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親友 08


 大勢の人たちによる喧騒が、領都ツェニアルタの市街へと響く。

 愉快そうに言葉を交わす人々の格好は、一張羅が多いのか少しばかり派手めで、鉱夫たちの汚れた衣服で埋まる普段の光景とは一変。

 サクラさんの歓迎を目的とした宴が行われる当日、町は人々の声と明るい色の服で彩られていた。



「それじゃあ、また明日。私はほとんど一日中拘束されっぱなしだから」


「了解です。飲み過ぎて醜態を晒さないで下さいよ」


「大丈夫だって。私を誰だと思ってんの」



 そんな町中の様子を、大きく開かれたバルコニーから見下ろしながら。

 ボクは隣へ立っていたサクラさんと、苦笑交じりにこの日最後となる言葉を交わしていた。


 サクラさんを主役とした祭が行われるこの日、彼女は町中を延々動き回るハメとなる。

 町の主だった有力者らへ挨拶回りをするのだけれど、一件あたりが短いとは言え、これがまたほぼ一日がかりとなってしまう。

 なにせここ領都ツェニアルタは、地方の小領ながら人口4万を抱える都市。町の顔役だけでもそこそこの数が居るためだ。



「ではボクは屋敷でノンビリ英気を養っています。基本的には暇なので」



 リガートさんに引っ張られていくサクラさんを、暢気な言葉で送り出す。

 彼女は恨みがましい視線を送ってから消えていくのだけれど、実際ボクが暇であるのは否定しようがない。

 なにせ今回の宴、つまりバランディン子爵家の養女となったサクラさんをもてなすという名目で行われる、国境監視の兵に対する陽動作戦。それに必要なのは彼女だけなのだから。



