睨む黒 03
廃墟である砦内の魔物を片付けたボクらは、そこから脱出し少しばかり北へと向かった。
そちらこそが魔物の大量発生している場所であり、ミツキさんや領都ツェニアルタに居る他の勇者らが戦っているであろう場所。
その加勢を行うべく急ぎそこへ向かう途中で見たのは、砦の中に居たのと同じく、四肢を砕かされ絶命した騎士たちの姿。
どうやら伝令として町に戻ってきた騎士以外は、不運にも全滅してしまったようだ。
ということは、目論んでいた国境越えは失敗したと考えていいのかもしれない。
「サクラさん、見えました!」
「承知。ここで放り出すから、食われないように追いかけて来なさい」
当然勇者の走る速度に追いつけるはずもないボクは、サクラさんに抱き抱えられながら進む。
猛烈な勢いで飛ぶように駆ける彼女の腕の中で、前方に見えたそれを指差した先に見えたのは、大槌を振り上げ魔物へと迫るミツキさんの姿。
そして彼女からちょっとだけ離れた箇所で、大剣や槍を手に奮闘する他の勇者たちの姿であった。
「……出来るだけ丁寧にお願いしますね」
「注文の多い。ともかく他に召喚士が居るはずだから、そっちの護衛もお願いね」
サクラさんはそう告げると、走りながらもボクを放り出す。
そして自身の弓へと矢を番え、跳躍しながら魔物の1体へ向け射放つのだった。
一方のボクはと言えば、放り出された勢いのまま地面を転がる。
ただサクラさんは投げ捨てる場所は選んでくれたようで、転がったのは柔らかな草が茂る芝生の上。
一応起き上がって鞄の中を確認すると、納めてあった小瓶の類は軒並み無事。
そのことに安堵する間もなく立つと、考える間もなく走り出し、近くに見えた数人の人影へと近づいていく。
「無事ですか!?」
「あ、ああ。こっちは問題ない」
駆け寄って声をかけた相手は、ツェニアルタに居を置く召喚士たち。
彼らは自身の相棒である勇者らが戦うすぐ近くで、勇者を補佐するために動いていた。
ただそれなりに経験を積んでいるおかげか、魔物が近くに居るというのに案外落ちついたもの。
それに勇者らも着々と魔物を討っているらしく、既に相当数を減らしているようだった。
なのでこちらが加勢に急ぐ必要もなかったらしい。
「俺たちはリガート執事に頼まれて来たんだ。バランディンのお嬢さんに加勢して欲しいってな」
「それで急いで来たんだが……、どうして急にここまでの数が。普段は沸いても精々が4体かそこらだってのに」
加勢に駆けつけてくれた召喚士らは、困惑を露わとする。
やはりこの地は大型の魔物が出現する代わり、その数は然程多いとは言えないようだ。
この数十に及ぶ魔物の大量出現が、ただ事でないというのは言うまでもなく、減りゆく魔物の数とは関係なく彼らの警戒感は強い。
「確か君たちは、既に何度か"黒の聖杯"を破壊しているのだったか。噂には聞いている」
「ええ、おそらくこの近辺にも存在するはずです。これだけの数、自然繁殖したとは考え辛いので」
「なら探し出して破壊することが出来れば……」
彼らは魔物を生み出す未知の存在、黒の聖杯をサクラさんが幾度か破壊していることを知っていたようで、どこか期待を込めた視線をボクへ向けてきた。
なにせ1度でも黒の聖杯を破壊した勇者は、相当に名が売れる。
この国に居る勇者の中で最も破壊経験が多いのは、確か5度ほどを成したゲンゾーさんであるはず。
なので今現在、コルネートでの件も含めて計4つを破壊してきたサクラさんは、国内有数の勇者であるという評価になりつつあった。
彼らが自分たちもと期待するのは無理からぬこと。
「……どうやら終わったようだぞ。流石は黒翼、瞬く間に5体も魔物を屠るとは」
「俺たちも負けてはいられんな。まずはアレを探そう」
「ああ、早い者勝ちだ。こっちが先に見つけても恨むなよ」
彼らの内一人が発した言葉に、ボクは勇者たちの方を向く。
見れば数十居たと思われる魔物は、そのほとんどが倒れ骸を晒しており、勇者たちは生き残りが居ないかと周囲を警戒していた。
中には無傷のまま立つサクラさんも見え、ホッと胸を撫で下ろす。
けれど他の召喚士たちは、また異なる思考をしていた。
彼らは勇者たち以上に周辺を探り、魔物を生み出したと思われる黒の聖杯探しに躍起になる。
ただボクはそんな彼らを見つつ、なんとなくではあるけれど、嫌な感覚を覚えていた。
「終わったわよ。とりあえずこれで全部みたい」
「……そ、そうみたいですね。とりあえず一安心ですか」
「どうしたのよ?」
魔物を片付け終え、サクラさんは軽快な動きで近づいてくる。
