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睨む黒 02


 戦闘の準備を整え、同じく戦いへの用意を済ませたベリンダとミツキさんと合流。

 ボクらは揃って領都ツェニアルタの北門を抜け、アバスカル共和国との国境地帯へと急いだ。


 サクラさんがボクを、そしてミツキさんがベリンダを抱え、勇者の高い身体能力を駆使し馬を超える速さで駆ける。

 そうして瞬く間に辿り着いたのが、隣国との睨み合いを続けていたような大昔に、最前線の防衛拠点として設置された砦だった。

 今ではほとんどが朽ちてしまい、ほぼ廃墟同然のそれ。

 ただ実際のところ、現在でも国境監視の任で使われるそこへは、常に数人の騎士たちが常駐しているはずだった。



「ちょっと、誰か居ないの!」



 その砦へ辿り着き中へ入るなり、サクラさんは大きな声で騎士たちを呼ぶ。

 けれどシンとした空気が震えるばかりで、居るはずの騎士らからは何も返ってこなかった。。

 まさか出現したという魔物を討伐に行ったのかと思うも、リガートさんの話によれば、ここに居る騎士たちは勇者でもなんでもない。

 なので魔物に立ち向かうはずはないのだけれど……。



「クルス、あれ……」



 いったい彼らは何処へ行ってしまったのだろう。そう考えていたボクの袖を、ベリンダが引っ張る。

 彼女は掠れた声と震える指先で、ある一点を示す。

 なんだろうと思い暗がりの向こうに在るそこを凝視すると、徐々に暗さへ慣れてきた目は、奥にあるそれを捉えた。



「さ、サクラさん、アレ!」


「わかってる。ミツキ、武器を構えて! 周囲の警戒を怠らないように」



 ベリンダが指した先に何があるのか。それを理解した瞬間叫ぶも、サクラさんは僅か前に状況を把握。隣へ居るミツキさんへと指示を出した。

 暗がりの中に見えたのは、多量の血を流し息絶えた騎士の姿。それも盛大に四肢を砕けさせ、バラバラとなった姿だった。

 まず間違いなく、巨大な魔物によって潰された状況。


 ボクらはその光景に背筋を寒くすると同時に、背を向け合って周囲を警戒する。

 今はまだ真昼間ではあるけれど、砦の内部は広く建物の陰となって暗い個所が幾つも存在する。

 大きな瓦礫も散乱しているし、人の数倍程度の大きさであれば十分隠れられるはず。


 まさか既に魔物が砦にまで潜入し、ここの騎士たちを襲っているとは。

 本来であれば、それほど凶暴ではないはずなこの地域の魔物がしたであろう行動に、ベリンダとミツキさんも動揺を隠せないようだった。



「……居た。大窓の陰」


「こっちも見つけました。崩れた扉の向こうです」



 周囲を警戒する中、勇者である2人は早々に隠れている魔物を発見する。

 ただ1体だけではなく2体。それも隠れてこちらを窺っているようで、重苦しい緊張感に鼓動は早まっていくばかり。

 とはいえサクラさんは落ち着いたもので、僅かな緊張は滲んでいるものの、ほぼ平然と以後の行動を口にした。



「この場は任せて頂戴。そろそろ他の勇者たちも来てくれるはず、そっちと合流して外の魔物をお願い」


「ですがこんな障害物だらけの場所で……」


「その点は心配無用よ。それなりに広いし、弓を扱うには問題ないって」



 心配そうに異論を口に仕掛けるミツキさん。

 けれど小さく首を振ったサクラさんは、自身の大弓を構え矢を番え、軽い調子で返しつつ射放った。

 弓から離れた矢は鋭く飛び、砦の大きな窓へと向かう。

 矢が窓枠から飛び出たかと思うと、瞬時に軌道は大きく捩じれ、壁一枚隔てた陰へと消えていく。サクラさんが持つ、飛翔する物体の軌道を修正する"スキル"の効果だ。


 すると同時に、鈍い鳴き声が届く。

 おそらく壁の陰に潜んでいた魔物を、矢が穿ったのだろう。