 ただ流石に一人でずっと部屋に居るというのも、少々と言わず退屈。

 そこで気を利かせてくれたのかどうか、朝からやって来たのはベリンダとミツキさん。

 彼女らはサクラさんと入れ替わるように屋敷へ入ると、早々にボクが使っている部屋で腰を落ち着けるのだった。



「流石は領主様のお屋敷。出てくるお茶の質が違うわ」



 来るなり早々、メイドさんが淹れてくれたお茶に舌鼓を打つベリンダ。

 彼女は若干大仰にお茶の味を堪能すると、なんだか唐突に話題を明後日の方向へ向けるのだった。



「こんなお茶が飲めるなんて、やっぱりカルテリオに戻って勇者をやるより、この町へ残った方が良いんじゃないの」


「でもサクラさんの好みには合わないみたいだよ。もうちょっとアッサリして、常飲出来るようなのが好きだって」


「……そいつはまた、味覚が庶民的でなによりね」



 しかしボクの返しに、ちょっとだけ不機嫌となるベリンダ。

 そんな彼女の態度に対し、隣へ座るミツキさんは困ったように苦笑いを浮かべていた。苦味の部分が比率としてかなり多そうだけれど。



「そ、それにしても思った以上に、町の人たちが祭りへ積極的に参加しているみたいだね」


「そりゃあれでしょ、勇者ってのは色々と知識や技術を持ち込むもの。それが次代の領主かもしれないとなれば、具体的に想像できなくとも期待くらいするんじゃない?」


「ボクもそういった話は聞いたけれど、なんだかちょっと雰囲気が違う気がするんだよね……」



 どこか気まずい空気を変えるべく、ボクは屋敷の2階から見える町並みへ視線を移す。

 そこでは大勢の人々が行き交い、各々が持つ最高の一張羅を着こんでいるであろう男女が、積極的に話しかける光景が至る所で繰り広げられていた。

 祭というよりは、なんだか出会いの場といった雰囲気に、少しだけ首を傾げてしまう。



「アタシらもツェニアルタへ来て1年くらいしか経ってないし、よくは知らないんだけどさ。この町である祭は大抵こんな感じよ」


「そうなの?」


「男女の見合い大会って感じね、毎度。男も女も必死で鬼気迫ってるというか」



 どうやらこの宴、都市住民たちにとっては別の意味合いもあるようだ。

 男たちは女性へ次々と声をかけ、出店などを周らないかと誘いの言葉を発していく。逆に女性たちは、誘いをかける男たちを品定めしているようだ。

 つまりは今日この町の中は、宴にかこつけた出会いの場。

 リガートさんはそんなことを言っていなかったけれど、案外この地で行われる祭りなどは、こういった性質が強いのかもしれない。



「ミツキなんてこのあいだは大変だったわよ。男どもが引っ切り無しに寄ってきて、宿の部屋が贈り物だらけ」



 そこでベリンダが事例として挙げたのは、ミツキさんが遭遇した状況。

 この地でも行われる年越しの祭。その際にミツキさんはツェニアルタに住む大勢の鉱夫達に囲まれ、大量の贈り物を押し付けられたそうな。

 もちろん彼らにも下心があり、あわよくば彼女と親しい関係にと目論んでいたらしい。

 結局今はまだそんな気になれないというミツキさんの言葉によって、あえなく全員撃沈してしまったそうだけれど。



「ここって鉱山の町でしょ。男どもに荒くれが多いのと同じで、女もかなり腰が強いのよ。そんな中でミツキみたいに大人しい性格をした子は、逆に目立っちゃうというか」


「ああ……、なんかわかる気がする」


「勇者なんだし、そこいらの女よりずっと腕っぷしは強いのにさ。でもこの子ったら戦ってる時以外はホント、借りてきた猫みたいなんだから」


「もう、やめてよベリンダ。恥ずかしい」



 カラカラと上げられる笑い声に、ミツキさんは恥ずかしそうにし身をよじる。

 叩かれる軽口からして、彼女らの関係が良好であると窺えた。

 召喚当初は厳しくしていたベリンダも、勇者としてミツキさんが成長したこともあって、かなり接し方は軟化しているようだ。



「で、ベリンダはどうだったのさ。さぞ大勢から言い寄られたんだろうね」


「アタシはこの子の陰に隠れていたもの、ほとんど言い寄ってくる男は居なかったわよ。それに全部突っ撥ねたし」



 話も弾み口も滑らかになっていったところで、ボクはつい軽口としてベリンダの状況も問うてしまう。

 だが彼女はジッとボクを凝視しながら、小さな声で告げるのだった。



「……だってアタシには、気になってる人が居るもの」


「そ、そうなんだ。確かに1年も同じ町に経てば、そんな相手が出来てもおかしくはないかも……」


「相手が誰なのかを聞きなさいよ馬鹿クルス」



 ジトリとした視線を向けるベリンダへ、ボクは静かに顔を背ける。少々情けない態度ではあると自覚しつつも。

 彼女はそんなこちらの素振りに大きく息を吐き腰を上げる。

 まさか本格的に呆れられたかと思うも、立ち上がるなりボクへ近づき、強く腕を掴んだ。



「まぁいいわ。とりあえず出かけましょ、祭の間中ずっと部屋に篭ってるのも勿体ないし」


「こんな人だかりで出かけなくても……」


「変な所で面倒臭がるのは変わってないわねぇ。良い機会なんだから楽しみなさいって」



 ベリンダはそう口にすると、無理やりに腕を引っ張り立ち上がらせてくる。

 そのまま部屋から引きずり出すと、屋敷内の廊下をどんどん進んでいき、正門をくぐって外へ出てしまうのだった。


 ただ振り返ってみれば、ミツキさんは正門の所へ立ったまま。

 小さく手を掲げて振る彼女は、自身が同行するつもりがさらさらないようだ。

 "ごゆっくり"と言わんばかりに手を振る彼女に、これが最初から予定されていたのだと知る。



「なんでこんな時に……」


「あんたが一緒に居てくれたら、男から声を掛けられずに済むでしょ。盾役を与えてあげようってんだから、感謝しなさい」


「ちょっとくらい建前を持とうよ。せめてこれまでの礼を兼ねて、奢る気になったとか」


「それを言うならアタシの方が奢って欲しいくらいだっての。騎士団で見習いやってた時に、どれだけ世話したと思ってんの」



 引っ張られ無理やり歩かされるボクは、面倒臭さを表に出し抗議を口にする。

 けれど確かに、実際にはベリンダの言う通りかも。あの頃は度々世話になっていたというのは、今にして思えば否定はできないのだから。

 建前など殴り捨て告げる親友の言葉に、ボクはこれ以上の不満を口にするのが憚られていた。


 ……いや、でもこれはやっぱり建前なのかもしれない。

 ベリンダはたぶん、この宴の最中に本当に目的としている行動に出るかもしれない。

 普段ずっと一緒に行動している、ミツキさんが屋敷に居残ったのがその証拠に思えてならなかった。


 もし本当にそうであるなら、ボクもこれ以上逃げ続ける訳にはいかないのかも。そう考えすぐさまベリンダへ話しかけようとする。

 しかし彼女の腕を掴もうとした矢先だ、大勢の人が行き交うツェニアルタの大通りへと、荒々しい馬の走る音が響いて来たのは。



「なに、アレ」


「さあ……? でもこんな人が多い所に入ってくるなんて、余程急いでるんじゃ」



 人々の悲鳴交じりな驚きと共に現れたのは、馬へと跨った男。

 ただ鎧こそ着てはいないものの、腰に差した剣から察するに騎士だ。

 その騎士は焦りを露わとし、なんとか道行く人たちを避けつつ馬を走らせると、真っ直ぐ領主邸へと向かっているようだった。


 ボクとベリンダは、その光景から何か大事が起きているのではと察する。

 顔を見合わせ、これは祭の出し物を周っている場合ではないと、急ぎ元来た道を引き返す。



「騎士があれだけ血相を変えるなんて。何が起きてるのかしら……」


「わからないって。この町のことなんだから、ベリンダの方こそ詳しいはずじゃ」



 走って道を戻る最中、起きようとしている事態への予測を口にし合う。


 祭が開始され既に数刻。今頃国境地帯に居るアバスカル共和国の兵が、偵察のため町へ来ていてもおかしくはない。

 おそらくさっき馬に乗って走っていたのは、その国境を監視していた騎士だ。


 もちろんベリンダは、そんなことなど知る由もない。

 しかし裏側に在る事情を知るボクには、あの騎士が大きな厄介事を運んできたように思えてならなかった。



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