そうして発した言葉へ頷くボクなのだけれど、彼女は普段とは異なる気配を感じたか、怪訝そうな表情を浮かべる。
変に隠し立てする必要もなく、黒の聖杯を探し始めた他の召喚士たちを指し、事情の説明をする。
するとサクラさんは納得したように苦笑し彼らを眺める。
彼女もまた他の召喚士たちの気持ちが、多少なりと理解は出来たようだ。
「なるほどね。逆の立場だとそう考えるのが普通かも」
「ボクらはボクらで、戻って完了の報告をするとしましょうか」
「本来の目的は失敗したみたいだし、ひとまず誰かが行かないと。……ところでクルス君、ベリンダはどうしたの?」
突如として現れた魔物の群れによって、国境を越える任を持った騎士たちは倒れてしまったので、本来の目的は達せられずに終わったと言っていい。
その騎士たちの遺体だって回収して貰う必要があるため、一旦ツェニアルタへ戻って報告をしなくては。
黒の聖杯探しは、他の召喚士たちに任せておくとして。
ただサクラさんの口にした、ベリンダの名にハッとする。
そういえば集まっていたはずの召喚士たちの中に、ベリンダの姿が無い。
さっきは見えていたミツキさんの姿も今は見えず、彼女らがこの場にないのは明らかだった。
「マズイわね。もしあの子たちだけだと……」
「えっと、何か問題でもあるんですか? ミツキさんだってそれなりに腕は立ちます、そこいらの魔物程度なら相手にならないのでは」
「考えてもみなさい。アバスカルに人を送り込むのはなんのため? そんな状況で、突然に魔物の大量発生だなんて出来すぎ」
ボクは多少楽観的な見解を示す。けれどサクラさんの方はと言えば、まったく逆の考えだった。
けれど言われてもみれば、この状況でこんな大量の魔物が現れるのはおかしな話。
単純に不都合な時期に不都合な事態が起こったというだけでなく、魔物が大量発生したという点がおかしい。
アバスカル共和国に密偵を送り込むのだって、黒の聖杯を召喚したのがかの国であるという疑いから。
そこまで考えたところで、ふと妙な考えが思考をよぎる。
もしかして共和国は、黒の聖杯に関してこちらよりもっと多くを知っており、制御する術を持っているのではと。
そしてこれはもしや、人為的に引き起こされているのでは。という考えだ。
もしそうであれば、魔物の発生はこれだけで終わらないかもしれない……。
「私も考えすぎだとは思うけどね」
「そ、そうですよ。いくら何でも……」
突拍子もない発想だとは思う。人が魔物の出現を制御するなど、あり得ないことだと。
サクラさんもまた、それが馬鹿げた考えだとは思ったようだ。
けれど彼女自身かぶりを振って嫌な考えを振り払おうとしていた時だ、ボクは否応も無く、とても強い悪寒を感じたのだった。
背筋を震わせる寒気にも似たそれに顔を上げる。
するとサクラさんもまた、同じ感覚を覚えていたようで、鋭い表情で周囲を見渡していた。
ただこの気配を感じたのはボクらだけではないようで、黒の聖杯探しへ躍起になっていた、他の召喚士や勇者たちすら足を止め動揺混じりに周囲を探っている。
「サクラさん、これはいったい」
「わからない。でも警戒はしておいて、ただ事じゃないと思う……」
基本的に戦いを生業としているせいだろうか、勇者や召喚士といった存在は、妙に勘が働くなどとは言われる。
言葉にするのは難しい、まさに第六感としか言いようのないそれは、当然確実に当たるとは言えないし、外れる場合だって多々ある。
だが寒気すらもよおす強い予感に加え、他のほぼ全員が同じように嫌な気配を捉えているのだ。気のせいで済ますのは逆に難しい。
警戒を口にするサクラさんと背を合わせ、ベリンダとミツキさんを探しつつ索敵に視線を行き渡らせる。
ただそんなボクらを嘲笑うかのように、突如空気を震わす巨声が襲い掛かるのだった。
「な、なんですかこれは!?」
「北の方角ね。そう遠くない」
圧し掛かるように響くその声は、強く重く、肌へと苦みを感じるかのように痛い。
鼓膜と脳を揺さぶり、身体の重心を狂わせ、召喚士たちを地面に跪付かせる。
ボクはなんとかそれに耐え、フラつく足取りのまま霞む思考をなんとか手元に手繰り寄せると、サクラさんの告げた北の方向へと視線を向けた。
次いで聞こえてきたのは、声ではなく強い打音。
……いや、これは何かを打ち付けたことで発生した音ではない。おそらく足音だ。
断続的に響くその音の"主"は、岩山を凝視するこちらの期待に応えるかのように、ノソリと姿を現す。
だがボクは現れた魔物と思われるそいつの威容に、言葉すらなく息を呑むのだった。