「こういうこと。わかったら早く行ってあげなさいな」


「わ、わかりました。どうかご無事で」



 易々と1体の魔物を屠ったサクラさん。彼女のしたそれに納得したか、ミツキさんも頷きベリンダの手を取る。

 引かれる手によって、砦の入り口へと向かう2人。

 ただベリンダはちょっとだけ待ってもらうよう告げ、ボクへと駆け寄る。そして手をグッと握ると、真っ直ぐに視線を合わせ声に力を込め告げるのだった。



「クルス、あんたも怪我なんかするんじゃないわよ!」



 僅かに、彼女の表情からは迷いらしきものがよぎる。このままボクらを置いて行っていいものかと。

 けれど自身の相棒であるミツキさんもとへと戻ったベリンダは、迷いを振り切り走って砦の外へ飛び出していった。


 そんな彼女らを追い、物陰から現れた魔物が襲い掛かろうとする。

 だが直前でサクラさんが反応し、進路上に矢が突き刺さり、追い縋る動きは阻害された。

 当然ながら、魔物の警戒はこちらへと向けられる。その魔物は口から凶悪な牙を覗かせ、空気を震わせるような唸りを漏らす。

 サクラさんはそんな魔物の様子など意に介さず、弓で自身の肩を叩きながら暢気な声で呟いた。



「クルス君ってば、最近は随分とおモテになることで」


「こんな時に茶化さないで下さいよ」


「いやいや、素直に感心しているのよ。こんな短期間で2人……、いや3人もの子から熱烈な好意を向けられて、案外そっち方面の才能もあるかも」



 敵意を剥き出しとする魔物を無視し、それほど大きくはない声ながら、吐き出すように告げる。

 3人というのはベリンダと司祭のメイリシア、……あとはたぶん王都に居る庭師のリカルドを指しているのだろう。

 何故今そんなことを蒸し返すのだろうと思うも、その時なんとなくではあるけれど、サクラさんからは妙な空気を感じた。



「機嫌が悪そうですが、どうかしましたか?」


「……別に。いいから迎撃するわよ、3匹ほど追加で来たみたいだから」



 彼女からはどこか苛立ちめいたものを感じてならず、手にした弓を振る姿に問いかけてみる。

 けれど碌な答えは返ってこず、逆に再び弓を構え、2射目の矢を放つのだった。

 瓦礫の向こうへと飛んだそれは、さっきと同じく見えない位置で悲鳴を呼び起こす。どうやらこうしてやり取りをしている間に、魔物が数匹近づいてきたようだ。



「わかりました。今はひとまずこっちを片付けないと」


「そういうこと。とりあえず1体任せる、時間を稼いで」



 サクラさんはそう告げると、暗がりの方へと駆けていく。

 進む先には、うっすらとした明りに照らされた魔物が数体。牙を剥き敵意を露わとしていた。

 事前に聞いていた話によると、数十体の魔物が国境地帯に現れたとのことだけれど、砦の中に入り込んでいるだけでも既に5体以上。

 案外最初に聞いていたよりも、ずっと多くの魔物が出現しているのかもしれない。


 数体の魔物に立ち向かうサクラさんを一瞬だけ目で追い、ボクもまた異なる方向へと身体を向ける。

 そこには彼女が任せると言っていた、1体の魔物が暗がりから姿を現そうとしていた。

 自身の数倍、いや十数倍に相当する体躯がノソリと動き、口元からはボタリと唾液が滴り落ちる。まるでボクを餌であると認識しているかのように。



「……時間稼ぎだけですよ。倒すの何て無理なんですから!」



 ボクはそう自身に言い聞かせるように叫び、襷に掛けた鞄へ手を突っ込みながら駆ける。

 ただ向かう先は当然魔物の側ではなく真反対。勇者ではない身では、魔物と切り結ぶなど到底不可能だ。


 とはいえ逃げ続けるつもりもなく、呻り声を上げ魔物が迫り来るのを確認すると、手にした小瓶を思い切り投げつけてやる。

 回転しながら飛ぶ小瓶は、迫る魔物の肩口へと命中、易々と砕け中に詰められた粉末を撒き散らす。

