んでみると、すぐさま奥から人が出てくる。

 姿を現したのは、ラフな格好をした若い女性。その人は入ってきたサクラさんを見るなり、ニコリと笑みを浮かべる。



「あら珍しい。勇者がこの町に来るなんて何か月ぶり?」



 最初に発した言葉は、正門の女性騎士とほぼ同じもの。

 やはりこのカルテリオという港町、随分と長い期間勇者を迎え入れることが出来ずにいたようだ。



「えっと、ここが協会でいいんですよね?」


「ええ、もちろん。そうは見えないだろうけど、れっきとした勇者支援協会のカルテリオ支部よ」



 目の前に立つ女性は、悪戯っぽい笑みを見せながら笑う。

 間髪入れずに答える様子からして、過去に訪れた他の勇者もまた、同じような質問をしてきたのかもしれない。


 クラウディアと名乗ったその女性は、各地に在る勇者支援協会支部の多くは、基本宿屋として運営されているのだと告げた。

 単純に協会支部としての機能だけだと、勇者が少ない町であった場合、普段何もすることがないというのが理由であるそうだ。

 クラウディアさんにしても、そもそもが協会の職員ではなく宿の主。

 勇者が滞在している間だけ、協会支部の役割を委託されているのだという。



「一応ウチ以外にも宿はあるけど、ここで泊まってくれると嬉しいかな。協会と一緒になってるから色々と便利だし、勇者と召喚士なら割引もしてあげる」



 言葉の最後に、「うちは協会の本部から補助金が出るからさ」と付け足す。

 なるほど勇者一行に関しては、泊めると国から一定額の金銭を受け取れるようだ。

 一旦受付のカウンターへ戻るクラウディアさんは、身を乗り出してボクらへ宿泊を勧めてくる。



「今決めてくれるなら、毎朝の朝食量もオマケしてあげる。それに一番広い部屋を用意するし、お湯だって毎夜格安で出すわ」


「えっと……」


「ここまでしてくれる宿は他にないって。次に来た時には、こっちの気も変わってるかもよ?」



 クラウディアさんの売込みは、なかなかに必死だ。

 ここに入った時から思っていたのだが、どうにもこの宿は閑古鳥が鳴いているらしい。

 勇者は滅多に訪れず、街道は整備されていても交易の主要な経路とは外れている。

 そんな中で折角訪れた客だ、逃す気はないのだろう。



「それじゃあ……、お願いします」


「はい毎度あり~。いや助かったわ、元々観光客が来るような土地じゃないし、行商人とかは商人組合が提携してる宿に泊まっちゃうのよね。おかげでうちにはお客が来やしない」