 興奮から息を荒くする魔物はその粉末を吸い込み、なおも強く吼える。


 さらに魔物から逃げ回りつつ、少しばかりの時間経過を目論む。

 そうしてしばし、そろそろ頃合いだろうかと思いもう一度振り返るも、魔物は変わらぬ勢いで長い腕を振り回していた。



「効きが甘い。やっぱり身体が大きすぎるか……」



 さきほど投げつけたのは、吸い込めば強度の痺れを伴うという薬品。

 それを多量に吸わせたはずだというのに、魔物は効いている様子を一切見せず、変わらぬ素振りで吼えていた。

 普通であれば、あれだけで何体もの魔物を行動不能に出来てしまう。

 けれど効果が現れないのは、やはり人の何倍もの体躯を持つ大型の魔物であるが故か。



「なら、何度でも吸わせてやる」



 けれどここで諦めるつもりは毛頭ない。

 なにせこの痺れ薬、対魔物用に速攻性を出す特別な調合を施した、お師匠様直伝の代物。

 あのお師匠様が、ちょっと大きいだけな魔物に効かないような代物を、対魔物の護身用として教えるはずがないのだから。

 そんな妙な信頼を元にし、ボクは再度薬品を取り出し投げつけた。


 今度は魔物の胸部へ当たり割れた小瓶は、同じく砕け多量の粉末を撒き散らす。

 すると痺れ薬を吸い込んだ魔物は、直後に動きを鈍らせていき、数歩進んだところでゆっくりと床へ崩れ落ちていく。

 どうやら効果が薄かったというよりも、効果を表すギリギリのところで踏み止まっていただけのようだ。



「やるじゃない。流石はディータさんの薬ね」



 床へ沈み、四肢を痙攣させる魔物。

 その光景にホッとし汗を袖で拭っていると、サクラさんの声が背後から聞こえてきた。


 他の魔物を粗方屠ったであろう彼女は、ボクを追い越して前に出ると、痺れ床に倒れる魔物へトドメを指す。

 サクラさんの要望通り、時間を稼ぐことには成功した。

 けれど発せられた褒める言葉はこちらでなくお師匠様へ。ボクはそこが少しだけ不満で、つい憮然とした態度を取ってしまう。



「腕前を褒めてはくれないんですか? 実際に作ったのはボクなのに」


「クルス君は書かれていた通りにやったんでしょ。ならやっぱり褒めるのはお師匠さんの方ね」


「……なんだか妙に言葉へ毒がありますよね」



 やはりなんだかずっと、サクラさんの様子がおかしい。

 どことなく不機嫌というか、苛立ちを募らせているとしか思えない態度だ。

 それはベリンダが、ボクの手を握った時を境にして。



「……サクラさん、まさかとは思いますけど」


「五月蠅い。確実に気のせいだから」


「まだ何も言ってませんよ」


「言わんとしてる事くらいわかるって。ともかくそれは気のせいだから忘れなさい!」



 サクラさんが不機嫌となった理由。もしボクの自意識過剰でないとすれば、一つしか思い至らない。

 けれどそいつを口にしようとするも、彼女は言葉を遮り強烈に否定を述べるのだった。

 それは半ば肯定したも同然の反応であり、こんな状況だというのに、少しだけ嬉しくなってしまう。

 きっとサクラさんは、ボクがベリンダに好意を向けられるのが面白くないのだ。


 たぶんそいつは、自身から意識が逸れてしまうのではという寂しさからくるもの。

 決してサクラさんがボクへ好意を向けているという証拠ではないけれど、嫉妬にも近い感情へ、密かに口元が綻ぶ。



「ニヤニヤしてないで、サッサと行くわよ。外にまだ大量の魔物が居るんだから」



 背を向け、鋭く告げるサクラさん。

 ただこれが気恥ずかしさを隠しているようにしか思えないボクは、明るく大きな返事をし、鞄を背負い直して駆け出すのだった。


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