 それでどうやって経営しているのだろうとは思うが、だからこそ協会の支部としての機能も付加しているのかもしれない。

 この様子を見る限り、それでもギリギリのようだけれど。

 ただボクらとしては、余所よりも安くて利便性が良いなら文句はなかった。



「それじゃあとりあえず、部屋に案内するわね。もう午後だし、今日は魔物を狩りに行かないでしょう?」


「あ、はい。今日はもう町に居ようかと」


「了解。じゃあお部屋だけど、……1人1部屋でいいのよね?」


「ええ、それは無論」


「そうよね、もし貴方たちがそういう関係だったら、一緒の部屋が良いかな~って思っちゃって」



 なかなかにとんでもないことを言ってくる。

 ボクは少しだけ赤面しながら、必死になって否定するのだが、クラウディアさんはニヤリとしながら「本当かな~?」と言って軽くからかってきた。


 なんだろう、この感じは。若干サクラさんと似ている気がする。

 いつの間にかボクはお客という立場から、からかわれる近所の少年のような扱いへと変わってしまっていた。



「私はそれでも良いんですけれど、彼がなかなかその気になってくれなくて」


「さ、サクラさんも何言ってるんですか!?」


「あらあら困ったものね。それならいっそ一緒の部屋にすれば進展するかしら? もちろんベッドはひとつで」



 クラウディアさんと一緒になり、悪乗りをするつもりなのだろうか。

 外用の仮面を取り払ったサクラさんは、ニヤニヤし背後から調子を合わせてくると、クラウディアさんもそれに反応し返す。


 部屋へと案内される途中、ボクは狭い廊下で前後を年上の女性たちに囲まれ逃げ場がない。

 ついさっき顔を合わせたばかりで、言葉もほとんど交わしていないはずである彼女らは意気投合したかのように、連携してちょっかいを掛けてくる。

 どうもこの二人、冗談の個性が似通っているようだ。


 そういえば騎士団の施設に居た時も、備品担当のお姉さんや先輩召喚士たちから同じようにされていた。

 甚だ不本意ではあるけれど、ボクにはからかい易い雰囲気でもあるのかもしれない。

 ただあえてそんな中で安堵したのは、会話の内容に反し部屋がちゃんと2つ用意されていたことだろうか。




 一旦部屋へ入り荷物を置いた後、少しの間小休止を挟むこととした。

 ベッドの上でノンビリと身体を横たえ、外へ夜の帳が降りた頃になって、ボクとサクラさんは再び向かいの酒場へ移動する。


 クラウディアさんによると、朝食くらいなら宿でも出せるが、夕食になると少々難しいので向かいの酒場を利用して欲しいとのこと。

 食事代金は宿代に含まれている。提示された宿代を見ると、前に居た協会の宿よりは高いが十分に許容範囲内。

 おそらく普通に他の食事つきな宿へ泊まるより、ずっと安いはず。



「確かに美味しいとは思うのよ。でもなんていうか……」


「どうしました?」



 獲れたての新鮮さ故にだろうか、魚からは生臭さはなく、しっかりとした弾力もある。

 だが炭で焼き塩を振った魚を口にしていくサクラさんは、美味しいとは言うものの、どこか物足りない様子だ。



「醤油と大根おろしが欲しい」


「異世界の調味料かなにかですか?」



 なんとも切実そうな面持ちで、大きく息衝くサクラさん。

 聞けばショーユは豆から作った液体の調味料で、ダイコンオロシは根菜を擦ったものらしい。

 豆から液体が生まれたり、根菜を擦るといった発想はボクの中には存在しない。

 あえて擦るといえば、麦を粉にする時くらいのものだろうか。



「あとはやっぱり刺身ね。あれも醤油が無いと物足りないけど」


「どういう物なのか、いまいち想像できませんが」


「ようするに生魚よ。新鮮なのを薄く切って食べるの」



 サクラさんを含め勇者たちの出身地は、こちらと随分異なる文化を持つらしい。

 ただ流石に生魚をというのは信じられず、ボクはつい手にしたフォークを落としそうになる。


 こればかりはボクも耳を疑ったのだが、偶然話しを聞いていた酒場の主人がする話では、この町では意外にも食べられているようであった。

 水揚げした直後の魚でしか出来ないそうだが、塩と香りの強いオイルをかけて食べるらしい。

 まだまだボクの知らないことは沢山あるものだと思い知る。

 サクラさんは意気揚々それを注文しようとするも、酒場の主人に今は出せないと言われ、少しばかり凹んでいた。



「ところでアルマは、ちゃんと食事しているでしょうか」


「……まだ気にしているの?」



 そんなやり取りを行う中、ふと思い出し呟いたのは、役人に預けた少女のこと。

 既にボクらは役目は終え、然るべき相手に頼んだとはいえどうしても心配になる。

 アルマを預けた役人が、なんとも頼りないというのも理由の一つではあるが。


 寂しい想いをしていないだろうか、ちゃんと眠れるのだろうか。そういったことをついつい考えてしまう。



「今のところ、私たちにしてあげられることなんて無いんだから」


「それは判っています……」


「ならしばらくしてから、また会いに行きましょう。その時にあの子がまだこの町に居ればだけれど。居れば会えるだろうし、居なければ進展があって移動したってことでしょ?」



 その言葉はなんとかボクを元気づけようと、サクラさんが精一杯絞り出したものに思えた。

 ならばボクもこれ以上、サクラさんに心配をかけるのは気が引ける。



「……そうですよね。今度手土産でも持って会いに行きましょう」



 ボクがそう言うと、サクラさんは少しだけ満足したかのような視線を向け、酒場の給仕へと追加の注文を頼んだ。

 注文しテーブルに置かれたのは、果実酒の入った酒壷。そしてコップは2人分。

 それへ並々と液体を注ぎ、ボクへと手渡し微笑むサクラさん。

 今日は少しくらい、彼女の勧めに従うのも悪くないと思えた。


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